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シビックヒーローズ 第四十三話 我が友人

目次

非公開会談

 ホワイトハウスの一室には、窓がなかった。

 壁は白く、机は長く、部屋の隅にはシークレットサービスの男たちが立っている。

 レオ・グラントは、椅子に深く腰を下ろしていた。

 正面には、アメリカ大統領。

 その横には補佐官。
 さらに少し離れて、エヴァ、ノア、カマラ側の代表、スイスと北欧の担当者が座っている。

 ジェイデンは、会議室の外で待機させられていた。

 大統領は、笑顔を作った。

「レオ・グラント氏」
「我が友人よ」
「ラグナロク計画は、人類史に残る偉業となった」

 レオは鼻で笑った。

「昨日は麻酔銃で眠らせるつもりだった友人か?」

 補佐官の顔がわずかに強張る。

 大統領は、笑顔を崩さなかった。

「あれは未決定の検討案だ」
「国家には、あらゆる事態を想定する義務がある」

「便利な言葉だな」

「君も、便利な混乱を何度も起こしてきた」

「否定はしねえ」

 レオは身を乗り出した。

「だから、今日はきれいごとを言いに来たんじゃねえ」
「俺を使え」

 大統領の目がわずかに動いた。

「どういう意味かな」

「人気取りのために俺を使え」

 部屋が静まった。

 エヴァが、わずかに目を閉じる。

 ノアは何も言わず、端末に記録を続けている。

 レオは続けた。

「あんたは人類史に残る偉大な大統領になれる」
「爆撃じゃない」
「制裁じゃない」
「紛争地帯に畑と水路と仕事を戻す大統領だ」

 大統領は椅子に背を預けた。

「私は、人道的立場から協力を検討している」

「違うだろ」

 レオは即座に切った。

「あんたは勝ちたい」
「歴史に残りたい」
「強いアメリカを取り戻したい」
「支持率も欲しい」
「それでいい」

 補佐官が口を開きかける。

 だが、大統領が片手で制した。

 レオは、机の上へ端末を置いた。

 シビック現地応答隊。
 医療者。
 水道技師。
 農業技術者。
 修理工。
 通訳。
 記録係。
 シビックカウンセラー。
 保険。
 家族補償。
 撤退ルート。
 非戦闘原則。

 それらが短く整理されている。

「金爆弾で飯は届いた」
「だが、畑は戻らねえ」
「井戸も水路も、勝手には直らねえ」
「怒鳴り合う住民も、勝手には協力者にならねえ」
「次は人だ」

 大統領は、端末を見た。

「君は、アメリカ人を紛争地帯へ送り込めと言っているのか」

「違う」

 レオは答えた。

「アメリカ人を、世界を作り直す側に戻せと言ってる」

 大統領は黙った。

「強いアメリカってのは、空母で脅す国か?」
「ドローンで焼く国か?」
「違うだろ」
「強いアメリカは、崩れた土地に水路を戻す」
「畑を戻す」
「仕事を戻す」
「そこにアメリカ人を送り込め」
「金と制度で守れ」
「そしたら、あんたは歴史に残る」

 大統領は、しばらくレオを見ていた。

「シビック地区は失敗する可能性が高い」

「知ってる」

「武装勢力は裏切る」
「支配者層は再び奪おうとする」
「現地住民のGVS運用も、そう簡単には続かない」
「失敗した地区から、また貧困と暴力が広がる」

「だから、数を増やす」

 レオは言った。

「一つの地区だけ救っても、隣が飢えれば襲われる」
「できるだけ多くの火種に、飯と水と端末と人をぶち込む」
「失敗したら、理由を拾って次を直す」
「成功するまでやるしかねえ」

 大統領は、少しだけ笑った。

「君は、随分と簡単に言う」

「簡単じゃねえから、あんたを使いに来た」

 レオは椅子から立ち上がった。

「俺を利用しろ」
「その代わり、俺もアメリカを利用する」

会見

 非公開会談の後、報道陣の前に大統領が立った。

 表情は整っている。

 背後には星条旗。
 左右には各国代表。
 少し離れて、エヴァとノアが立っている。

 大統領は演説用の原稿へ目を落とした。

「本日、米国は国際社会と連携し、シビック現地応答隊への支援を検討することを――」

 その時だった。

 横からレオが歩いてきた。

 シークレットサービスが一瞬動く。

 だが、レオは大統領の肩へ腕を回した。

「よう、お前ら!」

 報道陣がざわついた。

 大統領の表情が固まる。

 レオは満面の笑みでカメラを見た。

「大統領は人気取りのために俺と組んだぜ!」
「これでこいつは、人類史に残る偉大な大統領だ!」

「な、何を言うか」

 大統領が慌てて笑顔を戻す。

「私は人道的立場から君に協力を――」

「人道的立場?」

 レオは大げさに首をかしげた。

 周囲の警護官が一斉に動いた。

「撮影を止めろ!」

「報道陣を下げろ!」

「カメラを下ろしてください!」

 シークレットサービスが記者たちを押し戻す。

 数台のカメラが下げられた。
 会見場の正面映像が切り替わる。

 だが、映像は止まらなかった。

 向かいのビル。

 窓際に、ジェイデンがいた。

 長いレンズを付けたカメラが、会見場を正確に捉えている。

 音声は、レオの胸元の小型マイクが拾っていた。

 映像は、マヤの配信へ流れていた。

 マヤは別室で画面を見ながら、低く呟く。

「本当にやったわね」

 配信の視聴者数が跳ね上がる。

 レオは大統領の肩を抱いたまま、カメラへ向かって声を張った。

「人道的理由?」
「世界のリーダー?」
「強いアメリカ?」

 彼は首を振った。

「違う!」

 報道陣の向こうで、警備線が揺れる。

「俺たちは欲望で動いてる!」
「金!」
「名誉!」
「名声!」
「勝ちたい!」
「歴史に残りたい!」
「それがアメリカだ!」

 大統領の顔が引きつる。

 レオは止まらなかった。

「だが、それでいい!」
「その欲望で、世界を直せ!」
「紛争地帯へ乗り込め!」
「新しいフロンティアに乗り遅れるな!」

 報道陣がざわめく。

「医者!」
「水道屋!」
「農家!」
「修理屋!」
「通訳!」
「ナビゲーター!」
「お前らの技術で、畑を戻せ!」
「水路を戻せ!」
「仕事を作れ!」

 会見場の外から、声が聞こえ始めた。

「USA!」

 誰かが叫んだ。

 すぐに別の声が重なる。

「USA! USA!」

 シークレットサービスの一人が、通信へ怒鳴る。

「正面映像は切ったはずだ!」
「どこから流れている!」

 別の警護官が窓の外を見た。

「向かいのビルです!」

 ジェイデンは、カメラの向こうで笑っていた。

「よく喋る野郎だ」

欲望の演説

 レオは、さらに声を上げた。

「心配するな!」
「面倒な保険、補償、帰還ルート、家族の支援!」
「全部この偉大なるアメリカ政府が背負ってくれる!」

 大統領が小声で言う。

「勝手に決めるな」

 レオも小声で返した。

「今決めれば支持率が上がるぞ」

「君は悪魔か」

「友人だろ」

 外の声が大きくなっていく。

「USA! USA!」

 マヤの配信には、コメントが流れ続けていた。

【医者です。参加登録したい】
【水道技師です。詳細を出してくれ】
【退役軍人だ。非戦闘支援なら行ける】
【農業支援できます】
【家族補償を政府が出すなら行ける】
【レオを止めるな】
【強いアメリカを見せろ】

 会見場の外では、集まっていた支持者たちが移動し始めていた。

 警備線の外側に、人の波が押し寄せる。

「レオを出せ!」

「大統領、答えろ!」

「シビック現地応答隊を認めろ!」

 シークレットサービスは、ついにレオを大統領から引き離した。

「動くな!」

 レオは両手を上げた。

「おいおい。俺はただ、友人と肩を組んだだけだぜ」

 警護官たちは、レオを囲んだ。

 一人が腕を掴む。

 その瞬間、外の声がさらに荒れた。

「レオを解放しろ!」

「ヒーローを離せ!」

「大統領! 何をしている!」

 ジェイデンのカメラは、そのすべてを撮っていた。

 マヤの配信にも、警備線の外の群衆が映っている。

 大統領は、一瞬だけ目を閉じた。

 ここでレオを拘束すれば、終わる。

 会見場で肩を組まれた不快感より、外の群衆の方が大きい。
 FBIの麻酔銃案が漏れた直後だ。
 ここで手荒なことをすれば、すべてが政府への不信に変わる。

 大統領は、笑顔を作った。

「心配するな!」

 彼は報道陣と群衆に向かって手を上げた。

「私はなんともない!」

 シークレットサービスの男たちが動きを止める。

 大統領は、レオの方へ向き直った。

「彼は、我が友人だ」
「解放してくれ」

 警護官たちは一瞬ためらった。

 だが、大統領命令だった。

 レオの腕が離される。

 レオは肩を回し、にやりと笑った。

「ありがとよ、我が友人」

 大統領の顔が引きつった。

「今後も、末永く付き合っていきたいものだな」

「もちろんだ」

 レオは、もう一度カメラへ向き直った。

「今後もよろしく頼むぜ!」

強いアメリカ

 大統領は、マイクの前に戻った。

 原稿は、もう使えなかった。

 レオがすべて壊した。

 だから、大統領は自分の言葉で話すしかなかった。

「アメリカ国民の皆さん」

 会場が静まる。

「我々は、混乱の中にいる」
「民間支援、国際協定、現地の要請、そして世界中の視線」
「そのすべてが、今日この場所に集まっている」

 大統領は、一度だけレオを見た。

「レオ・グラント氏の言葉は、乱暴だった」
「率直すぎるとも言える」

 レオが笑う。

「だが、彼が指摘したことに、真実がないわけではない」

 補佐官がわずかに顔を上げる。

「強いアメリカとは、ただ敵を打ち倒す国ではない」
「崩れた土地に、水路を戻す国だ」
「畑を戻す国だ」
「医療と仕事を戻す国だ」

 外の群衆が再びざわめく。

「我々は、シビック現地応答隊への支援制度を創設する」
「医療、水道、農業、修理、記録、通訳、非戦闘支援」
「必要な技能を持つ市民が、安全と補償を得た上で参加できる仕組みを作る」
「米国は、国際社会と共に、紛争地帯の生活再建に取り組む」

 マヤの配信で、コメントが爆発した。

【USA!】
【登録する】
【強いアメリカ】
【シビック現地応答隊】
【畑を戻せ】
【水路を戻せ】
【レオと組め】

 レオは、横で小さく言った。

「やればできるじゃねえか」

 大統領は笑顔のまま、小声で返す。

「君には、後で話がある」

「友人としてか?」

「大統領としてだ」

「どっちでもいい」

 レオは、外から聞こえる声を聞いていた。

 USA。
 USA。
 USA。

 その声は、戦争を求める声ではなかった。

 少なくとも、この瞬間だけは。

 医者が登録する。
 水道技師が登録する。
 農業者が登録する。
 修理工が登録する。
 通訳が、記録係が、ナビゲーターが、GVSへ流れ込んでいく。

 大統領は、人気取りのためにレオと組んだ。

 レオは、その欲望を利用した。

 そして、その欲望が、人を動かし始めていた。

 レオは、カメラに向かって笑った。

「見たか、世界」

 彼は言った。

「次は人だ」

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