五人の部屋
画面には、白い円が五つ並んでいた。
人の顔はない。
名前もない。
肩書きもない。
ただ、番号だけが振られている。
参加者01。
参加者02。
参加者03。
参加者04。
参加者05。
友坂晴人は、スマホの画面を見つめた。
「……本当に匿名なんだな」
少し拍子抜けした。
こういう場では、どうせ肩書きが並ぶのだと思っていた。
年商いくら。
登録者何万人。
店舗数いくつ。
経営者。発信者。インフルエンサー。
そういうものが見えて、それによって誰が偉いか、誰の言葉が強いかが決まるのだと思っていた。
だが、GVSの画面には何もない。
ただ五人。
晴人も、その一人にすぎなかった。
画面の上部に、短い説明が出る。
――このルームでは、参加者それぞれが背景カードを確認したうえで、DRIVEとSUPPORTを提出します。
――DRIVE:自分がやること。
――SUPPORT:そのために協力してほしいこと。
――感想や批判ではなく、次に動かせる形で書いてください。
「感想や批判ではなく、ね」
晴人は鼻で笑った。
ネットにそんなものがあるなら見てみたい。
人は基本的に、言いたいことを言う。
叩きたい時に叩く。
持ち上げたい時に持ち上げる。
飽きれば次へ行く。
それがネットだ。
だが、GVSの画面は淡々としていた。
最初に表示されたのは、晴人自身の背景カードだった。
晴人の背景カード
【背景カード:参加者01】
複数の店舗・発信・イベントを抱える経営者。
かつて出演していたビジネス番組から距離を置かれ、信頼していた店長とも衝突した経験がある。
「自分が止まったら全部止まる」と感じ、働きすぎて疲れている。
晴人は顔をしかめた。
「短いな」
短い。
だが、間違ってはいない。
間違ってはいないから、余計に腹が立つ。
番組から距離を置かれた。
店長と衝突した。
働きすぎて疲れている。
言葉にすると、ただそれだけのことに見える。
だが、その裏には何年分もの仕事があった。
怒鳴り合いがあった。
寝ないで考えた企画があった。
人を雇った責任があった。
守ろうとした場所があった。
それでも、カードは三行で終わる。
「まあ、背景カードってそういうもんか」
晴人は舌打ちした。
続いて、参加者02の背景カードが表示された。
休めない店主
【背景カード:参加者02】
小さな店を一人に近い形で回している。
休むと売上が落ち、常連にも申し訳ないと感じている。
店は好きだが、体力が限界に近い。
晴人は少しだけ黙った。
これは分かる。
小さな店は、休めない。
休んだら売上が落ちる。
客は別の店に流れる。
一度離れた客は、簡単には戻らない。
店が好きだからこそ、休めない。
好きで始めたことが、いつの間にか自分を縛る。
「あるよな」
晴人は小さくつぶやいた。
画面が切り替わる。
現場の人間
【背景カード:参加者03】
店舗責任者として現場を回している。
オーナーの熱意は分かるが、急な方針変更や動画企画で現場が振り回されることに疲れている。
「任せる」と言われても、最後は口を出される感覚がある。
晴人の指が止まった。
「……俺のことじゃねえか」
思わず声が出た。
もちろん、誰のことかは分からない。
匿名だ。
名前も店名も出ていない。
晴人の店の人間とは限らない。
だが、刺さった。
オーナーの熱意は分かる。
急な方針変更。
動画企画。
現場が振り回される。
任せると言われても、最後は口を出される。
「いや、でもな」
晴人は画面に向かって言った。
「口を出すには理由があるんだよ。現場だけで見てたら分からないこともあるだろ。数字とか、発信とか、全体の流れとか」
誰も返事はしない。
ただ、背景カードだけがそこにある。
悪口ではない。
怒鳴り声でもない。
皮肉でもない。
だからこそ、消しづらかった。
発信者と視聴者
参加者04の背景カードが表示される。
【背景カード:参加者04】
SNSや動画で発信している。
発言を切り取られて批判された経験があり、反論するとさらに燃え、黙ると逃げたと言われることに疲れている。
発信を続けたいが、コメントを見るのがしんどくなっている。
「これは分かる」
晴人は即座に言った。
分かりすぎる。
何か言えば切り取られる。
黙れば逃げたと言われる。
説明すれば言い訳と言われる。
短く言えば雑だと言われる。
長く言えば長文お気持ちと言われる。
発信者は、何をしても言われる。
晴人は、少しだけ参加者04に親近感を覚えた。
最後に、参加者05の背景カードが表示された。
【背景カード:参加者05】
経営者や発信者を見ている側。
応援したい気持ちはあるが、強い言葉や内輪ノリ、炎上後の説明不足を見ると信用しづらくなる。
叩きたいわけではなく、安心して応援できる材料がほしい。
晴人は、また顔をしかめた。
「視聴者様か」
言ってから、自分でも嫌な言い方だと思った。
だが、そう感じたのも事実だった。
見ている側は、簡単に言う。
もっと説明してほしい。
もっと丁寧にしてほしい。
もっと安心させてほしい。
その説明をする時間も、丁寧にする労力も、安心させるための手間も、全部こちら側に来る。
それでいて、少しでも言い方を間違えれば叩かれる。
晴人は画面を睨んだ。
だが、参加者05の背景カードにも、悪口はなかった。
叩きたいわけではない。
安心して応援できる材料がほしい。
そこだけが、妙に残った。
DRIVEとSUPPORT
画面が変わった。
――各参加者のDRIVE/SUPPORTが提出されました。
晴人は、身構えた。
まず、自分の案が表示される。
【参加者01】
【DRIVE】
「働きすぎて疲れた経営者会議」をSNS企画として始める。
自分の一週間の仕事量、移動、発信、店への関与、イベント、DM確認、炎上対応を公開し、なぜ休めないのかを発信する。
【SUPPORT】
経営者・発信者・店長の方は、自分が休めない理由を投稿していただけませんか?
スタッフや視聴者の方は、「本人が前に出なくても応援できる企画」「本人がいなくても見たい企画」「任せてもいい仕事」を出していただけませんか?
晴人はうなずいた。
「悪くない」
これは、自分でもやれそうだった。
働きすぎて疲れた。
それをそのまま終わらせず、企画にする。
仕事量を出す。
発信する。
他の経営者も巻き込む。
数字も取れそうだ。
次に、参加者02の案が出る。
【参加者02】
【DRIVE】
小さな店が休めない理由を、売上・人手・常連対応・仕込み・SNS告知に分けて発信する。
【SUPPORT】
小さな店を運営している方は、休めない理由と、少しでも休むために試した工夫を教えていただけませんか?
お客さんの方は、店が休むことについてどう感じるか、率直な意見を出していただけませんか?
晴人は、少し感心した。
分かりやすい。
休めない理由を分ける。
同じ店主から工夫を集める。
客にも聞く。
これは普通に使える。
参加者03の案が出た。
晴人は、無意識に姿勢を正した。
【参加者03】
【DRIVE】
オーナーや社長の急な方針変更で現場が疲弊する場面を記録し、「任せる」と「口を出す」の違いを整理する。
【SUPPORT】
経営者の方は、現場に任せる範囲と、自分が確認したい範囲を言語化していただけませんか?
現場責任者の方は、急な方針変更で困った場面と、事前に共有してほしい情報を教えていただけませんか?
晴人は、口を開いたまま止まった。
まただ。
また、俺のことじゃねえか。
そう思った。
だが、さっきとは少し違った。
これは、晴人を叩いていない。
「お前が悪い」とは書いていない。
「口を出すな」とも書いていない。
「消えろ」とも書いていない。
経営者は、任せる範囲と確認したい範囲を言語化してほしい。
ただ、それだけだ。
「……要請か」
晴人はつぶやいた。
批判ではない。
少なくとも、GVSの画面では批判になっていない。
それは、要請だった。
コメント欄じゃない
参加者05のDRIVE/SUPPORTまで読み終えたあと、晴人はしばらく画面を見つめていた。
五人分の背景カード。
五人分のDRIVE。
五人分のSUPPORT。
どれも、晴人を褒めてはいなかった。
だが、叩いてもいなかった。
誰も「お前が悪い」とは書いていない。
誰も「黙れ」とは書いていない。
誰も「もう表に出るな」とは書いていない。
代わりに、こう書かれていた。
自分は何をするのか。
誰に、何を協力してほしいのか。
晴人は、スマホを握ったまま小さく息を吐いた。
「……面倒くせえな」
思ったより、ずっと面倒だった。
コメント欄なら、簡単だった。
腹が立つコメントを見つけて、反論する。
的外れな批判を笑い飛ばす。
分かっていない連中だと切り捨てる。
それで終わりだった。
だが、この画面には、切り捨てる相手がいなかった。
匿名の誰かが、自分のDRIVEを書いている。
匿名の誰かが、SUPPORTを要請している。
そして、その中には晴人に向けられているように見える要請もあった。
――経営者の方は、現場に任せる範囲と、自分が確認したい範囲を言語化していただけませんか?
晴人は、その一文から目を離せなかった。
「俺のことじゃねえか」
また、そう思った。
けれど今度は、怒鳴る気にはならなかった。
これは悪口ではない。
たぶん、要請だ。
画面の下に、新しい表示が出る。
――他の参加者のDRIVE/SUPPORTに応答できます。
――あなたが協力できることを書いてください。
晴人は眉をひそめた。
「俺が、こいつらに返すのかよ」
面倒くさい。
そう思った。
それでも、指は画面の上で止まらなかった。
晴人は、参加者03のDRIVEをもう一度開いた。
現場責任者として、オーナーの急な方針変更に疲れている匿名の誰か。
そいつのSUPPORTには、まだ応答がついていない。
晴人は入力欄を見つめた。
何を書けばいいのかは、分からない。
だが、少なくとも。
「俺は悪くない」と返す場所ではないことだけは、分かっていた。
