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嫌われ者の悩み 第三話 こっちの方が建設的だ

反論を書こうとした

 参加者03のSUPPORT欄を開いたまま、友坂晴人はしばらく固まっていた。

 画面には、短い要請が表示されている。

【SUPPORT】
経営者の方は、現場に任せる範囲と、自分が確認したい範囲を言語化していただけませんか?
現場責任者の方は、急な方針変更で困った場面と、事前に共有してほしい情報を教えていただけませんか?

「……言語化ね」

 晴人は鼻で笑った。

 簡単に言う。

 現場に任せる範囲。
 自分が確認したい範囲。

 そんなもの、毎回違うに決まっている。

 売上が悪い時。
 客の反応が鈍い時。
 企画が滑っている時。
 動画の数字が落ちている時。
 スタッフが分かっていない時。
 店の空気がぬるくなっている時。

 そのたびに、口を出すべきかどうかは変わる。

 経営者は、最後に責任を取る。
 失敗した時、叩かれるのは現場ではない。
 金を失うのも、信用を失うのも、前に立っている人間だ。

 晴人は入力欄を開いた。

『現場だけじゃ見えない数字がある。
動画企画も店のためにやっている。
俺が口を出すのは、最後に責任を取るのが俺だからだ。
任せろと言うなら、結果が落ちた時も責任を取れるのか?』

 そこまで打って、指が止まった。

 いつもの文章だった。

 自分では正論のつもりだ。
 実際、間違ってはいない。

 だが、これを送ればどうなるかも分かった。

 また、いつもの形になる。

 俺にも言い分がある。
 相手にも言い分がある。
 それぞれが自分の正しさを出して、最後は疲れる。

 晴人は、それでも送信しようとした。

 その瞬間、画面に小さな表示が出た。

 ――この内容は、参加者03への反論として読まれる可能性があります。

「は?」

 晴人は眉を寄せた。

 反論で何が悪い。

 参加者03は、明らかに経営者側へ言っている。
 なら、経営者側として返すのは当然だ。

 画面には、次の選択肢が出ている。

 ――このまま投稿する
 ――気持ちを整理してから応答に変換する
 ――下書きに戻る

「気持ちを整理ってなんだよ」

 晴人は舌打ちした。

 説教される気がした。

 あなたの言い方が悪いです。
 もっと相手の気持ちを考えましょう。
 まず謝りましょう。

 そんな言葉が出るなら、即閉じるつもりだった。

 だが、指は二つ目を押していた。

 気持ちを整理してから応答に変換する。

それは、かなりしんどかったですね

 画面が一度、白くなった。

 数秒後、文字が出た。

 ――それは、かなりしんどかったですね。

 晴人の指が止まった。

 ――店のことも、数字のことも、企画のことも、炎上した時の責任も、全部自分が背負っているように感じていたのかもしれません。

 ――任せたい気持ちがあっても、最後に失敗した時、自分だけが責められると思うと、簡単には手を離せないですよね。

 晴人は、画面を睨んだ。

「……まあな」

 声は小さかった。

 現場を信用していないわけではない。

 いや、正確に言えば、完全には信用できない。
 それも事実だった。

 だが、相手が嫌いだからではない。

 店が壊れるのが怖い。
 数字が落ちるのが怖い。
 炎上して、また全部自分に返ってくるのが怖い。

 だから口を出す。

 それを、現場からは圧に見られるのだろう。

 画面の文字は続いた。

 ――あなたはもしかして、「自分だけが責任を負っているのに、なぜ口を出すことまで責められるんだ」と感じているのではありませんか?

 晴人は、そこで黙った。

 言い返そうとした言葉が、少しだけ喉の奥で止まった。

「嫌そうじゃねえよ」

 反射的にそうつぶやいた。

 だが、画面を閉じる気にはならなかった。

 図星だったからだ。

 自分だけが責任を負っている。
 そう感じている。

 そして、その責任を理由に口を出すと、今度はその口出しを責められる。

 それが、納得できない。

 画面には、さらに文字が浮かぶ。

 ――あなたが守りたいのは、店の売上だけではなく、自分がここまで作ってきた場所そのものなのかもしれません。

 ――だから、現場に任せることが大事だと分かっていても、「任せた結果、壊れたらどうするんだ」という不安が出てくるのだと思います。

 晴人は、スマホを握り直した。

「……そうだよ」

 小さく声が漏れた。

「俺は、壊したくないんだよ」

 店を作った。

 人を集めた。
 イベントを打った。
 動画を回した。
 赤字でも動いた。
 叩かれても、また次を考えた。

 好き勝手にやっているように見えるかもしれない。

 だが、晴人にとっては、全部、自分が作ってきた場所だった。

 それを壊したくない。

 だから焦る。
 だから口を出す。
 だから止まれない。

 画面の下に、新しい表示が出た。

 ――この内容を、SNSで共有できるDRIVE/SUPPORTに変換しますか?

 晴人は、しばらく黙った。

 説教ではなかった。

 謝れとも言われていない。
 我慢しろとも言われていない。
 現場の言い分を全部飲めとも言われていない。

 ただ、自分の怒りの奥にあるものを、一度拾われた気がした。

 晴人は、親指で画面を押した。

 変換する。

表示されたDRIVE

 青いカードが表示された。

【応答DRIVE】
私は、現場に口を出した場面を一週間分記録し、SNSで共有できる形に整理します。
その場面ごとに、何を心配していたのか、何を守りたかったのか、事前に共有できたことは何かをまとめます。
そのうえで、現場に任せる範囲と、自分が確認する範囲を分ける表を作り、「働きすぎて疲れた経営者会議」の投稿として共有します。

【応答SUPPORT】
現場責任者の方は、「ここまでは任せてほしい」と思う範囲と、「ここだけは事前に相談してほしい」と思う範囲を出していただけませんか?
急な方針変更で困った場面があれば、責める形ではなく、事前に共有してほしかった情報として教えていただけませんか?
同じように悩んだ経営者・店長・スタッフの方は、自分の事例をSNSで共有していただけませんか?

 晴人は、何度か読み返した。

 面倒くさい。

 かなり面倒くさい。

 一週間分、現場に口を出した場面を記録する。

 そんなことをしている暇があったら、動画を一本確認できる。
 イベント資料を直せる。
 店の数字を見られる。
 次の企画を考えられる。

 だが、悪くない。

 さっき自分が打った反論より、こっちの方が明らかに使える。

 反論なら、一回で終わる。

 現場だけじゃ見えない数字がある。
 俺が最後に責任を取っている。
 だから口を出す。

 そう言えば、晴人の気持ちは少し晴れるかもしれない。

 だが、それだけだ。

 相手は納得しない。
 視聴者はまた勝手に切り取る。
 現場とのズレも残る。
 結局、また同じことを繰り返す。

 けれど、このDRIVEなら違う。

 口を出した理由を記録する。
 何を心配していたのかを出す。
 何を守りたかったのかを出す。
 任せる範囲と確認する範囲を分ける。

 それなら、企画になる。

 経営者も店長もスタッフも、似たような話を持っているはずだ。
 視聴者も、ただ叩くだけではなく、どこで不信感を持つのかを出せるかもしれない。

 晴人は、小さく笑った。

「なるほどな」

 スマホの画面を指で軽く叩く。

「確かに、こっちの意見の方が建設的だ」

 それは謝罪ではなかった。

 善人になったわけでもない。
 急に現場の気持ちが分かったわけでもない。
 自分が悪かったと認めたわけでもない。

 ただ、経営者として、使える形を選んだだけだった。

 晴人は、表示されたDRIVEを選択した。

応答が積み上がる

 画面には、晴人の応答が表示されている。

 参加者01から参加者03への応答。

 コメントではない。
 返信でもない。

 応答DRIVEと応答SUPPORT。

 その文字を見て、晴人は妙な気分になった。

 コメント欄で反論した時の高揚感はない。
 相手を言い負かした感じもない。
 自分の正しさを見せつけた感じもない。

 その代わり、少しだけ落ち着かなかった。

 自分の仕事を一つ増やしてしまった気がする。

 一週間分、現場に口を出した場面を記録する。

 そんなこと、本当にやるのか。

 晴人が画面を見つめていると、通知が鳴った。

 参加者03から応答がついた。

【参加者03の応答DRIVE】
私は、オーナーや社長の方針変更で現場が動きやすくなるよう、急な変更で困った場面を記録します。
その際、「何が困ったか」だけでなく、「事前にどの情報があれば動きやすかったか」に分けて整理します。

【参加者03の応答SUPPORT】
経営者の方は、方針を変える時に、目的、試す期間、判断基準、現場に求める動きを事前に共有していただけませんか?

 晴人は、画面を睨んだ。

「目的、期間、判断基準ね」

 否定されたように感じる、とは書かれていない。

 だが、言いたいことは分かる。

 ただ不満を言っているのではない。
 必要な情報を出せと言っている。

 また通知が鳴った。

 今度は参加者05だった。

【参加者05の応答DRIVE】
私は、経営者や発信者の炎上や方針変更を見た時、どの情報が見えないと不信感が強くなるのかを整理します。
視聴者側が安心して応援しやすくなる説明の条件を、SNSで共有できる形にまとめます。

【参加者05の応答SUPPORT】
経営者・発信者の方は、公開できる範囲で、方針変更の理由、判断基準、現場への影響、今後の確認方法を示していただけませんか?

「視聴者まで来るのかよ」

 晴人は苦笑した。

 けれど、これも分かる。

 外から見れば、突然揉めたようにしか見えない。
 急に人が離れたように見える。
 急に方針が変わったように見える。

 その裏にある事情は、見えない。

 見えないものは、勝手に想像される。
 そして、たいてい悪い方に取られる。

 また通知。

 参加者02。

【参加者02の応答DRIVE】
私は、小さな店が店主一人に依存しすぎないために、休めない理由と任せられない作業を分けて記録します。
そのうえで、店主が休むために必要な共有事項と、スタッフに任せられる範囲を整理します。

【参加者02の応答SUPPORT】
小さな店を運営している方は、休めない理由と、実際に任せられた作業・任せるのが怖い作業を教えていただけませんか?
お客さんの方は、店主が休むことや営業時間が変わることについて、どんな説明があれば受け入れやすいか出していただけませんか?

 晴人は、画面を見つめた。

 目的。
 期間。
 判断基準。
 事前共有。
 公開できる範囲。
 任せられた作業。
 任せるのが怖い作業。

 面倒な言葉ばかりだった。

 だが、妙に実務っぽかった。

 晴人は、参加者03の応答DRIVEをもう一度開いた。

 急な変更で困った場面。
 事前にどの情報があれば動きやすかったか。
 目的。
 試す期間。
 判断基準。

「これ、投稿に使えるな」

 晴人は、そうつぶやいた。

 褒める必要もない。
 納得する必要もない。
 全部受け入れる必要もない。

 ただ、材料になる。

 それで十分だった。

合論を続けるより

 画面の下に、新しい表示が出た。

 ――次の合論へ進みますか?

 晴人は、そのボタンを見つめた。

 次の合論。

 五人分のDRIVEを整理し、代表テーマを選び、さらに深掘りする。
 そういう流れなのだろう。

 普通なら、そのまま進むべきなのかもしれない。

 だが、晴人の頭は、もう別のところに動き始めていた。

 これは使える。

 合論を続けるより、先に試した方が早い。

 今、自分のアカウントで投稿すれば、反応が取れる。
 経営者も来る。
 店長も来る。
 スタッフも来る。
 視聴者も来る。
 叩きたいだけのやつも来るだろうが、それも含めて材料になる。

 晴人は、画面に表示されたDRIVEをもう一度見た。

【DRIVE】
私は、現場に口を出した場面を一週間分記録し、SNSで共有できる形に整理します。

「これ、今からやれるな」

 晴人はつぶやいた。

 合論は後でまたやればいい。

 今は、このDRIVEを外に出したい。

 GVSの画面には、もう一つのボタンがあった。

 ――ナビゲーター活動へ移る

 晴人は、それを見て少し笑った。

「ナビゲーターねえ」

 大げさな名前だと思った。

 だが、やることは分かる。

 DRIVEを外に出す。
 SNSで共有する。
 応答を集める。
 集まった反応を、またGVSに戻す。

 ただの愚痴を、企画にする。

 晴人は、ボタンを押した。

悪くないでは進まない

 投稿画面が開いた。

 GVSが、SNS投稿用の下書きを表示する。

【SNS投稿案】
働きすぎて疲れた経営者会議、始めます。
まず一週間、自分が現場に口を出した場面を記録します。
その時、何を心配していたのか、何を守りたかったのか、事前に共有できたことは何かを整理します。
経営者・店長・スタッフ・視聴者、それぞれの立場で「任せる範囲」と「事前に相談してほしい範囲」を教えてください。
できればDRIVE/SUPPORT形式でお願いします。

 晴人は、その文章を見て、少しだけ顔をしかめた。

「真面目すぎるな」

 悪くはない。

 だが、自分の言葉ではない。

 晴人は、下書きを少し書き換えた。

『働きすぎて疲れた経営者会議、始めます。

俺が現場に口を出す理由を一週間記録してみます。

何を心配してたのか。
何を守りたかったのか。
事前に共有できたことは何か。

経営者、店長、スタッフ、視聴者。
それぞれの立場で「ここまでは任せてほしい」「ここだけは相談してほしい」を教えてください。

叩きたいだけのコメントじゃなくて、できればDRIVE/SUPPORTで頼む。』

 晴人は、投稿前の画面を見つめた。

 また叩かれるかもしれない。

 また自分語りだと言われるかもしれない。
 また現場のせいにしていると言われるかもしれない。
 また面倒なことを始めたと思われるかもしれない。

 だが、それでもいい。

 少なくとも、これはただの反論ではない。

 晴人は、投稿ボタンを押した。

 画面に、投稿完了の表示が出る。

 まだ何も解決していない。

 けれど、反論以外の返し方があることだけは、少し分かった気がした。

 晴人は、スマホを置かなかった。

 投稿の反応を見た。

 数秒後、最初のコメントがついた。

『これ、うちの社長にもやってほしい』

 晴人は、思わず笑った。

「ほらな」

 合論は、また後でいい。

 今は、反応を集める時間だった。

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