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嫌われ者の悩み 第一話 俺が止まったら、全部止まる

目次

第一話 俺が止まったら、全部止まる

また嫌われていた

 友坂晴人は、また嫌われていた。

 スマホの画面には、知らない誰かの言葉が並んでいる。

『またこいつか』
『結局、自分が目立ちたいだけだろ』
『店のためとか言ってるけど、全部自分のためじゃん』
『出禁になったのも納得』

 晴人は、指で画面を弾いた。

 次の投稿。
 その次の投稿。
 さらに、その次の投稿。

 どれも似たようなものだった。

 昔なら、すぐに反論していた。

 長文で説明していた。
 配信をつけて、俺はこういうつもりだった、俺はこれだけやってきた、お前らに何が分かる、とまくし立てていた。

 だが、今日はその元気がなかった。

 疲れていた。

 正確に言えば、ずっと疲れていた。

席が消えた日

 ビジネス番組のスタジオから、自分の席が消えた日からかもしれない。

 あの番組に出ていた頃、晴人は目立っていた。

 よく喋り、よく笑い、よく怒り、よく金を出した。
 成功者の一人として扱われ、挑戦者たちからも、視聴者からも、同業者からも見られていた。

 自分には、そこにいる資格があると思っていた。

 店を作った。
 人を雇った。
 数字を出した。
 金も動かした。
 何度も失敗して、そのたびにまた立ち上がった。

 だから、表に立つのは当然だと思っていた。

 けれど、ある揉め事を境に、晴人はその番組から距離を置かれるようになった。

 表向きの説明はいくつもあった。

 方針の違い。
 関係者への配慮。
 今後の展開を考えて。

 だが、晴人には分かっていた。

 要するに、俺は面倒な人間になったのだ。

店でも揉めた

 そのあと、店でも揉めた。

 信頼していた店長と、何度もぶつかった。

 晴人は、店のためだと思っていた。

 もっと伸ばせる。
 もっと売れる。
 もっと人が来る。
 もっと面白いことができる。

 だが、相手からすれば違ったのかもしれない。

 急に方針を変える。
 現場に口を出す。
 数字を求める。
 動画にする。
 感情まで表に出す。

 晴人にとっては本気だった。

 相手にとっては、圧だった。

 そのズレが、何度も火を吹いた。

 気づけば、晴人はまた嫌われていた。

 番組でも。
 店でも。
 ネットでも。

止まれない

 晴人は、椅子に深くもたれた。

 深夜二時を過ぎていた。

 机の上には、飲みかけのエナジードリンク。
 開いたままのノートパソコン。
 未返信のDM。
 確認待ちの動画。
 イベントの資料。
 店の売上表。
 次の企画案。

 どれも、自分が見なければ止まる気がした。

 スタッフはいる。
 仲間もいる。
 応援してくれる客もいる。

 それでも、最後に火をつけるのは自分だと思っていた。

 自分が動かなければ、全部ぬるくなる。
 自分が前に出なければ、数字が落ちる。
 自分が黙れば、終わったと言われる。

 だから、止まれない。

 晴人は、何となくXを開いた。

 何かを宣伝するつもりだった。
 新しい企画の告知でも出そうと思っていた。

 だが、指が勝手に別の文章を打っていた。

『働きすぎて疲れた』

 短い投稿だった。

 晴人は、それをしばらく見つめた。

 弱音に見えるかもしれない。
 また構ってほしいだけだと言われるかもしれない。
 成功者のくせに何を言っているんだ、と笑われるかもしれない。

 それでも、消す気にはならなかった。

 投稿する。

GVSアプリ

 数秒後、通知が一つ鳴った。

 リプライではなかった。
 広告でもなかった。

 画面の下に、見慣れないアプリの通知が出ていた。

『GVSアプリを開きますか?』

 晴人は眉をひそめた。

「なんだこれ」

 いつ入れたのか覚えていない。

 だが、最近どこかで見た名前ではあった。

 不満や愚痴を報酬に変えるアプリ。
 そんな、怪しいような、妙に気になるような宣伝文句。

 晴人は鼻で笑った。

「不満を報酬にねえ」

 うさんくさい。

 情報商材の入口みたいだ。
 こういうものを見つけたら、普段ならすぐにネタにしていた。

 だが、その日は疲れていた。

 画面を閉じる力もなかった。

 晴人は、通知を押した。

 白い画面が開く。

 中央に、短い文字が浮かんでいた。

 ――不満、愚痴、不安を書いてみてください。

 ――あなたの言葉から、あなたに合ったDRIVEとSUPPORTを一緒に探します。

 ――DRIVE:あなたがやること。

 ――SUPPORT:協力してほしいこと。

「不満。愚痴。不安」

 晴人は、思わず笑った。

 その三つなら、売るほどあった。

俺は、悪者になりたかったわけじゃない

 入力欄が点滅している。

 晴人は、しばらく黙っていた。
 そして、少しずつ打ち込んだ。

『働きすぎて疲れた。

 番組から外されて、店の人間とも揉めて、それでも止まれなくて、仕事を増やした。

 休んだら負ける気がする。

 俺が止まったら、全部止まる気がする。

 俺は走り続けてきた。

 でも、なぜか俺は責められやすい。
 嫌われやすい。
 誤解されやすい。

 何か言えば切り取られる。
 黙っていれば逃げたと言われる。
 動けば出しゃばるなと言われる。
 止まれば終わったと言われる。

 俺は、悪者になりたかったわけじゃない』

 送信。

 画面は、すぐには返事をしなかった。

 数秒の沈黙。

 その間に、晴人は少しだけ恥ずかしくなった。

「何やってんだ、俺」

 アプリ相手に本音を吐いている。

 こんなもの、ただの診断か、AIの自動応答に決まっている。

 どうせ、薄っぺらいことを言われる。

 もっと休みましょう。
 無理をしないでください。
 周りを頼りましょう。

 そんな返事が来ると思っていた。

あなたは、かなり疲れているんですね

 だが、画面に出た言葉は少し違った。

 ――あなたは、かなり疲れているんですね。

 晴人の指が止まった。

 ――それだけ働き続けて、いろいろな場所で責任を背負っていたら、疲れるのも当然だと思います。

 ――休みたい気持ちがある一方で、休んだら自分の価値や居場所まで失ってしまうように感じているのかもしれません。

 晴人は、画面を見つめた。

 何だよ。

 そんなことを思った。

 だが、閉じられなかった。

 ――もしかして、あなたはずっと「自分が止まったら、全部止まってしまう」と思いながら、誰にも任せきれないまま走り続けてきたのではありませんか?

 晴人は、息を吐いた。

「……そうなんだよ」

 声が出た。

 誰もいない部屋で、スマホに向かってつぶやいていた。

「俺は走り続けてきたんだよ」

 店を作った。
 人を集めた。
 金を動かした。
 企画を作った。
 叩かれても、笑われても、また前に出た。

 なのに、なぜか嫌われる。

 なぜか悪者になる。

 晴人は、もう一度入力した。

『そうなんだよ。
 俺は走り続けてきたんだよ。

 でも、なぜか俺はみんなに責められやすい。
 嫌われやすいんだよな。

 俺は何かを作りたいだけなのに、気づくと悪者になっている』

 送信。

 また、短い沈黙。

 今度は、少し怖かった。

 アプリに否定される気がした。

 それはあなたにも原因があります、と言われる気がした。
 言い方が強すぎます。
 相手の気持ちを考えましょう。
 反省しましょう。

 そう言われたら、晴人はたぶん閉じていた。

 だが、返ってきたのは説教ではなかった。

 ――あなたは、批判されることそのものよりも、自分が何を守ろうとしていたのかが伝わらないことに傷ついているのかもしれません。

 ――「嫌われやすい」という言葉の奥には、本当は仲間として見てほしい、作ってきたものを見てほしい、という願いがあるのかもしれません。

 ――もしよければ、この不満をDRIVEとSUPPORTに分けてみませんか?

 晴人は、画面を睨んだ。

「分ける?」

三つの候補

 次の画面に、三つの候補が表示された。

 一つ目。

 【DRIVE】

 「嫌われ者経営者たちの本音」を集めるSNS企画を始める。

 自分がまず、なぜ責められやすいのか、なぜ嫌われやすいのか、どんな時に誤解されたと感じるのかを発信する。

 【SUPPORT】

 同じように「頑張っているのに嫌われる」「表に立つほど叩かれる」と感じたことがある経営者・発信者の方は、自分の体験をDRIVE/SUPPORT形式で投稿していただけませんか?

 視聴者の方は、ただ叩くのではなく、「どこで不信感を持ったか」「どういう発信なら応援できるか」をコメントしていただけませんか?

 二つ目。

 【DRIVE】

 「働きすぎて疲れた経営者会議」をSNS企画として始める。

 自分の一週間の仕事量、移動、発信、店への関与、イベント、DM確認、炎上対応を公開し、なぜ休めないのかを発信する。

 【SUPPORT】

 経営者・発信者・店長の方は、自分が休めない理由を投稿していただけませんか?

 スタッフや視聴者の方は、「本人が前に出なくても応援できる企画」「本人がいなくても見たい企画」「任せてもいい仕事」を出していただけませんか?

 三つ目。

 【DRIVE】

 「嫌われても作りたいものがある」というテーマで、SNS連動のGVS企画を立ち上げる。

 自分が批判されても続けてきた理由、守りたかった店、作りたかった場、失いたくなかった仲間について発信する。

 【SUPPORT】

 同じように批判されながら何かを作ってきた方は、自分のDRIVEを投稿していただけませんか?

 視聴者の方は、「応援したいDRIVE」「信用できないDRIVE」「協力してもいい条件」を出していただけませんか?

休め、じゃないのか

 晴人は、三つの候補を何度も見た。

 休め、とは書いていなかった。

 癒やされましょう、とも書いていなかった。
 心を整えましょう、とも書いていなかった。

 発信しろ。
 企画にしろ。
 他の嫌われ者を集めろ。
 叩く側にも、応援できる条件を出させろ。

 晴人は、ゆっくり笑った。

「そう来るか」

 怪しいアプリだと思った。

 今でも怪しいと思っている。

 だが、少なくとも分かっている。

 俺に「休め」と言っても無駄だ。

 止まれと言われても止まれない。
 なら、止まれないことごと企画にするしかない。

 晴人は、二つ目の候補をタップした。

 【働きすぎて疲れた経営者会議】

 画面に、次の表示が出る。

 ――このDRIVEを、GVSトークテーマとして投稿しますか?

 晴人は、少しだけ迷った。

 投稿すれば、また叩かれるかもしれない。
 また笑われるかもしれない。
 また、自分を分かっていない連中が集まってくるかもしれない。

 それでも、指は止まらなかった。

「俺が止まったら、全部止まる」

 晴人は小さくつぶやいた。

「だったら、俺が止まらなくても済む形に変えるしかないだろ」

 投稿ボタンを押した。

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