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第三十九話 世界が熱狂する工場

目次

工場長の反対をGVSにかける

 鯖川フレーム製作所の工場長、黒川誠司は反対した。

 社長は乗り気だった。

 県も支援する。

 政府の補助も入る。

 若者定着モデルの第一号として、注目も集まる。

 普通に考えれば、断る理由はなかった。

 だが、工場長は言った。

「工場はエンターパークではありませんよ」

 その一言は、白瀬の胸に残っていた。

 工場改革。

 若者定着。

 シビックドライブ。

 言葉だけなら、いくらでも美しくできる。

 だが、現場に立つ人間からすれば、撮影も、カウンセラーも、GVSボードも、工場インフルエンサーも、ただの外部からの侵入に見える。

 白瀬は、小泉に報告した。

 画面越しの小泉は、しばらく黙っていた。

「うーむ。少し先走りすぎたか」

 小泉は、額に手を当てた。

「あまりにこちら側の都合を押しつけすぎた。若者定着モデルとは言ったが、工場全体の都合を見なければ話は進まないか」

「もう少しだけ時間をください」

 白瀬は言った。

「今、GVSで合論を行っています」

 小泉が顔を上げた。

「そういえば、その手があったな」

 苦笑する。

「慣れないものだな。私たちには、見えないサポートスタッフがいるのだった」

 その時、別の画面が開いた。

 田中丸栄だった。

「いいぞお、白瀬君」

 田中は、妙に楽しそうだった。

「GVSは沸いている。私は政治関係者だから合論そのものには参加できんが、毎日のようにGVSとナビゲーターの動向は見ている。今やGVSは、鯖川フレーム製作所の話で持ち切りだ」

「田中先生」

「社長には、私の方からも話を通しておこう。安心したまえ」

 白瀬は、思わず頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし、勘違いするな。これは圧力ではない。流れだ」

 田中は、短く笑った。

「シビックドライブは、もう君一人の計画ではない」

 田中の言葉通りだった。

 GVSには、すでに複数のルームが立ち上がっていた。

【テーマ】
鯖川フレーム製作所の工場長の懸念にどう応答するか

【実行案】
私は、工場長の懸念を「撮影」「現場負担」「個人攻撃」「若者偏重」「機密管理」に分けて整理します。

【要請】
もしよければ、工場勤務経験者、労務管理経験者、カウンセラー、ナビゲーターの方は、それぞれの懸念に対する具体的な対応案を共有していただけませんか?

 別のルームでは、工場長向けの説明資料が作られていた。

 さらに別のルームでは、社員向けの撮影同意ルールが作られていた。

 また別のルームでは、工場インフルエンサー手当の基準案がまとめられていた。

ゴールドGVSプレイヤー、参戦

 白瀬が資料を追っていると、ひとつの実行案が目に入った。

【実行案】
私は、アメリカのゴールドGVSプレイヤーです。鯖川フレーム製作所の社長と工場長への直接交渉を行います。

【要請】
もしよければ、日本側のナビゲーターは、工場長の懸念点、社長の利害、社員側の不安、県の支援条件を、英語と日本語で整理した資料として共有していただけませんか?

 白瀬は、嫌な予感がした。

 数分後、SNSがざわつき始めた。

「これレオ・グラントじゃないか?」
「アメリカのゴールドGVSプレイヤーで直接交渉って、もう本人だろ」
「レオ来るの?」
「福野県終わったな」
「いや始まったんだろ」

 レオ・グラント。

 シビックヒーローズの中心人物。

 資金調達と発信力において、世界屈指のGVSプレイヤー。

 ただし、白瀬にとっては、最も扱いに困る男でもあった。

 他にも、直接交渉を希望するナビゲーターはいた。

 元工場長のナビゲーター。

 労務管理に詳しいナビゲーター。

 地元商工会に顔が利くナビゲーター。

 若者向けSNSに強いナビゲーター。

 それぞれが実行案を出した。

 だが、流れは一つに向かっていた。

 まずはレオに譲る。

 そういう空気になっていた。

 白瀬は、端末の画面を見つめながらつぶやいた。

「最悪だ」

 だが、流れは止まらなかった。

現場はもう動き始めていた

 GVSは画面の中だけで動いていたわけではない。

 鯖川フレーム製作所の若手社員の中にも、GVS参加者がいた。

 社長の親族の子どもも、GVSを見ていた。

 パート社員の家族も、匿名シビック政治チャンネルを見ていた。

 若手社員の一人が、昼休みにベテランへ声をかけた。

「黒川さん、今、世の中こうなってるんすよ」

「GVSだか何だか知らんが、現場をかき回されるのはごめんだ」

「いや、見れば分かりますって。俺らが好き勝手やる話じゃないです。黒川さんたちの技術を残す話なんです」

 ベテランは、最初は鼻で笑った。

 だが、若手に画面を見せられて黙った。

 そこには、自分の工程が「若者に伝えるべき技術」として扱われていた。

【実行案】
私は、研磨工程で若手が最初につまずく作業を、ベテランに聞き取りして三つに分けます。

【要請】
もしよければ、ベテラン社員の方は、動画では伝わらない感覚や注意点を短い言葉で共有していただけませんか?

 ベテランは、しばらく画面を見た。

「……俺の研磨工程か」

「そうです」

「動画で分かるわけないだろ」

「だから、黒川さんたちに言葉にしてほしいって話です」

 ベテランは、腕を組んだ。

「まあ、順番くらいは教えてやってもいい」

 その一言から、流れが変わった。

 若手が、仲のいいベテランを説得する。

 ベテランが、別の部署のチーフに声をかける。

 チーフが、現場の不安をまとめる。

 署名というより、条件付き賛同ログが集まっていく。

【条件付き賛同】
撮影範囲を事前に決めるなら協力できます。

【条件付き賛同】
出演しない社員が不利益を受けないなら、GVSボード設置に賛成します。

【条件付き賛同】
若手教育の負担が軽くなるなら、手順表作成に協力します。

 夕方。

 黒川工場長の前に、若手とベテラン、数人のチーフが並んだ。

 リーダー役になったのは、検品部署のチーフだった。

「工場長。俺たちは反対じゃありません」

 黒川は眉をひそめた。

「何の話だ」

「シビックドライブ工場改革です」

「お前まで言い出すのか」

「ただし、条件付きです」

 チーフは、紙の資料とGVSログを机に置いた。

「撮影禁止工程を決める。出演強制はしない。GVSボードの個人攻撃は禁止。カウンセラーの相談内容は人事評価に使わせない。インフルエンサー手当は基準を明文化する」

 黒川は黙った。

 若手社員が続けた。

「今、世の中は変わってるんすよ。俺たちの給料も上がるかもしれない。新しい役職もできるかもしれない。若い人が来るかもしれない。この流れに乗らないで、どうするんすか」

「工場を遊び場にする気か」

「違います」

 若手は即答した。

「俺たちが、この工場を自分たちで作れる場所にしたいんです」

 黒川は、言い返せなかった。

 大勢に詰め寄られ、工場長はたじたじになった。

「わ、分かった」

 黒川は、渋い顔で言った。

「私も別に、反対ではない」

「本当ですか」

「条件を決めるなら、話は聞く」

 その報告を受けた鯖川社長は、顔を青くした。

「なんなんだ、これは……」

 社長が見ていたのは、社内の空気が、自分の想像以上に速く動いている現実だった。

 支援金。

 県のモデル事業。

 若者採用。

 そこまでは読めていた。

 だが、社員の家族、若手、ベテラン、ナビゲーター、海外GVSプレイヤーまでが一気に絡んでくるとは思っていなかった。

 そして、その夜。

 さらに予想外のものが来た。

「よう!」

 画面の中で、金髪の男が笑っていた。

 レオ・グラントだった。

「細かい話はなしだ。今日は俺がジャパン式で接待するぜい」

 隣には、ジェイデン・クロウがいた。

「やあ、日本のお友達! 私たちと遊びましょう!」

 鯖川社長と黒川工場長は、そろって青ざめた。

「あれは……ギャングでは?」

 黒川が小声で言った。

「いや、たぶん違う……はずだ」

 社長も自信がなかった。

 だが、レオは強引だった。

 言葉巧みだった。

 笑い、褒め、煽り、握手し、肩を組み、福野市の夜の町へ二人を連れ出した。

「工場長! あんたは現場を守る男だろ? だから必要なんだよ!」

「社長! あんたの工場は地味じゃない。まだ世界に見つかってないだけだ!」

 その様子は、レオのチャンネルで全世界へ配信された。

 白瀬は、スマホを見て頭を抱えた。

「本当に最悪だ……」

 小泉は沈黙した。

 田中丸栄だけが、短いメッセージを送ってきた。

【田中丸栄】
これで後戻りはできんな。

世界が鯖川フレームを見つけた

 翌朝。

 事態は、さらに大きくなっていた。

 アメリカのビジネス系チャンネルが報じた。

「日本の地方工場が、シビックドライブによる若者定着モデルの実験場に」

 北欧の労働政策メディアが取り上げた。

「労働者が職場環境を共同設計する、GVS工場改革」

 そして、スイスでは特に大きく報道された。

 画面には、エヴァ・リンとマヤが出演していた。

 エヴァは冷静に語った。

「このモデルの注目点は、行政支援、企業改革、GVS参加者の応答事業、外部資金の流れが接続されている点です。地方産業が投資対象へ変わる最初のケースになる可能性があります」

 隣のマヤは、少し厳しい顔で言った。

「ただし、現場労働者の同意と安全設計がなければ、これは搾取的なメディア化にもなり得ます。出演しない権利、相談内容の保護、撮影範囲の制限は不可欠です」

 鯖川社長は、その映像を会議室で見ていた。

 顔から血の気が引いていた。

「……スイスで、うちの工場の話をしているのか」

 その時、会議室の扉が開いた。

 株主たちが入ってきた。

 怒っている者もいた。

 目を輝かせている者もいた。

「社長、説明していただきたい」

「外国人と飲み歩いて配信とはどういうことですか」

「取引先への説明は?」

 一方で、別の株主が強く言った。

「いや、これはチャンスです」

「県の支援、海外報道、若者への認知。全部そろっている」

「ここで降りたら、鯖川フレームは時代に乗れなかった工場になる」

 最後に、最年長の株主が言った。

「社長」

 会議室が静まる。

「これはもう、やるしかないでしょう」

 鯖川社長は、窓の外に見える工場を見た。

 昨日まで、地方の小さな眼鏡フレーム工場だった。

 今日は、世界中のGVSプレイヤーが見ている。

 逃げ道は、もうなかった。

 社長は、ゆっくりとうなずいた。

「……分かりました」

 その声は、震えていた。

「鯖川フレーム製作所は、シビックドライブ工場改革を正式に受け入れます」

 その瞬間、GVSには新しいテーマが立ち上がった。

【テーマ】
鯖川フレーム製作所の工場改革を、現場を守りながら始めるには

 白瀬は、その通知を見て、深く息を吐いた。

 解決した。

 いや、正確には違う。

 解決してしまったのではない。

 逃げられないところまで、社会が動いてしまったのだ。

 シビックドライブは、もう画面の中には収まっていなかった。

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