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第三十七話 人類変革は、一つの工場から始まった

匿名シビック政治チャンネルの配信画面に、見慣れた男が映った。

 今回は、モザイクがない。

 音声処理もない。

 表示名も、匿名知事ではなかった。

【福野県知事 小泉純也】

 コメント欄が、一瞬で流れた。

「え、本当に出た」
「匿名知事って小泉だったのか」
「顔出しで来るのかよ」
「福野県、動くのか?」
「政治家がGVS使う時代か」

 私は、画面の横でその様子を見ていた。

 前回、小泉は匿名だった。

 県名も伏せていた。

 声も変えていた。

 だが、今日は違う。

 小泉純也は、福野県知事として、正面からカメラを見ていた。

「福野県知事の小泉純也です」

 小泉は、落ち着いた声で言った。

「前回、私は匿名知事として、このチャンネルに参加しました」

 コメント欄がまた流れる。

 小泉は、それを見て少しだけ笑った。

「その時、私はGVSの合論を見ました。若者が県外へ出ていく理由。地元企業が抱える不安。県外に出た人の本音。親世代の迷い。そして、それらが実行案と要請に変わっていく様子を見ました」

 小泉の声には、もう迷いはなかった。

「私は決めました」

 画面の空気が変わった。

「福野県は、シビックドライブで地方再生を進めます」

 コメント欄が一気に加速した。

「言い切った」
「すごい」
「県政でやるのか」
「大丈夫か?」
「これは荒れるぞ」

 小泉は続けた。

「給料で東京に勝つつもりはありません。派手さで京都に勝つつもりもありません。福野県が目指すのは、県民が自分たちの県を作っていると実感できる政治です」

 私は、思わず小泉を見た。

 その言葉は、前回の小泉とは違っていた。

 匿名の画面越しに、慎重にGVSを見ていた知事ではない。

 もう、自分の言葉にしている。

「若者が県外へ出ていく理由は、仕事がないからだけではありません。娯楽が少ないからだけでもありません」

 小泉は、そこで少し間を置いた。

「既存の仕組みに、歯車のようにはめ込まれると感じるからです」

 コメントの流れが、少し止まったように見えた。

「会社が決めた働き方に入るだけ。行政が決めたイベントを見るだけ。地域の古い人間関係に従うだけ。自分がこの県を作っているという実感がない」

 小泉は、まっすぐカメラを見た。

「それでは、若者は出ていきます」

 私は、静かに息を吐いた。

 これは、ただの若者定着政策ではない。

 県政そのものの見方を変えようとしている。

「だから福野県は、まず一点に絞ります」

 小泉の後ろのモニターに文字が出た。

【第一モデルケース:若者の県内定着】

「最初から、県全体を変えるとは言いません。高齢者、商店街、観光、交通、防災、子育て、すべてを一度にGVS化することはできません」

 小泉は言った。

「まずは、若者の県内定着です」

 モニターの表示が切り替わる。

【仕事はある。でも、若者が残らない】

「福野県には働き口があります。工場もあります。地元産業もあります。だが、若者がそこに未来を見られない」

 小泉は、そこで少しだけ声を強めた。

「ならば、若者が歯車として入る職場ではなく、若者自身が作り変えられる職場にする」

 コメント欄に「それだ」「わかる」「工場でそれできるのか?」と流れる。

「このモデルケースが成功すれば、次は高齢者、ベテラン社員、地域住民、商店街、県内イベントへ広げます。最終的には、福野県のあらゆる活動を、GVSコミュニティモードで県民と一緒に決められるようにします」

 私は、小泉に視線を向けた。

 かなり踏み込んだ発言だった。

 だが、小泉は止まらない。

「県民が、自分の県の主役になる。その第一歩を、今日ここから始めます」

 その時、別のモニターに映像が割り込んだ。

 田中丸栄だった。

 年老いた顔に、いつもの不機嫌そうな笑みを浮かべている。

「小泉君」

「田中先生。本日はありがとうございます」

「君は、ずいぶん大きく出たな」

 田中が言うと、コメント欄が少し沸いた。

 小泉は笑わずに答えた。

「福野県には、必要なことです」

「よろしい」

 田中は短く言った。

「GVSは魔法ではない。シビックドライブも、知事の責任を肩代わりしてはくれない。最後に決めるのは君だ。責任を取るのも君だ」

「承知しています」

「ならば、やりなさい」

 田中は、少しだけ目を細めた。

「苦しんでいる知事がやらなければ、地方政治は変わらん」

 それだけ言って、田中の映像は消えた。

 短い登場だった。

 だが、重みは十分だった。

 小泉は、改めてカメラを見た。

「では、本題に入ります」

 モニターに、前回のGVS合論から抽出された改革案が表示された。

【福野県・若者定着モデル案】

一、工場内ラジオ・選曲改革
二、巡回カウンセラーの導入
三、工場内GVSボードの設置
四、工場インフルエンサー職の新設
五、工場改革チャンネルでの公開放送

 コメント欄がざわつく。

「工場インフルエンサー?」
「ラジオはいい」
「カウンセラー巡回は強い」
「GVSボードって何?」
「工場をメディア化するのか」

 小泉は、ひとつずつ読み上げた。

「まず、工場内ラジオ・選曲改革です。作業に支障のないエリアでは、社員や県民が選んだ音声コンテンツを流します。地元出身者のラジオ、人気配信者の番組、工場内限定の改善報告、若手社員の声も扱います」

 画面に、工場内のイメージ映像が流れる。

 機械音の中、休憩スペースに小さなスピーカー。

 若手社員がスマホでリクエストを送る。

 ベテランが眉をひそめる。

 その様子を、GVSボードが拾っている。

「次に、巡回カウンセラーです」

 小泉は続けた。

「相談室に行ってください、ではありません。カウンセラーがエリアごとに巡回します。新人が黙って固まっている。先輩が指導で苛立っている。班の空気が悪い。そういう時に、少しだけ割って入る」

 映像には、作業場を歩くカウンセラーが映る。

 怒鳴り声になりかけた場面で、柔らかく声をかける。

「ちょっといいですか」

 ただ注意するのではない。

 不満を聞き、GVSの画面に変換する。

【不満】
教え方が雑すぎる。

【実行案】
私は、新人が最初につまずく作業をリスト化します。

【要請】
もしよければ、先輩社員の方は、最初に覚えるべき作業を順番に整理していただけませんか?

 小泉は言った。

「三つ目は、工場内GVSボードです。愚痴を禁止するのではなく、愚痴を実行案と要請に変えます」

 さらに映像が切り替わる。

 休憩室に設置されたモニター。

 社員が匿名で不満を入れる。

 AIが実行案に変換する。

 カウンセラーが確認する。

 外部ナビゲーターが拾う。

「四つ目は、工場インフルエンサー職です」

 コメント欄が一気に加速した。

「来た」
「これは面白い」
「やりたい人いるだろ」
「工場でインフルエンサー?」

 小泉は、少しだけ楽しそうに言った。

「希望者は、通常業務に加えて、撮影時には工場の発信担当として参加できます。もちろん、特別手当を付けます」

 映像には、作業着姿の若者がカメラの前で話す場面が映る。

「今日は、眼鏡フレームの研磨工程を紹介します」

 別のカットでは、ベテラン社員が照れながら技術を見せている。

 若手がそれを撮影している。

 ただの職場紹介ではない。

 県の仕事を、県民が語る映像だった。

「五つ目は、工場改革チャンネルでの公開放送です」

 小泉は、カメラに向かって言った。

「今回の一連の改革は、匿名シビック政治チャンネル内の企画として放送します。良い部分だけを見せるつもりはありません。つらい部分、対立、失敗も含めて公開します」

 私は、小泉の横で少しだけ頷いた。

 ここまで踏み込むなら、ただの求人改善では終わらない。

 工場が、県政の舞台になる。

 すると、小泉が唐突に言った。

「機会があれば、ぜひシビックドライブ第一人者のレオ・グラント氏も福野県にお招きしたいですね」

 私は、思わず顔をしかめた。

「小泉知事。彼は第一人者ではありません」

 小泉は、平然と返した。

「私の認識では、彼が第一人者です」

「彼は資金調達と発信の第一人者です。シビックドライブそのものの第一人者ではありません」

「県政には、発信力と資金調達力も必要です」

 コメント欄がざわつく。

「レオ呼ぶのか」
「白瀬嫌そう」
「でも金引っ張るならレオだろ」
「第一人者は荒れる」
「実績なら確かにレオ」

 私は、少しだけ言葉を選んだ。

「……その点については、また別の機会に議論しましょう」

「ええ。ぜひGVSで」

 小泉は、そう言って笑った。

 完全に調子に乗っている。

 だが、嫌な調子の乗り方ではなかった。

 県を動かすためなら、人も金も注目も使う。

 それが政治家なのだろう。

「では、次に進みます」

 小泉は、再び真顔になった。

「この五つの改革案を、まず一つの工場で試します」

 モニターに新しい画面が表示された。

【福野県GVSコミュニティモード】

「今回は、県民限定GVSコミュニティモードを使います」

 私は口を開いた。

「通常GVSで広く意見を集める方法もあります。県外の出身者、外部ナビゲーター、専門家も参加できます」

「分かっています」

 小泉はすぐに答えた。

「ですが、今回は県民限定で行います」

「理由を聞いても?」

「これは福野県の県政です。最初の責任は、県民と私たちで持ちたい」

 小泉は、はっきり言った。

「ログは全世界に公開します。県外の方にも見ていただきたい。しかし、書き込みは福野県民に限定します」

 私は、何も言わなかった。

 シビックドライブは開かれた参加を重視する。

 だが、小泉の言い分も分かる。

 県政を動かす最初の一歩を、外部の熱狂だけで決めるわけにはいかない。

「このGVSルームは、私の名義で作成します。ただし、私は一人のドライバーとして合論には参加しません。ルーム作成と要請は知事名義で行い、実際の進行は県職員とシビックナビゲーターが担当します」

 小泉は一呼吸置いた。

「政治家がルームを作る場合、本人が希望すれば実名・顔出しで要請を出せます。しかし、合論に参加する場合は、他の参加者と同じく匿名の一ドライバーになります」

 説明は短かった。

 それで十分だった。

 モニターに、新しいテーマが表示された。

【福野県民限定GVS】
若者定着モデルを最初に実施する工場を選んでください

【実行案】
福野県は、GVSで出た若者定着モデルをもとに、最初の工場改革を実施します。工場内ラジオ、巡回カウンセラー、工場内GVSボード、工場インフルエンサー職、工場改革チャンネルを試験導入します。

【要請】
もしよければ、改革対象にふさわしい工場を推薦してください。推薦する方は、その工場を選ぶ理由、自分が協力できること、工場側・若者側・県に求めたいことを具体的に出していただけませんか?

 送信。

 県民限定の参加枠が開いた。

 しばらくして、推薦が集まり始めた。

【実行案】
私は、鯖川フレーム製作所を推薦します。自分はこの工場で働いており、若手がつまずきやすい作業、休憩室の使いづらさ、指導方法の課題について実践ログを出せます。

【要請】
もしよければ、同じ工場で働く方、元従業員、応募を迷っている若者は、守りたい点と変えてほしい点を共有していただけませんか?

【応答/実行案】
私は、県外に出た元従業員として、辞めた理由と、もし戻るなら必要な条件を整理します。

【要請】
もしよければ、工場側には、退職者の声を責めずに聞く場を作っていただけませんか?

 別の候補も上がった。

 電子部品工場。

 繊維工場。

 食品加工会社。

 部品検査の会社。

 それぞれに実行案と要請がついている。

 単なる人気投票ではない。

 誰が何を協力できるのか。

 何を変えたいのか。

 何を守りたいのか。

 その材料が出てくる。

 小泉は画面を見つめていた。

「投票数だけでは決めません」

 小泉は言った。

「改革に必要な材料があるか。現場から協力者が出ているか。若者側の関心があるか。県として支援できるか。横展開できるか。それらを見ます」

 AI要約が表示された。

【有力候補】
鯖川フレーム製作所

【選定理由】
・現役社員から実践ログ提供の申し出あり
・元従業員から退職理由整理の申し出あり
・若者側から応募前確認項目の提出あり
・眼鏡フレーム産業として福野県らしさがある
・工場インフルエンサー職との相性が高い
・成功すれば同業他社へ横展開可能

 小泉は、その名前を見つめた。

 鯖川フレーム製作所。

 地味な工場だった。

 だが、福野県を支えてきた仕事の一つだった。

「ここから始めましょう」

 小泉は言った。

「福野県最初のシビックドライブ工場改革は、鯖川フレーム製作所で行います」

 コメント欄が大きく動いた。

 現場の社員らしきアカウント。

 県外に出た若者。

 地元高校生。

 シビックナビゲーター。

 それぞれが反応している。

 私は、その光景を見ながら思った。

 これは、単なる工場改革ではない。

 若者を県に縛りつける政策でもない。

 県民が、自分たちの県を作る側に回るための最初の実験だ。

 福野県は、東京より稼げる県にはならないかもしれない。

 京都より華やかな県にもならないかもしれない。

 だが、自分が県の主役になれる県にはなれるかもしれない。

 その可能性だけで、人は少しだけ立ち止まる。

 出ていくだけだった若者が、振り返る。

 工場しかないと思っていた場所が、県を作る舞台に変わる。

 小泉は、カメラの前で静かに頭を下げた。

「福野県は、ここから始めます」

 画面の奥で、要請が動いていた。

 そして、応答事業が立ち上がっていく音がした。

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