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シビックヒーローズ 第四十六話 悪い夢を見ていた

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数か月後

 数か月が過ぎた。

 シビック地区は、まだ続いていた。

 すべてが順調というわけではない。
 地区ごとの差は大きい。
 水路が戻った場所もあれば、支配者層の裏切りで一度崩れた場所もある。
 ナビゲーターが撤退した地域もある。
 住民GVSがうまく回らず、何度もリアルGVSをやり直している村もあった。

 それでも、全体としては前へ進んでいた。

 畑が戻った。
 井戸が使えるようになった。
 武装集団の再編が進んだ。
 国際連合軍は、各国の要請に応じて治安維持の範囲を少しずつ縮小している。
 シビック現地応答隊は、第一陣から第三陣へ移った。

 世界は、次の話題へ向かい始めていた。

 新しいシビック地区。
 次の支援計画。
 失敗地区の再建案。
 シビック現地応答隊の訓練制度。
 アメリカ大統領の支持率。
 国際連合軍の再編。
 カマラの交渉。
 イーサンとマーカスの現地GVS講座。

 レオ・グラントの名前は、まだ出てくる。

 だが、前ほどではなかった。

 神の子。
 世界一のヒーロー。
 ラグナロク計画の発火装置。
 金爆弾の男。

 そう呼ばれた男は、アメリカの拘束施設にいた。

 完全な独房ではない。
 政治犯のような扱いでもない。
 だが、自由ではなかった。

 鉄の扉。
 白い壁。
 決まった食事。
 決まった時間の面会。
 監視付きの端末。
 制限された通信。

 レオは、また檻の中にいた。

何が悪かった

 面会室に入ってきたマヤは、少しだけ足を止めた。

 レオは椅子に座っていた。

 以前より痩せたように見える。
 髪も伸び、目の下には薄い影がある。

 それでも、口元にはいつもの笑みが残っていた。

「よう」

 レオが片手を上げた。

「元気そうじゃないわね」

「最高の暮らしだぜ」
「三食ついて、寝床もある」
「ホームレス時代よりはましだ」

 マヤは椅子に座った。

「冗談を言えるなら、まだ大丈夫そうね」

「そう見えるか?」

 レオは笑ったまま、視線を落とした。

 しばらく沈黙が続いた。

 面会室のガラスには、二人の姿が薄く映っている。
 監視カメラの赤い点が、天井の隅で光っていた。

 レオは、ぽつりと言った。

「俺の何が悪かったんだろうな」

 マヤはすぐには答えなかった。

「俺はヒーローになったはずだった」

 レオは続ける。

「神の子だの、救世主だの、世界一のナビゲーターだの」
「好き勝手呼ばれてた」
「ギャングの街を変えた」
「富豪から金を引っ張った」
「金爆弾を飛ばした」
「シビック地区まで作った」

 彼は、ゆっくりと顔を上げた。

「だが気づけば、また檻の中だ」

 笑っていたはずの口元から、力が抜ける。

「まるで、質の悪い夢を見ていたみてえだ」

 マヤは、レオを見つめた。

 その目に、怒りはなかった。
 哀れみも、すぐには出さなかった。

 レオは椅子に背を預けた。

「俺がいなくても、世界は回ってる」
「畑は戻る」
「水路は直る」
「シビック地区は増える」
「ノアは資料を作る」
「エヴァは政府と話す」
「お前は配信する」
「ジェイデンも、現地でそれなりにやってる」

 彼は小さく笑った。

「俺がいなくても、誰も困ってねえ」

「困っていないわけではないわ」

「でも止まってねえ」

 レオは言った。

「止まってねえんだよ」

 その声は、怒鳴り声ではなかった。

 ただ、乾いていた。

「俺は、世界を動かしたはずだった」
「でも世界は、俺なしでも動く」
「じゃあ俺は、何だったんだ?」

ミスターシビッカー

 レオは端末を指で叩いた。

 制限付きの画面には、シビック地区の更新情報が並んでいた。

 農地復旧率。
 水路修復状況。
 シビック現地応答隊の登録数。
 新規ナビゲーター訓練。
 失敗地区の再挑戦計画。

 どれも、前に進んでいる。

 レオは鼻で笑った。

「それにしても、この功績者に対して、ミスターシビッカー様は一言もねえのか?」

 マヤが顔を上げる。

「ミスターシビッカー?」

「ああ」

 レオは椅子に沈み込む。

「ここまで奴に稼がせてやったんだぜ」
「金も、熱狂も、参加者も」
「俺がどれだけGVSを広げたと思ってる」
「用がなくなったらポイか?」

 マヤは、少しだけ眉をひそめた。

「あなたは、ミスターシビッカーのためにやっていたの?」

「違う」

「世界のため?」

 レオは黙った。

「それとも、あなた自身がヒーローになるため?」

 レオは、答えなかった。

 面会室に、空調の音だけが流れた。

 マヤは静かに続ける。

「あなたは、ヒーローを目指した」
「でも、シビックドライブはヒーローをなくす仕組みだった」

 レオの目が少し動く。

「あなたが世界を動かすほど、世界はあなた一人に依存しなくなる」
「あなたが成功するほど、あなたがいなくても動く人が増える」
「あなたが広げたものは、あなたを中心から外していく」

 マヤは、少し間を置いた。

「あなたがこうなるのは、必然だったのよ」
「あなたも、それは分かっていたでしょう?」

 レオは笑った。

 だが、その笑いはひどく弱かった。

「分かってたよ」

 彼は言った。

「分かってた」

「なら、なぜ続けたの?」

 マヤの声は、責めるものではなかった。

「なぜ分かっていたのに、命までかけて活動を続けてきたの?」

「なぜって、お前」

 レオは、少しだけ目を細めた。

「それじゃ、他に方法があったっていうのか?」

 マヤは黙る。

「あの時の俺に、他の方法なんてなかった」
「ホームレス同然で、誰にも相手にされなくて、過去は腐ってて、金も信用もなかった」
「俺にあったのは、突っ込むことだけだった」
「叫ぶことだけだった」
「危険な場所へ先に行くことだけだった」

 レオは、拳を握った。

「今の結果が当然だってことも分かる」
「俺をヒーローだの神の子だの呼んでた奴らも、もう俺のことなんて忘れ始めてる」
「それも分かる」

 彼は、マヤを見た。

「でも、いったい何が悪かったんだろうな」
「俺は、どうすればよかったんだ」

会ってみたら

 マヤは、しばらく何も言わなかった。

 レオの問いに、簡単な答えはない。

 もっと慎重にやればよかった。
 仲間を騙さなければよかった。
 地雷ドッキリなどしなければよかった。
 ヒーローではなく、シビッカーになればよかった。

 どれも正しい。

 けれど、それを言っても、今のレオには届かない気がした。

 マヤは、少し息を吐いた。

「ミスターシビッカーに会ってみたら?」

 レオは、露骨に嫌そうな顔をした。

「あ?」

「もしかしたら、何かのきっかけになるかもしれない」

「ふんぞり返って王様の椅子に座ってるだけのあいつが、俺に会いに来ると思うか?」

「王様の椅子?」

「違うのか?」

 マヤは少し考えた。

「確かに、精力的に活動しているイメージはないわね」
「どういう人物なのかも、よく分からない」

「だろ」

 レオは鼻で笑う。

「俺みたいな現場の人間が世界を動かしてる間、あいつは後ろで思想家面してるだけだ」

「そうかもしれない」

 マヤは否定しなかった。

「でも、あなたが今そこまで苛立つ相手なら、会う価値はあるんじゃない?」

 レオは答えなかった。

 マヤは端末を取り出した。

「とりあえず、私から要請しておくわ」

「無駄だ」

「無駄かどうかは、出してみないと分からない」

 マヤは画面を開き、短い文を作り始めた。

―――――― GVS ――――――

【DRIVE】

レオ・グラントとミスターシビッカーの対話機会を作ります。

【SUPPORT】

ミスターシビッカーには、レオ・グラントと一度話していただけませんか?

――――――――――――――

 マヤは投稿前に、レオへ画面を見せた。

「これでいい?」

 レオは画面を一瞥した。

「勝手にしろ」

「分かった」

 マヤは投稿した。

 小さな送信音が鳴る。

 それだけだった。

 世界を揺らす演説でもない。
 金爆弾でもない。
 大統領を巻き込む会見でもない。

 一つの要請が、静かにGVSへ流れただけだった。

またね

 面会時間の終わりを知らせる音が鳴った。

 マヤは立ち上がった。

「そろそろ行くわ」

「忙しいのか」

「ええ」
「シビック地区の配信もあるし、米国側の現地応答隊の取材もある」
「それに、あなたの話を聞くのは疲れる」

「ひでえな」

「本当のことよ」

 マヤは、少しだけ笑った。

「気分転換になるといいわね」

「ミスターシビッカーが?」

「それもあるけど」

 マヤはガラス越しにレオを見た。

「あなたが、自分を少しでも別の角度から見られること」

 レオは返事をしなかった。

 係員が扉の近くに立つ。

 マヤは端末をしまった。

「じゃあ、またね」

 レオは、しばらく黙っていた。

 そして、無言で片手を上げた。

 マヤはその手を見てから、部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 面会室に、また静けさが戻った。

 レオは椅子に座ったまま、天井を見上げた。

 神の子。
 世界一のヒーロー。
 ナビゲーターランク一位。
 金爆弾の男。

 そう呼ばれた男は、また檻の中にいる。

 端末には、シビック地区の通知が流れ続けていた。

 水路復旧。
 農地拡張。
 新規シビックカウンセラー認定。
 失敗地区再挑戦。
 現地応答隊第四陣、派遣準備中。

 世界は、レオなしで動いている。

 レオは、画面を伏せた。

 白い壁を見つめる。

 しばらくして、彼は小さく呟いた。

「悪い夢だな」

 返事をする者はいなかった。

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