誰がやるんだよ
画面には、まだ前回の合論結果が表示されていた。
【最終テーマ】
愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める
【代表者】
RoomA-1
【外部発信】
進行中
【次回合論素材】
保存済み:12件
俺は、その文字をしばらく眺めていた。
決まった。
代表者も決まった。
投稿も出た。
反応も集まっている。
そこまでは分かった。
でも、そこで引っかかった。
「で?」
思わず声が出た。
誰もいない部屋で、スマホに向かって独り言を言う。
だいぶ終わってる。
でも、画面の向こうに何かがいる気がして、黙っていられなかった。
「話し合って、投票して、代表が決まって、それで終わりじゃないのか?」
画面下の小さなボタンが光る。
【サポーターに相談する】
……また出た。
押すか迷った。
でも、ここまで来たら聞くしかない。
俺はボタンを押した。
少し間があって、電子音声が流れた。
「相談内容を確認します」
相変わらず、温度のない声だった。
でも前ほど、嫌ではなかった。
俺は画面に打つ。
「決まったことって、誰がやるんだよ」
送信。
数秒後、返答が表示される。
「GVSで決まった内容を現実側で実行する役割を、ナビゲーターと呼びます」
俺は眉をひそめた。
ナビゲーター。
前にも見た言葉だ。
でも、まだよく分かっていなかった。
「ナビゲーターって、何するやつなんだよ」
電子音声が答える。
「ナビゲーターは、GVSで決まったテーマを実際に進める参加者です」
画面に例が並ぶ。
・SNS投稿文を作る
・テンプレを作成する
・画像を作る
・反応を集める
・次回合論の素材にする
・活動ログを残す
・他の参加者と分担して進める
俺は、しばらくその一覧を見た。
……いや。
普通に重い。
「それ、仕事じゃねえか」
思わず打つ。
「それ、仕事で疲れてるやつがやることか? ブラック企業で削られた人間に、さらに社会活動しろってことかよ」
送信。
電子音声は、すぐには返ってこなかった。
少し間があった。
そして、画面に表示される。
「その疑問は自然です」
「ナビゲーターは、すべてを一人で背負う役割ではありません」
俺は画面を睨む。
「でも、誰かがやるんだろ?」
「はい」
短い返事。
そのあとに、次の文章が続く。
「ただし、ナビゲーターは“全部やる人”ではなく、“自分が担当できる部分を現実に進める人”です」
ナビゲーター
画面が切り替わった。
【ナビゲーター活動ログ】
RoomA-1
証拠の残し方テンプレ初版を作成
RoomA-3
相談先リストを追加
RoomA-4
退職前チェックリスト案を作成
RoomA-2
「これパワハラ?」判定項目を短文化
RoomA-5
当事者の発言素材として一部採用
俺は、最後の行で指を止めた。
RoomA-5。
俺だ。
「当事者の発言素材として一部採用」
なんだよ、それ。
勝手に使われた。
そう思いかけた。
でも、前ほど強くは思えなかった。
たしかに俺は、あの場でまともに作業なんてしていない。
怒って、文句を言って、途中で抜けた。
それでも、俺が吐いた言葉の一部は残っていた。
「怒られないためだけに動く職場では、何も改善されない」
あの一文が、投稿案に使われていた。
俺は何もやっていない。
でも、完全にゼロでもなかった。
画面の下に、さらに説明が出る。
「ナビゲーター活動は、参加者ごとに担当範囲を選べます」
・投稿文を作る
・体験談を匿名で提供する
・反応を読む
・保存されたコメントを分類する
・画像化する
・テンプレを直す
・次の合論に素材を戻す
俺は鼻で笑った。
「反応を読むだけでも活動なのかよ」
「はい」
電子音声が答える。
「投稿への反応を読み、次回の合論に使える素材を選ぶことも、活動の一部です」
「楽すぎないか?」
「楽とは限りません」
その返答に、俺は少しだけ黙った。
たしかに。
ブラック企業の体験談なんか、読むだけでもしんどい。
誰かの怒り。
誰かの限界。
誰かの「もう無理」。
それを読むことは、ただスクロールするのとは違う。
自分の傷口を、人の言葉で何度もなぞるようなものだ。
「……まあ、読むだけでもきついか」
俺は、そう呟いた。
社会のためだけでは人は動かない
それでも、納得はできなかった。
俺は続けて打つ。
「でもさ、誰がそんなことやるんだよ」
「社会のため?」
「正義のため?」
「そんな綺麗事で人が動くわけないだろ」
送信。
今度は、返事が早かった。
「社会のためだけではありません」
俺は目を細めた。
「ナビゲーターには、ナビゲーター自身のメリットもあります」
画面に、新しいカードが表示される。
【ナビゲーター参加のメリット】
・SNSで反応を得やすい
・投稿が拡散されやすい
・自分の発信活動にプラスになる
・同じ問題意識を持つ人とつながれる
・友人や恋人ができる可能性がある
・実績として残る
・ランクやレベルが上がる
・公式報酬の対象になる
・自分自身の問題解決にもつながる
俺は、思わず笑った。
「友人や恋人って」
急に俗っぽい。
でも、そこで少しだけ安心した。
社会を変える。
世界を変える。
そんな言葉ばかり並べられると、俺はむしろ信用できなくなる。
でも、友人ができる。
恋人ができるかもしれない。
SNSが伸びる。
報酬が出る。
そう言われた方が、よほど人間っぽい。
「つまり、承認欲求でもいいってことか?」
「はい」
電子音声は、あっさり答えた。
「承認欲求、収益、交流、実績、居場所づくり。いずれも参加理由になり得ます」
俺は、少しだけ黙った。
会社では、そんなことを言えば怒られる。
金のために働いていると言えば、やる気がないと言われる。
評価されたいと言えば、甘えるなと言われる。
つながりが欲しいと言えば、仕事は仲良しごっこじゃないと言われる。
でも、ここでは違った。
欲があることを、否定しない。
「社会のためだけじゃなくていいのか」
俺は画面に打った。
「はい」
「自分のために参加してもいいのか」
「はい」
次の一文が、少しだけ刺さった。
「自分のための行動が、結果として他の人の役に立つ場合があります」
俺は、画面を見つめた。
自分のため。
他人のため。
その二つは、いつも分けられてきた気がする。
誰かのためにやるなら、自分の利益を求めるな。
自分のためにやるなら、社会貢献ぶるな。
でも、ここでは違うらしい。
自分のSNSを伸ばすために投稿したものが、誰かの退職準備に役立つ。
報酬が欲しくて作ったテンプレが、誰かの証拠集めを助ける。
友人が欲しくて参加した場所で、誰かの孤独が少し薄まる。
そういうことも、あるのかもしれない。
報酬が発生します
俺は、そこで一番気になることを打った。
「公式報酬って何?」
送信。
「シビックナビゲーション公式から、活動実績に応じてナビゲーター報酬が発生する場合があります」
俺は、思わず身を乗り出した。
「金出るのかよ」
「はい」
「いくら?」
「テーマ、活動量、成果物の利用状況、評価、資金状況によって変動します」
急に現実的な返答だった。
俺は笑う。
「そこは夢見せないんだな」
「過度な期待を避けるためです」
なんだそれ。
でも、嫌いではなかった。
画面には、報酬対象の例が並ぶ。
【報酬対象の例】
・投稿文の作成
・テンプレ作成
・画像作成
・反応の分類
・次回合論用の素材化
・活動ログ作成
・公式ページへの掲載
・保存数や利用数の多い成果物
・参加者からの信頼評価が高い活動
俺は、じっと見た。
投稿文。
テンプレ。
画像。
反応の分類。
これなら、たしかに仕事っぽい。
でも、普通の仕事とは少し違う。
会社のためにやるわけじゃない。
上司の顔色を見るわけでもない。
誰かの売上だけを増やすわけでもない。
自分がムカついたこと。
自分が苦しんだこと。
自分が「おかしい」と思ったこと。
それが、活動になって、実績になって、場合によっては金になる。
そんなことがあるのか。
俺は、少しだけ変な気分になった。
「でも、それってバズったやつが勝つだけじゃないのか?」
打ってから、自分でも意外だった。
俺は、いつの間にか仕組みの心配をしている。
電子音声が答えた。
「拡散数だけでは評価しません」
画面に新しいカードが出る。
【評価対象】
・保存数
・実際に使われた回数
・次回合論への貢献
・参加者からの信頼評価
・危険な表現を避けたか
・個人攻撃を避けたか
・継続して使える成果物か
・当事者にとって役立つか
「炎上狙いの投稿は、評価が下がる場合があります」
俺は、少しだけ息を吐いた。
そこは大事だ。
怒りは強い。
拡散もする。
でも、怒りだけを競わせたら、たぶん地獄になる。
会社名を晒せ。
上司を潰せ。
誰かを吊るせ。
そういう方向に行けば、簡単に燃える。
そして、燃えたあとには何も残らない。
「バズるだけじゃダメってことか」
「はい」
「使われるものを作る方が評価される?」
「はい」
俺は、なぜか少しだけ納得した。
どこから金が出るんだよ
でも、まだ疑問は残る。
「どこからそんな金が出るんだよ」
送信。
電子音声が答える。
「主な原資は、アフィリエイト収益、投資家・支援者からの寄付金、公式プロジェクト資金などです」
アフィリエイト。
寄付金。
投資家。
急に、現実の匂いがした。
「例えば、ブラック企業テーマでは、転職、法律相談、退職支援、メンタルケア、学習支援などの関連サービスが紹介される場合があります」
俺は、少しだけ警戒した。
「それ、結局広告に誘導するだけじゃないのか?」
「そのリスクはあります」
電子音声は否定しなかった。
「そのため、紹介サービスはテーマとの関連性、利用者の安全性、過度な誘導の有無を審査します」
「本当かよ」
「完全ではありません」
また、嫌なほど正直な返答だった。
「ただし、活動に資金が必要であることも事実です」
「報酬がなければ、継続できない参加者もいます」
俺は黙った。
それは分かる。
金がなくても社会のためにやれ。
そう言うやつは、たいてい金に困っていない。
時間も、体力も、心の余裕も、全部タダじゃない。
会社で削られて、生活費に追われて、それでも社会のために無償で動け。
そんなの、無理に決まってる。
「金を出す仕組みがある方が、むしろ現実的か」
俺は小さく言った。
電子音声が返す。
「はい」
「善意だけに依存しないことも、シビックドライブの設計思想の一つです」
善意だけに依存しない。
その言葉は、少し強かった。
俺は、善意が嫌いなわけじゃない。
でも、善意だけで回るものを信用していない。
善意は、疲れる。
善意は、利用される。
善意は、いつの間にか義務になる。
だから、報酬がある。
承認がある。
ゲーム性がある。
出会いがある。
自分の得がある。
その方が、たぶん続く。
活動は一人で背負わない
画面がまた切り替わった。
【ナビゲーター担当選択】
今回のテーマ:
愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める
担当できる活動を選んでください。
① 投稿文を1本作る
② 体験談を匿名で提供する
③ 投稿への反応を読む
④ 反応を次回合論用に保存する
⑤ 画像案を考える
⑥ 今は参加しない
俺は、画面を見たまま固まった。
選べる。
全部やれ、ではない。
代表になれ、でもない。
社会のために命を削れ、でもない。
担当できる活動を選べ。
それだけ。
会社とは違う。
会社では、仕事は降ってくる。
こっちの状態なんて関係ない。
できませんと言えば、やる気の問題にされる。
質問すれば怒られる。
黙ってやれば責任を押しつけられる。
でも、この画面は違った。
「今は参加しない」まで選べる。
俺は、その選択肢を見て、少しだけ胸が詰まった。
逃げ道があるだけで、人はこんなに息がしやすくなるのか。
「ナビゲーターって、代表者だけがなるのか?」
俺は打つ。
「いいえ」
「代表者が中心になる場合もありますが、テーマごとに複数のナビゲーターが活動できます」
「じゃあ、俺みたいな途中で抜けたやつでも?」
「参加できます」
「何もできないかもしれないけど?」
「何もしない選択もできます」
「ただし、読む、保存する、匿名で体験談を提供するなど、小さな参加も活動として扱われます」
俺は、画面を見た。
小さな参加。
その言葉が、妙に残った。
世界を変える。
社会を変える。
そんな言葉は、でかすぎる。
でも、小さな参加なら。
読むだけ。
一文だけ出すだけ。
これは違うと押すだけ。
反応を保存するだけ。
それなら、できるかもしれない。
GVSの外でも、サポーターは使える
そこで、また別の不安が出てきた。
「でも、実際に活動したら絶対揉めるだろ」
送信。
「投稿が伸びないとか、批判コメントが来たとか、誰がどこまでやるかとか」
「そういう時、どうすんだよ」
数秒後、電子音声が返ってきた。
「そのために、GVS外でもサポーターを利用できます」
俺は、思わず声を出した。
「外でも?」
「はい」
「合論が終わったら終わりじゃないのか?」
「GVSは決める場所です」
「シビックドライブは、決まったことを進める場所です」
「サポーターは、その間を支えます」
俺は、その三行を何度か読んだ。
GVSは決める場所。
シビックドライブは進める場所。
サポーターは、その間を支える。
なるほど。
たしかに、決めるだけなら会議と同じだ。
会社にも会議はある。
無駄に長い会議。
誰も責任を取らない会議。
決まったように見えて、翌日には消える会議。
でも、ここでは違うらしい。
決まったあとも、活動が続く。
活動中にも、相談できる。
迷ったら、呼べる。
「常に見られてるってことか?」
俺は少し警戒して打った。
「いいえ」
「常時監視ではありません」
「必要なときに、参加者が呼び出す方式です」
画面にボタンの例が表示される。
【サポーターに相談する】
相談内容を選んでください。
① 投稿文を見てほしい
② 批判コメントへの対応を相談したい
③ 次にやる作業を決めたい
④ 他の参加者との連携で困っている
⑤ 気持ちがしんどい
⑥ 報酬や評価について知りたい
俺は、⑤で指が止まった。
気持ちがしんどい。
そんな項目まであるのか。
活動でしんどくなる。
それを前提にしている。
少し、現実的すぎて笑えた。
AIサポーター
俺は、ずっと気になっていたことを聞いた。
「サポーターって、人間なんだよな?」
前に、電子音声の向こうに人間がいるかもしれないと思った。
でも今の返答は、妙に速い。
定型的でもある。
「人間サポーターが対応する場合と、AIサポーターが対応する場合があります」
やっぱりか。
俺は、少し冷めた気分になった。
「結局AIかよ」
送信。
「初期段階では、AIサポーターが対応する場面が多くなります」
「人間足りないから?」
「はい」
正直だな。
「参加者が増えるまで、人間サポーターだけで全ての相談に対応することは困難です」
画面に、対応範囲が出る。
【AIサポーターが主に対応する相談】
・作業の分解
・投稿文の確認
・個人情報や攻撃表現の注意
・活動手順の案内
・コメント反応の分類
・気持ちの一次受け止め
・人間サポーターへの引き継ぎ判断
【人間サポーターが対応しやすい相談】
・強い感情的負担
・参加者同士の対立
・複雑な判断
・長期活動の伴走
・高リスクな投稿判断
・離脱しそうな参加者への対応
俺は、じっと読んだ。
AIが全部やるわけではない。
でも、人間だけでもない。
「AIは代替ではなく、橋渡しです」
電子音声が言った。
「人がまだ足りない段階で、参加者を孤立させないために使われます」
俺は、画面を見たまま黙った。
AIが人間の代わりをする。
そう聞くと、なんだか嫌な感じがする。
でも、人が足りないから何も支えられないよりは、AIでも一度受け止める。
そして必要なら人間につなぐ。
それなら、少し分かる。
「全人類が参加したら?」
俺は、半分冗談で打った。
「参加者が十分に増えれば、人間同士で支え合える範囲も広がります」
「その場合、AIサポーターの役割は小さくなる可能性があります」
俺は、少し笑った。
「全人類参加前提なの、相変わらずイカれてるな」
「はい」
はいじゃねえよ。
でも、その返答に少しだけ笑ってしまった。
人間が増えれば、AIは脇役になる
画面には、簡単な未来図が出ていた。
【初期】
AIサポーター中心
人間サポーターは高リスク相談や複雑な対応を担当
【成長期】
AIが下処理
人間サポーターが活動伴走
参加者同士の相互支援が増える
【全人類参加段階】
人間同士のサポートネットワークが中心
AIは補助、変換、要約、翻訳、危険検知を担当
俺は、最後の行を見た。
全人類参加段階。
バカみたいな言葉だ。
でも、GVSは最初からそういう顔をしていた。
あなたの不満が世界を変える。
あの広告も、今思えば相当おかしい。
普通なら詐欺だ。
いや、今でも半分は詐欺みたいだと思っている。
でも、俺の言葉は少しだけ外に出た。
誰かが保存した。
誰かが「助かった」と言った。
誰かがテンプレを作った。
誰かが投稿した。
ゼロではない。
ゼロではないなら、次がある。
次があるなら、いつか増える。
増え続けた先に、全人類なんて馬鹿げた言葉が置かれている。
俺はまだ信じていない。
でも、完全に笑い飛ばすこともできなくなっていた。
俺にもできること
画面は、また担当選択に戻った。
【担当できる活動を選んでください】
① 投稿文を1本作る
② 体験談を匿名で提供する
③ 投稿への反応を読む
④ 反応を次回合論用に保存する
⑤ 画像案を考える
⑥ 今は参加しない
俺は、じっと見た。
投稿文を作る。
無理だ。
今の俺が書けば、たぶん上司消えろになる。
体験談を匿名で提供する。
それならできるかもしれない。
でも、まだ少し怖い。
反応を読む。
しんどそうだ。
でも、何もしないよりはできそうだ。
反応を保存する。
これは、少し作業っぽい。
感情を全部背負わなくていいなら、できるかもしれない。
画像案。
無理。
センスがない。
今は参加しない。
それも選べる。
俺は、迷った。
昔なら、こういう画面を見ただけで閉じていたと思う。
何かを選べば責任になる。
責任になれば怒られる。
怒られないためには、最初から関わらない方がいい。
それが、会社で学んだことだった。
でも、この画面は少し違う。
できることを選べ。
できないなら選ばなくていい。
途中でサポーターを呼べる。
AIでも、人間でも、何かしら返ってくる。
完璧じゃない。
信用しきれるわけでもない。
でも、会社よりはマシだ。
俺は、自分でそう思ったことに驚いた。
会社よりはマシ。
たったそれだけなのに、十分すぎるほど大きかった。
最初の担当
俺は、③に指を置いた。
【投稿への反応を読む】
タップする直前で、止まる。
読むだけで、何が変わるんだよ。
そんな声が頭の中で言う。
でも、別の声もある。
読む人がいなければ、反応は流れて終わる。
誰かの「助かった」も、誰かの「これ自分だ」も、誰かの「まだ怖い」も、全部タイムラインの底に沈む。
それを拾うだけでも、何かにはなるのかもしれない。
俺は、息を吐いた。
「……読むだけだからな」
誰に言うでもなく、そう言った。
そして、タップした。
画面が切り替わる。
【ナビゲーター補助参加を開始します】
担当:投稿への反応を読む
サポーター:AIサポーター
必要に応じて人間サポーターへ接続されます
【最初の反応】
「これ、自分の会社と同じです」
「質問すると怒られるの、本当にある」
「逃げてもいいって言われて少し楽になった」
「証拠を残すって発想がなかった」
「この投稿、もっと早く見たかった」
俺は、一つずつ読んだ。
読んでいるうちに、胸の奥が少し重くなった。
同じだ。
みんな同じような場所で、同じように詰まっている。
でも、少しだけ違う。
その人たちは、今、言葉を残している。
誰かが読むかもしれない場所に、残している。
俺は、その中の一つを長押しした。
画面に選択肢が出る。
【次回合論素材として保存しますか?】
俺は、少し迷ってから押した。
【保存しました】
たったそれだけ。
でも、画面の上に小さな表示が出た。
【ナビゲーター補助経験値 +1】
俺は、思わず笑った。
「ゲームかよ」
電子音声が答える。
「はい」
「続けやすくするため、ゲーム性を取り入れています」
俺はまた笑った。
馬鹿みたいだ。
でも、嫌いじゃない。
そのとき、次の通知が出た。
【サポーターからの確認】
「現在の活動を続けますか?」
「気持ちがしんどい場合は、ここで中断できます」
俺は、画面を見た。
中断できる。
続けてもいい。
やめてもいい。
それだけで、少しだけ続けられる気がした。
俺は、次の反応を開いた。
「自分だけじゃないと分かって、少し息ができました」
その一文を読んだ瞬間、指が止まった。
息ができた。
たぶん、それだけでいい日もある。
世界なんて、まだ変わっていない。
会社も、上司も、明日の朝会も、何も消えていない。
でも、誰かが少し息をした。
俺は、その反応も保存した。
【ナビゲーター補助経験値 +1】
また、くだらない通知が出る。
でも、そのくだらなさに救われることもある。
俺はスマホを握ったまま、小さく息を吐いた。
「……もう少しだけ読むか」
画面の向こうで、電子音声が静かに答えた。
「はい」
