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戦争を止める方法はあるのか?国家だけに任せない平和の作り方

戦争のニュースを見ながら、

「もう戦争をやめればいいのに」

と思ったことはないでしょうか。

爆撃によって家を失う人がいる。

家族を失う人がいる。

兵士として戦場へ送られる人がいる。

水道や電気、病院、学校といった生活に必要なものまで壊れていく。

それを遠くから見ながら、私たち一般市民にできることは非常に限られているように感じます。

寄付をする。

SNSで発信する。

デモへ参加する。

選挙で自分の考えに近い政治家へ投票する。

もちろん、どれも意味のある行動です。

しかし、それでも大きな疑問が残ります。

戦争そのものを止める力を、市民は持っているのでしょうか。

国家間の戦争を止めるためには、政府、軍、外交官、国際機関などの役割が欠かせません。

しかし、戦争によって生活を大きく変えられるのは、そこで普通に暮らしている人々です。

だとすれば、戦争を止める仕組みを国家だけに任せるのではなく、市民自身も社会を動かす力を持つことはできないのでしょうか。

シビックドライブでは、この問題を単なる「戦争反対」という言葉ではなく、

市民の意思決定力、資本力、実行力をどう高めるか

という問題として考えます。

目次

「戦争反対」と言えば戦争は止まるのか

戦争を止める方法を考えるとき、最初に認めなければならないことがあります。

戦争は、

「戦争は悪いからやめよう」

という道徳だけでは止まらない場合があります。

戦争をしている当事者には、それぞれ戦いを続ける理由があります。

自国を守るためだと考えているかもしれません。

領土、安全保障、資源、政治権力などをめぐる対立かもしれません。

相手が約束を守らないと考えている場合もあります。

「自分たちだけが武器を置けば、相手が有利になる」

と恐れている場合もあります。

戦争を終わらせる研究でも、こうした「相手が停戦後の約束を守るのか分からない」という不確実性は重要な問題として扱われてきました。

和平合意には、その不安を減らすために、非武装地帯、第三者による保証、平和維持活動、共同委員会などが組み込まれることがあります。こうした仕組みを含む、より強い和平合意ほど平和が長く続く傾向があるという研究もあります。

つまり戦争は、

「悪い人を説得すれば終わる」

というほど単純ではありません。

相手を信用できない。

武器を置くのが怖い。

停戦しても再び攻撃されるかもしれない。

こうした問題まで解決する仕組みが必要です。

実際に戦争を止めるために使われてきた方法

では、これまで人類はどのように戦争を止めようとしてきたのでしょうか。

方法は一つではありません。

外交交渉があります。

第三者による仲介があります。

停戦があります。

和平協定があります。

停戦を守っているか確認する監視・検証があります。

平和維持活動があります。

人道支援があります。

対立している集団が政治へ参加できるような制度改革が行われる場合もあります。

国連の停戦仲介ガイダンスも、停戦を単なる「撃つのをやめる約束」とは考えていません。

停戦を持続させるには、交渉だけでなく、監視・検証、実施体制、複数の関係者の参加などが必要になります。

また停戦は、民間人を守ったり人道支援を届けたりするだけでなく、その後の包括的な和平交渉につなげる機会にもなります。

つまり、

戦争を止める方法自体は存在します。

しかし、

どんな戦争にも使える万能の一つの方法はない

ということでもあります。

問題は「戦争を止めること」だけではなく「再び始めないこと」

停戦が成立すれば、それで平和なのでしょうか。

そうとは限りません。

武器を置いても、対立の原因や強い不満が残っていれば、再び暴力へ戻る可能性があります。

だから、

戦争を止めること

と、

戦争が再び起きにくい社会を作ること

は分けて考える必要があります。

国連と世界銀行が共同でまとめた『Pathways for Peace』は、この点について重要な指摘をしています。

少し難しく書かれているのですが、簡単に言えばこういうことです。

ある社会で、

「自分たちの集団だけ政治に参加できない」

「自分たちだけ土地や天然資源を利用できない」

「警察や司法に公平に守ってもらえない」

「仕事や公共サービスへ公平にアクセスできない」

といった状態が長く続くとします。

すると、

「自分たちは不公平に扱われている」

という不満が蓄積します。

その不満が必ず戦争になるわけではありません。

しかし、政治的に利用されたり、暴力を使う集団への支持につながったりすれば、紛争が暴力へ発展する土壌になることがあります。

『Pathways for Peace』は、こうした権力、資源、サービス、安全、司法などへのアクセスをめぐる排除や不満が、現代の多くの暴力的紛争と関係していると指摘しています。

そのため、暴力が起きてから軍事的に対応するだけではなく、対話、市民参加、制度改革、より包摂的な政策などによって、暴力になる前に対処することを重視しています。

つまり、

戦争を防ぐということは、戦場だけを見ることではありません。

平時の社会で、

「自分たちは社会から排除されている」

と感じる人々を増やさないことも、長期的な紛争予防の一部なのです。

平和を作るのは戦っていた人たちだけなのか

戦争を止める交渉というと、

政府の代表。

軍の代表。

武装勢力の代表。

外交官。

といった人たちが一つの部屋で話し合う姿を想像するかもしれません。

もちろん、実際に武器を持って戦っている当事者の合意は欠かせません。

しかし、

戦争をしていた当事者だけで平和を作らなければならないわけではありません。

ここでいう「市民社会」とは、主に第三国の市民だけを意味するものではありません。

紛争が起きているその国や地域で暮らしている、

地域住民、

女性団体、

若者団体、

NGO、

宗教団体、

地域のリーダー、

企業、

その他の市民組織なども含みます。

国連も、平和構築を長く続けるためには、こうした現地の市民社会、女性、若者、地域コミュニティとの関わりを強めることを重視しています。

もちろん、第三国の市民団体や国際NGOなどが仲介や支援へ関わることもあります。

しかし重要なのは、

「戦争をしている政府と武装勢力だけが平和を作る主体であり、それ以外の人は待つだけ」

ではないということです。

実際、50の和平プロセスを分析した研究では、市民社会が継続的に参加する「包摂的委員会」が、より持続的な平和を説明する要因の一つになっていました。

特に、和平協定を作ったところで市民参加を終わらせず、その後の監視や実施にも関わり続けることが重要ではないかと論じられています。

これは、

「市民が参加すれば戦争は必ずなくなる」

という意味ではありません。

しかし少なくとも、

平和を作る主体は、戦争をしている当事者だけに限定する必要はない

ということです。

市民が本当に守りたいものは何なのか

戦争について考えるとき、

どちらの国が勝つのか。

どちらの軍隊が強いのか。

どちらの指導者が正しいのか。

という話になりがちです。

しかし、普通に暮らしている人にとって、戦争が始まったときに重要になることはもっと身近です。

今日も水が出るか。

電気が使えるか。

食料が届くか。

病院へ行けるか。

薬が手に入るか。

通信できるか。

仕事を続けられるか。

家族が安全に暮らせるか。

つまり、安全保障とは、

敵を倒す能力

だけではありません。

危機が起きても人間の生活を維持できる能力

も安全保障の一部として考えることができます。

食料。

エネルギー。

医療。

物流。

通信。

住宅。

防災。

生産設備。

こうした生活基盤を強くすることも、人間を守る力です。

シビックドライブでは、この方向をProtectionの重要な要素として考えます。

「敵を倒す」以外の方法で安全になる

例えば、ある国から食料輸入が止まっただけで多くの人が困る社会と、自国内や複数の地域から食料を確保できる社会では、危機への耐久力が違います。

一つの発電所が止まれば大規模停電する社会と、複数の電源を持つ社会でも違います。

一つの物流拠点が止まれば物資が届かなくなる社会と、複数の輸送経路を持っている社会でも違います。

医薬品の大部分を一つの国に依存する社会と、複数の供給源や一定の国内生産能力を持つ社会でも違います。

つまり、

相手を弱くする

以外にも、

自分たちを壊れにくくする

という安全保障があります。

もちろん、それだけで軍事力が不要になると断定することはできません。

攻撃を抑止する軍事力が必要だという考えにも理由があります。

重要なのは、

「安全になるには敵を倒すしかない」

という一つの方法だけに、安全保障を依存させないことです。

市民には「意見」だけでなく「力」が必要ではないか

ここからが、シビックドライブ独自の問題意識です。

市民には投票権があります。

言論の自由があります。

SNSがあります。

しかし、社会を実際に変えるには、意見を言うだけでは足りない場合があります。

「食料供給を強くした方がいい」

と言っても、設備を作るには資金が必要です。

「災害に強い通信網が必要だ」

と言っても、技術開発や設備投資が必要です。

「戦争を避けるため、他国の市民との交流を増やしたい」

と思っても、活動を長く続けるためには人材や資金が必要です。

つまり社会を動かすには、

意思決定力、

資本力、

実行力

が必要です。

シビックドライブでは、この三つを市民側へ増やすことを重視します。

その市民側の力を、ここではまとめてシビックパワーと考えます。

シビックパワー|市民が社会を動かす力

シビックパワーとは、単にお金を持っているという意味ではありません。

市民が、

何をするべきか考える。

何に社会の資金を使うか決める。

実際に行動する。

という力を持つことです。

例えば、

「私は地域の非常用電源について調査し、必要な設備をまとめて公開します」

というDriveがあったとします。

その活動に多くの人が価値を感じたのであれば、調査や実証に使える資金を回すことができる。

別の人が、

「私は地域の食料備蓄量を調べ、不足する品目を公開します」

というDriveを出したのであれば、その活動にも資金を回せる。

こうして、

「重要だと思います」

という意見だけではなく、

重要だと思う活動へ実際に資源を移す

ところまで市民が関われる状態を目指します。

シビックファンドの資金はどこから来るのか

ここで当然、疑問が出ます。

そのお金はどこから来るのでしょうか。

シビックファンドの資金が、何もないところから生まれるわけではありません。

シビックドライブでは、現在進めている企業・商品審査や比較記事などから得られるアフィリエイト収益を含め、シビックドライブに関連する事業から生まれる収益を原資の一つとして積み上げていく構想です。

将来的には、シビックドライブと関係する事業が増えれば、その事業収益の一部をファンドへ回すことも考えられます。

重要なのは、

資金を集める仕組み

と、

その資金をどこへ使うか決める仕組み

を分けることです。

シビックファンドが現実のお金を集める。

そして市民はGVSなどを通じて、

「どの活動を優先するのか」

「どのDriveへ予算を使うのか」

を決める。

つまり、

収益を得る

シビックファンドへ蓄積する

市民が配分先を決める

選ばれた活動を実行する

という流れです。

これはまだ構想段階であり、どの資金源をどの割合で使うかまで確定しているわけではありません。

しかし、

「市民が社会を動かすには資金が必要である」

という問題から逃げず、市民側にも継続的な資本を作ることを目指します。

シビックファンドで「平和へ使える資本」を作る

シビックファンドに十分な資本が蓄積されれば、それをさまざまな社会活動へ使うことができます。

例えばProtectionなら、

食料供給の強化。

分散型エネルギー。

災害時通信。

医療設備。

物流網。

水道インフラ。

避難設備。

必要な物資の備蓄。

などが考えられます。

あるいは、他国の市民との交流や、紛争地域で活動する平和構築団体などに資金を回す方法も考えられます。

もちろん、具体的に何へ使うかは、その時々の状況を見ながら決める必要があります。

ここで重要なのは、

「戦争が起きたら国が何とかしてくれる」

だけではなく、

平時から市民自身が社会を壊れにくくする資本を持つ

ということです。

戦争を止める力とは、

戦争中に「やめてください」と言う力だけではありません。

戦争になりにくい社会や、戦争が起きても人々の生活を守れる社会を、平時から作る力でもあります。

GVSで「戦争賛成か反対か」だけではない議論をする

しかし、お金だけ持っていても、

どこへ使うか

を決められなければ意味がありません。

そこでGVSがあります。

GVSは合論型投票システムです。

GVSでは、いきなり大人数で賛成・反対へ分かれるのではなく、原則として5人程度の匿名ルームで合論します。

合論では、

実行案であるDriveと、

Driveを実行することに伴って他者にしてほしいことを伝える要請案であるSupport

を使います。

例えば、

「政府は戦争をやめろ」

という批判だけで終わらせるのではなく、

Driveとして、

「私は現在提示されている停戦案について一次資料を調べ、それぞれの内容と争点を整理して公開します」

という案を出すことができます。

そのDriveに伴って、

「現地の人道状況について信頼できる資料を知っている人は教えてほしい」

というSupportを出すこともできます。

別の人なら、

「私は地域の食料・水・医療の供給体制を調査し、戦争や大規模災害が起きた場合の弱点を公開します」

というDriveを出すかもしれません。

戦争について話すことを、

「誰が悪いのか」

だけではなく、

「では、自分はこれから何をするのか」

へ変えていきます。

大人数の意思を、小さな合論から集約する

GVSでは、5人程度で合論した後、一人の代表者と一つの代表Driveへ投票します。

そして各ルームから選ばれた代表者同士が、再び5人程度のルームを作って合論します。

そこでも代表者と代表Driveを選びます。

これを段階的に繰り返します。

何百万人もの人を一つの会議へ集めることはできません。

しかし、

小さな合論

代表者

次の小さな合論

という構造なら、一人ひとりが参加できる小ささを維持しながら、大規模な意思決定へつなげられるのではないかと考えています。

代表者に選ばれなかった人も、そこで完全に切り離すわけではありません。

代表者へ、

「次の合論でこの問題について聞いてほしい」

「この資料も確認してほしい」

といった伝達や確認を依頼できる仕組みを想定しています。

シビックドライブでは、

代表者を選んだら政治を任せて終わり

ではなく、

代表者を選んだ後も市民が社会に関わり続ける

状態を目指します。

市民の実行力がなければ、決めても何も変わらない

ただし、投票するだけでも足りません。

「食料供給を強くする」

と決めても、誰も実行しなければ変わりません。

「他国との民間交流を増やす」

と決めても、活動する人がいなければ実現しません。

「戦争や災害に強い通信網を作る」

と決めても、技術者も設備も資金も必要です。

そこで必要になるのが、市民の実行力です。

調査する人。

発信する人。

開発する人。

現場で働く人。

必要な人材をつなぐ人。

企業。

研究者。

資金を提供する人。

一人の英雄がすべてを行う必要はありません。

一人ひとりが自分のできることを持ち寄ればいい。

シビックドライブが目指しているのは、

国家に代わって市民が国家になることではありません。

国家とは別に、市民自身にも社会を動かす力を持たせることです。

国家か市民か、という二択ではない

ここは重要です。

戦争を止めるために、

政府はいらない。

軍隊はいらない。

国際機関はいらない。

という話ではありません。

外交交渉には政府が必要です。

停戦監視には専門組織が必要です。

国際法も必要です。

場合によっては、安全を守るための軍事的抑止が必要だという考えもあります。

シビックドライブが追加しようとしているのは、

その下にあるもう一つの層です。

政府。

国際機関。

企業。

そして、

市民。

市民も意思決定する。

市民も資本を持つ。

市民も実行する。

国家と市民のどちらかを選ぶのではなく、

社会を守り、平和を作る主体を増やす

という考え方です。

戦争を始める力が集中しているなら、止める力も分散させる

戦争には巨大な組織力が必要です。

軍事力。

資金。

技術。

エネルギー。

兵器生産。

物流。

情報。

政治的な意思決定。

つまり戦争は、大きな力が集中することで可能になります。

だとすれば、平和を作る側にも力が必要です。

ただ「戦争反対」と叫ぶだけでは、大きな組織力に対してできることには限界があります。

市民同士がつながる。

資金を持つ。

技術を持つ。

情報を持つ。

意思決定できる。

実際に活動できる。

こうした力を、市民側にも少しずつ増やしていく。

その力が十分に大きくなれば、

「戦争をやめてください」

とお願いするだけの市民から、

戦争以外の選択肢を実際に作れる市民

へ変わる可能性があります。

戦争を止める力は、戦争が始まる前に作る

戦争が始まってから突然、市民が大きな力を持つことはできません。

だから重要なのは平時です。

普段から地域の問題を話し合う。

企業の問題を改善する。

生活基盤を強くする。

技術を開発する。

資金を蓄える。

社会をより良くする活動へ予算を配分する。

知らない人同士でも協力できる仕組みを作る。

こうした小さな経験の積み重ねが、市民の意思決定力、資本力、実行力を高めていきます。

そして、それは戦争だけに使う仕組みではありません。

災害。

貧困。

犯罪。

労働問題。

地域の問題。

技術開発。

さまざまな場面で使えます。

普段から社会問題を自分たちで解決する経験を持つ市民なら、戦争という巨大な問題に直面したときにも、ただ見ているだけではなくなるかもしれません。

戦争を止める万能な方法はない

では結局、

「戦争を止める方法はあるのか?」

という最初の問いに戻りましょう。

あります。

外交があります。

仲介があります。

停戦があります。

和平協定があります。

監視・検証があります。

平和維持があります。

市民社会を和平へ参加させる方法もあります。

そして紛争が暴力へ変わる前に、排除や不満の原因へ対処する予防もあります。

しかし、

これさえあればすべての戦争が止まる

という万能な方法は確認されていません。

戦争ごとに原因も状況も違います。

それでも、一つ考えられることがあります。

戦争を止める力を、政府や軍や国際機関だけに持たせる必要はないのではないか。

市民も社会を動かせる。

市民も予算を動かせる。

市民も意思決定できる。

市民も技術や生活基盤を作れる。

市民も国境を越えて協力できる。

そうした社会を作ること自体が、長期的な戦争予防の一つになり得るのではないでしょうか。

「誰が悪いか」だけではなく「これからどうするか」

戦争が起きると、

どちらが悪いのか。

誰が始めたのか。

どちらが勝つべきなのか。

という議論になります。

当然、責任を検証することは必要です。

国際法違反をなかったことにする必要もありません。

しかし、それだけでは未来は変わりません。

シビックドライブが合論で重視するのは、

「悪いあの人」

「かわいそうな私」

だけにとどまらず、

「では、これからどうするか」

へ進むことです。

戦争についても同じです。

私は何を調べるのか。

私は何を発信するのか。

私は何を作るのか。

私はどんな社会を守るのか。

その実行に伴って、他の人に何をしてほしいのか。

そして、どの活動へ社会の資金を配分するのか。

一人の力は小さいかもしれません。

しかし、市民が意思決定力、資本力、実行力を持ち、それらを結び付けられるようになれば話は変わります。

戦争を止める方法を、

「偉い誰かが見つけてくれるもの」

として待つのではなく、

市民自身も作る側へ回る。

シビックドライブが目指しているのは、そんな社会です。

戦争をなくせると、今の段階で証明することはできません。

しかし、

市民が社会を動かす力をほとんど持たないままで、本当に戦争をなくせるのか。

その問いについては、考えてみる価値があるのではないでしょうか。

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