世界共和国へ: 資本=ネーション=国家を超えて 柄谷 行人著を読んで思いついたことを解説します。
内容的に私にはちょっと難しかったですが、その分思想の補強にはなりました。間違って理解しているところも多いと思うので、その場合は指摘していただけると嬉しいです。
【互酬】進化の鍵となる社会の仕組み
この本で最も面白かったのは、「互酬」という考え方です。
互酬とは、暴力による略取ではなく、交換と相互依存によって成り立つ社会の仕組みのことを指します。
さて、私が言う「進化」には2つの意味があります。
ひとつは、「より安全に生命を全うできる仕組み」。もうひとつは、「人間の能力を十分に発揮できる仕組み」です。
前者は国家という仕組みがそれにあたります。たとえば警察や法制度によって暴力から身を守る。これは、リバイアサンの発想です。
そして後者は、民主主義や言論の自由といった制度に象徴されます。もし言論の自由がなければ、人間の知性や創造力は著しく制限されてしまう。私はそれを「能力の制限」だと考えています。
投資教の目的はこの2つの目的を達成し、地球人の進化を促すことです。
互酬という考えが面白いのは、支配と被支配の関係に“バランス”をもたらす視点を提供することです。
たとえば、労働者という存在が資本主義の中で誕生したとき、単なる被支配者ではなく、同時に「消費者」として企業にとって不可欠な存在になりました。
つまり、企業=支配者との間に、相互依存の関係が生まれたのです。
このように、略取ではなく、依存し合うことでバランスを保つ社会こそが、私にとっての「進化」だと感じます。
そして私はさらに一歩進めて考えます。
現在の税制度は、市民が国家に一方的に奪われる「略取」の構造です。
ですがもし、政治献金を前提とした仕組みが整えば、それは互酬になる。市民が納税ではなく、自らの意思で資金を投じ、その代わりに政策を要求する。
これこそが、進化した市民社会のかたちだと私は考えています。
【国家】暴力の独占が正当化される理由
この本でもう一つ印象に残ったのは、「殺し合いを前提としないシステムは破綻する」と明言している点です。
これは、国家という存在の本質を鋭く突いています。国家の本来の仕事とは、突き詰めれば戦争のために存在するということです。
では、なぜ国家は戦争を望むのか?
答えはシンプルです。国民の生命と財産を守るためです。
つまり、外敵の存在を想定しない国家は、その存在理由を失うのです。国家というのは、外に敵がいることを前提に構築されており、それゆえに暴力の独占と正当化が可能になっている。
そして、この“国家の暴力性”に逆らう思想は、どれほど平和的であろうと、必ず弾圧の対象になります。
仏教が弾圧され、アドラー心理学のような非支配的な思想が広まらないのは、単に宗教や心理学の問題ではありません。
「戦わないこと」が国家にとって都合が悪いからです。
だからこそ、国家を批判するだけでは意味がない。
この暴力性を前提にしつつ、それを制度的に制御する仕組みを設計しなければ、現実の権力構造に対抗することはできません。
その意味で、私はこの指摘に深く共感しました。国家を“善か悪か”で論じるのではなく、どうして暴力を必要とするのか、その構造から考え直す必要があるのです。
つまりは、誰からも攻撃されない仕組みがなければ、世界を変えることはできないということです。略取を必要とする仕組みである場合必ず破綻します。
投資教では、国家を含めた全ての存在になるべく配慮し、互酬性を考えて作られています。
【マルクス】権力の打倒を目指した【投資教】権力の買収を目指す
私はマルクスについて詳しくありませんが、この本を読んで少し理解できた気がします。有名な思想家たちについては、いずれ別記事でまとめてもいいかもしれません。
マルクスは、国家や資本の“打倒”を目指した思想家です。投資教も一見すると同じように見えるかもしれませんが、目的地や手段はまったく異なります。
投資教は国家や資本主義の“破壊”ではなく、“活用”と“再設計”を通じて市民の力を最大化することを目指しています。国家の機能を強化し、資本主義を徹底的に利用しきること――それが出発点です。
たとえばGVS(合論型投票システム)は、政治家や官僚を敵視するのではなく、「英雄」として評価・支援し、優秀な人材を集めて国家を活性化させることを目的とします。地方行政版GVSでは、地元や家族、住民を誇りに思える社会づくりを支援します。
市民は投資によって資本を増やし、その資本で政治献金を行い、自らの意思を政策へと反映させていきます。労働者による武力革命ではなく、市民による資本と合論による“非暴力革命”です。
というのも、暴力で権力を打倒しても、結局は旧体制の官僚機構を引き継ぐしかなく、それが新たな支配構造を生むだけだからです。なぜなら、外敵から国家を守るためには、一定の制度的・軍事的基盤がどうしても必要になるからです。とのこの著作の著者も語っています。
マルクスの限界は、国際社会の“殺し合い”構造を想定していなかった点にあると私は考えています。
だからこそ、社会を進化させるには、互酬関係を築き直す必要があり、市民が持つ最大の力――つまり「資本」を行使するのが最も現実的かつ強力な道です。
資本の力は時にリバイアサンすら凌駕します。戦争時にお金があれば兵役を免れることもでき、場合によっては国外に逃げることもできます。さらに言えば、戦争が起きる前に交渉や資金提供によって戦争を回避できる可能性すらあるのです。
市民には、それほどの力がある――だからこそ「投資」と「政治献金」が不可欠です。
もちろん、これは多くの人にとってハードルが高いことです。だからこそ、GVSが必要になります。
GVSが「楽しい」理由
人は楽しくなければ動きません。べき論による強制ではなく、遊びによって世界は変わります。そのためにはGVSが不可欠です。
GVSには、政治や社会に対して“自分ごと”として関わることができる仕組みがあります。以下GVSが楽しい理由について解説します。
少人数制で主体性を持てる
5人程度のグループで議論を行うため、誰もが参加しやすく、自分の意見を出しやすい。1000人規模の場では発言の機会すら得られないかもしれませんが、GVSでは全員が“主役”です。
匿名のため忖度なしで楽しめる
意見を出すことは時にリスクを伴います。匿名性が守られていることで、安全に本音で語ることができます。匿名掲示板に似た自由さがGVSにはあります。
AIカウンセリングでどんなテーマでも自分の主張を持てる
AIカウンセリングによって、自分の悩みや願いを言語化し、関連する政治テーマや候補者まで導いてくれます。知識がなくても、議論に参加できる設計です。
例えば、誰に投票するかというテーマで話し合うとしましょう。
給料が少ない、結婚したい、マイホームが欲しいなどいろいろな悩みがあると思います。そういった点をカウンセリングしてもらい、まとめてもらってさらに投票先の候補者までAIで算出してもらえます。
テーマごとにプロフィールが生成されるのでそれを見ながら話し合いをするわけです。このようにその分野に対する知識がなくてもどんな人でも話し合いに参加できます。
代表になる楽しみ。代表を選ぶ楽しみ
代表を選び、あるいは自分が代表に選ばれるという“ゲーム性”もGVSの魅力のひとつです。どこまで登れるか、自分が選んだ代表がどんな意見を提示するかを見守る楽しさがあります。
ナビゲーターによる専門知識の補足
AIカウンセリング以外にもナビゲーターによって、どんな分野でも専門知識を補足してくれる存在がします。ナビゲーターはGVS参加者が行ってくれます。
でも、偉そうなナビゲーターに当たったらどうしよう。と思うかもしれません。ナビゲーターはGVS参加者が評価し、ランク分けされているので、なかなか偉そうにはならない仕組みです。
偉そうな人にお前は間違ってるなんて言われたら気分ぶち壊しですからね。
と以上のように、GVSには楽しい仕組みで市民が成長していき、国や経済をコントロールする存在になっていくというこです。
お金を通じた「共感革命」へ
このように、GVSという“楽しく学べる仕組み”によって、市民は徐々に政治や経済を自らのものとしていくことができます。やがては、国家や貨幣すら自然と不要になっていく――それが投資教が描く未来です。
ただし、それはあくまで自然に消えるものであり、打倒すべき対象ではありません。
むしろ、今の段階では国家も資本も、大いに利用すべきツールです。なぜなら、お金は市民が世界を変えうるための最も強力な武器だからです。
また、国家については真の国民主権になった時、とても役立つシステムとなるでしょう。
私の考えでは国家や資本を妥当するなどとんでもないと考えています。確かに目的はマルクスと似たような点があるかもしれませんが、投資教は目標達成のための手段がマルクスとは全然違うのです。
【カント】世界平和と世界市民【投資教】GVSによる政治・経済の発案
本書ではカントの思想にも触れられていました。正直に言えば、私はカントについてほとんど知識がなく、マルクス以上に未知の存在でした。しかしこの本のおかげで、彼が構想していた「世界平和」や「世界市民」に関して少し理解が深まりました。
カントは「政治経済という土台がなければ、世界市民という理念は空論に終わる」と考えていたようです。これは私も同感です。投資教では、まさにその“土台”を制度的に用意したつもりです。
- 政治の面では、政治献金とGVS(合論型投票システム)
- 経済の面では、投資とGVS
この2つの柱が、地球市民としてのリアリティを支えます。
国際連合の限界とGVSによる補完
カントは、国家同士の契約によって成り立つ国際的な枠組み――いわば国際連合のようなもの――を構想したようです。しかし現実には、国家は常に国益を最優先にするため、国際連合の存在意義は薄れがちです。建前としての平和維持には意味があるものの、実効性という点では期待外れと感じている人も少なくないでしょう。
そこで投資教では、「国家を超越した市民のネットワーク=市民政府」の構築を提案します。
GVSによる議論と合意、そして資金提供によって、国家や国連といった既存の公的機関に対しても支援や方向付けが可能になります。
GVS基金・決済システムによる国際支援
投資教におけるGVS基金では、トークテーマごとにクラウドファンディングを実施し、集まった資金の「総額」や「使用用途」は完全に可視化されます。GVS決済システムを通じて、国家や国際機関であってもこの資金を申請・使用することが可能になります。
ただし、資金を使うにはGVSによる合意=市民の意思決定が必要です。不許可であればたとえ国家機関であっても資金にはアクセスできません。
「GVSを使う国家」が支持される時代へ
「本当に国や国連がそんな市民システムを使うのか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。しかし、GVSのように透明性と正当性に優れた仕組みを積極的に利用する国家こそが、市民の信頼を得て急速に発展していくと私は考えます。
むしろGVSを導入しない、または拒絶する国家の方が、旧態依然とした“閉鎖性”を疑われるようになる時代が来るでしょう。
つまり、市民はもちろんのこと国家も積極的にトークテーマに参加し、クラウドファンディングに税金を投入する可能性が高いということです。
独裁国家との関係と妥協点
とはいえ、すべてが順調に進むわけではありません。特に、独裁体制を維持したい国家はGVSを警戒するでしょう。そもそも独裁者にとっては「支配すること」こそが目的であり、GVSのような民主的プロセスや互酬性の思想では、その欲求を満たせないと予想されるからです。
ただし、私は実際に独裁者に有って聞いたわけではないので、想像に過ぎません。案外簡単にGVSを受け入れる可能性はあります。
全面的に受け入れなかったとしても、GVSの「エンタメ用途」や「教育用途」など、政治に直結しない一部機能だけを開放することで、交渉の余地はあるかもしれません。資金と引き換えに、少しずつGVSに接触するような“間接的参加”も、現実的な道として検討されるでしょう。
市民政府にはこういった外交機能を持ちます。それは市民の総意として機能し、委任された場合を除き基本的にはだれか一人の責任や裁量によって行われるものではありません。
カントが考えた「世界平和のための4原則」
カントが構想した政治経済の仕組みを投資教は用意しました。それを踏まえたうえで本書を通じて、カントが構想していた「恒久平和のための条件」は以下の4つであるを検討してみようと思います。
- 常備軍の廃止
- 国家の干渉主義の禁止
- 国際法に基づく国家連合(連邦ではない)
- 世界市民権の導入(外国人の権利保護)
1. 常備軍の廃止
これは非常に理想的ですが、現時点では技術と制度の両面で大きな飛躍が必要です。とはいえ、GVSによって防衛政策への市民の干渉が可能になれば、徐々に“軍事によらない抑止力”が形成される可能性はあります。
2. 国家の干渉主義の禁止
これは、まさに市民政府が国境を越えて形成される未来を指しています。市民同士のつながりが国家の横断的ネットワークを作り出せば、外部干渉は徐々に減っていくでしょう。
3. 国際法に基づく国家連合
国家レベルでの条約や協定は、市民政府のような“下からの補強”があってこそ真に機能するものになります。GVSはそのための倫理的・金銭的な基盤を提供します。
4. 世界市民権の導入
これはGVSの本質に近い理念です。GVSでは国籍・人種・年齢・性別を問わず、あらゆる人が合論に参加できます。まさに「世界市民による政策合意」が実現される仕組みです。
【プルードン】経済革命【投資教】投資革命
正直に言って、私はプルードンという名前すら知りませんでした。しかし彼の主張を知ってみると、「投資教」との類似点も浮かんできました。
プルードンが目指したのは、経済における根本的な変革、いわば経済革命でした。経済を革命させるという点は投資教にかなり近い考えだと思います。その核心は次の4つに集約されます。
- 財産批判:「財産とは盗みである」
- 相互主義(ミューチュアリズム)の提唱
- 無利子銀行(人民銀行)構想
- 国家批判と“連合主義”構想
財産批判:「財産とは盗みである」
プルードンの最も有名な主張です。「財産」とは、土地や資本によって不労所得を得る“所有”の仕組みであり、労働せず利益を得る構造こそが“盗み”だというわけです。
対して投資教は、「不労所得こそ最強」と考えます。ですが、これはあくまで移行期の戦略です。最終的には投資や労働が不要な社会を目指しています。
投資教において「労働」とは、将来的にはGVS(合論型投票システム)への参加を指すことになるでしょう。つまり、社会に貢献することはもはや“稼ぐ”行為ではなく、“参加する”ことになります。
相互主義(ミューチュアリズム)の提唱
プルードンが提唱した「相互主義(ミューチュアリズム)」とは、経済関係は互酬的=対等な交換関係であるべきだという考え方です。
彼は、労働と商品価値は等価でなければならず、搾取や利子といった非対称な利益構造を排すべきだと主張しました。
そして、国家や資本家による一方的な支配ではなく、市民同士の自律的ネットワークによって経済を成り立たせる社会を理想としたのです。
この点は、投資教とも一部重なる思想です。
投資教では、GVS基金に資金が集まり、それが十分に機能し始めれば、いずれ「投資」という行為そのものが不要になる可能性があると考えています。
なぜなら、GVSが人類全体の生活インフラそのものを支え始めれば、個人的に投資をして金銭を得るというメリットが相対的に薄れていくからです。
しかも、GVS基金は「使用を前提にした資金」であり、合論によってその用途が決定されます。これは非常に重要な点です。
一般的な投資は、「使用しないこと(保持)」によって資本が増える仕組みです。つまり、使われない資本が増え続けるという非効率的な状態が前提になっています。
しかし、GVSではすべての資本が使用を前提とし、合意によって即座に使途が決まっていきます。これは、投資の世界に「資本最適主義」とでも呼ぶべき新しいパラダイムをもたらします。
つまり、資本が眠らず、すべてが社会的目的のために活用されるということです。
この「自律的ネットワーク」という発想は、投資教で言うところの市民ブロックチェーン政府に極めて近く、
最終的には個々の市民が国家や企業に匹敵する影響力を持つ世界の実現を意味しています。
国家批判と“連合主義”構想
プルードンはマルクスのように「国家の打倒」を目指したわけではなく、自律した経済共同体の連合(フェデレーション)を構想しました。
マルクスが中央集権を志向したのに対し、プルードンは分権・連合主義に価値を見出していたようです。
投資教も、結果的には地方分権が進むと予想しています。なぜならGVSによって誰もが自分の町づくりに参加できるようになるからです。
その結果、自分の住む地域を「世界で最も好きな場所」と思う人が増えていくはずです。
地方の独自性と共存
従来の資本主義では、地方は都市に「競争で勝てない」ため、都市の模倣に走りがちで、それが地方衰退の一因でした。
しかし、GVSがあれば競争ではなく共存とすみ分けが可能になります。地方は地方ならではの独自の文化や機能を追求することで魅力を発揮し、衰退ではなく“深化”の道を歩むことができます。
中央集権と分権のバランス
とはいえ、投資教は中央政府の強化も重視します。特に外交・防衛の分野では、やはり一定の中央的統制が必要です。
結果として、投資教はプルードンの分権主義とマルクスの統合主義の両方を取り入れた思想になっているのかもしれません。
実際にはどうなるかは分かりませんが、「市民が資本を持ち、合論により世界を動かす」という仕組みがあれば、どちらの思想にも新しい価値を加えることができるでしょう。