
戦場を歩く
レオは配信を始めたまま、配給所の横を歩いていた。
ジェイデンが隣を歩く。
その後ろに、ジェイデンの仲間たち。
先導するのは、カマラの部下ラシードだった。
配給所の周りには、人が集まっている。
水の袋を抱えた子供。
日陰に座り込む老人。
箱を運ぶ若者。
薬の入った小さな袋を大事そうに握る母親。
誰も歓声を上げていない。
金爆弾が落ちたからといって、村が急に笑顔になるわけではなかった。
レオはカメラを向ける。
「見ろ、世界」
声は落ち着いていた。
「空から飯を落とすだけじゃ、村は戻らねえ」
「箱を運ぶ奴がいる」
「水を分ける奴がいる」
「薬を数える奴がいる」
「子供を見てる奴がいる」
「文句を言ってる奴もいる」
ジェイデンが横で言った。
「文句まで映すのか」
「当たり前だ」
レオは言った。
「文句が出るってことは、まだ生きてるってことだ」
その時、配給所の横から陽気な声が飛んできた。
「ヘイ、レオ!」
派手なキャップをかぶった男が、大げさに手を振っていた。
その隣には、対照的に静かな男が立っている。
キャップの男は笑いながら近づいてきた。
「ようやく会えたな。レオ・グラント」
レオは眉を寄せた。
「誰だ」
男は目を丸くした。
「おいおい」
「こっちは結構楽しみにしてたんだぜ?」
隣の静かな男が、軽く頭を下げた。
「イーサン・ヴァイス」
キャップの男が続ける。
「で、俺がマーカス・リードだ」
レオは少し考えるように二人を見た。
「知らねえな」
マーカスは両手で頭を抱えた。
「オーノー! なんてこったい!」
「ランク一位と二位の顔も知らねえのかよ!」
レオは顔をしかめる。
「一位と二位?」
ジェイデンが横から言った。
「そういやこいつら、総合GVSランク一位と二位だぜ」
「なんだと?」
レオはジェイデンを見る。
「俺のランクは?」
「五十一位とかじゃなかったか」
「っていうか、なんで俺に聞く。自分のランクすら把握してねえのか?」
「してるか」
「俺は他のことで忙しいんだ」
マーカスが腹を抱えて笑った。
「最高だな、五十一位」
「俺たち一位と二位を知らねえ五十一位なんて、世界であんただけだ」
「五十一位って呼ぶな」
レオは、改めて二人を見た。
「なるほどな」
「お前らが一位と二位か」
そして、少しだけ笑う。
「せいぜい、俺の足を引っ張らないことだな」
マーカスは肩をすくめた。
「言うねえ」
イーサンが静かに口を開いた。
「レオ。君のナビゲーターランクは、ぶっちぎり一位だ」
「資金を引き出し、人を動かし、政府を揺らし、現実を前に進める力は、私たちにも真似できない」
レオは黙って聞いていた。
「だが、ここでは別の力がいる」
「怒っている住民の話を聞く」
「配給の不満をDRIVEに戻す」
「水を誰に届けるか決める」
「子供をどこに集めるか考える」
イーサンは、配給所の方を見た。
「今回の活動は、サポーター的な仕事が多い」
「その領域では、君が私たちを見て学んだ方がいい」
レオは、しばらく二人を見ていた。
それから、口元を上げる。
「そこまで言うなら、見せてもらおうか」
「ランク一位と二位の実力とやらを」
マーカスは笑った。
「任せろ」
「世界を動かすのはあんたの仕事だ」
「目の前の村を動かすのは、俺たちの仕事だ」
コミュニティモード
マーカスは端末を持ち上げた。
「まず、ここではオンラインモードじゃ足りない」
「オンラインなら知ってる」
レオが言う。
「ネット上からランダムに参加者を集める。外の知恵を集めるには向いてる」
「だが、今必要なのは世界中の誰かじゃない」
マーカスは配給所を指差した。
「ここにいる住民」
「配給をする人間」
「水を運ぶ人間」
「カマラ側の調整員」
「俺たちナビゲーター」
「関係者を指定して合論する。それがコミュニティモードだ」
レオは住民たちを見た。
端末の前に、五人ほどの住民が座っている。
顔を見合わせる者もいれば、うつむいている者もいる。
「で、リアルGVSってのは?」
イーサンが答えた。
「コミュニティモードで出た話を、実際に顔を合わせて確認する」
「ただし、顔を合わせれば感情も出る」
「だから、シビックカウンセラーが必要になる」
その時、配給列の方から怒鳴り声が響いた。
「だから、てめえの話は長えんだよ!」
配給担当の男が顔をしかめる。
「必要な説明だ!」
「俺たちはもう聞いたんだよ!」
「腹減ってんのに、同じ話ばっかりしやがって!」
マーカスは、レオに向かって片目をつぶった。
「ほらな。現場は待ってくれない」
レオは腕を組む。
「どうするんだ」
「見てろ」
マーカスは怒鳴った男のそばへ行った。
「なあ。配給の説明が長くて、待ってる時間が余計につらくなってるのか?」
男はすぐに食いついた。
「そうなんだよ!」
「こっちは腹が減ってる。水も少ねえ」
「なのに何度も何度も同じ話を聞かされる!」
「初めて来た人には説明が必要だ」
「でも、二回目以降の人には短い確認で済ませてほしい」
男は少し黙った。
「ああ」
「それだ」
「説明するなって言ってるんじゃねえ。短くしろって話なんだ」
端末に短い表示が出る。
―――――― GVS ――――――
【DRIVE】
長い説明の内容を整理する。
【SUPPORT】
初回説明と短い確認を分けてほしい。
――――――――――――――
レオは画面を見た。
「今ので、あれになるのか」
「なる」
マーカスは軽く言った。
「怒鳴り声をそのままぶつけると喧嘩になる」
「一回、何がつらいのかを聞く」
「それからDRIVEとSUPPORTにする」
「シビックカウンセラーってやつか」
「そうだ」
「リアルGVSの補助役だな」
イーサンが続けた。
「NVCとアドラー心理学が基本になる」
「ただ、最初から完璧にやる必要はない」
「できない時は、GVSのNVC診断を使えばいい」
「機械任せか」
「違う」
イーサンは静かに言った。
「機械に補助してもらいながら、人間の話を聞く」
「進行は遅くなる」
「だが、適当に受け流すよりはいい」
レオは返事をしなかった。
ここでは、叫んでも水は増えない。
金を集めても、今この場の列は進まない。
必要なのは、誰が説明を短くするか。
誰が箱を運ぶか。
誰が子供を見るか。
派手なことは、何もできない。
「あとで習う気があるなら、来るといい」
イーサンは言った。
「シビックカウンセラーの基礎くらいなら教えられる」
レオは、ゆっくりと視線を戻した。
「俺が習う側かよ」
「できないことは習う」
「ナビゲーターランク一位でも同じだ」
ジェイデンが言った。
「俺も行く」
レオが振り返る。
「お前もか」
「俺は睨めば場が収まると思ってた」
「たぶん、それじゃ駄目なんだろ」
マーカスが笑う。
「駄目だな」
ジェイデンは肩をすくめた。
「だろうな」
小さな仕事
配給所の周りでは、短いDRIVEが次々に生まれていた。
―――――― GVS ――――――
【DRIVE】
子供を日陰に集める。
【SUPPORT】
紙と水と見守り役がほしい。
――――――
【DRIVE】
高齢者の家を確認する。
【SUPPORT】
水を運ぶ容器と同行者がほしい。
――――――
【DRIVE】
薬と食料を分けて置く。
【SUPPORT】
ラベルと置き場所を決めてほしい。
――――――――――――――
レオは、その画面を黙って見ていた。
どれも小さい。
世界を揺らすようなDRIVEではない。
企業も政府も動かない。
ニュースの見出しにもならない。
だが、今この場所では、それが必要だった。
子供を日陰に集める。
水を運ぶ。
薬と食料を分ける。
説明を短くする。
ここでは、叫んでも水は増えない。
配信しても、薬は冷えない。
資金を集めても、今この箱を誰が運ぶかは決まらない。
レオはカメラを下ろした。
「地味だな」
「地味だよ」
マーカスは言った。
「生活ってのは、だいたい地味な仕事でできてる」
「それが壊れた場所を、戦場って呼ぶんだ」
レオは返事をしなかった。
ただ、しばらく配給所を見ていた。
農地
ラシードが、集落の外れを指差した。
「農地を見ますか」
レオは顔を上げる。
「使えるのか」
「今は使えません」
「水路が壊れています」
「近づくのも危険でした」
レオは頷いた。
「行こう」
住民の老人が一人、案内に加わった。
かつては豆と野菜を育てていたという。
水路が通っていた頃は、少なくとも食べる分は作れたらしい。
だが、今は違う。
土はひび割れ、用水路は崩れ、焼けた杭が残っている。
農具は錆び、畑の端には壊れた壁が倒れていた。
老人は、遠くを見た。
「あそこが使えたら……」
言葉は、途中で消えた。
レオはしばらく黙っていた。
それから端末を上げ、畑を映した。
「見てるか、世界」
彼は言った。
「飯を落とすだけじゃ足りねえらしい」
「こいつらには、畑がいる」
すぐに、GVSに反応が出た。
―――――― GVS ――――――
【DRIVE】
水路と井戸を確認する。
【SUPPORT】
安全確認と修理道具がほしい。
――――――
【DRIVE】
短期間で育つ作物を調べる。
【SUPPORT】
土と水源の情報がほしい。
――――――――――――――
老人は画面を見ても、よく分からないようだった。
レオは言った。
「心配すんな」
「金爆弾が成功すれば、また耕せる」
老人は、苦く笑った。
「空から落ちる飯で、畑が戻るのか」
「飯を落とすのは最初だけだ」
レオは言った。
「次は水だ」
「その次は農具」
「その次は種」
「その次は、畑を知ってる奴らを呼ぶ」
「腹が満ちれば、人間はまた土を触れる」
ジェイデンが横で呟いた。
「アメリカにいたら、これは見えなかったな」
レオは何も言わなかった。
アメリカにいれば、彼はまた叫んでいただろう。
端末を手に取れ。
金を出せ。
空を埋めろ。
それで世界は動いた。
だが、ここでは違う。
ここでは、叫ぶより先に水を運ぶ人間が必要だった。
金を集めるより先に、箱を分ける人間が必要だった。
英雄より先に、人の話を聞ける者が必要だった。
レオは、荒れた農地を見渡した。
「金爆弾は派手だ」
彼は静かに言った。
「だが、村を戻すのはこっちだ」
カメラの向こうで、コメントが流れ続けている。
USA。
レオ。
金爆弾。
農地。
水路。
手伝いたい。
何ができる。
レオは少しだけ笑った。
「待つだけでは終わらねえ」
「ここから、こいつらのDRIVEが始まる」
