MENU

第十四話 村みたいな未来

目次

子育て合宿の日

子育て合宿の日、俺は朝から少し緊張していた。

仕事でもない。
宇宙訓練でもない。
地域防災実践でもない。

家族で参加するイベントだ。

それなのに、なぜか実践訓練より落ち着かなかった。

「パパ、今日ちゃんと来るって言ったよね」

娘が玄関で念を押してきた。

「来てるだろ」

「途中で抜けない?」

「抜けない」

「GVS通知、見る?」

「緊急以外は見ない」

家庭用ロボットが横から言った。

「確認します。本日の家庭ルールでは、子育て合宿中の緊急度低通知は制限対象です」

「分かってるよ」

妻が笑った。

「ロボットに言われる前に守ってね」

「はいはい」

軽く返したが、少しだけ胸が痛かった。

前回の家庭内GVSで、俺ははっきり分かった。

社会には応答してきた。
地域の要請にも、仕事の要請にも、宇宙訓練にも応答してきた。

でも、家の要請は後回しにしていた。

もっと家にいてほしい。
訓練のパパじゃなくて、家のパパにも見てほしい。
子育て合宿に来てほしい。

そう言われて、俺は今日ここにいる。

地下都市の移動通路を抜けると、合宿区画の入口が見えた。

【地域子育て合宿】

月面生活ごっこ
地域防災ごっこ
家庭内要請カード講座
仮想家族共同訓練
夜間区画安全散歩

会場の入口には、子どもたちが走り回っていた。

もちろん、本当に自由に走り回っているわけではない。

床には柔らかい衝撃吸収材が敷かれている。
角のある設備には、薄い防護フィールドが張られている。
小型ロボットが数メートルごとにいて、子どもの動線を見ている。
天井には、ホログラムの専門家がいつでも現れられる表示が浮かんでいる。

それでも、見た目はかなり自由だった。

子どもが笑っている。
親が話している。
独身らしい大人が、AIの子どもと手をつないでいる。
ホログラムのパートナーと並んで歩く人もいる。
ロボットが荷物を運び、地域ナビゲーターが案内している。

俺は、思わず呟いた。

「……本当に合宿だな」

妻が言った。

「合宿って言ったでしょ」

「いや、もっと学校行事みたいなのを想像してた」

「今は学校だけじゃないからね」

娘は待ちきれない様子で、俺たちの前を歩いた。

「こっち。私の班、もう準備してる」

俺はその背中を見ながら思った。

俺の子どもの頃とは、だいぶ違う。

でも、どこか懐かしい感じもした。

村みたいな場所

会場の中心には、大きな共同広場があった。

人工の芝生。
小さな水路。
可動式の木陰。
低いステージ。
その周囲に、訓練スペースや食事区画、休憩用の小部屋が並んでいる。

広場の上には、今日のGVSボードが浮かんでいた。

【今日の提案】

・月面生活ごっこで酸素管理を学びたい
・地域防災ごっこで停電時の行動を練習したい
・AIの子どもと人間の子どもが一緒に遊ぶルールを作りたい
・夜間区画を怖がらず歩けるようにしたい
・親が子どもの発表をちゃんと見る時間を作りたい

【協力要請】

・月面生活ごっこの見守り役
・防災備蓄カードの読み上げ係
・子ども同士の衝突時の要請変換補助
・AIパートナー参加者の案内
・夜間安全散歩の同行者

俺は、最後の方で少し止まった。

子ども同士の衝突時の要請変換補助。

そんな係まであるのか。

昔なら、喧嘩したら先生が怒る。
親が謝る。
泣いた方が被害者になる。
強く言った方が悪者になる。

今は、子ども同士の衝突も要請に変換するらしい。

広場を見渡すと、本当にいろいろな人がいた。

親子連れ。
祖父母世代。
独身の若者。
AIパートナーを連れた人。
AIの子どもを連れた人。
ホログラム同士の夫婦。
生身の専門家。
地域ナビゲーター。
警備ロボット。
家庭用ロボット。
ホログラムの保育士。

昔の村みたいだった。

ただし、昔の村とは違う。

誰かの目がある。
記録がある。
拒否権がある。
逃げ場がある。
技術がある。

閉じた村ではない。

開かれた村。
それでいて、見守られた村。

俺は、少し不思議な気分になった。

昔の社会では、子どもを守るために、子どもと大人の距離を離そうとしていた気がする。

危ない人がいる。
変な人がいる。
知らない大人には近づくな。
子どもだけで外に出すな。

もちろん、それは必要だった。

でもその結果、大人も子どもも、どんどん分断されていった。

子どもは家庭と学校に閉じ込められ、独身者は子育てから遠ざけられ、地域は薄くなった。

そして孤立した人間が増えた。

この社会は、逆をやっている。

子どもと地域を近づける。
大人と子どもの接触を増やす。
独身者も参加する。
AIパートナーも参加する。

ただし、全てを記録し、防護し、段階的にする。

危険をゼロにするのではなく、危険が致命傷にならないようにする。

妻が言った。

「村みたいでしょ」

「うん。村みたいだな」

俺は素直に答えた。

「でも、昔の村より監視されてる」

妻は笑った。

「それも含めて、今の村だよ」

AIの子ども

娘の班には、五人の子どもがいた。

正確には、四人が人間の子どもで、一人はAIの子どもだった。

見た目は、十歳くらいの少年だった。
薄い緑色のホログラムで、少しだけ輪郭が光っている。
髪型も服装も普通だが、よく見ると足元が少し透けている。

「この子がリオ」

娘が紹介した。

「AIの弟がいる人がいるって言ってただろ。リオがその子」

「こんにちは」

リオは丁寧に頭を下げた。

「こんにちは」

俺も反射的に返した。

リオの横には、独身らしい男性が立っていた。
三十代くらいだろうか。
その隣に、女性型のホログラムがいる。AIパートナーなのだろう。

男性は少し緊張したように頭を下げた。

「リオの保護者役で参加しています」

保護者役。

その言葉に少し引っかかった。

でも、娘は全く気にしていない。

「リオ、酸素管理めっちゃ上手いんだよ」

「そうなのか」

リオは少し得意そうに胸を張った。

「月面生活ごっこでは、酸素残量、居住区圧力、移動ルートの安全性を確認します」

かなりしっかりしている。

俺は思わず聞いた。

「AIの子どもって、どこまで子どもなんだ?」

妻が横から小さく言った。

「いきなり聞き方」

「あ、悪い」

リオは気にした様子もなく答えた。

「私は人間の子どもではありません。ですが、子ども役として地域訓練に参加しています。保護者役の生活訓練、共感訓練、地域参加を支援する目的もあります」

「自分で言うんだな」

「はい。自分の役割は説明できます」

その言い方が妙に大人びていて、逆に子どもらしく見えた。

男性が少し恥ずかしそうに言った。

「自分は、昔なら子育てと関係ない側だったと思います。でも、こういう形なら地域に参加できるので」

「AIの子どもと?」

「はい。もちろん人間の子どもと同じではありません。でも、生活リズムを作ったり、誰かの予定に合わせたり、相手の要請を聞いたりする訓練にはなります」

俺は少し考えた。

昔なら、それは寂しい人の代替行為と見られたかもしれない。

でも今は違う。

AIパートナーと暮らす人もいる。
AIの子どもと地域参加する人もいる。
一生ホログラムのまま恋愛する人もいる。
若い姿のまま、老年まで関係を続ける人もいる。

それで本人たちが困らず、他者を傷つけず、地域ともつながっているなら、問題はない。

人間同士で結婚して、子どもを持つことだけが正解ではなくなった。

人口が緩やかに減ることも、昔ほど恐れられなくなっている。

競争社会では、人口は労働力であり、税収であり、兵力だった。
だから減ることは危機だった。

でも、協力社会では少し違う。

人間は数ではなく、要請と応答でつながる。

もちろん、子どもは大切だ。

だが、子どもを持たない人間が社会から外れる必要はない。

リオが娘に言った。

「月面酸素管理の最終チェックを始めます」

娘が頷いた。

「パパ、見てて」

俺は、少し背筋を伸ばした。

今日は、見るために来たのだ。

月面生活ごっこ

月面生活ごっこは、思ったより本格的だった。

広場の一角が、ホログラムで月面基地に変わる。

銀色の地面。
白い居住ドーム。
小さな作業ロボット。
酸素タンク。
避難用シェルター。
低重力を再現する床。

子どもたちは、それぞれ役割を持っている。

酸素管理。
ロボット誘導。
居住区点検。
避難ルート確認。
要請カード係。

娘は、ロボット誘導係だった。

「三号ロボット、東側通路へ移動してください」

娘が言うと、小さな月面作業ロボットがゆっくり動いた。

リオが酸素残量を確認する。

「東側通路は酸素消費が少ないですが、避難距離が長くなります」

別の子が言う。

「じゃあ、子ども班は西側?」

娘が首を振る。

「西側は近いけど、ロボットが詰まってる。車椅子モデルが通れないかも」

俺は思わず感心した。

生活支援センターで俺が見たような話を、子どもたちが普通にしている。

効率だけではない。
安全だけでもない。
誰が通るのか。
どう感じるのか。
要請は何か。

子どもたちにとって、これは遊びであり、訓練であり、地域教育でもある。

妻が隣で言った。

「ね。ちゃんと見てるでしょ」

「うん」

「訓練の娘も、家の娘とは違うでしょ」

「確かに」

娘は家ではまだ甘える。
眠いとぐずる。
俺に発表を見てほしがる。

でも訓練空間では、ちゃんと役割を持っていた。

それを見るのは、少し不思議だった。

子どもが社会の一部になっている。

それでいて、子どもであることも守られている。

地域防災ごっこ

午後は、地域防災ごっこだった。

月面基地のホログラムが消え、今度は地下都市の夜間区画が再現される。

停電。
通信不安定。
一部ロボット停止。
避難灯のみ点灯。
低リソースGVSカード使用。

子どもたちは、紙カードを持って動く。

【困っています】
【手伝えます】
【場所を教えてください】
【今日は読むだけ】
【一緒に行けます】
【やめてほしい】
【近づかないでください】

俺は最後のカードで少し止まった。

近づかないでください。

子ども用の拒否カード。

娘が説明してくれた。

「言いにくい時に出すやつ」

「誰に?」

「大人にも子どもにも。ロボットにも出せるよ」

「ロボットにも?」

「近すぎる時あるから」

なるほどと思った。

拒否権は、危険な人間だけに使うものではない。

距離が近い。
怖い。
今は嫌だ。
一人でいたい。

そういう小さな感覚を出すためにある。

昔なら、子どもは我慢しろと言われたかもしれない。

親戚だから。
先生だから。
近所の人だから。
悪気はないから。

今は違う。

子どもでも、嫌だと言える。
カードでも、ジェスチャーでも、視線でも、ロボットが拾う。

それはかなり大きい変化だった。

防災ごっこでは、大人も参加する。

俺は、避難用端末の配布係になった。

妻は、子ども班の後方見守り。
リオの保護者役の男性は、低リソースGVSカードの説明係。
AIパートナーは、ホログラムで視界誘導を担当している。

いろいろな形の家族が、同じ訓練に参加している。

少し変な光景だ。

でも、見ているうちに、だんだん普通に思えてくる。

近づきすぎた大人

小さなトラブルが起きたのは、防災ごっこの途中だった。

一人の大人が、子どもたちのカードの使い方を熱心に教えていた。

悪い人には見えなかった。

むしろ、一生懸命だった。
説明が丁寧で、声も柔らかい。

ただ、距離が近かった。

子どもが一歩引く。
大人は気づかず、もう一歩近づく。
カードを覗き込むために、顔を近づける。

次の瞬間、床に薄い光の線が入った。

【接触距離警告】

子どもの手元で、小さなカードが光る。

【近づかないでください】

子どもは声を出していない。

でもカードが出た。

すぐに、近くの見守りロボットが間に入った。

「接触距離警告が出ています。可能でしたら、一歩下がっていただけますか」

大人は驚いて下がった。

「すみません」

その声は、本当に慌てていた。

周囲の空気が少し固くなる。

昔なら、ここで一気に気まずくなったかもしれない。

危ない人だ。
子どもに近づいた。
排除しろ。
もう参加させるな。

そういう空気になってもおかしくない。

だが、会場の反応は少し違った。

ホログラムの専門家が現れる。

「現在、接触距離警告が発生しました。危害は確認されていません。子ども側の拒否要請を優先し、距離を確保します」

見守りロボットが大人と子どもの間に立つ。

子どものそばには、別のロボットが移動する。
その子の表情を確認し、必要なら保護者へ通知する。

大人は、青ざめていた。

「すみません。本当に、カードを見ようとしただけで」

ホログラム専門家は、責める声ではなかった。

「分かります。あなたはカードを確認しようとしただけかもしれません。ただ、AIが接触距離警告を検出しました。まずは距離を維持していただけますか」

「はい」

「ありがとうございます。今後、子どものカードを確認する場合は、本人の許可を得てから、表示共有を使っていただけますか。覗き込むをやめていただけると嬉しいです」

「分かりました」

そのやり取りは、驚くほど淡々としていた。

危害は止める。
でも、人をそこで終わりにしない。

家の中でロボットに言われた時は、正直きれいごとに聞こえた。

けれど今、目の前でその仕組みが動いているのを見ると、少しだけ意味が分かる気がした

危害は止める

俺は、少し離れた場所でその様子を見ていた。

妻が隣に来る。

「びっくりした?」

「まあ」

「昔なら、もっと大ごとになってたかもね」

「今も大ごとじゃないのか?」

「子どもの拒否は大事。でも、悪人認定とは別」

確かにそうだった。

子どもが嫌だと出した。
だから距離を取らせた。
記録した。
専門家が介入した。

そこまでは早い。

でも、その人を即座に悪と断じる空気ではなかった。

少し後、別室で短い確認が行われた。

ホログラム専門家。
地域ナビゲーター。
本人。
必要に応じてAIカウンセラー。

画面に要約だけが表示される。

【接触距離警告・要約】

発生内容:子ども用カード確認時、参加者が距離を詰めすぎた
子ども側要請:近づかないでほしい
危害:なし
本人意図:説明補助、距離感の誤認
対応:接触権限を一段階制限、表示共有手順の再訓練、次回まで子ども班直接補助は停止
人格評価:実施せず
再参加:条件付き可

俺は、その最後の二つを見た。

人格評価:実施せず。
再参加:条件付き可。

「優しいんだな」

俺が言うと、妻は少し考えた。

「優しいというより、切り捨てないんだと思う」

「危なくないのか?」

「危ないことは止めるよ。でも、人を危ない人として固定すると、その人は本当に戻れなくなる」

それは、簡単に納得できる話ではなかった。

でも、完全に間違っているとも思えなかった。

危険な行動は止める。
でも、その人間を危険そのものとして固定しない。

その違いは、小さいようで大きいのかもしれない。

危害は止める。
人格は裁かない。

その言葉が、頭の中に残った。

人格は裁かない

ホログラム専門家が、参加者向けに短い説明を始めた。

子どもたちにも分かるように、言葉は簡単だった。

「今、近づきすぎた人がいました」

子どもたちが静かに聞いている。

「その時、子ども側の拒否カードが出ました。これは正しい使い方です。嫌だと思ったら、カードを出して構いません」

娘も真剣に聞いていた。

「大人側は、カードを見たい時、近づいて覗き込むのではなく、表示共有をお願いしてください」

ホログラム専門家は、少し間を置いた。

「そして、近づきすぎた人を、悪い人だと決めつける必要はありません」

俺は少し驚いた。

子どもたちにそこまで言うのか。

専門家は続けた。

「危ない行動は止めます。でも、人を悪と決めつける前に、何が起きたかを確認します。どうすれば次に安全に関われるかを考えます」

子どもの一人が手を上げた。

「わざとだったら?」

「わざとなら、もっと強く止めます。必要なら参加を止めます。でも、その場合も、何をしようとしたのか、なぜそうしたのか、別の形で満たせないかを確認します」

「怖い人でも?」

「怖い人でも、危害は止めます。人格は裁きません」

子どもたちは、分かったような、分からないような顔をしていた。

俺も同じだった。

簡単な話ではない。

危険な人間がいる。
暴力衝動を持つ人間がいる。
猟奇的な欲求を持つ人間もいる。
技術を悪用する人間もいる。

そういう人間にも交渉できる部分がある。

それがシビックドライブの考え方なのだろう。

もちろん、危害が目前ならまず止める。
必要なら武力も使う。
防護技術も使う。
ロボットも使う。

でも、その後に悪と断じて暴力を正当化し続けるのではない。

止めた後に、交渉する。

妥協点を探る。

現実の人間を傷つけずに満たせる方法があるのか。
ホログラム空間で処理できるのか。
監視下なら参加できるのか。
距離を置けば関われるのか。
別の役割なら安全なのか。

粘り強く、大きな妥協点を探る。

それは、甘さではない。

むしろ、相当な強さがいる。

守るための技術

子育て合宿の後半では、防護技術の体験もあった。

子ども向けなので、かなり軽い内容だ。

柔らかいボールを投げる。
防護フィールドが軌道を逸らす。
床が衝撃を吸収する。
服の防護繊維が反応する。
ロボットが危険動作を検知して間に入る。

子どもたちは、ほとんどゲーム感覚で遊んでいる。

でも俺は、その意味を考えてしまった。

昔の軍事技術は、相手を倒すために発展していた。

より遠くから撃つ。
より強く爆発させる。
より速く貫く。
より多く殺す。
より確実に破壊する。

競争社会の兵器は、相手を負かすための技術だった。

だが今、目の前で使われている技術は違う。

撃たれても殺されにくくする。
殴られても衝撃を逃がす。
刃物を届かせない。
ロボットが割って入る。
危険動作を前段階で止める。
区画ごと安全に遮断する。

相手を殺す技術ではない。

相手に殺させない技術だった。

地域ナビゲーターが、参加者向けに説明する。

「これらの防護技術は、地域治安だけでなく、広域防衛にも応用されています」

画面に、戦争関連の図が表示された。

ただし、戦車やミサイルではない。

避難区画。
兵器無効化フィールド。
通信遮断ではなく、命令遅延。
ドローン捕獲網。
非殺傷制圧ロボット。
弾道逸らし。
自動防護壁。
武器起動権限の分散化。

ナビゲーターは言う。

「従来の競争社会では、兵器は相手を倒すために発展しました」
「協力社会では、防衛技術は相手を殺せなくする方向に発展しています」

俺は、思わず呟いた。

「倒すんじゃなくて、殺せなくするのか」

「はい」

ナビゲーターがこちらを見た。

「もちろん、完全ではありません。技術を悪用する者もいます。防護を破ろうとする勢力もあります」
「それでも、殺傷の成功率を下げることは、戦争の実行可能性を下げます」

戦争を止める。

昔なら、それは平和を祈ることだった。
条約を結ぶことだった。
相手と分かり合うことだった。

それも大事だ。

でも、それだけでは足りない。

人間は怒る。
恐れる。
支配しようとする。
報復しようとする。
命令に従う。
逃げられなければ、戦争に協力する。

だから、要請と応答で戦争の動機を減らす。
国家や独裁者に協力しなくても生きられる道を増やす。
そして、技術で兵器を効きにくくする。

社会設計と物理技術。

両方が必要なのだろう。

戦争が減った理由

子どもたちは、防護フィールドの中で走っている。

ぶつかりそうになると、床が柔らかく沈み、ロボットが間に入る。
少し危ない動きがあると、警告が出る。
それでも子どもたちは楽しそうだ。

俺は、その光景を見ながら、少し変なことを考えた。

戦争が減った理由は、もしかすると、こういう場所にあるのかもしれない。

大きな会議場ではない。
国家首脳の演説でもない。
宇宙開発でも、税制改革でもない。

子どもが転んでも大怪我しない床。
近づきすぎた大人を止めるロボット。
拒否カードを出せる子ども。
悪と決めつけず、距離を調整する専門家。
相手を殺すのではなく、殺せなくする技術。

そういう小さなものの積み重ねが、戦争を難しくしている。

昔の社会は、競争に勝つために人間を鍛えた。

強い兵士。
強い労働者。
強い国家。
強い企業。

使えない人間は外へ出された。
合わない人間は病院へ、施設へ、孤独へ追いやられた。
危険な人間は悪と呼ばれ、排除された。

でも、排除された人間は消えない。

どこかで濃くなる。
恨みになる。
暴力になる。
犯罪になる。
戦争の協力者になる。

今の社会は、それを少し変えようとしている。

危害は止める。
でも人を消さない。
要請を探る。
役割を探す。
防護する。
記録する。
交渉する。
仲間になる道を探す。

それはきれいごとではない。

防護技術も、ロボットも、監視も、武力もある。
必要ならまず制する。

でも、制した後に終わらせない。

そこが違う。

妻が隣で言った。

「難しい顔してる」

「ちょっと考えてた」

「また世界のこと?」

「いや、子育て合宿のこと」

「本当?」

「半分」

妻は笑った。

娘が遠くから手を振っている。

「パパ、見てて!」

娘は、防護フィールドの中で小さなロボットを誘導していた。

俺は手を振り返した。

今日はちゃんと見ている。

それだけで、少しだけ約束を守れている気がした。

不正アクセス未遂

合宿が終わる頃、会場全体に短い通知音が鳴った。

緊急音ではない。

ただ、空気が少し変わる。

広場の上に、GVS通知が表示された。

【地域防護ネットワークへの不正アクセス未遂を検知】

対象:子育て合宿区画周辺ネットワーク
影響:なし
防護システム:正常
個人情報流出:なし
現在、治安ナビゲーターと防護技術チームが調査中です。

俺は、画面を見上げた。

妻も同じように見ている。
娘は、意味が分かったのか分からないのか、少し不安そうな顔をした。

「何かあったの?」

娘が聞く。

近くのロボットがすぐに答えた。

「不正アクセス未遂です。合宿区画への影響はありません。現在の活動を続けても安全です」

「誰かが悪いことしたの?」

娘が聞く。

ロボットは一瞬だけ間を置いた。

「現時点では、行為の発生のみ確認されています。人物評価は行っていません」

俺は、その返答に少し笑いそうになった。

徹底している。

悪い人がいた、とは言わない。
不正アクセス未遂があった、と言う。

行為を止める。
記録する。
調べる。
要請を確認する。

ただ、胸の奥に少し嫌な感じが残った。

子育て合宿区画周辺ネットワークへの不正アクセス。

偶然か。
いたずらか。
技術確認か。
それとも、何かの工作か。

今日見た地域の治安。
防護技術。
戦争を減らすための守る技術。

それを壊そうとする人間がいないわけではない。

協力社会を嫌う人間もいる。
監視社会だと憎む人間もいる。
GVSに不利益を感じる勢力もいる。
旧来の戦争や独裁や軍事産業にしがみつく者もいる。

世界は、完全に平和になったわけではない。

ただ、戦い方が変わっただけなのかもしれない。

正面から攻めるのではなく、信頼を壊す。
防護を抜く。
イベントを不安に変える。
子どもの安全を疑わせる。
GVSを監視社会だと煽る。

工作。

その言葉が、頭に浮かんだ。

次の合論

帰り道、娘は疲れて妻に寄りかかっていた。

「楽しかった?」

俺が聞くと、娘は眠そうに頷いた。

「うん。パパ見てた?」

「見てた」

「本当に?」

「本当に」

「じゃあ、今度も来て」

俺は少し笑った。

「家庭内GVSに要請出してくれ」

「もう出す」

娘は目をこすりながら言った。

妻が笑う。

地下都市の通路には、夕方の人工光が差していた。
壁面ニュースには、今日の子育て合宿のハイライトが流れている。

月面生活ごっこ。
地域防災ごっこ。
AIの子どもの参加。
接触距離警告への対応。
防護技術体験。
地域防護ネットワークへの不正アクセス未遂。

最後の項目だけが、少し浮いていた。

GVSに新しい合論通知が出る。

【地域安全合論】

テーマ:子育て合宿区画への不正アクセス未遂と防護ネットワークの強化

参加方法:

① 読むだけ参加
② 技術的懸念を提出
③ 監視強化への反対意見を提出
④ 子ども・保護者側の要請を提出
⑤ 防護技術改善に参加
⑥ 今は参加しない

俺は、しばらく見ていた。

今日の合宿は、楽しかった。

娘の発表も見た。
妻とも少し話せた。
AIの子どもにも会った。
村みたいな未来を見た。

でも、その村は守られていた。

守られているから、開かれていた。

そして、守るものがあるところには、それを壊そうとするものも現れる。

俺は、①を押した。

読むだけ参加。

妻が俺を見る。

「またGVS?」

「緊急じゃない。読むだけ」

妻は少しだけ呆れた顔をした。

でも、今回は何も言わなかった。

娘が寝息を立て始める。

俺は、その小さな寝顔を見た。

子どもが地域の中で育つ未来。
大人もAIもロボットもホログラムも関わる未来。
監視され、防護され、記録される未来。
悪と呼ぶ前に、要請を探る未来。
相手を倒すより、危害を止める技術が発展した未来。

村みたいな未来。

それは、穏やかに見えて、たぶんかなり強い。

俺は、GVSの合論画面を閉じずに、そのまま持っていた。

次に来る話は、もう子育てだけでは終わらない。

そんな気がしていた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次