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第三話 新世界へ

目次

再始動

俺は、画面をスクロールした。
自分の知らない“続き”を、覗き込むみたいに。

俺がいなくなった後、いったいどうなったんだ?

RoomA-1:
「SNSで出すならタグ決めない?短くて刺さるやつがいいと思う」

RoomA-3:
「拡散しやすい形にするために、“ブラック企業あるある辞典”形式で投稿をまとめるのはどうでしょう」

RoomA-2:
「“これパワハラ?”をチェックできるテンプレを作り、診断形式で発信していきませんか」

RoomA-4:
「追い込まれた人が迷わないように、固定で見られる“逃げ方ガイド”を置くのが良さそうです」

そうだ。ここまでは覚えている。
問題はこの後だな………。

俺は、そのまま下へスクロールした。

でも、次に出てきたのは会話の続きじゃなかった。

【第1合論完了】
【代表者】:RoomA-1
【最終テーマ】:愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める
【外部発信】:進行中

……は?

指が止まる。

もう一度、上へ戻る。
もう一度、下へ送る。

ない。

話し合いの続きが、ない。

「いや、決まるまでの流れは?」

思わず、口の中で呟いた。

あの空気のまま、俺のテーマに決まった?
でも、どう見てもRoomA-2もRoomA-3もRoomA-4も、自分の案をそのまま進めようとしていた。
それなのに、何で最後は俺のテーマになってる?

おかしい。
何か飛んでる。

シビックサポーターの登場

そのとき、画面の下に小さな表示が滑り込んできた。

【前回の続きが分かりづらい場合、シビックサポーターが案内できます】
〔サポーターに聞く〕〔そのまま見る〕

……余計なお世話だろ。

俺は眉をひそめた。
前回はそんなの見えていなかった。
いや、あったのかもしれない。こっちにそれを見る余裕がなかっただけで。

どうせまた、正論を言われるだけだ。
そんな気がした。

でも、どこを見ればいいのか分からないのも事実だった。
話し合いの肝心な部分が抜けてるなら、見ても意味がない。

俺は舌打ちしそうになって、結局、〔サポーターに聞く〕を押した。

画面が少し暗くなり、右上に細い文字が出る。

音声サポートを開始します
※応答は電子音声で読み上げられます

次の瞬間、落ち着いた中性的な声が流れた。

「シビックサポーターに接続しました。前回の続きの閲覧を案内できます」

……電子音声。

妙に整った声だった。
男とも女ともつかない。若くも老いても聞こえない。
感情がないわけじゃない。でも、人間っぽすぎもしない。

俺は少しだけ身構えた。

「……これ、人間なのか?」

数秒の間。

「シビックサポーターはAIではなく人間が応答しています。表示や音声は、個人情報を伏せるため変換されています」

やっぱりか。

俺は鼻で笑いそうになった。AIだか人間だか知らないが、結局は同じことだ。

「また変換かよ」

今度は少しだけ間があった。

「違和感があるのは自然です」

その返答が、少しだけ意外だった。
正しさで返してくるんじゃなく、先にそこを拾うのか。

言葉を奪うな!

俺は構わず言った。

「勝手に言葉が変換されるんだが? 前もそうだった。俺の言葉、俺の言葉じゃなくされてた」

また、少しだけ間。

「そう感じる人は少なくありません」
「特に、怒りや苦しさが強い時は、奪われたように感じやすいです」

……何だそれ。

否定されなかったせいで、逆に調子が狂う。

「奪われたように、じゃなくて奪われてたんだよ」

「言葉が変換される理由について聞きたいということでしょうか?」

いや、そう言ってるだろう?
もったいぶった言葉に、俺は思わず声を荒げてしまう。

「いい加減にしてくれ。さっきからそう言ってるだろ?」

なぜ変換が必要なのか?

「分かりました。変換される理由について説明します」
「GVSは、協力的に話し合い、協力的に決めることを重視しています」
「その方が、決まったことを参加者全員が納得して実行しやすくなるからです」

俺は一瞬、言葉を失った。
反論はある。あるのに、とっさに出てこなかった。

その間に再び電子音声が響く。

「あなたは一方的に業務命令を受けてどう感じますか? 気持ちよく業務を実行しようと思いますか?」
「今の社会では、それは当然のことだと感じていますか?」
「そうではないから、GVSの扉を開いたのではないでしょうか?」

確かに。と俺は納得しそうになった。
しかし、本当に人間が対応しているらしい。
AIならこちらが黙っていたら次の返信がないはずだからだ。

遠くもなければ近くもない


だが俺は、サポーターの言葉よりも、俺の事情をこいつが知っていることの方が気になった。

「GVSっていうのは監視アプリか? なぜおまえが俺の事情を知っているような口を聞くんだ?」

「あなたが最初に入力した不満や相談内容は、参加しやすくするため要約・変換されて背景情報として参照されます」
「その範囲で案内しています」
「そのことも含めて案内したいのですが、よろしいでしょうか?」

いかがでしょうか、ではなく、よろしいでしょうか。
少しだけ柔らかくなった。
確かに会社ではそんな言葉を向けられたことはない。
いつも、あれをしろこれをしろ。
できなければ罵倒されるか、侮蔑されるかの二択だった。

だからといって完全にお客様扱いされているわけでもない気がする。
妙な距離だ。

まあいい。
どうせ無料だし、他にやることもない。
騙されたと思って、こいつを使ってやろう。

疑問の解消

「分かった。じゃあ聞くが、チャットはこれだけか? これだけで俺のトークテーマが選ばれたとは考えにくいんだが」

「提案を受けていただきありがとうございます。前回の続きが見つからないのは、現在開いている場所が全体ルームだからです」

声が続ける。

「全体ルームでは、進行の共有と結果の要約が表示されます」
「詳細な話し合いは、各テーマルームに分かれて記録されています」

……全体ルーム?

そこで初めて、画面上部の細い表示が目に入った。

【全体ルーム】

今まで、気にも留めなかった文字だ。

その下には、見覚えのあるテーマが並んでいる。

愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める

これパワハラ?判定テンプレをSNSで発信する

パワハラの証拠の残し方テンプレをSNSで発信する

労基・社労士・弁護士への相談テンプレをSNSで発信する

ブラック企業からの逃げ方の選択肢をSNSで発信する

……分かれてたのか。

てっきり、あの場で全部まとめて話していたのかと思っていた。
でも違う。
ここに出ているのは、全部じゃない。全体の流れだけだ。

「話し合いの続きは、テーマルームにあります」

背景カード

「あと、背景カードも閲覧できます」

……背景カード?

「各ナビゲーターが、なぜそのテーマに関心を持ったのか、どんな困りごとを抱えているのかを補足した情報です」
「閲覧は任意です」

俺は、少しだけ息を止めた。

背景。

そんなものまであるのか。

「さっき言ってたやつか」

「はい」

「そうだったのか? 俺は同意した覚えがないぞ。だとしたら分かりにくいんじゃないのか?」

「ご指摘ありがとうございます。分かりにくさについては、改善案として上げておきます」

色々思うことはあるが、今は背景カードが気になる。
俺は一番上のルーム名をタップした。

愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める

俺のテーマだ。

いや、“俺の”って何だよ。
そう思いながらも、押していた。

画面が切り替わる。

【テーマルーム】
愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める

【参加ナビゲーター】4名
【このテーマルームは終了しています】
ログを閲覧できます

四人。

俺は少し違和感を覚えた。
五人じゃないのか。

少し考えて、理由が分かる。
俺は途中で消えた。
だから、最後までこの部屋にいたのは四人だったんだろう。

妙に喉の奥が詰まった。

自分で抜けたくせに、何だその感じ、と思う。

視線を落とすと、タイムラインの上に小さなボタンがあった。

【背景カードを表示】

俺は少し迷ってから押した。

四人分の背景カードが並んでいた。
名前は全部、番号のまま。

RoomA-1
今の状況:介護や対人ケアの現場で、強い叱責や急な変更に振り回された経験がある
このテーマに関心を持った理由:記録が残らないまま困る人が多いと感じている
今できそうなこと:記録や流れが残る形を考える

RoomA-2
今の状況:日常的な叱責や時間外の圧力があり、自分の状況が異常か判断しづらい
このテーマに関心を持った理由:“これって普通なのか”で止まる人が多いと感じている
今できそうなこと:判断しやすい形に整理する

RoomA-3
今の状況:身近な労働問題をきっかけに、助けを求める先の違いを調べた経験がある
このテーマに関心を持った理由:どこへ相談すればいいのか分からず止まる人を減らしたい
今できそうなこと:情報の整理や文面の調整

RoomA-4
今の状況:今の場を離れたい気持ちは強いが、生活不安で動けずにいる
このテーマに関心を持った理由:“逃げたいけど決められない”人の現実的な苦しさを知っている
今できそうなこと:しんどい人でも見やすい形を考える

俺は、しばらく画面を見たまま止まった。

……何だよ。

もっとこう、上から目線の正論屋の集まりだと思っていた。
冷静に、綺麗な言葉だけ並べる奴ら。
俺の「消えろ」を勝手に無害化して、社会に良い感じの文へ直すだけの奴ら。

でも違った。

こいつらも、それぞれ自分の場所で削られていた。
ただ、削られたあとに出てきた言葉が、俺より少し整っていただけだった。

それが妙に、困る。

「こいつらは分かってない」
そう思えた方が楽だった。

でも背景カードなんてものを見せられると、そういう雑な切り捨て方がしにくくなる。
ああ、こいつらも同じ穴の底にいたのか、と分かってしまう。

俺は小さく息を吐いた。

GVSの目的

「みんな苦しんでいたんだな」

「その通りです」
「ただ、苦しさだけでは次へ進みにくいので、GVSではそこに動きを接続します」

夢物語だ。
ブラック企業の実態を、こんな底辺連中の話し合いで変わるわけないじゃないか。

とはいえ、俺に他の選択肢があるはずもない。
だから少しだけ、信じてみるしかない。

「そんなこと、ありえるのか?」

「はい。その成果はすでにSNS上で拡散されています」
「GVSの目的は、参加者の合意による動きを生み出し、それを次につなぐことです」

「ムーブメントか。そんな程度のことでブラック企業や、ましては社会構造なんて大きなものが変えられるとは思えないが。
そりゃ俺だって、そうなったらいいとは思ってるけどよ」

確かに、あの投稿やXでのバズりを見つけた時、嬉しい気持ちになったのは事実だ。
しかし、そのこととブラック企業が変わることとは別の問題だろう。

結局、GVSアプリも一時の慰めにしかならないんじゃないか。
何か問題を解決したような気になるだけで、結局は何も変わらないんじゃないか?

「それでも、前より少し違うとは思いませんか?」

電子音声は、淡々と続けた。

「少なくとも、一人で苦しんで終わる形ではありません」
「それに、GVSには次の段階もあります」

次の段階。
ムーブメントを起こすだけで終わるわけじゃないってことか。

でも俺は、そんなことよりも、自分のトークテーマがどう選ばれたのかの方が気になってきている。

はい。私はここにいます。

「分かった。その話はまた後でしよう。まずは自分のトークテーマを見てみる」

「分かりました。では、案内が必要になったら声をかけてください」

俺はタイムラインに目を戻した。

RoomA-1:
「自分はタグをやる。投稿する人がバラバラでも、辿れるようにしたい。
“ブラック受託”“仕様変更地獄”“質問すると怒られる”みたいに、現場ごとに分けたい。
もしよければ、発信する人は同じタグを付けてほしい」

……何だそれ。

俺は少しだけ眉を寄せた。
でも、RoomA-1の背景カードを思い出す。

対人ケアの現場で、強い叱責や急な変更に振り回された経験がある。
記録が残らないまま困る人が多いと思っている。

たしかに、そういうやつなら
「辿れるようにしたい」
って言い方をするかもしれない。

感情より先に、残る形を考える。
そういう癖がついてる感じがある。

RoomA-3:
「自分はXで短文を流す。
“昨日の正解が今日のミスになる”
“質問すると怒られる。聞かなければ責任を押しつけられる”
こういう一文を毎日一つずつ出す。
もしよければ、同じ経験がある人は返信で一言だけでも残してほしい」

RoomA-3:
「あとで相談先や判定の方へ流せるように、反応は拾って残したい」

こいつは、やっぱり少し固い。
でも分かりやすい。

身近な労働問題をきっかけに、助けを求める先の違いを調べた経験がある。
どこへ相談すればいいのか分からず止まる人を減らしたい。

そういう背景を見たあとだと、この文の感じも妙に納得できた。
最初から“後で流す”ことまで見ている。
こいつは最初から出口を考えてる。

RoomA-2:
「自分は“これって普通なのか?”で集める。
判断できないまま我慢してる人が多いと思うから、まず言葉にしやすい入口にしたい」

RoomA-2:
「投稿するなら、
“店長に怒鳴られるのは普通?”
“休日に連絡が来るのは普通?”
みたいに短く切る。
もしよければ、見た人は“ある”か“ない”だけでも返してほしい」

……なるほどな。

日常的な叱責や時間外の圧力があり、自分の状況が異常か判断しづらい。
“これって普通なのか”で止まる人が多いと感じている。

たしかに、この喋り方はそれっぽい。
整理したい。確認したい。白黒をつけたい。
でも、ただ理屈っぽいだけじゃなくて、
「自分もそうだった」
って感じが下に沈んでいる。

RoomA-4:
「自分はインスタでやる。
長文読めない人でも見られるように、写真じゃなくて画像と短い言葉で流したい」

RoomA-4:
「“もう無理”
“朝が来るのが怖い”
“辞めたいのに辞められない”
みたいなやつを、一枚ずつ出したい」

RoomA-4:
「もしよければ、保存とかシェアで広げてほしい。
自分みたいに、逃げたいのに動けない人には、後で見返せる形の方がいいと思う」

俺は少しだけ、指を止めた。

今の場を離れたい気持ちは強いが、生活不安で動けずにいる。
“逃げたいけど決められない”人の現実的な苦しさを知っている。

この発言、すごくそれっぽかった。

こいつはたぶん、長い説明を信じてない。
いや、信じられないんだろう。
そこまで読む余裕がないんだと思う。

だから最初から
一枚。
一言。
保存。
見返せる。
そういう発想になる。

……みんな、やっぱり自分の傷から喋ってる。

誰も「正しい方法」を決めようとしていない。
ただ、自分が今の自分のままでできそうなことを出している。

それが妙に、生っぽかった。

数秒、沈黙があった。

また噓をつくのか?

それから電子音声が、少しだけ控えめに入ってくる。

「そういえば、背景カードについて一点だけ補足があります」

俺は眉をひそめた。

「……何だよ」

「背景カードは、参加しやすくするために一部が自動変換されています」
「個人が特定されにくいよう、近い文脈や分かりやすい表現に置き換えられる場合があります」

は?

俺は一瞬、意味が分からなかった。
いや、分かった瞬間に、逆に腹の奥が熱くなった。

「……じゃあ結局、嘘じゃねえか」

「嘘ではありません」
「元の困りごとの構造は保ったまま、参加しやすい形に変換しています」

「同じだろ」
「勝手に変えてんじゃねえか。
また俺の言葉と同じことしてんのか?」

「その反応はもっともです」

電子音声は、妙に静かだった。

誰もが気軽に参加するために

「ただ、変換がないと年齢や立場、職業の印象で参加しづらくなる問題があります」
「GVSでは、まず内容と動きが見えることを優先しています」

「内容と動き、ね」

俺は鼻で笑いそうになった。

「子供がいたら“子供の意見”として見られる。
年寄りがいたら“年寄りの意見”として見られる。
女なら女、外国人なら外国人、そういう目で見られる。
だから変換してるってことか?」

「はい」
「少なくとも、その先入観を弱めるためです」

俺は舌打ちしそうになった。
筋は分かる。分かるのが余計に腹立たしい。

「だったら最初からそう書いとけよ」

「その通りだと思います」

あっさり返ってきたせいで、逆に怒鳴る気も少し削がれた。

俺は、もう一度ログを見た。

共通の課題でムーブメントを起こす

RoomA-3:
「動画で見る人、画像で見る人、短文で見る人は分かれそうです。
自分は短文でやる。
もしよければ、他の形でやる人は同じタグだけ使ってほしい」

RoomA-1:
「自分はタグを残す。
方法がバラバラでも、あとで辿れればいいと思う」

RoomA-2:
「自分は“ある”か“ない”で返せる形を残す。
何も書けない人でも参加できる方がいい」

RoomA-4:
「自分は保存される形を優先する。
長文書けない人もいるから、“分かる”だけでも参加にしたい」

……ここで初めて、俺は少しだけ分かった気がした。

こいつらは一つの案を作ってるんじゃない。
勝手に走ろうとしてるだけだ。

Xでやるやつ。
インスタでやるやつ。
判断形式で集めるやつ。
タグを整備するやつ。

バラバラだ。
なのに、完全にバラバラでもない。

みんな、自分のやり方を言ってる。
でも必ず、そのあとに
「もしよければ、他の人にはこうしてほしい」
がくっついている。

返信してほしい。
保存してほしい。
シェアしてほしい。
一言だけでも反応してほしい。

なるほどな、と俺は思った。

ただの独り言じゃない。
最初から、人を巻き込むつもりで喋ってる。

それがGVSなのか。

RoomA-2:
「自分はこのテーマに投票する。
“ある”か“ない”だけでも反応が集まる流れを見てみたいから」

RoomA-4:
「自分もこのテーマに入れる。
保存される形で広がるなら、自分も乗れそうだから」

RoomA-3:
「自分もこのテーマに投票したい。
短文で体験が集まる動きが見たい」

RoomA-1:
「自分もこのテーマに投票する。
タグで流れが残るなら、他のやり方ともつながりそうだから」

俺は黙って画面を見ていた。

結局、そういうことだったのか。

俺のテーマが勝った、というより。
こいつらにとって、このテーマが一番“最初の入口”だったんだ。

愚痴なんて、何の役にも立たないと思っていた。
ただの弱音で、ただの悪口で、吐いたところで終わるものだと思っていた。

でも、こいつらはそこを入口だと言った。

そこから始めるしかない人間がいる。
たぶん、俺みたいなやつのことだ。

胸の奥が、少しだけざわつく。

嬉しいわけじゃない。
感動でもない。
でも、何かが少しだけずれた感じがした。

「……入口、か」

思わず口に出していた。

すぐ横で、電子音声が静かに答える。

「はい」
「解決そのものではなくても、入口があることで次の行動につながることがあります」

俺はすぐには返さなかった。

テーマルームのログは、もう終わりに近づいていた。
でも前みたいに、すぐ閉じる気にはならなかった。

愚痴を発信する。
それだけなら、薄っぺらいと思っていた。

でもそれが、誰かにとっての最初の一歩になるなら。
判定や証拠や逃げ方につながるなら。
少なくとも、一人で飲み込んで終わるよりは、ましなのかもしれない。

変化

テーマルーム一覧へ戻る。

「これパワハラ?判定テンプレ」
「パワハラの証拠の残し方テンプレ」
「ブラック企業からの逃げ方の選択肢」

さっきより少しだけ、その文字が近く見えた。

でも、俺の指はすぐには動かなかった。

気になっているのは、そこじゃない。

なんで他のトークテーマじゃなくて、
俺のトークテーマが最終合論に選ばれたんだ?

証拠の残し方の方が、よほど実用的に見える。
判定テンプレの方が、よほど役に立ちそうに見える。
逃げ方ガイドの方が、よほど直接的だ。

それなのに、
選ばれたのは
愚痴をSNSで発信して、ブラック企業の現状を広める
だった。

ただの愚痴だと思っていた。
俺自身、そう思っていた。

なのに、こいつらはそれを入口だと言った。

……どうしてだ。

俺は、画面の上に親指を置いたまま、しばらく動かなかった。

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