MENU

Braskem S.A.(ブラスケム)の企業審査|総合シビックランクC|バイオPEは高評価、マセイオ地盤沈下と約109億ドル債務再編が重大課題

コンビニやスーパーでレジ袋を1枚受け取る。同じように見える袋でも、原料が石油由来かサトウキビ由来かによって、製品のライフサイクルで生じる温室効果ガスや、企業がどの資源へお金を流すかは変わります。Braskemのサトウキビ由来ポリエチレン「I’m green bio-based」は日本の小売用袋にも使われ、2025年には一部地域でバイオマスプラスチックを95%使用した袋が導入されました。Braskemは、この取り組みだけで年間約3,900トンCO2eの削減効果を見込んでいます。

ところが、その材料を供給するBraskemという企業全体を見ると、話は「環境に配慮したプラスチック企業」だけでは終わりません。ブラジル・アラゴアス州マセイオでは、岩塩採掘に伴う地盤沈下によって1万4,000件を超える不動産が影響を受け、約6万人が移転しました。2025年にはブラジル連邦検察がBraskemと15人を刑事告発しており、補償・鉱山閉鎖・環境修復は現在も続いています。さらに2026年8月には、Braskem自身が約109億ドルの無担保金融債務を対象とする裁判外再建手続きを申し立てました。

つまり、私たちが「環境に良さそうな素材」を選ぶとき、その素材の性能だけで企業全体を判断してよいのかが問われます。資源循環技術は本当に人間社会へ還元されているのか。その裏側で地域住民、従業員、安全、供給継続へどのような負担が生じているのか。Braskem S.A.を企業単位で審査します。

目次

結論:Braskem S.A.(ブラスケム)の総合シビックランクはC

Braskem S.A.の総合シビックランクはCと審査します。

Braskemには、A相当と評価できるInnovationがあります。サトウキビ由来エタノールからグリーンエチレンを製造し、石油由来PEと同等の用途・リサイクル性を持つバイオPEへ変換する技術は、すでに年間27万5,000トンのグリーンエチレン能力まで産業化されています。2025年には日本でも小売用袋への採用が拡大し、再生材ではWenewブランドを通じて機械・化学リサイクル由来材料の実装も進めています。

通常の工場Safetyも、2025年の記録災害・休業災害頻度が従業員と第三者を含め100万労働時間当たり0.80となり、2024年比12%改善しました。プロセス安全のTier 1とTier 2もそれぞれ0.06で、合計0.12です。従業員面では世界で8,233人を雇用し、ブラジルの従業員は労働協約の対象です。2025年9月からのリオデジャネイロの一部協約では、対象給与帯に5.05%の賃金調整も確認できます。

しかし、企業審査では重大事故や重大な人間への害を技術・賃金の長所で相殺しません。

マセイオの地盤沈下は、単発の小規模事故ではありません。連邦検察は、岩塩採掘に関連する地盤沈下によって1万4,000件を超える不動産が直接影響を受け、約6万人が移転したと説明しています。Braskemは2019年に岩塩採掘を終了し、補償・移転支援・鉱山閉鎖を進めています。2026年7月末までに住民向け補償提案1万9,205件、受諾1万9,144件、支払い1万9,132件、補償と財政支援の累計42億5,000万レアルという進捗があります。

改善・補償は明確に評価すべきです。しかし、地域そのものが大規模に居住不能となり、多数の住民が生活基盤を失った重大性は消えません。2025年10月には連邦検察がBraskemと15人を環境犯罪等で刑事告発しました。これは有罪確定ではなく、法的手続きが続く段階です。したがって「犯罪企業」と断定することはしませんが、企業審査上の重大項目としてSafetyと事業による人間への貢献を大きく下げます。

さらに2026年のProtectionには財務面の重大な懸念があります。6月末時点でKPMGは、Braskemの継続企業としての能力に重大な疑義を生じさせ得る重要な不確実性を指摘しました。8月24日にはBraskemと一部子会社が約109億ドルの無担保金融債務を再編する裁判外再建手続きを申請し、8月28日に裁判所が手続きを進める決定を出しています。仕入先・顧客等への通常債務は対象外で、会社は通常業務を継続すると説明していますが、供給継続力を評価するProtectionでは無視できません。

そのため、Innovation A、労働環境B、事業による人間への貢献C、Safety C、Protection Cとし、総合Cとします。

評価項目シビックランク主な評価
事業による人間への貢献C基礎化学品・樹脂は生活と産業を支え、バイオPE・再生材も有用。一方、マセイオ地盤沈下で約6万人の移転を生じさせた重大な負の影響が続く
労働環境B労働協約、福利厚生、賃金調整、多様性施策を評価。総離職率上昇、女性比率の低い製造現場、男女報酬差が残る
SafetyC通常操業の災害頻度は改善。マセイオの長期・大規模な地域被害を重大項目として重く評価
InnovationA年27.5万トンのグリーンエチレン、バイオPE、再生材、化学リサイクルなどを産業規模で実装
ProtectionCグローバル拠点とサイバー改善は評価。継続企業の重要な不確実性と約109億ドルの債務再編が供給継続上の大きな懸念
総合シビックランクC循環・再生可能技術は強いが、マセイオの重大被害と2026年の財務継続リスクを他の長所で相殺できない

基本情報

Braskemは2002年に形成されたブラジルの石油化学企業です。ポリエチレン、ポリプロピレン、PVCなどの熱可塑性樹脂と、エチレン、プロピレン、ブタジエン、芳香族などの基礎化学品を製造・販売しています。世界10カ国、40の工業拠点を持ち、70カ国を超える顧客へ供給しています。

2026年6月以降の資本関係では、Shine I FIPとPetrobrasが共同支配する構造になっています。Shine I FIPは議決権株式の50.11%、総資本の34.32%、Petrobrasは議決権株式の47.03%、総資本の36.15%を保有しています。重要な経営事項について共同支配する株主間契約が発効しています。

項目内容
会社名Braskem S.A.
日本語表記ブラスケム
設立・形成2002年
法的本拠Camaçari, Bahia, Brazil
CEOHélcio Tokeshi、2026年6月就任
上場B3、NYSE、LATIBEX
主な製品PE、PP、PVC、エチレン、プロピレン、ブタジエン、芳香族、特殊化学品
世界展開10カ国、40工業拠点、70カ国超の顧客
従業員数8,233人、2025年末
2025年連結売上高707億17百万レアル
2025年連結純損失109億61百万レアル
共同支配株主Shine I FIP、Petrobras

Hélcio Tokeshi氏は2026年6月にCEOへ就任しました。2025年の連結売上高は707億17百万レアルでしたが、純損失は109億61百万レアルでした。2024年にも120億52百万レアルの純損失を計上しており、長期化する世界石油化学市況の低迷や財務負担が経営を圧迫しています。

主な業務内容と主要拠点

Braskemの製品は完成品として消費者の前に出るより、包装、容器、自動車、建築、衛生用品、家電などを作る企業へ原料として供給されます。つまり、私たちが買う商品の素材選択を上流から左右する企業です。

世界10カ国に拠点を置き、工業拠点は40カ所あります。ブラジルではBahia、Alagoas、Rio de Janeiro、Rio Grande do Sul、São Pauloなどに生産拠点があり、米国、メキシコ、ドイツにも主要な樹脂・化学品事業を持っています。

ブラジルの基礎化学・樹脂事業

ブラジルではナフサ、天然ガス、エタン、プロピレンなどを原料として基礎化学品を作り、それをPE、PP、PVCなどへ転換する統合型の生産構造を持っています。2025年のForm 20-Fでも、ブラジル事業には主要石油化学コンプレックスでの化学品生産、PE、PP、PVC、苛性ソーダ、再生可能資源由来のグリーンPEが含まれると説明されています。

これは供給効率の面では強みです。基礎原料から樹脂まで同一企業グループ内でつなぐことで、包装・自動車・建築など幅広い顧客へ大量の材料を供給できます。

一方で、現在も事業の中心は化石資源由来の石油化学です。

Braskemは再生可能製品への移行を掲げていますが、2025年にはRio de Janeiroの石油化学拠点でエチレンとPE能力を大幅に増強する計画も進めています。つまりBraskemは「化石由来プラスチックをやめて再生可能材料へ全面移行した企業」ではありません。従来事業の競争力を維持・拡大しながら、バイオ・リサイクル領域を増やそうとしている移行途中の企業です。

Rio Grande do Sulのグリーンエチレン

Innovationの中心となるのがTriunfoのグリーンエチレン設備です。

サトウキビ由来エタノールを脱水してエチレンにし、その後PEへ重合します。2025年時点の生産能力は年間27万5,000トンで、2010年の当初能力20万トンから37%拡大しました。

バイオPEは分子構造としては従来のPEと同じため、既存製品へ置き換えやすく、既存のPEリサイクル工程にも乗せられる点が強みです。

Alagoasとマセイオ

Alagoasは、Braskemを評価するときに避けて通れない地域です。

同社は長年、マセイオでPVC・苛性ソーダ等の原料となる岩塩を地下採掘していました。2019年の地質調査によって地盤沈下と岩塩採掘の関係が指摘され、Braskemは岩塩採掘を永久停止しました。その後は住民移転、補償、鉱山空洞の閉鎖・安定化、地盤監視、地域修復が進められています。

ここは単なる「過去に閉鎖した工場」ではありません。2026年現在も補償、鉱山閉鎖、環境監視、法的責任の処理が続いており、企業のSafetyと人間尊重を判断する中心的な論点です。

米国・欧州・メキシコ

米国ではPP事業、欧州ではドイツを中心とするPP事業、メキシコではBraskem Idesaを通じてPE事業を展開しています。

ただしBraskem Idesaは別法人を含む子会社のため、同社固有の雇用・事故・債務をBraskem S.A.単体の実績としてそのまま書き換えません。

2026年の継続企業評価ではBraskem Idesaを含む連結債務も財務状態へ影響していますが、親会社単体と連結を区別して扱う必要があります。

事業による人間への貢献

事業による人間への貢献はCと評価します。

この評価で難しいのは、Braskemが「役に立つ素材」を大量に供給している事実と、同じ企業が極めて大きな地域被害を抱えている事実が共存していることです。

プラスチック・化学品は生活に必要な機能を持つ

PE、PP、PVCは、食品包装、衛生用品、パイプ、電線、自動車部品、医療・生活用品などで使われます。

軽量、防湿、耐薬品、耐久性などの性質によって、食品の保存、物流の軽量化、衛生環境、インフラの耐久性を支える用途があります。Braskem自身も食品包装、建築、製造、自動車、農業、医療、衛生など幅広い用途へ材料を供給しています。

したがって「プラスチックを作る企業だから人間への貢献が低い」と単純化はしません。

問題は、必要な機能を提供しながら、化石資源の使用、廃棄物、温室効果ガス、地域環境への被害をどこまで減らせるかです。

日本のレジ袋にも使われるバイオPE

日本の読者に最も直接的な接点はI’m green bio-basedです。

Braskemによると、日本では2020年以降、コンビニ、スーパーなどの買物袋で30%を超える濃度のバイオPE採用が広がり、2025年5月には一部地域で95%バイオマスプラスチックの袋が導入されました。

Braskemは、2025年に販売予定のバイオプラスチック量を前提に、この取り組みで年間約3,900トンCO2eの削減を見込んでいます。また過去3年間に日本へ出荷したバイオプラスチックが主に買物袋へ使われたことで、ライフサイクルベースで約46万トンCO2eの削減に寄与したと説明しています。

これらはBraskem自身の算定値であり、日本全体の削減量として第三者が確定した数字とは扱いません。

それでも「再生可能素材を研究している」という段階ではなく、日本の小売現場へ実装されている点は事業価値として評価できます。

再生材の販売拡大と旧目標

BraskemのWenewは、消費後再生材などを含む循環型製品のブランドです。

機械的リサイクルだけでなく、化学リサイクル由来の樹脂も商業化しており、2025年にはNesteの循環原料を使って生産したPEをCopobrasへ販売し、ペットフード用の軟包装へ使う取り組みを開始しました。

ここでは目標と実績も見る必要があります。

Braskemは2020年に「2025年までに再生材含有製品を年間30万トン販売する」という目標を公表していました。

Braskemは循環型製品の開発を着実に進めていますが、巨大な化石由来樹脂事業を短期間で置き換えられているわけではありません。

マセイオの被害は事業貢献を大きく引き下げる

企業が生活に役立つ製品を作っていても、その事業活動によって別の地域で多数の人の住居・生活基盤を失わせた場合、人間への総合貢献を高く評価することはできません。

連邦検察は、マセイオの地盤沈下で1万4,000件を超える不動産が影響を受け、約6万人が移転したとしています。失われたものは住宅だけではなく、地域社会、支援ネットワーク、文化や記憶まで含まれると説明しています。

Braskemは補償を進め、2026年7月末までに1万9,132件の支払いを完了し、補償・財政支援の累計は42億5,000万レアルです。

補償率が高いことは重要な改善です。しかし、補償金を支払えば「何も起きなかった状態」に戻るわけではありません。

この規模の人間への負の影響は、バイオPEの長所で相殺しないというのがシビックランクの原則です。

以上から、循環・再生可能材料の貢献は大きいものの、企業全体の事業による人間への貢献はCとします。

代表業務を審査:ポリエチレンなど基礎樹脂・化学品の製造供給

Braskemを最も象徴する代表業務は、「エチレンなどの基礎化学品を製造し、ポリエチレンをはじめとする樹脂へ転換して世界へ供給すること」とします。

バイオPEだけを代表業務にするとBraskem全体が再生可能材料企業のように見え、通常の化石由来石油化学事業を過小評価してしまうためです。

大量供給による社会基盤性

BraskemはPE、PP、PVCなどを大量生産し、70カ国を超える顧客へ供給しています。化学品・樹脂の生産能力は2,000万トンを超える規模です。

個別ブランドを消費者へ売る会社ではなく、包装メーカー、自動車部品メーカー、建材メーカーなどの上流に位置します。

この業務の価値は、多様な産業へ安定した物性を持つ材料を供給することです。

しかし、供給量が多いほど、化石原料の消費、製造時排出、使用後廃棄物への責任も大きくなります。

同じPEを再生可能原料へ置き換えられる

I’m green bio-basedの革新性は、「新しい特殊プラスチックを別の回収系で管理する」のではなく、従来PEと同じ分子をサトウキビ由来エタノールから作ることです。

既存の製品設計やリサイクル工程を大きく変えず、原料側の化石依存を下げられる可能性があります。年間27万5,000トンまで能力を拡大したことは、研究室レベルではない産業化実績です。

それでも化石由来事業が中心

一方、同社全体の化学品・樹脂能力は2,000万トン規模です。

27万5,000トンのグリーンエチレンは重要ですが、会社全体から見れば一部です。

さらにRio de Janeiroでは化石資源由来の原料も使うPE設備の拡張計画を進めています。

したがって代表業務は「石油化学をやめた会社」ではなく、「巨大な従来型石油化学事業の中で再生可能・循環型材料への転換を進める会社」と評価するのが正確です。

労働環境

労働環境はBと評価します。

Braskemはブラジル、米国、メキシコ、ドイツなど複数国で8,000人を超える人を雇用するため、全世界を一つの給与・休日制度で評価することはできません。

ブラジルの労働協約、グローバル人員統計、福利厚生、多様性データを分けて見ます。

従業員数と雇用の変化

2025年末のグローバル従業員数は8,233人です。

2024年の8,382人から1.8%減少し、2023年の8,569人からも減っています。ブラジルだけで6,277人を雇用しています。

2025年の会社開示では、総離職率は前年から上昇し、自発的離職率はわずかに低下しています。従業員数の減少だけで大量解雇と断定はできませんが、財務悪化が続く企業で人員が2年続けて減っていることは雇用安定を見るうえで注意が必要です。

ブラジルでは労働協約の対象

Braskemのブラジル従業員は各地域の石油化学・化学労組による労働協約の対象です。

2025年末時点で、ブラジルでは従業員の25%が任意の組合費を負担していましたが、拠出の有無にかかわらず対象従業員には労働協約が適用されます。

労使で賃金・労働条件を交渉できる制度的な基盤があることはプラスです。

リオデジャネイロの一部協約では5.05%の賃金調整

ブラジル労働省のMediadorで確認できる2025/2026年のリオデジャネイロ市のBraskem S.A.向け協約では、2025年9月1日から月額基本給2,112.77レアルの最低水準が設定されています。

基本給13,812.80レアル以下については5.05%の賃金調整、それを超える場合は697.56レアルを加算する内容です。

Duque de Caxiasの対象協約でも同様の5.05%調整が確認できます。

これはBraskem全世界の一律ベースアップではありません。地域・労組・職種を限定した労働協約です。

それでも、公式の労働協約で既存社員の基本給調整を確認できる点は評価できます。

福利厚生

ブラジルでは従業員と扶養家族に医療・歯科支援があり、年金制度も設けられています。2025年の開示ではブラジル従業員の91%が確定拠出型年金制度へ参加していました。

ただし、ブラジル本体社員の福利厚生を米国・メキシコの全従業員へ同じ条件で適用しているとは扱いません。

女性の採用と管理職

2025年の女性採用比率は、事務系で52.4%、オペレーションで18.7%でした。

女性リーダー比率は33%で、女性の採用・昇進を増やす取り組みには一定の成果があります。

一方、製造・オペレーションの女性採用18.7%はまだ低く、現場の男女構成には偏りがあります。

類似職位でも報酬差が残る

2025年の会社開示では、類似する職位・機能ごとに女性の平均報酬を男性100に対する割合で示しています。

複数の職位で固定・変動報酬が100%を下回っており、男女のキャリアと報酬には改善余地があります。

これは「同じ仕事をする女性全員の給与テーブルを低く設定している」と証明する数字ではありません。同一職位内でも経験、勤務地、職責、評価などが異なります。

しかし、比較可能な職位に絞っても差が残ることは、労働環境の改善点です。

ハラスメントと育児

2025年にはブラジルでモラル・セクシュアルハラスメント防止の教育や研修を進めています。

育児支援や多様性施策も整備されており、女性リーダー比率を2030年までに40%へ高める目標があります。2025年時点では33%でした。

労働環境Bの理由

労働協約、賃金調整、医療・年金、多様性施策など明確な長所があります。

一方、総従業員数が減少し、現場の女性採用比率は低く、類似職位でも男女報酬差が残ります。

さらに2026年は会社自体が大規模債務再編へ入っており、今後の人員・福利厚生への影響を継続して確認する必要があります。

現時点ではCへ下げるほど労働条件自体に深刻な問題が確認されたわけではないためBとします。

Safety

SafetyはCと評価します。

BraskemのSafetyは、通常操業の労働災害・プロセス事故だけ見れば比較的良好です。しかし、企業審査では社員だけでなく地域住民の生命・健康・生活基盤もSafetyに含めます。

そのため、マセイオの地盤沈下を別枠の重大項目として評価します。

通常操業の事故頻度は改善

2025年の記録災害・休業災害頻度は、従業員と第三者を合わせ100万労働時間当たり0.80でした。

2024年から12%低下しています。

プロセス安全ではTier 1が0.06、Tier 2も0.06で、合計0.12でした。職業性疾病の報告は0件です。

Braskemは2030年に労働災害頻度を0.5まで下げる目標を掲げているため、2025年0.80は改善している一方で最終目標には届いていません。

請負・第三者も事故指標へ含めていることは、化学工場のSafety評価として重要です。

マセイオの地盤沈下

通常の年次事故率とは桁の違う重大事例です。

ブラジル地質調査所の調査を受け、Braskemは岩塩採掘を2019年に停止しました。

連邦検察は、地盤沈下によって1万4,000件を超える不動産が直接影響し、約6万人が移転したと説明しています。

この規模では、労働災害頻度が低いことだけでSafetyを高評価にはできません。

補償・移転は大きく進んだ

事故後の改善を評価しないのも不公平です。

Braskemによると、2026年7月末までに対象住民へ1万9,205件の補償提案を提示し、1万9,144件が受諾、1万9,132件の支払いを完了しました。

補償・財政支援の累計は42億5,000万レアルです。

連邦検察も、2019年以降の合意によって移転、個人補償、鉱山の閉鎖・安定化、地盤監視、環境修復、都市再整備などが進められているとしています。

大規模事故後に住民を放置している状態とは異なり、補償と閉鎖・監視が具体的に進んでいることは改善として評価します。

2025年の刑事告発

2025年10月17日、ブラジル連邦検察はBraskemと15人を岩塩採掘に関連する犯罪容疑で連邦裁判所へ刑事告発しました。

告発には、人が居住できなくなる規模の環境汚染や環境調査に関する犯罪等の主張が含まれています。

これは検察による告発であり、Braskemの有罪が確定したわけではありません。

法的状態を強めずに記録する必要があります。

なぜSafetyをCとするのか

死亡者数や年次災害頻度だけならB以上を検討できます。

しかしSafetyは「工場で作業する人が怪我をしない」だけではなく、企業活動によって周辺住民の生活圏を破壊しないことも含みます。

約6万人の移転という重大な結果が現在も補償・閉鎖・刑事手続きとして続いている以上、他の安全指標の改善で相殺できません。

一方、採掘は停止し、補償や閉鎖が進んでいるため、改善を無視してDとすることもしません。

SafetyはCとします。

Innovation

InnovationはAと評価します。

Braskemが高く評価できるのは、環境技術を小さな実証にとどめず、既存の巨大な樹脂市場へ投入している点です。

ただしInnovationがAでも、それだけで企業全体を高ランクにしません。

年間27万5,000トンのグリーンエチレン

I’m green bio-basedは2010年から商業規模で生産されています。

2025年のグリーンエチレン能力は年間27万5,000トンで、当初20万トンから37%増えました。

サトウキビ由来エタノールを使いながら、最終的なPEは化石由来PEと同等の基本特性を持ちます。

既存の成形設備・製品設計・リサイクルインフラを利用しやすいため、「環境対応のために社会全体の設備を入れ替える」必要を減らせることが技術的な強みです。

日本市場への実装

2025年には日本の小売用袋で高濃度バイオPEの導入が進みました。

消費者が特別な新素材製品を買わなくても、普段のレジ袋の原料側から化石資源を減らせる構造は、人間への還元が見えやすいInnovationです。

再生材Wenew

Wenewでは機械的リサイクル由来PCRだけでなく、化学リサイクル由来の循環型PEも扱います。

2025年には南米で初めて、化学リサイクル由来の循環型PEをCopobrasへ販売し、ペットフード用の軟包装へ使う取り組みを開始しました。原料の一部にはNesteが供給する循環原料が使われています。

機械的リサイクルだけでは品質や汚れの問題で戻しにくい用途へ、化学リサイクルを補完的に使おうとする点を評価できます。

研究開発

2025年の研究開発費は4億6,000万レアルでした。

研究費の金額だけを評価するのではなく、バイオPE、PCR、化学リサイクルなど実際の販売へつながっていることを評価します。

目標未達もInnovationの現実

Braskemは2020年、2025年までに再生材含有製品を年間30万トン販売する目標を掲げました。

循環型材料の商業化自体は進んでいますが、巨大な従来型石油化学事業からの転換はまだ途上です。

Innovation Aは「転換が完成した」という意味ではありません。

巨大な従来型石油化学事業の中で、再生可能・循環型材料を産業規模へ広げる技術力は高いが、置き換えの速度には改善余地がある、という評価です。

Protection

ProtectionはCと評価します。

Braskemは40の工業拠点を複数国に持つため、地理的分散には強みがあります。また2020年のサイバー攻撃後には情報セキュリティを強化してきました。

しかし2026年9月現在、Protectionで最も大きい問題はサイバーより財務継続力です。

グローバル拠点による分散

Braskemはブラジルだけでなく米国、ドイツ、メキシコなどに生産能力を持ちます。

一つの地域で災害や供給障害が起きても、企業全体の事業が同時に停止しにくい構造です。

ただし、PE、PP、PVC、原料構成、グレード、認証は拠点ごとに異なるため、ある工場の製品を別工場で即時100%代替できるとは判断しません。

2020年サイバー攻撃後の改善

Braskemは2020年10月4日にIT環境へのサイバー攻撃を検知しました。

2025年のForm 20-Fでは、この事案を受けて人、プロセス、技術の複数面で改善を続け、情報セキュリティの成熟度を高めていると説明しています。

一方、現在のSOCの詳細、オフラインバックアップ、工場OTの分離構成、重大攻撃時のRTOなどは公開情報から十分確認できません。

事故後に改善していることは評価しますが、Protection Aを裏付ける具体的復旧指標までは見えません。

2026年の財務継続リスク

ProtectionをCとした最大の理由です。

2026年6月30日時点で、連結では流動負債が流動資産を87億1百万レアル上回り、連結純資産はマイナス130億87百万レアルでした。

独立監査人KPMGは、これらの状況や資本構成再編に関する条件が、Braskemの継続企業能力に重大な疑義を生じさせ得る重要な不確実性を示すと記載しました。

会社は継続企業を前提に財務諸表を作成しており、事業継続、現金、新たな株主構成、資本再編などを根拠に対応を進めています。

したがって「倒産する」と断定はしません。

しかしProtectionでは、危機時に商品・サービスを供給し続けられる財務体力も重要です。

約109億ドルの裁判外再建

2026年8月24日、Braskemと一部子会社は、約109億ドルの無担保金融債務を対象とする裁判外再建手続きを申請しました。

重要なのは、対象が金融債務に限定されていることです。

仕入先、顧客、その他ステークホルダーへの通常の契約上の義務は対象外で、Braskemは通常どおり履行すると説明しています。

8月28日には裁判所が手続き開始を認め、対象債権者による一定の執行手続きを停止する措置を継続し、Braskem側には必要な承認比率を示すため90日の期間が与えられました。

つまり現時点で工場や顧客供給が全面停止しているわけではありません。

それでも、約109億ドルの債務条件を法的保護下で再編しなければならない状態は、長期の供給継続、設備投資、保守、人員への還元に影響し得る重大なProtectionリスクです。

格付け悪化

2026年には金融債務をめぐる法的保護・再編手続きに伴い、信用格付けも大きく悪化しました。6月にはFitchがC、S&PがDへ格付けを変更したことを会社が公表しています。

格付けだけで企業を評価するわけではありませんが、資金調達能力・供給継続の余力を見る補助材料として重要です。

Protection Cの理由

多拠点、生産能力、2020年サイバー事案後の改善、新たな共同支配株主の支援など、継続のための資産はあります。

一方、独立監査人が継続企業の重要な不確実性を明記し、約109億ドルの金融債務を裁判外再建で再編している事実は重大です。

現在供給が続いていることを評価しつつ、危機耐性が十分とは判断できないためCとします。

項目別シビックランク

項目ランク評価理由
事業による人間への貢献C素材供給とバイオ・再生材の社会価値は大きいが、マセイオで約6万人の移転という重大な負の影響
労働環境B労働協約、賃上げ、福利厚生、多様性施策を評価。雇用動向・現場女性比率・報酬差には改善余地
SafetyC通常災害頻度0.80、プロセス安全0.12へ改善。ただしマセイオの長期的・大規模被害は重大
InnovationAバイオPEを年27.5万トン級で産業化し、再生材・化学リサイクルも商業実装
ProtectionC世界40工業拠点とサイバー改善は強み。継続企業の重要な不確実性と109億ドル債務再編が重大
総合CInnovationだけなら高評価だが、人間への重大被害と財務継続リスクを相殺できない

総合評価

Braskemは、「環境技術に強い会社」と「大規模な社会・環境被害を抱える会社」という二つの顔を同時に持っています。

この企業をどちらか一方だけで評価すると、実態を大きく誤ります。

I’m green bio-basedは、本当に価値のあるInnovationです。

サトウキビ由来エタノールから既存PEと同等の樹脂を作り、年間27万5,000トンのグリーンエチレン能力まで拡大しています。

日本でもコンビニやスーパーの袋に使われています。WenewではPCRや化学リサイクル由来材料の販売も進め、南米で循環型PEの商業販売まで始めました。

技術面だけを切り取れば、Braskemは石油化学企業の中でも再生可能・循環型材料を早く大規模化した企業の一つです。

しかし、その技術力を企業全体の免罪符にはできません。

マセイオでは岩塩採掘に関連する地盤沈下で、約6万人が住み慣れた地域を離れることになりました。

Braskemは採掘を停止し、1万9,000件を超える補償支払い、鉱山閉鎖、監視、地域対策を続けています。

改善・補償を行う企業は、問題を放置する企業より高く評価すべきです。

それでも「補償したから事故前と同じ評価に戻す」ことはできません。

シビックランクが重視するのは、人間が実際に何を失ったかだからです。

さらに2025年の刑事告発は、マセイオ問題がまだ過去の歴史として完全に終了していないことを示します。

告発は有罪判決ではありません。

法的責任は裁判所が判断すべきであり、企業審査が先回りして犯罪を確定してはいけません。

しかし、企業のSafetyとガバナンスを継続監視すべき重大項目であることは変わりません。

労働環境は、マセイオ問題とは分けて評価しました。

ブラジルでは労働協約があり、2025年の一部地域では5.05%の基本給調整を確認できます。医療・年金、多様性施策もあります。

一方、グローバル人員は減少しており、製造現場の女性採用比率や類似職位の男女報酬差には改善余地があります。

ここは「待遇に長所があるからA」「事故企業だから労働環境もC」のどちらにもせずBとしました。

Innovationでは、再生可能材料が巨大な化石由来事業をどれだけ置き換えたかを見る必要があります。

Braskemは2025年までに再生材含有製品30万トンという目標を掲げていました。一方で、現在も従来型石油化学設備への投資を続けています。

Braskemは「脱石油化学を完了した会社」ではなく、従来型事業を維持しながら次世代材料へ移行している途中です。

そして2026年、新たに大きな問題となったのが財務Protectionです。

2025年は連結で109億61百万レアルの純損失でした。

2026年6月末には独立監査人が継続企業に関する重要な不確実性を指摘し、8月には約109億ドルの無担保金融債務を対象に裁判外再建へ入りました。

会社は供給者・顧客への通常債務を対象外とし、事業を通常継続するとしています。

そのため「Braskemの供給は止まった」「破綻した」と書くのは誤りです。

ただし社会へ必要な材料を安定して届け続けられるかを見るProtectionでは、巨大な金融債務再編を軽く扱うこともできません。

今後、総合Bへ戻るために最も重要なのは、環境製品の販売をさらに伸ばすことだけではありません。

マセイオの鉱山閉鎖・補償・地域修復を最後まで完了し、法的責任と原因究明へ透明に対応すること。

通常の工場Safetyで長期目標へ近づくだけでなく、重大な地域災害を再発させないガバナンスを実証すること。

類似職位の男女報酬差や現場の男女構成を改善すること。

2020年のサイバー攻撃後の対策について、復旧能力まで含む透明性を高めること。

そして2026年の債務再編を成立させ、仕入先、顧客、従業員へ大きな負担を転嫁せずに事業継続力を回復することです。

Braskemには、人間社会にとって利用価値の高い技術があります。

だからこそ、その技術を持つ企業そのものが、人間の生活を破壊しない、安全で持続可能な組織であることが求められます。

現時点では、Innovationの高さよりもマセイオの重大な人間被害と現在進行中の財務継続リスクを重く見るべきです。

以上から、Braskem S.A.(ブラスケム)の総合シビックランクはCと審査します。

出典一覧

1.Braskem「Braskem around the world」

2.Braskem「Profile and history」

3.Braskem「Braskem’s I’m green bio-based Polyethylene Drives Carbon Reduction in Japan’s Retail Packaging」2025年7月31日

4.Braskem「Celebrating 15 Years of I’m green bio-based」2025年5月6日

5.Braskem「Braskem Completes First Sale of Circular PE in South America」2025年7月2日

6.Braskem「2025 Financial Statements」

7.Braskem「2025 Form 20-F」

8.Braskem「Management Report 2025」

9.Ministério Público Federal「Caso Pinheiro/Braskem」

10.Ministério Público Federal「Oito anos depois do tremor: a resposta do MPF ao desastre da mineração em Maceió」2026年3月3日

11.Ministério Público Federal「MPF apresenta denúncia relacionada à exploração de sal-gema em Maceió」2025年10月17日

12.Ministério Público Federal「MPF e DPU apresentam na COP30 atuação conjunta por justiça e reparação às famílias atingidas no Caso Braskem」2025年11月14日

13.Braskem「Financial Compensation Program Reaches 19,144 Accepted Offers Through July」2026年8月11日

14.Ministério do Trabalho e Emprego「Acordo Coletivo de Trabalho Braskem S.A. 2025/2026 Rio de Janeiro」

15.Ministério do Trabalho e Emprego「Termo Aditivo de Acordo Coletivo Braskem S.A. 2025/2026」

16.Braskem「2Q26 Interim Financial Information」2026年8月13日

17.Braskem「Material Fact: Extrajudicial Reorganization」2026年8月24日

18.Braskem「Material Fact: Court grants processing of Extrajudicial Reorganization」2026年8月28日

19.Braskem RI「Ownership Structure」2026年6月3日時点

20.Braskem「Braskem Announces New Phase with IG4 and Petrobras Together to Strengthen Governance and Executive Leadership Renewal」2026年6月8日

21.Braskem「2025 Form 20-F Cybersecurity Risk Disclosure」

22.Braskem「Braskem Affirms Commitment to Circular Economy and to Achieve Carbon Neutrality by 2050」2020年

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次