
未決定の検討案
レオのGVS投稿は、夜のうちに米国中へ広がった。
医療者。
農業技術者。
水道技師。
修理工。
通訳。
記録係。
シビックカウンセラー。
金爆弾の次に必要なのは、人だった。
レオは、米国政府へ協力を求めた。
派遣者の補償。
保険。
装備。
退避ルート。
家族への支援。
現地での非戦闘原則。
それらを国の制度として支えてほしい。
投稿はすぐに拡散された。
マヤが米国内で取り上げ、ナビゲーターたちが各分野のルームへ流し、スイスと北欧の支援者も反応した。
だが、同時に別の情報も流れた。
FBI内部で、レオ・グラントの訪米時対応が検討されている。
通常逮捕が難しい場合、医療確認名目で隔離する案。
抵抗した場合、非致死性の鎮静措置を用いる案。
最初にそれを見つけたのは、米国の記者だった。
次に、GVS監査ルームへ匿名文書が届いた。
そして数時間後、世論は爆発した。
【FBI、レオ・グラント拘束に麻酔銃使用案か】
【他国代表として訪米予定の人物を強制拘束?】
【昨日まで英雄、今日は危険人物】
【ラグナロク計画の手柄だけ取って、次は逮捕か】
FBIは即座に声明を出した。
『報道されている内容は、未決定の内部検討案の一部であり、正式な作戦計画ではありません』
『いかなる対応も、国内法、国際法、外交上の手続きに従って行われます』
だが、火は消えなかった。
未決定なら許されるのか。
検討した時点で問題ではないのか。
レオを利用できる時だけ友人扱いし、制御できなくなれば眠らせて拘束するのか。
米国政府に、他国の代表団として来る人物を麻酔銃で撃つ権限があるのか。
数時間後、レオの空港分離案は、少なくとも表向きには消えた。
危険か、安全か
カマラ側の拠点では、マヤが端末を握りしめていた。
「やっぱり危険だわ」
彼女の声は低かった。
「FBIがそこまで検討していたなら、アメリカに入った瞬間に何をされるか分からない」
エヴァも画面を見つめている。
「未決定の検討案、という言い訳ね」
「でも、組織の中で一度はその選択肢が出た」
ジェイデンは壁にもたれていた。
「麻酔銃で眠らせて回収か」
「ずいぶん丁寧な歓迎だな」
レオは、なぜか笑っていた。
「いや」
マヤが顔を上げる。
「何がおかしいの」
「これで、かえって安全になったんじゃねえか?」
部屋が静まった。
エヴァが目を細める。
「そういう見方もできるわね」
「できるのかよ」
ジェイデンが呆れたように言う。
エヴァは頷いた。
「少なくとも、空港であなたを強制的に分離する計画は使いづらくなった」
「事前に表へ出た以上、米国政府はあなたに手荒なことをしにくい」
「もちろん、安全という意味ではないけれど」
「十分だ」
レオは言った。
マヤは納得していない顔だった。
「それでも危ない」
「大統領府、FBI、安全保障関係者、反対派、支持者」
「誰が何をするか分からない」
ジェイデンがレオを見た。
「足しになるか分からねえが、俺たちもいざという時は盾になるぜ」
レオは軽く笑う。
「お前が盾か」
「不満か?」
「いや。似合ってる」
ジェイデンは鼻で笑った。
「お前のために死ぬ気はねえけどな」
「それでいい」
カマラは、黙って話を聞いていた。
彼は端末を閉じ、レオへ向き直る。
「本当に大丈夫なのか」
「さあな」
レオは、あっさり答えた。
カマラの眉が動く。
「さあな、で行くのか」
「安全だと言えば嘘になる」
「だが、今行かなければ、シビック地区はもたねえ」
レオはノアを見た。
「俺が拘束、あるいは死んだ場合、あとはノアに任せる」
ノアは静かに頷いた。
「分かりました」
マヤが息を呑む。
だが、ノアは続けた。
「ですが、あなたは死にませんよ」
レオが少しだけ笑った。
「根拠は?」
「ありません」
ノアは言った。
「ただ、僕はそう確信しています」
レオは、しばらくノアを見ていた。
そして、肩をすくめる。
「俺もそう思うぜ」
アメリカへ
出発準備は短かった。
レオはアメリカ人として帰るのではない。
カマラのシビック地区構想を代表する、現地交渉団の一員として渡米する。
スイスと北欧の代表も同行する。
エヴァはその調整に回る。
マヤは米国側の世論と配信を担当する。
ノアは必要人材と補償制度の資料をまとめる。
ジェイデンは、レオの護衛として同行する。
出発前、ジェイデンがレオの隣に並んだ。
「行くぞ、ジェイデン」
「ああ」
ジェイデンは短く答えた。
それから、少しだけ笑う。
「しかしまあ、お前も来るところまで来たな」
「何がだ」
「ホームレスの時は、篤志家のダニエル・コールドウェルに突撃」
「次に、ギャングボスと対面」
「それから企業と投資家を動かして、ヘリまで飛ばした」
「最後に大統領か」
「ついていくこっちもやっとだぜ」
レオは、少し遠くを見る。
ダニエル・コールドウェル。
ギャングボス。
エヴァ。
ノア。
マヤ。
ジェイデン。
カマラ。
イーサン。
マーカス。
そして、アメリカ大統領。
「そうだな」
レオは言った。
「だが、これで終わりだろう」
「これ以上の大物は、さすがに出てこねえ」
ジェイデンは横目で見る。
「本気で言ってるのか?」
「もちろんだ」
レオは笑った。
「この俺が、世界一のヒーローになる記念すべき日だ」
ジェイデンは肩をすくめた。
「これであっけなく殺されたら、それはそれで笑えるけどな」
「その時は、世界一の期待外れヒーローとして笑ってやるぜ」
「好きにしろ」
レオは歩き出した。
ヘリの羽音が近づいてくる。
空にはまだ、金爆弾の余韻が残っていた。
だが、次に向かう先は空ではない。
アメリカ。
昨日まで自分を止めようとした国。
昨日には友人のような顔で手柄を掲げた国。
今日には眠らせて拘束する案まで検討した国。
その国の大統領に、レオは会いに行く。
捕まるかもしれない。
殺されるかもしれない。
利用されるかもしれない。
それでも、船と金と人がいる。
レオは振り返らなかった。
「行くぞ」
ジェイデンが隣に並ぶ。
マヤが配信を始める。
エヴァがスイス代表団へ通信をつなぐ。
ノアが資料を送信する。
カマラが、短く頭を下げる。
レオ・グラントは、紛争地帯の代表としてアメリカへ向かった。
