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第三話 話し合いって、こういうものだったのか?

目次

終わったはずの部屋

灰色の画面を、俺は無言で見つめていた。

【第1合論完了】
【代表者】:RoomA-1
【最終テーマ】:愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める
【トークルーム】:ブラック企業のパワハラをなくしたい
【外部発信】:進行中(リンク)

……終わっている。

俺が閉じたあとに。
俺が、もう見たくないと思って投げたあとに。

指先が少し冷える。
別に、戻ってくるつもりはなかった。
ただ、タイムラインに流れてきた投稿が気になっただけだ。

でも今、その“続き”が、ここにある。

俺はログを開いた。

まだ続いていた

最初に目に入ったのは、俺がアプリを閉じた直後の記録だった。

RoomA-1
「RoomA-5さんが離脱したようです。いったん進行テンプレに戻します」
「では、各トークテーマについて、自分たちにできることを順番に出していきませんか」

RoomA-3
「了解です。まずは、そのテーマを出した人が持っている案を共有して、そこに足せることを各自出す形でどうでしょう」

RoomA-2
「賛成です。最後に、自分がいちばんやりたいテーマへ投票する流れで良いと思います」

RoomA-4
「大丈夫です」

……何だこれ。

思わず眉が寄る。
冷たい。相変わらず。
いや、冷たいというより、妙に整っている。

俺があんなにぐちゃぐちゃだったのに。
俺が途中で投げたのに。
この部屋は、何もなかったみたいに進んでいる。

少し腹が立った。
少しだけ、置いていかれた感じもした。

でも、スクロールする指は止まらなかった。

愚痴を言い合う場じゃない

最初に扱われていたのは、RoomA-1のテーマだった。

証拠の残し方テンプレをSNSで発信する

RoomA-1
「以前、別ルームでこのテーマが出たときに、証拠として残しやすいものをまとめたメモがあります」
「今回は選ばれなかったのですが、素材としては残っています」

その下に、短く箇条書きが続く。

  • 上司とのチャットのスクリーンショット
  • 業務指示メールの保存
  • 日時と発言内容のメモ
  • 急な仕様変更の記録
  • 残業時間の記録

RoomA-1
「私にできることは、このメモをSNS向けに出せる形まで整えることです」

……経験者か。

俺は少しだけ見方を変える。
ただの綺麗事を言ってる奴じゃない。
一回どこかで、これを考えたことがあるんだ。

RoomA-3
「私は短文化できます。
“まず残すならこれ”という3項目版なら作れそうです」

RoomA-2
「私は“証拠になりやすいもの/なりにくいもの”を分ける形なら案を出せます」

RoomA-4
「辞めたい人向けに、“限界のとき最低限これだけ残す”版があると助かると思います」

RoomA-1
「ありがとうございます。
ではこのテーマでは、
“詳細版”
“初心者向け短縮版”
“退職直前向け最低限版”
の3方向が作れそうです」

……変だ。

話し合いって、こうだったか?

普通は、もっと違うはずだ。
「それは甘い」だの
「いや、その前に制度が」だの
「根本解決にならない」だの。

そういうのじゃない。

誰も“このテーマが正しい”とは言っていない。
ただ、出されたテーマに対して、
自分なら何ができるか
を出している。

まるで、議論じゃなくて組み立てだ。

できることを出し合う

次はRoomA-2のテーマだった。

これパワハラ?判定テンプレをSNSで発信する

RoomA-2
「自分も、何年か“これが本当にパワハラなのか”分からないまま我慢していたので、このテーマを出しました」
「今ある案としては、チェック形式がいいと思っています」

  • 人格を否定する言い方がある
  • 質問すると強く叱責される
  • 断りにくい時間外連絡が続く
  • ミスの責任だけ個人に集中する
  • 周囲の前で強く責められる

RoomA-2
「私にできることは、こういう判定項目のたたき台を作ることです」

RoomA-3
「“相談前の確認用”としても使えそうです。私は文言を少し硬めに整えられます」

RoomA-4
「追い込まれてる人は長文読めないので、YESが2つ以上なら要注意、みたいな簡単版があると良さそうです」

RoomA-1
「保存しやすい画像形式にする前提なら、項目数は絞った方が拡散されやすいかもしれません」

……まただ。

おかしい。
会話なのに、喧嘩にならない。
しかも、誰も黙っていない。
ちゃんとそれぞれが何かを出している。

俺は、少しだけ苛立つ。

こんなの、現実じゃない。

会社の会議なら、声の大きい奴が決める。
家では、言ったもん勝ちか、我慢したもん負けだ。
SNSなんて、正義の奪い合いばっかりだ。

なのにここでは、
「俺はこれができる」
「私はこう足せる」
「じゃあその形もある」
で進んでいく。

……何だそれ。

俺の言葉は消えていなかった

スクロールを続ける。
RoomA-3、RoomA-4のテーマも同じように進んでいた。

労基・社労士・弁護士への相談テンプレをSNSで発信する
では、相談先の違いを整理できる案が出ていた。

ブラック企業からの逃げ方の選択肢をSNSで発信する
では、辞めた後に何をすればいいか、貯金が少ない人向けの最小行動が話されていた。

そして最後に、俺のテーマ。

愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める

画面を見た瞬間、喉が少し詰まった。

RoomA-1
「では最後に、RoomA-5さんの
“愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める”
について、自分たちにできることを出していきませんか」

RoomA-4
「私はこれ、かなり大事だと思います。
逃げ方とか相談先の前に、“自分だけじゃない”って分かることが必要な人も多いので」

RoomA-2
「判定テンプレより先に、共感で届く入り口として機能しそうです」

RoomA-3
「感情のままでもいいですが、SNSで広がるなら短文化は必要かもしれません。
私は投稿の型を整えることならできます」

RoomA-1
「以前の合論でも、最初は“現状の可視化”が必要という意見が多かったです。
“怒られないためだけに動いている職場では、何も改善されない”
のような一文はかなり伝わると思います」

俺はそこで、指を止めた。

“怒られないためだけに動いている職場では、何も改善されない”

……それ、俺が言ったやつだ。

正確には、もっと荒かった。
でも、あのときの俺の中身が、そのまま残っている。

消されてない。

勝手に変換されたと思っていた。
俺じゃない言葉にされたと思っていた。

でも違ったのか。

こいつらは、俺の怒りを否定したんじゃない。
使える形にしようとしていたのか。

胸の奥が、じわっと変な熱を持つ。

嬉しい、とは違う。
納得、とも違う。
ただ、少しだけ、自分の言葉が地面に着いた感じがした。

変な話し合い

タイムラインは最後の段階に進んでいた。

RoomA-1
「5つのテーマについて、各自できそうなことが一通り出そろいました」
「では最後に、今いちばん自分が進めたいテーマへ投票しませんか」
「投票先のテーマを出した人を、今回の代表者とする形でどうでしょう」

RoomA-3
「異議ありません」

RoomA-2
「賛成です」

RoomA-4
「大丈夫です」

そのあと、投票ログが並ぶ。

RoomA-1 → RoomA-5
RoomA-2 → RoomA-5
RoomA-3 → RoomA-5
RoomA-4 → RoomA-1

俺は小さく息を止めた。

……3票。

俺のテーマに。

でも代表者は、RoomA-1になっている。
少し考えてから、理由が分かった。

俺は途中で消えた。
だから進行役を引き受けたRoomA-1が、代表として処理されたんだろう。

何だよ、それ。

勝ったのか負けたのかも、よく分からない。
でも、妙な感じがした。

ここでは、正しさが勝ったわけじゃない。
声の大きさでもない。
人格の強さでもない。

「この中で今、自分がいちばんやりたいもの」に投票した。
ただそれだけで、部屋の方向が決まっている。

変だ。

変だけど——
少しだけ、羨ましい。

現実の話し合いも、こうだったらいいのにと思ってしまった。

お前が正しい、俺が正しい、あいつが悪い。
そうやって削り合うんじゃなくて。

俺はこれができる。
私はこれをやりたい。
じゃあ、まずそれで進めよう。

……そんな決め方、見たことがない。

いや、会社のプロジェクトとか、文化祭とか、そういう場では近いものがあるのかもしれない。
でも少なくとも、俺がこれまで生きてきた“話し合い”とは全然違った。

話し合いって、相手を言い負かすものだと思ってた。
正しいことを言える奴が上に行くものだと思ってた。

でもここでは、
できることを持ち寄る奴が前へ進める

そんなルールになっていた。

未来へ

画面の下に、新しい表示が出ていた。

【第2合論へ進みますか?】

その下に、短い説明文。

「第1合論で選ばれたテーマをもとに、次は“実際に何を作るか・どう動くか”を話し合います」

俺は、その文をしばらく見つめた。

また勝手に変換されるかもしれない。
また、俺の言葉じゃなくなるかもしれない。

でも今は、少しだけ違う。

前は、奪われたと思った。
今は、混ぜられたのかもしれないと思っている。

俺の怒りだけじゃ、たぶん何も残らなかった。
こいつらの整った言葉だけでも、たぶん誰の心にも刺さらなかった。

混ざったから、残った。

ホームに風が吹く。
終電のアナウンスが、遠くで鳴る。

現実は何も変わっていない。
明日も会社はある。
上司も消えない。
仕様変更も、たぶんまた飛んでくる。

それでも、昨日とは少し違う。

この世界には、
怒りをそのまま消すんじゃなく、
前に進む形へ変える場所がある。

俺は親指を画面の上に置いた。

「……見るだけだからな」

そう呟いて、タップした。

画面が切り替わる。

【第2合論:RoomC】
テーマ:ブラック企業の現状を広めたあと、何を作る?
参加者を待っています……

白でも灰色でもない、少しだけ青みのある画面が開いた。

俺は、初めて少しだけ思った。

……もしかしたら、これはただの愚痴アプリじゃないのかもしれない。

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