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シビックヒーローズ 第四十話 ラグナロク計画

目次

空が震える

 最初に気づいたのは、子供だった。

 配給所の横で紙に絵を描いていた小さな少年が、鉛筆を止めた。

 遠くから、低い音が聞こえていた。

 風ではない。
 雷でもない。

 空そのものが、どこかで震えているような音だった。

「……何?」

 少年が空を見上げる。

 その声につられて、何人かの住民も顔を上げた。

 黒い点が見えた。

 一つではない。

 二つ。
 三つ。
 その後ろに、さらにいくつも。

 点は少しずつ大きくなっていく。

 やがて、それがヘリだと分かった。

 しかし、その数は異常だった。

 空の端から、次々に機影が現れる。
 低い羽音が重なり、地面の砂が震えた。

「なんだ、あれは……」

 老人が呟いた。

 誰かが後ずさる。

「逃げろ!」

 その声を合図に、列が乱れかけた。

「爆撃だ!」

「違う、待て!」

「空から来るぞ!」

 母親が子供を抱きしめる。
 負傷した男が、杖をついて立ち上がろうとする。
 配給所の横で箱を運んでいた若者が、思わず水の袋を落とした。

 知らない者が見れば、この世の終わりに見えただろう。

 空を覆うほどのヘリ。
 大地を揺らす羽音。
 同時に近づいてくる、無数の影。

 その時、砂煙を上げて一台のバギーが走ってきた。

 カマラ側の隊長だった。

 住民の一人が、ほとんど叫ぶように言う。

「助けてくれ!」
「この世の終わりだ!」

 隊長はバギーを止め、空を見上げた。

 それから、ゆっくりと首を振った。

「違う」

「違う?」

「あれは、この世の終わりではない」

 隊長は、ヘリの下に吊られた白いコンテナを指差した。

「恵みの雨だ」

 住民たちは、顔を見合わせた。

「恵みの雨……?」

 最初のコンテナが、空から切り離された。

 パラシュートが開く。

 白い布が、空に咲いた。

 落ちてくる箱には、大きな文字が書かれていた。

【FOOD】

 別の箱には、

【WATER】

 さらに別の箱には、

【MEDICAL】

 爆弾ではない。

 食料だった。
 水だった。
 医療品だった。

 誰かが、呆然と呟いた。

「FOOD……?」

 少年が母親の腕の中から空を見た。

 空はまだ震えている。

 だが、それは死の音ではなかった。

ラグナロク計画

 その少し前。

 米国大統領は、巨大なモニターの前に立っていた。

 背後には星条旗。
 横には軍関係者。
 そのさらに後ろには、各国の支援代表者たちの映像が並んでいる。

 画面の向こうには、洋上人道輸送拠点。

 空母。
 強襲揚陸艦。
 大型補給艦。
 民間支援船。

 その甲板上で、ヘリが次々に発進準備を整えていた。

 大統領は、カメラへ向かって胸を張った。

「さあ、我がステイツが主導し、人類史に残る偉業を開始する!」

 報道陣のフラッシュが光る。

「レオ・グラント氏考案の金爆弾作戦――」

 一拍置く。

「改め、ラグナロク計画、始動!」

 ラッパの音が鳴った。

 その瞬間、空母の甲板から最初のヘリが上がる。

 続いて、二機目。
 三機目。
 さらに後方の艦船からも、次々にヘリが飛び立つ。

 米国の機体。
 スイスの登録便。
 北欧の医療便。
 民間の小型輸送ヘリ。
 企業支援チームの大型輸送機。

 海の上に、無数の羽音が広がった。

 大統領は、満足げに言う。

「各国よ!」

 彼は腕を広げた。

「我が船に集え!」

 その演説を、管制室で見ていたノアは、少しだけ目を細めた。

「名前が変わっていますね」

 隣のナビゲーターが言う。

「金爆弾よりは、聞こえがいいんじゃないですか」

「ラグナロクの方が物騒です」

 ノアは短く返した。

 だが、手は止めなかった。

 画面には、GVSの協定ルームが開かれている。

―――――― GVS ラグナロク計画/人道空輸管制 ――――――

【DRIVE】

食料と医療品を届ける。
兵器は運ばない。
受け取りを記録する。

【SUPPORT】

ヘリを撃たない。
奪い合わない。
必要人数を伝える。

――――――――――――――

 ノアは通信をつないだ。

「各国のナビゲーターさん、確認をお願いします」
「政府側の管制と連携し、できる限り金爆弾作戦の進行を円滑に行います」
「投下地点、受け取り担当、医療区画、敵側保護地点、すべてGVSで更新してください」

 返答が次々に入る。

『スイス便、医療品確認』
『北欧便、水と冷却材、積載完了』
『米国第一波、発進』
『民間支援便、GVS登録確認』
『現地受け取り地点、準備完了』

 ノアは、現地の地図を見た。

 住民区画。
 医療区画。
 水不足区域。
 敵側の一時保護地点。
 農地周辺の確認地点。

 点が増えていく。

 それぞれに、人がいる。

 それぞれに、腹を空かせた人間がいる。

 ノアは小さく呟いた。

「始まります」

恵みの雨

 最初のコンテナが、村の外れに降りた。

 住民たちが一斉に動きかける。

 すぐにマーカスが声を張った。

「走るな!」
「水は北側!」
「医療品は白い布の区画!」
「食料は人数確認後だ!」

 イーサンは、配給列の前で膝をついた。

 泣きそうな顔で前へ出ようとした女へ、静かに言う。

「あなたの家族の分は記録されています」
「仮IDを見せてください」
「子供の分は先に分けます」

 女は震える手で端末を差し出した。

 カマラ側の兵士たちは、銃を背中に回し、水の箱を運び始めていた。

 さっきまで怒鳴っていた男が、水の袋を抱えて叫ぶ。

「一人で持っていくな!」
「北側へ運べって決めただろ!」

 別の男が言い返す。

「うるせえ、うちには子供がいる!」

「みんなそうだ!」

 男は相手の腕を掴んだ。

「だから列に戻れ!」

 衝突しそうになった瞬間、イーサンが近づいた。

「子供の分は先に分ける」
「今、ここで争えば遅くなる」

 男たちは、荒い息をついたまま止まった。

 混乱はあった。

 だが、崩れきらなかった。

 事前にGVSで各々の役割は決めてある。

 水は北側。
 医療品は白い布の区画。
 食料は家族人数の確認後。
 子供は配給列から離れた日陰。
 負傷者と高齢者には、担当者が後で届ける。

 誰もが冷静だったわけではない。

 それでも、決めてあった役割が、住民の動きをぎりぎりで一つの流れに戻していた。

 空から、次のコンテナが降りてくる。

 さらに次。

 さらに次。

 白いパラシュートが、空にいくつも開いていく。

 それは爆弾ではなかった。

 恵みの雨だった。

ヒーローズ再結成

 午後。

 レオのいる受け取り地点の近くに、一機のヘリが降りた。

 砂埃の中から、エヴァが降りてくる。

 その後ろには、マヤもいた。

 レオは、驚いたように目を細めた。

「来たのか」

 エヴァは髪を押さえながら歩いてくる。

「とうとう始まったわね」

「ああ」

 レオは笑った。

「そして、ヒーローズ全員集合」
「再結成だな」

 エヴァは冷たい目で見た。

「まあ、そういうことにしておいてもいいわ」

 マヤは、周囲を見回しながらため息をついた。

「なんだか、みんな揃うと嫌なことを思い出すわね」

「そうか?」

 レオは首をかしげる。

「ともかく、記念すべきヒーローズ再始動の日だ」

「どうでもいいのよ、そんなことは」

 エヴァは即座に切った。

「それより、この後はどうするつもりなの?」

 レオは、少しだけ遠くを見る。

 空では、まだヘリが飛んでいる。
 地上では、住民たちが箱を運んでいる。
 敵側の保護地点にも、物資が降りている。

「ああ」

 レオは言った。

「なんでも、この機を逃さず、シビック地区を設立したいらしい」

「シビック地区?」

 エヴァが眉をひそめる。

 その時、カマラが近づいてきた。

 砂に汚れた服のまま、端末を手にしている。

「そこからは、私が説明しよう」

 レオが振り向く。

「来られたのか」

「少しだけだ」

 カマラは空を見上げた。

「各勢力との一次確認は終えた」
「今、金爆弾作戦が継続されている」
「これほどの物資と注目と交渉窓口が同時に開く機会は、二度とないかもしれない」

 エヴァは静かに聞いていた。

「だから、今か」

「そうだ」

 カマラは頷いた。

「シビック地区を設立するなら、今しかない」

 マヤが端末を構える。

「つまり、この場所をただの支援地点で終わらせない」

「そうだ」

 カマラは答えた。

「配給所、医療区画、敵側家族の保護地点、農地、水路、住民GVS、外部ナビゲーター」
「全部を一時的な支援ではなく、生活再建の区画としてまとめる」

 レオは笑った。

「いいじゃねえか」

 エヴァはレオを見た。

「軽く言うわね」

「軽くは言ってねえ」

 レオは、降りてくる白いパラシュートを見上げた。

「金爆弾は始まりだ」
「落ちてきた飯を、生活に変える場所がいる」

 マーカスが遠くから声を上げた。

「レオ!」
「こっち、水の列がまた荒れそうだ!」

 イーサンも、住民の集まる日陰へ向かっていた。

 エヴァは、その様子を見て息を吐いた。

「本当に、ここからが本番ね」

 レオは頷いた。

「ああ」

 空には、まだヘリが飛んでいる。

 地上では、住民たちが箱を運び、怒鳴り、泣き、笑い、端末へ手を伸ばしている。

 ラグナロク計画。

 米国大統領が名づけたその大げさな名前の下で、実際に始まっていたのは、世界の終わりではなかった。

 生活を、もう一度始めるための作業だった。

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