
成功すると思うか
夜になっても、空の音は完全には消えなかった。
遠くでヘリの羽音が鳴っている。
時折、どこかの受け取り地点から歓声とも怒号ともつかない声が上がる。
レオは、カマラ側の拠点に戻っていた。
会議室には、ヒーローズのメンバーが揃っている。
ジェイデン。
ノア。
マヤ。
エヴァ。
そして、レオ。
外では、カマラたちがシビック地区設立に向けて、現地勢力や住民代表との調整を続けていた。
配給所。
医療区画。
農地。
水路。
敵側家族の保護地点。
外部ナビゲーターの拠点。
カマラは、それらを一つの生活再建区画としてまとめようとしている。
レオは、端末に表示されたシビック地区計画を眺めていた。
計画そのものは悪くない。
むしろ、素晴らしい。
食料を受け取るだけの場所ではなく、農地を戻し、水路を直し、医療と配給と住民GVSをつなげる。
金爆弾で生まれた一時的な安全と注目を使い、生活を再開する。
それがカマラの構想だった。
レオは顔を上げた。
「どう思う」
誰もすぐには答えなかった。
レオは続ける。
「カマラのシビック地区計画だ」
「素晴らしいと思う」
「だが、成功すると思うか?」
ノアが最初に口を開いた。
「まず失敗するでしょう」
あまりにも即答だった。
ジェイデンが苦笑する。
「言うな」
ノアは表情を変えなかった。
「計画は正しいです」
「ですが、正しい計画が成功するとは限りません」
エヴァも頷いた。
「それこそ、奇跡でも起きない限りね」
マヤは端末を見ながら言った。
「問題は、物資じゃないのね」
「物資だけなら、今日は届いた」
ノアが言う。
「ですが、シビック地区を維持するには人が足りません」
「医療者、水道技術者、農業技術者、修理工、記録担当、通訳、シビックカウンセラー、物流担当」
「そのどれも足りない」
ジェイデンが腕を組んだ。
「支配者どもも信用できねえ」
「今は大人しいが、いつ裏切るか分からねえ」
「買収は信頼ではありません」
ノアは短く言った。
「今は、撃たない方が得だから撃っていない」
「通した方が得だから物資を通している」
「ですが、空が薄くなり、世界の目が離れ、倉庫に物資が積まれた時、同じ判断をするとは限りません」
エヴァが言った。
「兵士たちの士気は落ちているでしょうね」
「家族にも物資が届く。負傷者も守られる。上の命令だけが生存手段ではなくなった」
「でも、だからこそ支配者層は焦る」
マヤは、外の暗い窓へ目を向けた。
「一つの地区だけ成功しても、隣が飢えたらそこからまた崩れる」
「失敗した場所から、貧困と暴力が戻ってくる」
「病みたいなものだ」
ジェイデンが低く言う。
「火種を残せば、また広がる」
レオは黙って聞いていた。
カマラの計画は正しい。
だが、このままでは足りない。
食料は届いた。
協定もできた。
空も一時的に開いた。
陸路も少しは通るようになった。
それでも、地区を作るには人がいる。
水路を調べる人間。
井戸を直す人間。
農地へ入る人間。
医療品を管理する人間。
配給所で怒鳴り声を受け止める人間。
記録を残す人間。
現地の人間に引き継ぐ人間。
レオは、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「どうするつもりなの、レオ」
マヤが聞いた。
ジェイデンも続ける。
「さすがに、どうしようもないんじゃねえか?」
「それとも、金爆弾みたいな次の作戦があるのか?」
レオは、しばらく黙っていた。
それから、口元を上げた。
「できるかどうかは分からねえ」
全員がレオを見る。
「だが、一つだけ方法はある」
ノアが眉を動かした。
「そんな方法があるのですか?」
「ああ」
レオは言った。
「今度は、現地支援者を大量に派遣させる」
短い沈黙。
レオは続けた。
「名付けて、人爆弾作戦だ」
「その名前は絶対使わないで」
マヤが即座に言った。
人を落とす
エヴァは、額に指を当てた。
「また名前から最悪ね」
「分かりやすいだろ」
「分かりやすいから最悪なのよ」
ノアが端末を操作する。
「正式には、シビック現地応答隊と呼びましょう」
「つまらねえ名前だな」
「その方が人が来ます」
ジェイデンが笑った。
「俺も、人爆弾の隊員になるって家族に説明するのは嫌だな」
レオは肩をすくめた。
「名前は任せる」
「だが、必要なのは人だ」
彼は端末を指で叩いた。
「金は落とした」
「飯も水も薬も落とした」
「だが、畑は勝手に戻らねえ」
「水路も勝手に直らねえ」
「怒鳴り合ってる住民も、勝手には協力者にならねえ」
レオは全員を見た。
「医者、水道屋、農家、修理屋、通訳、記録係、ナビゲーター」
「来てもらうしかねえ」
エヴァが首を横に振る。
「現実を考えると難しいわ」
「いくらあなたに世界的な影響力があるといっても、紛争地帯へ人を大量に送るのは簡単ではない」
「保険、補償、退避ルート、非戦闘原則、受け入れ先、現地の安全確保」
「英雄気取りで死にに行かせるわけにはいかない」
「分かってる」
レオは珍しく軽く流さなかった。
「やって失敗でした、じゃ済まされねえ」
マヤが少し目を細めた。
「では、どうするの?」
ジェイデンが言った。
「その配信を今からするのか?」
「また端末を手に取れって叫ぶんじゃねえだろうな」
「いや」
レオは首を振った。
「今回は、俺だけじゃ無理だ」
ジェイデンが腕を組む。
「じゃあ、誰を使う?」
レオは笑った。
「我が友人の力を借りる」
ジェイデンは一瞬だけ間を置いた。
「俺のことか?」
「何をしたらいい?」
「お前じゃねえよ」
「じゃあ誰だよ」
「アメリカ大統領だ」
部屋の空気が変わった。
エヴァがレオを見る。
「アメリカと交渉するつもりなの?」
マヤも言った。
「さすがに無理があるのでは?」
「そうでもねえ」
レオは椅子から身を起こした。
「あの野郎、俺の金爆弾をラグナロク計画に変えて、我がステイツの偉業にしやがっただろ」
ジェイデンが鼻で笑う。
「面の皮が空母並みだな」
「だが、そこが使える」
レオは言った。
「今、世論では俺の方が大統領よりも影響力がある」
「だが、空母も制度も保険も動かせるのは大統領だ」
「あいつも人気取りのために、俺の力を使いたいはずだ」
ノアが口を挟む。
「ですが、アメリカは少し前まで、あなたの活動を制限しようとしていました」
「だが今は、国民とスイスらの圧力で協力的になったんだろ」
「それはそうです」
エヴァは静かに言った。
「ただ、協力的になったのは、あなたを信用したからではないわ」
「成功すればアメリカの手柄」
「失敗すれば、あなたの責任にできるからよ」
レオは笑った。
「分かりやすくていいじゃねえか」
マヤがため息をつく。
「あなた、利用されると分かっていて乗るの?」
「向こうが俺を利用するなら、俺も向こうを利用する」
レオは言った。
「船と金と人がいる」
「今、それを持っているのはアメリカだ」
どこで交渉するか
マヤは腕を組んだ。
「それでも問題はある」
「あなた自身が交渉するつもりなら、どこでするの?」
「当然、アメリカに行く」
ジェイデンが即座に言った。
「忘れたのか?」
「俺たちは犯罪者だぜ」
「特にお前は、行けば必ず捕まる」
「アメリカ人としては行かねえ」
「は?」
レオは端末を取り上げた。
「カマラに頼んで、紛争地帯の代表として行く」
ジェイデンは呆れた顔をした。
「お前、何言ってんだ」
ノアは少し考え込んだ。
「なるほど」
「確かに、金爆弾の功績と現地支援の継続性を考えれば、不可能ではありません」
「レオさん個人ではなく、カマラ側のシビック地区設立交渉団の一員として行く」
「さらに、スイスと北欧が同行すれば、米国も即座には逮捕しにくい」
エヴァが目を細める。
「逮捕しにくいだけよ」
「安全ではない。FBIだってどう動くか」
「安全な場所で世界が動くかよ」
レオは言った。
マヤは、しばらくレオを見ていた。
「まさか、大統領まで巻き込むなんてね」
「あなたはいったい、どこまで行くのかしら」
「行けるところまでだ」
レオは短く答えた。
エヴァが端末を開く。
「スイスにも掛け合うわ」
「あなた単独では危険すぎる」
「スイス、北欧、カマラ側、GVS協定の代表という形にしなければならない」
「頼んだ」
ノアも画面を切り替えた。
「僕は、必要な人材数と時間を計算します」
「一つのシビック地区を維持するために、何人の医療者、水道技術者、農業支援者、修理担当、記録担当、シビックカウンセラーが必要か」
「そして、何地区まで同時に展開できるか」
ジェイデンが窓の外を見る。
「連中は今は大人しい」
「だが、さっさとシビック地区を開発しないと、また元に戻るぜ」
「分かってる」
レオは低く言った。
「時間との勝負だ」
最初の投稿
レオは、GVSを開いた。
今度は配信ではない。
まず、DRIVEを書く。
短く。
誰でも読めるように。
―――――― GVS ――――――
【DRIVE】
シビック地区へ現地支援者を送る。
医療、水、農地、修理、記録を担当する。
戦闘には参加しない。
【SUPPORT】
米国政府には、派遣と補償を支えていただけませんか。
支援者には、資金と技能で応答していただけませんか。
――――――――――――――
レオは投稿内容を確認した。
マヤが覗き込む。
「人爆弾って書いてないでしょうね」
「書いてねえよ」
「ならいいわ」
エヴァは表示を見て言った。
「戦闘には参加しない、は必ず残して」
「ここが曖昧だと、軍事介入に見える」
「分かってる」
ノアが別の欄を指差す。
「派遣者の家族補償、保険、撤退条件は詳細ルームに入れます」
「最初の画面には出しすぎない方がいい」
レオは頷いた。
「まずは世界に流す」
マヤが聞く。
「大統領が無視できないくらいに?」
「ああ」
レオは投稿ボタンへ指を置いた。
「強いアメリカを復活させたいんだろ」
「なら、爆撃じゃなく、人を送れって話だ」
ジェイデンが小さく笑う。
「また世界を脅すのか」
「要請だ」
エヴァが冷たく言った。
「あなたが言うと脅迫に聞こえるのよ」
「なら、丁寧に言ってやる」
レオは投稿ボタンを押した。
数秒後、通知が流れ始める。
【ナビゲーターが投稿を共有しました】
【医療支援ルームが作成されました】
【水路修復ルームが作成されました】
【農地再建ルームが作成されました】
【派遣者補償ルームが作成されました】
【米国政府への協力要請が拡散中】
マヤはその画面を見つめた。
「始まったわね」
ノアは静かに頷く。
「はい」
「金爆弾の次の段階です」
レオは、窓の外を見た。
遠くでは、まだヘリの音がしている。
だが、彼が見ていたのは空ではなかった。
水路。
畑。
医療区画。
配給所。
修理工房。
そして、そこへ向かう人間たち。
「次は人だ」
レオは呟いた。
「金で空を埋めた」
「次は、人で地上を埋める」
