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シビックヒーローズ 第四十四話 シビック地区のGVS

目次

揉めている場所

 シビック地区の朝は、静かではなかった。

 配給所の奥では、医療品の箱を運ぶ人間が行き来している。
 井戸の近くでは、水道技師が古い管を掘り起こしている。
 子供たちは、白い布で区切られた日陰に集められ、紙と水を渡されていた。

 国際連合軍の兵士たちは、銃を構えずに立っている。

 彼らの仕事は、戦うことではない。
 水路へ向かう道、医療区画、配給所、農地の入り口。
 そこに立ち、撃たれない時間を作ることだった。

 レオは、その様子を端末で撮っていた。

 隣ではジェイデンが、壊れた倉庫の方を見ている。

「おい、レオ」

「なんだ」

「あそこ、揉めてるぞ」

 ジェイデンが顎で示した先では、水路修復班の技術者と、住民の男たちが向かい合っていた。

 技術者は地図を持っている。
 住民の男は、腕を組んだまま首を振っていた。

 その周りに、人が集まり始めている。

 レオは目を細めた。

「そうみたいだな」

 そして、すぐに歩き出した。

「よし、行くぞ」

「また面倒ごとに突っ込むのかよ」

「撮れ高だ」

「最悪だな」

 二人が近づくと、イーサンがすでに間に入っていた。

 イーサンはレオを見て、手のひらを向ける。

「撮影は待ってほしい」

「許可がいるか」

「いる」

 即答だった。

 レオは肩をすくめ、住民の男へ視線を向けた。

「撮っていいか」
「嫌なら撮らねえ」

 男は警戒した顔でレオを見た。

「何のために撮る」

「世界に見せる」
「外から来た技術者と、住民が揉めてる」
「でも、殴り合いじゃなくGVSで決める」
「そういう映像だ」

 男は少し黙った。

 隣にいた年配の女が言った。

「顔は映すな」

「分かった」

 レオは端末を少し下げた。

「顔は映さない」
「声も変えるか?」

 女はイーサンを見た。

 イーサンが頷く。

「必要なら変えられる」

「なら、いい」

 レオは端末を起動した。

「よう、世界」

 画面の中に、水路の地図と、住民たちの足元だけが映る。

「ここでは、外から来た技術者が勝手に決めるわけじゃねえ」
「住民も、ただ文句を言うだけじゃねえ」
「揉めたら、GVSに戻す」

水路の順番

 水道技師は、地図の一点を指した。

「この中央水路から直した方が早い」
「ここを通せば、三つの畑に水が戻る」

 住民の男は、すぐに首を振った。

「嫌だ」

「なぜですか」
「ここが一番効率的です」

「その水は、敵側の畑にも流れる」

 周囲が静まった。

 技術者は、困ったように地図を見た。

「ですが、水路はそういう構造です」
「中央から通さなければ、全体に水が回りません」

「だから嫌だと言っている」
「あいつらに水が行くなら、また奪われる」
「うちの畑は後回しになる」

 技術者が言い返しかけた。

「しかし、技術的には――」

 イーサンが静かに手を上げた。

「いったんリアルGVSに戻しましょう」

 技術者は口を閉じた。

 イーサンは、住民たちの方へ向き直る。

「今出ているのは、水路の技術だけではありません」
「安全への不安と、後回しにされる不安です」

 住民の男は、すぐには答えなかった。

 だが、年配の女が低く言った。

「前もそうだった」
「先に全体のためだと言われた」
「結局、うちの畑には水が来なかった」

 別の男も続ける。

「水路を直した後、武装した連中が来て、先に向こうへ流せと言った」
「今度もそうなる」

 イーサンは頷いた。

「では、中央水路を直すかどうかではなく、先に確認する条件があります」

 マーカスが端末を開く。

「住民側のコミュニティモードに出すぞ」

 住民たちは端末の周りに集まった。

 画面には、短い文が生成されていく。

―――――― GVS 住民側コミュニティ ――――――

【DRIVE】

水路復旧への不安を整理します。

【SUPPORT】

敵側へ水が流れる場合の安全条件を確認していただけませんか?
住民側の畑が後回しにならない手順を示していただけませんか?

――――――――――――――

 男は画面を見て、少しだけ息を吐いた。

「そうだ」
「それならいい」

 技術者は地図を持ったまま、文面を読んだ。

「こちらも要請を出していいですか」

 イーサンが頷く。

「もちろんです」

 技術者は少し考え、シビックカウンセラーに文面を見せた。

 最初の文は、少し荒かった。

 作業中に住民が入りすぎて危ない。
 説明なしに作業順を変えろと言われると、復旧が止まる。

 シビックカウンセラーが、それを短い文へ整えた。

―――――― GVS 水路修復班 ――――――

【DRIVE】

安全確認が終わった区画から水路を復旧します。

【SUPPORT】

作業中の区画に立ち入らないでいただけませんか?
古い水路や井戸の情報を共有していただけませんか?
作業順への不安はコミュニティモードへ出していただけませんか?

――――――――――――――

 住民の男は、それを読んで頷いた。

「それなら分かる」
「勝手に黙ってやるなって話だ」

 技術者も頷いた。

「こちらも、急に囲まれると作業が止まります」
「危険な場所に子供が入るのも困ります」

「それは分かった」

 マーカスが明るく手を叩いた。

「よし。次はオンラインだ」
「中央水路を先に直す案以外に、どんな手順があるか世界に聞こう」

 レオは端末を構えたまま、少し笑った。

「世界に聞くのか」

「お前の得意分野だろ、ナビゲーター一位」

「違いねえ」

 レオは配信へ向かって言った。

「聞こえてるか、世界」
「この村は中央水路を先に直すかで揉めてる」
「専門家は中央が早いと言う」
「住民は敵側へ水が流れるのが不安だと言う」
「代案がある奴は、GVSへ出せ」

女たちの区画

 一方、マヤはエヴァと一緒に、子供たちのいる日陰へ向かっていた。

 マヤは端末を持っている。
 エヴァは、少し後ろを歩きながら周囲を見ていた。

「ここは、レオには撮らせにくいわね」

 マヤが言うと、エヴァは頷いた。

「女性と子供の話は、彼が踏み込むと雑になる」

「でしょうね」

 日陰には、母親たちが集まっていた。

 子供たちは紙に絵を描いている。
 だが、その横で、母親たちの表情は重かった。

 一人の女性が、マヤに気づいて言った。

「撮るの?」

 マヤは端末を下げた。

「嫌なら撮らない」
「顔は映さない。声も変えられる」
「話したいことだけでいい」

 女性たちは顔を見合わせた。

 少しして、一人が口を開いた。

「子供を日陰に集めるのはいい」
「でも、知らない男の支援者が近くを通るのが怖い」

 別の女性も頷いた。

「水をもらいに行く時、子供を預ける場所がいる」
「でも、誰が見ているのか分からないと預けられない」

 エヴァは、ゆっくりと膝をついた。

「女性側のコミュニティモードを作りましょう」
「子供の待機場所、見守り役、外部支援者の立ち入り条件を分ける」

 マヤが端末を開く。

 女性たちは、最初は小さな声で話していた。

 やがて、言葉が増えていく。

 子供用の区画に、男の支援者を入れないでほしい。
 見守り役は、住民側の女性と外部の女性支援者を混ぜたい。
 トイレへ行く時、誰かが付き添ってほしい。
 夜に子供が泣いた時、医療区画へ行く道が怖い。
 配給列に並ぶ間、子供を預けられる場所がほしい。

 マヤはそれを、シビックカウンセラーと一緒に整えていった。

―――――― GVS 女性・子供区画 ――――――

【DRIVE】

子供が待てる日陰区画を整えます。

【SUPPORT】

見守り役を住民女性と外部女性支援者で組んでいただけませんか?
子供区画への立ち入り条件を決めていただけませんか?
夜間の医療区画への付き添いを用意していただけませんか?

――――――――――――――

 女性の一人が、画面を見て言った。

「これなら言える」

 マヤは頷いた。

「言えないことを、言える形にするのがGVSだから」

 エヴァは、その言葉を聞いて少しだけ目を細めた。

「あなた、いつの間にか上手くなったわね」

「レオの横にいたら、嫌でも覚えるわ」

「反面教師として?」

「かなり」

 二人は、少しだけ笑った。

公開される不満

 水路修復班のコミュニティモード。
 住民側の水路不安ルーム。
 女性・子供区画の要請。
 医療班の冷蔵庫要請。
 国際連合軍の立ち入り制限。

 シビック地区の端末には、いくつものルームが並んでいた。

 それらは誰でも閲覧できる公開情報だった。

 ただし、そこに生の怒鳴り声や悪口が並んでいるわけではない。

 住民の不満は、住民のDRIVEとSUPPORTへ。
 技術者の苛立ちは、作業上の要請へ。
 医療者の困りごとは、優先条件へ。
 国際連合軍の警戒は、立ち入り制限へ。

 底にある怒りや不信までは見えない。

 見えるのは、協力できる形に変換された要請だった。

 レオは水路のそばで、公開ルームの一覧を見ていた。

「ずいぶん増えたな」

 イーサンが隣に立つ。

「これでも、かなり絞っています」

「本音はもっと汚いか」

「当然です」

 イーサンは静かに答えた。

「だが、本音をそのまま公開すれば、次の争いになる」
「公開するのは、協力可能な形に整えた言葉です」

 レオは画面を眺めた。

 水路。
 子供。
 医療品。
 農地。
 立ち入り制限。
 配給。
 夜間移動。

 どれも、世界を揺らすような話ではない。

 だが、ここではそれが生活だった。

 遠くでマーカスが叫ぶ。

「レオ!」
「オンラインから代案が来たぞ!」
「中央水路を全部開けずに、住民側の小水路を先に仮復旧する案だ!」

 住民たちがざわめく。

 水道技師が地図を覗き込む。

「それなら、二日遅れます」
「ただし、住民側の畑には先に少量の水を回せる」

 住民の男が顔を上げた。

「それなら話せる」

 イーサンが頷いた。

「では、コミュニティモードで条件を詰めましょう」

 レオは端末を上げた。

「見てるか、世界」

 彼は言った。

「ここじゃ、誰かが正しいだけじゃ足りねえ」
「納得して動ける形にしなきゃ、畑には戻れねえ」

 配信の向こうから、コメントが流れ続ける。

 シビック地区は、まだ始まったばかりだった。

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