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嫌われ者の悩み 第六話 シビックドライブ

三日後

 三日後。

 友坂晴人は、少しだけ満足していた。

 出方を分けるチェックリスト。

 本人が出る場面。
 店が出る場面。
 スタッフが出る場面。
 第三者に任せる場面。

 第二合論で出てきたDRIVEは、思ったより使えた。

 晴人は、実際に店の企画表を分けてみた。

 大型イベント。
 外部コラボ。
 業界への提案。
 これは、晴人が出る。

 初心者講習。
 スタッフ紹介。
 買取の案内。
 店内ルールの変更。
 これは、店やスタッフが前に出る。

 揉め事の説明。
 店長交代。
 客に不安を与えそうな変更。
 これは、本人だけで話さない。

 そのくらいなら、すぐに試せそうだった。

「まあ、こんなもんだろ」

 晴人は、事務机の前で伸びをした。

 今回のGVSは、もう十分だった。

 嫌われないようにするには。

 最初は馬鹿みたいなテーマだと思った。

 だが、結果としては悪くなかった。

 アンチコメントは材料になった。
 客の不安も見えた。
 スタッフが疲れる場面も見えた。
 自分が前に出すぎていたことも、少しだけ分かった。

 結論も出た。

 出方を分ける。

 それでいい。

 晴人は、スマホを手に取った。

 GVSアプリを閉じようとして、通知欄を見た。

【REDRIVE:新規 128件】
【SUPPORT:新規 412件】
【派生ルーム:37件】

「……は?」

 晴人は、画面を二度見した。

 もう終わったと思っていた。

 少なくとも、自分の中では終わっていた。

 だが、画面の中では、まだ何かが動いていた。

まだ走っている

 晴人は、通知を開いた。

【派生ルーム】
本人が苦手でも店を応援できる条件

【派生ルーム】
経営者が前に出すぎる問題

【派生ルーム】
スタッフが安心して発信に協力できる条件

【派生ルーム】
炎上を店舗改善に変える方法

【派生ルーム】
店と発信者本人を分けて見せる方法

 晴人は、しばらく黙った。

「まだやってんのかよ」

 自分のルームは、もう一区切りついたはずだった。

 代表テーマも決まった。
 第二合論も終わった。
 出方を分けるチェックリストも作った。

 なのに、まだ続いている。

 しかも、もう晴人の名前が前面に出ていない。

 最初は、友坂晴人の話だった。

 嫌われやすい経営者。
 カードショップ。
 本人が前に出すぎる問題。
 店と本人の切り分け。

 だが、今走っているREDRIVEは、もっと広くなっていた。

【REDRIVE】
私は、飲食店で「店主が前に出すぎる場面」をSNSで発信する。

【SUPPORT】
飲食店の客の方は、店は好きだが店主の発信で不安になった場面を教えてほしい。

【REDRIVE】
私は、美容室で「オーナー発信とスタッフ発信」を分ける。

【SUPPORT】
美容室スタッフの方は、オーナーが前に出ることで困った場面を教えてほしい。

【REDRIVE】
私は、配信者グループで「本人が説明するべき場面」と「運営が説明するべき場面」を分ける。

【SUPPORT】
視聴者の方は、本人の説明で重く感じた場面を教えてほしい。

 晴人は、画面をスクロールした。

 カードショップから、飲食店へ。
 飲食店から、美容室へ。
 美容室から、配信者グループへ。
 さらに、政治家や地域イベントにまで広がっている。

【REDRIVE】
私は、政治家本人が前に出る説明と、事務局が出す説明を分ける。

【SUPPORT】
有権者の方は、本人から聞きたい説明と、資料で見たい説明を教えてほしい。

「政治家まで行くのかよ」

 晴人は、思わず笑った。

 もう、自分の話ではなかった。

俺はいらない

 晴人は、さらに通知を開いた。

【REDRIVE】
私は、アンチコメントを店舗改善案に変える方法をSNSで発信する。

【SUPPORT】
発信者の方は、きついコメントから使えた材料を教えてほしい。
視聴者の方は、攻撃的に言ってしまったが本当は伝えたかったことを教えてほしい。

 晴人は、少しだけ目を細めた。

 アンチコメントを店舗改善案に変える方法。

 それは、たしかに自分の話から始まった。

 だが、今はもう、誰か別の人間が整理している。

 晴人が言う必要もない。
 晴人が説明する必要もない。
 晴人が炎上芸みたいに回収する必要もない。

 誰かが勝手にやっている。

 別のREDRIVEが出る。

【REDRIVE】
私は、「本人が出ない方が信頼される場面」を集める。

【SUPPORT】
客、視聴者、スタッフの方は、本人ではなく現場や第三者から聞きたかった場面を教えてほしい。

 また別のREDRIVE。

【REDRIVE】
私は、「本人が出たから応援したくなった場面」を集める。

【SUPPORT】
視聴者の方は、本人の熱量があったから応援した場面を教えてほしい。

 晴人は、二つのREDRIVEを見比べた。

 出ない方が信頼される場面。
 出たから応援したくなった場面。

 両方ある。

 どちらか一つではない。

 そこを誰かが勝手に集めている。

「いや、もう俺いらないだろ」

 晴人は、スマホに向かって言った。

 誰も返事はしない。

 ただ、通知だけが増えていく。

楽しまれている

 晴人は、SNS側も開いた。

 GVS連携表示になっているため、生コメントはほとんど見えない。

 代わりに、DRIVE、SUPPORT、REDRIVEのカードが流れている。

【DRIVE】
私は、自分の店で出方を分ける。

【SUPPORT】
客の方は、店主が出た方がいい場面を教えてほしい。

【REDRIVE】
私は、店主が出ない投稿例を作る。

【SUPPORT】
店舗運営者の方は、店主抜きで出せる投稿例を教えてほしい。

【REDRIVE】
私は、スタッフ紹介カードを作る。

【SUPPORT】
スタッフの方は、自分が紹介してほしい得意分野を教えてほしい。

 晴人は、そこで少しだけ固まった。

 何かがおかしい。

 いや、おかしいというより、楽しそうだった。

 誰かが店主抜きの投稿例を作る。
 誰かがスタッフ紹介カードを作る。
 誰かが「本人が出ない企画」のテンプレを作る。
 誰かが別業界に持っていく。
 誰かが政治家版を作る。
 誰かが配信者版を作る。

 それぞれが、自分の場所で動かしている。

 批判だったはずのものが、企画になっている。
 アンチだったはずの人間が、材料を出している。
 視聴者が、店の見せ方を考えている。
 客が、スタッフ紹介の形を考えている。

「俺をネタに遊んでるだけじゃねえか」

 晴人は、そう言ってから、少し黙った。

 遊んでいる。

 たぶん、そうだ。

 だが、ただ馬鹿にしているわけではない。

 遊びながら、誰かが仕事をしている。
 仕事みたいなことを、遊びとしてやっている。
 店の改善、発信の整理、スタッフの見せ方、客の不安の拾い上げ。

 それらが、REDRIVEとして勝手に走っている。

 晴人は、椅子に深くもたれた。

「俺のことでバズってる。しかも炎上じゃない」

 画面の中で、また通知が増えた。

【派生ルーム】
経営者が嫌われないための出方リスト

【派生ルーム】
本人が出ない投稿テンプレ集

【派生ルーム】
アンチコメント診断練習会

「むしろ、俺は蚊帳の外にさえなってる」

 自分の名前で始まったはずだった。

 だが、今はもう、晴人が中心ではない。

 自分を叩いていたはずの言葉。
 自分を応援しづらいと言っていた人たち。
 自分の店を不安に見ていた客。
 自分に近い経営者たち。

 それぞれが、自分の場所で動いている。

 晴人は、笑うしかなかった。

シビックドライブ

 晴人は、ふと第一合論の画面を思い出した。

 誰かが、そんなことを言っていた気がする。

 いや、正確には、画面の説明だったかもしれない。

 DRIVEが連鎖する。

 誰かのDRIVEを受けて、別の誰かがREDRIVEする。

 そのREDRIVEを見て、また別の誰かが自分の場所でDRIVEを出す。

 そうして、ひとつの不満や愚痴や批判が、複数の場所へ広がり、現実の行動になっていく。

 その連鎖を、シビックドライブと呼ぶ。

 晴人は、画面を見つめた。

 最初は、ただの愚痴だった。

 働きすぎて疲れた。

 そこから、嫌われないようにするには、という馬鹿みたいなルームを立てた。

 アンチが来た。
 客が来た。
 スタッフ側の人間が来た。
 経営者が来た。
 ナビゲーターが来た。

 批判は診断され、DRIVEになった。
 DRIVEはREDRIVEになった。
 REDRIVEは別の業界へ飛んだ。

 そして今、自分抜きでまだ動いている。

「これが、シビックドライブか」

 晴人は、小さくつぶやいた。

 言葉にすると、少し大げさに聞こえた。

 人類がどうとか、社会がどうとか、そんな話をする気はない。

 ただ、目の前で起きていることは分かった。

 俺が言い返さなくても、話が進む。
 俺が説明し続けなくても、誰かが分ける。
 俺が全部やらなくても、別の誰かがREDRIVEする。

 そして、そこに人が集まっている。

 炎上ではない。

 ただのバズでもない。

 晴人の悩みを材料にして、参加者たちが勝手に動いている。

 晴人は、少しだけ苦笑した。

「勝手にしろよ」

 そう言いながら、画面を閉じようとした。

 その直前、新しい通知が出た。

【参加要請】
「本人が出ない投稿テンプレ集」に、カードショップの例を一つ提供していただけませんか?

 晴人は、画面を見た。

 しばらく黙った。

 そして、小さく笑った。

「結局、俺も呼ばれるのかよ」

 眠気が少しだけ引いた。

 晴人は、入力欄を開いた。

【DRIVE】
私は、カードショップで本人が出ない投稿例を一つ出す。

【SUPPORT】
カードショップの方は、店やスタッフが主役になる投稿例を教えてほしい。

 送信。

 その瞬間、またひとつ通知が増えた。

【REDRIVE】
私は、自分の店でも本人が出ない投稿例を作る。

 晴人は、スマホを見つめたまま、肩をすくめた。

「止まんねえな」

 カードショップの奥で、通知音がまた鳴った。

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