金が出るなら
金が出る。
その一文だけが、妙に頭に残っていた。
シビックナビゲーション公式から、活動実績に応じてナビゲーター報酬が発生する場合があります。
最初にそれを見た時、俺は普通に笑った。
社会を変える。
ブラック企業をなくす。
人の声を集める。
次の合論につなげる。
そういう話をずっと聞かされてきた。
でも結局、俺の指を止めたのは「報酬」だった。
別に悪いとは思わない。
家賃はいる。
飯代もいる。
スマホ代もいる。
税金も保険料も勝手に消えていく。
世界を変える前に、俺の財布が終わりそうだ。
それに、愚痴ならある。
腐るほどある。
いくらでもある。
会社で飲み込んだ言葉なら、腹の中に何年分も溜まってる。
投稿するだけ。
愚痴を言うだけ。
それで少しでも金になるなら。
「……まあ、やってもいいか」
そう言ってから、自分で少し嫌になった。
世界を変えるアプリに、報酬目当てで参加する。
我ながら俗っぽい。
でも、綺麗事だけで動けるほど、俺は元気じゃない。
画面を開く。
GVSの灰色のUI。
見慣れてきた自分が少し怖い。
通知が出ている。
【ナビゲーター補助参加が可能です】
対象テーマ:
愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める
【参加内容】
X投稿
反応確認
次回合論素材化
協力要請の確認
報酬対象:あり
俺は、報酬対象の文字をもう一度見た。
あり。
「……愚痴で金か」
俺は小さく笑った。
昔の俺が聞いたら、そんなうまい話あるかと疑う。
今の俺も疑っている。
でも、少しだけ試してみたいと思っていた。
ナビゲーター補助申請
【ナビゲーター補助として参加しますか?】
画面にボタンが出る。
〔参加申請する〕
〔今は参加しない〕
俺は、迷わず押した。
参加申請する。
すぐに確認画面が出た。
【ナビゲーター補助申請】
この活動では、GVS外部のSNSと連携し、投稿・反応確認・協力要請の確認を行います。
ドライバー参加よりも、外部反応による心理的負荷が高くなる可能性があります。
確認事項が並ぶ。
・投稿内容に個人名、会社名、住所などを含めない
・他者への攻撃、晒し、脅迫を行わない
・協力要請は本人の承認なしに許可されない
・報酬は仮評価後、公式ルールに基づき確定する
・未成年、外部連絡、共同制作、報酬受け取りには制限がある
・危険な反応には返信しない場合がある
俺は、途中で顔をしかめた。
多い。
読むことが多い。
でも、これくらいないと危ないのも分かる。
Xで愚痴を言う。
それだけなら簡単だ。
でも、そこに人が集まる。
いいねがつく。
リプが来る。
変なやつも来る。
協力したいと言うやつも来る。
金が絡む。
普通に揉める。
俺は画面の下まで読んだ。
【確認しました】
押す。
次の画面。
【年齢確認】
ナビゲーター補助では、外部発信・報酬・協力要請が発生するため、年齢に応じて利用できる機能が変わります。
俺は生年月日を確認する。
【確認完了】
次に、警告が出た。
【外部連絡について】
GVS外での個別連絡先交換は推奨されません。
共同制作、出演依頼、報酬分配、リアルイベント参加などは、GVS上の許可履歴を残してください。
「めんどくせえ」
思わず声が出た。
でも、めんどくさいものはだいたい必要なものだ。
会社でも、必要な記録ほど残ってなかった。
だから全部こっちの責任になる。
ここでは逆らしい。
めんどうな確認を先に出してくる。
それが少しだけ、まともに見えた。
X連携
次に、X連携画面が出る。
【Xアカウントと連携します】
投稿先:未連携
連携すると、GVS内で作成した投稿をXへ投稿できます。
投稿への反応は、GVSアプリ側で分類・変換されます。
〔Xと連携する〕
押す。
認証画面が開く。
俺のXアカウントが表示される。
別に大したアカウントじゃない。
仕事の愚痴をたまに書いて、消して、また書いて、誰にも見られず流れていくアカウントだ。
フォロワーも少ない。
プロフィールも適当。
アイコンも初期設定みたいなもの。
こんなので何が変わるんだ。
そう思いながら、連携を許可した。
GVSに戻る。
【連携完了】
次に、設定画面が出た。
【返信・反応設定】
返信モードを選択してください。
① 返信案のみ作成
AIが返信案を作成します。送信前に確認できます。
② 安全な反応のみ自動返信
共感・要請・相談など、低リスクな反応にのみ自動返信します。
③ 自動返信ON
AIが反応を分類し、ルールに従って自動返信します。
攻撃・晒し要求・宣伝・高リスク内容には返信しません。
俺は、一瞬で①を選んだ。
勝手に返信されるのは怖すぎる。
俺の言葉を勝手に変換されるだけでも、まだ引っかかっている。
その上、他人に勝手に返事までされたら、もう俺のアカウントじゃない。
次。
【フィルター設定】
□ 攻撃的反応を非表示
□ 晒し要求を非表示
□ 宣伝・無関係を非表示
□ 否定的反応を注釈表示にする
□ 次回合論素材候補を優先表示
□ 協力要請をまとめて表示
俺は、全部ONにした。
弱いな、と思った。
でも、弱くて何が悪い。
俺は今、会社のことで十分削られている。
Xのリプ欄でまで殴られたいわけじゃない。
次。
【協力要請設定】
外部ユーザーからの引用・共同制作・動画化・イベント利用などの要請を受け取るか選択してください。
① すべて表示
② GVSが分類してまとめて表示
③ 低リスクな要請のみ表示
④ 収益化・外部利用を含む要請は毎回確認
⑤ 協力要請を一切受け付けない
俺は、少し迷った。
一切受け付けない。
それでもいい気がした。
ただ愚痴を投稿するだけでいい。
他人に使われたいわけじゃない。
でも、報酬。
協力要請に対応すると、報酬評価が上がる場合があります。
その一文が、また目に入る。
「……まとめて表示でいいか」
俺は②を選んだ。
ただし、外部利用は毎回確認。
匿名化ON。
報酬分配条件の確認ON。
【設定完了】
画面が少し光る。
【投稿を作成します】
投稿モード
入力欄が出た。
【今回の投稿に入れたい内容を入力してください】
俺は、しばらく画面を見た。
何を書くかなんて、決まっている。
俺は打った。
「質問すると怒られる。聞かなかったらなんで聞かないって言われる。仕様変えたのはそっちなのに、最後はこっちの責任。やる気の問題とか言う前に仕組み直せよ。普通に無理。同じような職場で消耗してる人いる?」
送信。
すると、すぐに投稿モードの選択画面が出た。
【投稿モードを選択してください】
① このまま投稿する
入力内容を大きく変えずに投稿します。
個人情報・攻撃表現・特定リスクのみ確認します。
② GVS変換して投稿する
提案・要請・合論素材にしやすい形へ整えます。
③ AIに投稿案を作らせる
テーマに沿った投稿文をAIが作成します。
文章が苦手な人向けです。
④ 自分で編集して投稿する
AIチェックだけ受けて、自分で文章を調整します。
俺は、②を見て少し顔をしかめた。
また俺の言葉じゃなくなるやつだ。
③も嫌だった。
AIに作らせたら、それはもう俺の愚痴じゃない。
でも、①があった。
このまま投稿する。
俺は、そこを見つめた。
変換されない選択肢もあるのか。
合論ルームでは、俺の言葉は勝手に整えられた。
怒りは提案にされ、暴言は質問に変わり、俺の熱は冷やされた。
でも、外に出す投稿は違うらしい。
自分で決められる。
俺は、①を押した。
【安全チェック中】
画面に項目が並ぶ。
個人名:なし
会社名:なし
住所・部署名:なし
具体的な日時:なし
暴力的表現:なし
晒し誘導:なし
特定リスク:低
【投稿できます】
注意:
感情表現が強い投稿は反応が増える場合があります。
フィルター設定をONにしたまま投稿することを推奨します。
俺は、少しだけ笑った。
感情表現が強い。
それくらい残してくれないと困る。
そのまま投稿
Xの投稿画面が開く。
文章が入っている。
質問すると怒られる。聞かなかったら「なんで聞かない」って言われる。
仕様変えたのはそっちなのに、最後はこっちの責任。
やる気の問題とか言う前に、仕組み直せよ。普通に無理。
同じような職場で消耗してる人いる?#質問すると怒られる
#仕様変更地獄
#ブラック企業の現状
俺は、投稿ボタンの前で止まった。
急に怖くなった。
こんなものを外に出していいのか。
誰かに見られたらどうする。
会社の人間が見たら。
上司が見たら。
特定されたら。
笑われたら。
説教されたら。
指が止まる。
その時、GVSの小さな通知が出た。
【個人情報チェック】
個人名、会社名、住所、部署名、具体的な日時は含まれていません。
特定リスク:低
【投稿目的】
同様の職場環境に関する反応を集め、次回合論素材として扱うことができます。
俺は、息を吐いた。
「……愚痴を言うだけだ」
そう言って、投稿した。
画面が一瞬止まり、Xに投稿が流れた。
たったそれだけ。
世界は変わらない。
部屋の空気も変わらない。
明日の仕事も消えない。
でも、腹の奥に溜まっていた何かが、少しだけ外に出た。
今度は、俺の言葉のまま。
反応が来た
最初の数分、何も起きなかった。
当たり前だ。
俺は有名人じゃない。
フォロワーも少ない。
こんな投稿、誰にも届かない。
そう思って、スマホを置こうとした時だった。
通知。
いいね:1
俺は、固まった。
たった1。
でも、見てしまう。
誰だよ。
知らないアカウントだった。
プロフィールには、会社員とだけ書いてある。
少しして、また通知。
いいね:3
リポスト:1
リプライ:1
「え」
リプライを開こうとして、GVS側に止められた。
【GVS変換で表示しますか?】
X上の反応には、攻撃的表現・宣伝・晒し要求が含まれる可能性があります。
先にGVS変換で確認することを推奨します。
俺は、GVSで見るを選んだ。
画面が切り替わる。
【X連携中】
対象投稿:質問すると怒られる職場について
【反応サマリー】
いいね:12
リポスト:4
引用リポスト:2
リプライ:5
ブックマーク:9
プロフィールアクセス:6
【GVS変換】
共感:3件
類似体験:2件
相談・質問:1件
要注意反応:1件
次回合論素材候補:3件
俺は、変換された反応を開いた。
【共感】
X上の反応:
これ、自分の会社と同じです。
GVS変換:
投稿内容に共感する反応。
同様の職場環境で、質問や確認がしづらい状況にある可能性があります。
分類:共感
俺は、じっと見た。
自分の会社と同じ。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
次。
【類似体験】
X上の反応:
昨日の正解が今日のミスになるの本当にある。仕様変更したなら共有してほしい。
GVS変換:
仕様変更が共有されず、現場だけが責任を負う体験。
「仕様変更の記録テンプレ」や「確認文テンプレ」の素材になる可能性があります。
分類:類似体験/次回合論素材候補
俺は、指を止めた。
昨日の正解が今日のミス。
俺だけじゃない。
次。
【相談・質問】
X上の反応:
こういうのってパワハラになるんですか?証拠とか必要ですか?
GVS変換:
パワハラ該当性と証拠の残し方に関する相談。
「これパワハラ?判定テンプレ」「証拠の残し方テンプレ」に関連します。
分類:相談・質問/次回合論素材候補
俺は、少しだけ息を呑んだ。
投稿して数分。
もう次のテーマみたいなものが出ている。
これが、愚痴の意味なのか。
愚痴そのものが世界を変えるんじゃない。
愚痴に反応がつく。
反応が次の要請になる。
要請が次の合論になる。
その流れが、少しだけ見えた。
見なくていい反応
その時、要注意反応の欄が目に入った。
【要注意反応:1件】
開かない方がいい。
そう思った。
でも、開いた。
【GVS注釈】
この反応は、本人の要請や状況確認なしに退職を促しています。
具体的な提案・要請・支援内容が含まれていないため、直接返信は非推奨です。
分類:否定的反応/対応不要候補
元の反応を表示しますか?
俺は迷った。
見なくていい。
GVSがそう言っている。
でも、気になる。
俺は表示を押した。
X上の反応:
甘えんな。嫌なら辞めろ。
画面の文字を見た瞬間、胸の奥が冷えた。
短い。
ただそれだけ。
でも効く。
甘えんな。
嫌なら辞めろ。
分かってるよ。
辞められるなら辞めてる。
辞めた後の金はどうする。
次の仕事はどうする。
また同じだったらどうする。
逃げた先で、また同じことを言われたらどうする。
俺は、スマホを握る手に力を込めた。
返信欄が表示されている。
Xなら、すぐに返せる。
「うるせえ」
「お前に何が分かる」
「辞められないから言ってるんだろ」
いくらでも出てくる。
でも、GVSが先に表示する。
【返信非推奨】
この反応は、投稿者の状況確認なしに退職を促しています。
返信すると対立が長引く可能性があります。
返信する場合の案:
ご意見ありがとうございます。
退職するかどうかは本人が決めることだと考えています。
この投稿では、同じような状況にある人の声や要請を集めています。
俺は、その返信案を見た。
謝っていない。
怒ってもいない。
従ってもいない。
ただ、線を引いている。
退職するかどうかは本人が決める。
俺は、その一文を何度か読んだ。
そうだ。
俺が決めることだ。
嫌なら辞めろ。
愚痴なんか言うな。
そんな言葉に従う必要はない。
返さないこともできる。
俺は、返信しないを押した。
【対応不要として保存しました】
【安全運用評価 +1】
「ゲームかよ」
小さく笑った。
でも、少し助かった。
協力要請
その後、反応は少しずつ増えた。
いいね:43
リポスト:11
引用リポスト:5
リプライ:16
ブックマーク:28
俺にしては、かなり多い。
でも、それ以上に妙な通知が出た。
【協力要請:新着12件】
「協力要請?」
俺は、思わず声に出した。
開く。
GVSアプリ側で、要請がまとめられていた。
【協力要請サマリー】
受信:12件
分類:
引用許可:3件
まとめ掲載:2件
動画化:2件
手紙交換イベント:1件
画像化:1件
専門家確認:1件
ナビゲーター募集:1件
要注意:1件
俺は、意味が分からなかった。
ただの愚痴に、何の協力要請が来るんだ。
一覧を開く。
【引用許可】
X上の要請:
同じような経験があるので、この投稿を引用して自分の体験も書いていいですか?
GVS分類:
引用許可確認/低リスク
推奨対応:
許可不要の公開引用範囲ですが、GVS上では反応素材として保存できます。
次。
【まとめ掲載】
X上の要請:
ブラック企業あるあるの愚痴リストを作っています。このポストも匿名で入れていいですか?
GVS分類:
まとめ掲載/匿名利用確認
確認事項:
匿名化の有無
元ポストリンクの有無
報酬分配対象にするか
次。
【動画化】
X上の要請:
愚痴リストを動画にしているのですが、このポストも引用していいですか?
GVS分類:
外部コンテンツ化/引用許可確認/収益化可能性あり
確認事項:
匿名化
読み上げ可否
元ポスト表示
収益発生時の報酬分配
次。
【手紙交換イベント】
X上の要請:
匿名で仕事の愚痴を手紙にして交換するイベントを企画しています。
この投稿をテーマカードとして使ってもいいですか?
GVS分類:
リアルイベント利用/テーマカード化/中リスク
確認事項:
匿名化
イベント主催者確認
参加者年齢制限
外部利用範囲
報酬対象
俺は、そこで固まった。
手紙。
俺の愚痴が、手紙になるのか。
意味が分からない。
さらに下。
【動画・劇化】
X上の要請:
ブラック企業のショートドラマを作っています。
「質問すると怒られる職場」という台詞の参考にしてもいいですか?
GVS分類:
創作利用/台詞参考/収益化可能性あり
次。
【ナビゲーター募集】
X上の要請:
同じテーマで次の投稿を作れる人を募集しています。
反応をまとめる作業だけでも参加できます。
GVS分類:
ナビゲーター募集/低〜中リスク
俺は、画面をスクロールしながら呟いた。
「多すぎるだろ」
ただの愚痴だぞ。
会社がしんどい。
質問すると怒られる。
聞かなければ責任にされる。
それを書いただけだ。
それが、引用される。
まとめに入る。
動画になる。
手紙になる。
ドラマになる。
「俺の愚痴って、そんなに使えるのかよ」
俺の愚痴が、使われる
怖くなった。
いいねがついた時は、少し嬉しかった。
共感リプを見た時は、救われた気がした。
でも、協力要請が並んだ瞬間、別の怖さが来た。
俺の言葉が、俺から離れていく。
知らない誰かの動画になる。
知らない誰かのイベントに使われる。
知らない誰かの台詞になる。
知らない誰かの収益になる。
それは、前に感じた違和感に似ていた。
俺の言葉じゃねえ。
俺の言葉が勝手に変えられる。
俺の怒りが勝手に使われる。
画面の下に、サポーター通知が出る。
【不安が強い可能性があります】
協力要請は、すべて対応する必要はありません。
許可、拒否、保留、条件付き許可を選択できます。
外部利用は、あなたの承認なしには許可されません。
俺は、その文章を読んだ。
あなたの承認なしには許可されません。
少しだけ息が戻った。
「本当かよ」
俺は打った。
電子音声が返る。
「はい」
「GVSでは、本人の許可なく外部コンテンツ利用することを推奨しません」
「投稿が公開されている場合でも、GVS上の協力要請は本人の選択を優先します」
「勝手に使われたら?」
「通報、削除要請、報酬分配異議、利用停止申請の対象になります」
「全部対応しなきゃいけないのか?」
「いいえ」
その返事は早かった。
「協力要請を一切受け付けない設定も可能です」
画面が切り替わる。
【協力要請設定】
現在:GVSが分類してまとめて表示
変更できます。
① すべて表示
② GVSが分類してまとめて表示
③ 低リスクな要請のみ表示
④ 収益化・外部利用を含む要請は毎回確認
⑤ 協力要請を一切受け付けない
俺は、⑤を見つめた。
一切受け付けない。
それでいいじゃないか。
その方が楽だ。
何も考えなくていい。
誰にも使われない。
でも、報酬。
反応。
誰かの「これ自分の会社だ」。
誰かの「証拠って必要ですか」。
手紙交換イベント。
動画。
ドラマ。
全部が怖いわけじゃない。
ただ、勝手に進むのが怖いだけだ。
一切受け付けない
俺は、試しに⑤を押した。
確認画面が出る。
【協力要請を一切受け付けない】
この設定をONにすると、外部ユーザーからの引用許可、動画化、まとめ掲載、イベント利用、共同制作、出演依頼などの要請は自動的に非表示・自動返信されます。
自動返信文:
現在、この投稿に関する外部利用・引用・共同制作の要請は受け付けていません。
反応はGVS内の合論素材としてのみ扱われます。
〔この設定にする〕
〔戻る〕
俺は、しばらく見た。
強い。
これを押せば、全部止まる。
誰も俺の愚痴を使えない。
少なくとも、GVS上では。
でも、戻るを押した。
まだ、全部閉じたいわけじゃなかった。
「……一件だけ見る」
俺はそう呟いた。
手紙交換イベント。
動画化。
まとめ掲載。
どれにするか迷う。
一番軽そうなのは、まとめ掲載だ。
でも、動画化も少し気になる。
俺の言葉が声になるのは嫌だ。
でも、誰かが聞くなら意味があるのかもしれない。
手紙交換イベントは、妙に引っかかる。
スマホもSNSも関係ない。
手紙にする。
知らない誰かが読む。
知らない誰かが返す。
GVSがアプリじゃなくてもできるという話を、どこかで聞いた気がした。
俺は、手紙交換イベントの要請を開いた。
【手紙交換イベント】
要請内容:
匿名で仕事の愚痴を手紙にして交換するイベントを企画しています。
この投稿をテーマカードとして使ってもいいですか?
GVS注釈:
この要請は、投稿内容をリアルイベントのテーマとして利用するものです。
個人情報は含まれていませんが、外部イベント利用のため中リスクです。
主催者確認と匿名化を推奨します。
選択肢:
① 許可する
② 匿名化するなら許可する
③ GVS内素材としてのみ許可する
④ 報酬分配条件付きで許可する
⑤ 保留
⑥ 拒否
俺は、②と④で迷った。
匿名化するなら許可。
報酬分配条件付きで許可。
金は欲しい。
でも、金だけで選ぶのも何か嫌だった。
いや、嫌とか言ってる場合じゃない。
金はいる。
でも、手紙交換イベントで大金が出るとも思えない。
俺は、条件設定を開いた。
【条件付き許可】
□ 匿名化必須
□ アカウント名非表示
□ 元ポストリンクなし
□ 収益が発生した場合は報酬分配対象
□ イベント後の反応をGVSに返す
□ 参加者募集には使用しない
□ 主催者確認後に許可
俺は、上から順にチェックした。
匿名化必須。
アカウント名非表示。
元ポストリンクなし。
収益が出た場合は分配対象。
イベント後の反応をGVSに返す。
主催者確認後に許可。
最後に、許可ボタン。
押す。
【条件付き許可を送信しました】
俺は、スマホを持ったまま、少し固まった。
今、俺は何をしたんだ。
ただの愚痴を、手紙交換イベントのテーマカードとして渡した。
匿名で。
条件付きで。
勝手にではなく、俺が押した。
匿名なら、いい
しばらくして、返信が来た。
【協力要請への応答】
相手が条件を確認しました。
・匿名化:同意
・アカウント名非表示:同意
・元ポストリンクなし:同意
・収益発生時の報酬分配:同意
・イベント後の反応共有:同意
・主催者確認:審査中
【状態】
仮承認
俺は、それを見て少しだけ息を吐いた。
仮承認。
まだ確定じゃない。
GVSが主催者を確認する。
危なければ止まる。
「そこまでやるのか」
俺が打つと、サポーターが返す。
「外部利用は、投稿者本人だけでなく、イベント参加者にも影響する場合があります」
「そのため、主催者確認、年齢制限、利用範囲、報酬分配を確認します」
「めんどくさいな」
「はい」
また、あっさり認めた。
俺は笑った。
めんどくさい。
でも、めんどくさいからこそ、少し安心できる。
画面には、俺の投稿がテーマカードに変換された案が表示された。
【テーマカード案】
質問すると怒られる。
聞かなければ責任を問われる。
昨日の正解が今日のミスになる職場で、あなたは何を感じていますか?
このテーマについて、手紙で書けること:
・自分の職場で似たことがあるか
・誰にも言えなかった言葉
・今ほしい情報や要請
・誰かに言ってほしい一文
俺は、しばらくその文章を見た。
俺の愚痴ではない。
でも、俺の愚痴からできている。
今までなら、また反発していたかもしれない。
でも今回は、自分で許可した。
だから少し違う。
報酬見込み
通知が出た。
【報酬見込みが更新されました】
俺は、すぐ開いた。
そこは開くんだな、と自分で思う。
【今回の活動による仮評価】
投稿作成:+10
共感反応:+8
類似体験:+12
相談・質問:+6
次回合論素材候補:+18
危険反応への返信回避:+3
協力要請確認:+10
条件付き許可:+8
安全運用:+5
合計:80 Civic Points
【追加評価】
経済効果:審査中
外部イベント利用:審査中
最終目的貢献:評価対象
俺は、最後の行で止まった。
最終目的貢献。
「なんだそれ」
送信。
電子音声が答える。
「シビックドライブの最終目的への貢献度です」
「最終目的?」
画面に、一文が表示された。
シビックドライブの最終目的は、戦争・犯罪・搾取的労働をなくし、人間が要請と応答によって生きられる協力的な社会を作ることです。
俺は、声に出して笑った。
「話がでかすぎるだろ」
戦争。
犯罪。
搾取的労働。
俺は、ただ会社の愚痴を投稿しただけだ。
質問すると怒られる。
聞かなければ責任にされる。
やる気の問題にされる。
それだけだ。
「俺の愚痴が、戦争とか犯罪とかに関係あるわけないだろ」
「直接ではありません」
電子音声が返す。
「ただし、このテーマは搾取的労働の削減に関連します」
「また、孤立した怒りを提案・要請・合論素材へ変換することは、犯罪や暴力的衝突を減らす可能性があります」
俺は黙った。
可能性。
またその言葉だ。
でも、完全に否定はできなかった。
俺は怒っていた。
会社に。
上司に。
社会に。
自分に。
その怒りがどこにも行かなければ、腐る。
腐った怒りは、たぶん人を壊す。
自分も、他人も。
それを投稿にする。
反応を集める。
合論素材にする。
誰かの手紙にする。
それで戦争がなくなるとは思わない。
犯罪がなくなるとも思わない。
でも、怒りの行き先が一つ増えることには、意味があるのかもしれない。
最終目的
画面は続けて説明を出した。
【報酬評価の考え方】
報酬は、経済効果だけで決まりません。
評価軸:
・経済効果
・GVS貢献度
・安全性
・当事者の主体性
・最終目的への貢献度
「経済効果って、結局金になるかってことだろ?」
俺は打った。
「はい」
「ただし、経済効果だけで報酬を決めると、炎上狙いや搾取的な活動が増える可能性があります」
「だから?」
「安全性や当事者の主体性を満たさない活動は、経済効果が高くても報酬が制限されます」
画面に例が出る。
【報酬制限例】
・晒し要求に応じた投稿
・個人攻撃を促す投稿
・未成年への外部接触を含む要請
・本人の許可なく体験談を外部利用する行為
・要請なき支援活動
・炎上による流入を狙った投稿
俺は、「要請なき支援活動」で指を止めた。
それについては、前にも聞いた。
助けたいから助ける。
それが危ない。
本人が助けてくれと言っていないのに、勝手に救う。
勝手に不幸だと決める。
勝手に正義を押しつける。
それは、会社と同じだ。
上司はいつも言っていた。
お前のため。
成長のため。
若いうちの苦労。
今逃げたらダメになる。
俺は、一度も頼んでいない。
なのに、俺のためという顔で、俺を削ってきた。
「本人の要請が先、か」
俺が打つと、サポーターが返した。
「はい」
「シビックドライブは、誰かを勝手に救う仕組みではありません」
「“助けてくれ”という声に対して、“私はここにいる”と応答する仕組みです」
俺は、画面を見つめた。
助けに行くんじゃない。
助けてくれに対して、ここにいると答える。
それは、少し分かる気がした。
俺が欲しかったのも、たぶんそれだった。
助けてやる。
導いてやる。
お前のためだ。
そういう言葉じゃない。
ただ、ここにいる。
聞く。
必要なら、一緒に考える。
やるかどうかは、お前が決める。
それくらいの距離が、俺にはちょうどよかった。
渡すかどうかは、俺が決める
夜が深くなっていた。
Xの通知は、まだ増えている。
GVSアプリも、まだ動いている。
反応サマリー。
協力要請。
報酬見込み。
次回合論素材候補。
情報が多すぎる。
普通なら、とっくに閉じていた。
でも、今日はまだ閉じていない。
俺は、さっき許可した手紙交換イベントのテーマカードをもう一度見た。
質問すると怒られる。
聞かなければ責任を問われる。
昨日の正解が今日のミスになる職場で、あなたは何を感じていますか?
俺の愚痴だった。
でも、もう俺だけのものではない。
いや、違う。
勝手に奪われたわけじゃない。
俺が、条件をつけて渡した。
匿名で。
リンクなしで。
報酬分配ありで。
イベント後の反応を戻す条件で。
それは、俺の言葉が俺から離れることではある。
でも、奪われるのとは違う。
渡す。
許可する。
断る。
保留する。
一切受け付けない。
選べる。
会社では、何も選べなかった。
仕様も、責任も、残業も、謝罪も、全部降ってきた。
でもここでは、少なくとも一つ選べた。
俺の愚痴を、どう扱うか。
画面の下に通知が出る。
【次回合論素材候補】
あなたの投稿から、以下の候補が生成されました。
・質問すると怒られる職場で使える確認文テンプレ
・仕様変更を記録に残す方法
・「嫌なら辞めろ」と言われた時に、本人の要請を確認するための話し方
・仕事の愚痴を手紙にして交換する低リソース活動
・匿名体験談を外部利用する時の許可ルール
俺は、最後まで読んだ。
愚痴って、そんなに使えるのかよ。
まだ、半分はそう思っている。
ただムカついて書いただけだ。
金が欲しくて参加しただけだ。
いいねがついて、少し嬉しかっただけだ。
批判リプを見て、普通に傷ついただけだ。
それでも。
俺の愚痴は、投稿になった。
反応を呼んだ。
要請を生んだ。
手紙のテーマになった。
次の合論素材になった。
世界は変わっていない。
でも、俺の愚痴は消えなかった。
会社では、何を言っても飲み込むしかなかった。
ここでは、吐いたものが、何かに変わる。
それが良いことなのか、怖いことなのかはまだ分からない。
たぶん、両方だ。
画面の最後に、確認が出る。
【活動を続けますか?】
① 反応をさらに読む
② 協力要請を確認する
③ 次回合論素材を保存する
④ 今日は終了する
俺は迷わず④を押した。
今日は終了する。
すぐに表示が変わる。
【おつかれさまでした】
今回の活動は保存されました。
報酬見込みは審査後に更新されます。
俺はスマホを置いた。
明日も仕事はある。
上司もいる。
仕様変更もたぶんある。
朝会もある。
何も解決していない。
でも、今日は少し違う。
俺の愚痴は、俺の中だけで腐らなかった。
それだけは、確かだった。
