MENU

【シーズン2最終話】第三十一話 お金は手に入った。だが何かが違う。

レオ・グラントが帰る頃、シェア村のYouTubeチャンネル登録者は三十万人を超えていた。

 動画の再生数は、十万回を普通に超えるようになった。

 共同食のレシピ動画が伸びた。
 生活継続・収益化確認表の解説動画が伸びた。
 GVS初心者講座が伸びた。
 親子参加者向けの匿名生活ログが伸びた。
 俺の「手元三万円のシルバー」シリーズまで、なぜか伸びた。

 最悪だ。

 いや、ありがたい。

 ありがたいのだが、最悪でもある。

 シェア村グッズも作られた。

 ロゴ入りのマグカップ。
 GVSノート。
 段ボールカウンセラー型の小物入れ。
 生活継続・収益化確認表テンプレ。
 共同食レシピ集。
 GVS初心者向け講座。
 SNSナビゲーター入門講座。

 企業案件も来るようになった。

 食材会社。
 動画編集ツール。
 AI音声サービス。
 家計簿アプリ。
 地方移住メディア。
 副業スクール。
 共同生活向け家具メーカー。

 金は動いた。

 たしかに、金は動いた。

 GVS部報酬も増えた。
 SNSナビゲーター部の分配も増えた。
 動画収益の一部も入った。
 企業案件の監修報酬も、少しだけ入った。

 俺の月収は、最初の頃とは比べものにならないほど増えていた。

 手元三万円でシェア村に来た男が、生活費を心配せずに飯を食えるようになった。

 その意味では、成功だった。

 お金が欲しい。

 どうしたらいいんだ。

 その問いに、俺はひとつの答えを出したのかもしれない。

 だが、俺は今、布団の上で倒れていた。

 全身が痛い。

 肩も痛い。
 腰も痛い。
 右腕も痛い。
 顔も少し腫れている。

 金は手に入った。

 でも、これは何なんだ。

目次

レオの撮影は過酷すぎた

 レオ・グラントの撮影は、めちゃくちゃだった。

 最初は、シェア村の勉強会だけだったはずだ。

 SNS発信。
 資金調達。
 生活ログの見せ方。
 動画タイトルの作り方。
 企業案件の受け方。

 そういう話を聞く予定だった。

 だが、レオはすぐに言った。

「座って話すな。動け。生活は動いてるんだろ、ブラザー」

 その結果、俺は共同食の厨房に放り込まれた。

 料理部の手伝いをしながら、生活継続・収益化確認表を説明する。

 何を言っているのか分からない。

 次の日は、グラウンドの仮設住宅前で撮影した。

 その次は、親子エリアの撮影禁止ラインぎりぎりで、匿名化ルールの説明をさせられた。

 さらに次は、近くの山に連れていかれた。

「生活再建サバイバルだ!」

 レオは、そう言った。

「シェア村と何の関係があるんだよ」

「関係? あるさ。金がないなら、自然と仲良くなれ。最高のメッセージだ」

「適当すぎるだろ」

 その動画は伸びた。

 最悪だ。

 別の日には、海に連れていかれた。

 沖合に出た小さな船の上で、レオは笑っていた。

「ブラザー、人生は波だ! 金も波だ! 流されるな、乗れ!」

「普通に流されそうなんだが!」

 実際、少し流された。

 スタッフが助けてくれなかったら、普通に危なかった。

 シェア村と何の関係があるのか、今でも分からない。

 その動画も伸びた。

 さらに、最後にはなぜかレオと殴り合う羽目になった。

 体育館に簡易リングが作られた。

 防具はあった。
 安全確認もあった。
 生活ナビゲーターも、医療担当もいた。

 だが、向こうは屈強なアメリカ人。

 こっちは小柄な日本人。

 しかも俺は、格闘家ではない。

 手元三万円だったシルバーGVSプレイヤーだ。

「こんなのいじめだろ!」

 俺が叫ぶと、レオは笑った。

「いいねえ! その台詞、使えるぜ!」

 結果は、当たり前だが俺の惨敗だった。

 めちゃくちゃに殴られた。

 もちろん手加減はされていたらしい。

 らしいが、痛いものは痛い。

 俺はリングの上で倒れながら思った。

 俺は生活再建をしたかっただけだ。

 なぜ、アメリカのゴールドGVSプレイヤーと殴り合っているんだ。

 その動画は、シェア村チャンネル史上最高再生数を記録した。

 引退したい。

 本気でそう思った。

レオが帰った

 ようやくレオが帰る日が来た。

 校門の前には、また人が集まっていた。

 事業部。
 SNSナビゲーター部。
 GVS部。
 コミュニケーション部。
 料理部。
 親子エリアの一部。
 高齢参加者。
 体調不良者向けの低負荷活動メンバー。

 みんな、複雑な顔をしていた。

 レオは最悪だった。

 だが、金は動いた。

 レオは失礼だった。

 だが、注目は集まった。

 レオはシェア村をドル箱呼ばわりした。

 だが、そのドル箱によって、シェア村の予算は増えた。

 誰も、どういう顔をして送り出せばいいのか分からなかった。

 レオは、相変わらず派手な服を着ていた。

「ジャパンのタートルベイビーズ! いい村だったぜ!」

 生活ナビゲーターが、すぐに咳払いした。

 レオは笑った。

「OK、OK。言い直す」

 そして、妙に丁寧な日本語で言った。

「シェア村の皆さん。最高の撮れ高をありがとう」

「結局それかよ」

 俺が言うと、レオはこっちを見た。

「おい、ミスターシルバー」

「何ですか」

「またコラボ撮影しようぜ」

「二度と嫌です」

 レオは大笑いした。

「いいねえ。嫌がる顔が本当にいい」

「帰れ」

「帰るさ」

 レオは車に乗り込む前に、校舎を見上げた。

「ここは、まだ伸びる」

 今度は、ドル箱とは言わなかった。

 だが、意味はだいたい同じだろう。

 車が走り出す。

 俺は、ようやく息を吐いた。

 終わった。

 やっと終わった。

 そう思った。

 だが、終わっていなかった。

黒瀬が戻ってきた

 レオが帰った翌日。

 旧校門の前に、見覚えのある男が立っていた。

 黒瀬迅だった。

 俺は、しばらく言葉を失った。

 どの面下げて戻ってきたんだ。

 本気でそう言いたかった。

 だが、黒瀬の方が先に口を開いた。

「佐倉さん。お久しぶりです」

「……お久しぶりです」

「ずいぶん活躍されたようですね」

「おかげさまで、全身痛いです」

「動画は拝見しました。特に、レオ氏に殴られる回は良かった」

「最悪な感想ですね」

 黒瀬は、相変わらず丁寧だった。

 丁寧で、嫌な感じだった。

「それで、何しに来たんですか」

 俺が聞くと、黒瀬は少しだけ首を傾けた。

「あなた方も、私に戻ってきてほしいと散々要請していたじゃないですか」

「……それは」

「だから戻ってきたのです」

 黒瀬は、悪びれずに言った。

「要請に応答した。シビックドライブとしては、むしろ模範的では?」

 こいつ。

 本当に嫌な奴だ。

「そういうところですよ」

「何がですか?」

「GVSを盾にしているところです」

 黒瀬は、一瞬だけ黙った。

 だが、すぐに表情を戻した。

「盾でも、ないよりはましです」

「え?」

「外に出て分かりました。盾のない場所では、人はもっと簡単に切られます」

 俺は、少しだけ言葉に詰まった。

 黒瀬は続けた。

「それで、お願いがあります」

「嫌な予感しかしません」

「レオ・グラント氏を紹介していただけませんか」

「は?」

「あなたは、彼とコラボ撮影までした。一定の関係性はあるでしょう」

「殴られただけです」

「それも関係性です」

「違うだろ」

 黒瀬は、真面目な顔で言った。

「私は、彼に聞きたいことがあります」

 俺は、本気で断りたかった。

 だが、黒瀬はシェア村に戻ってきた。
 しかも、条件付きではあるが、再参加要請が処理されている。

 俺が個人的に嫌いだからといって、全部を遮断するわけにもいかない。

 俺は、ため息をついた。

「分かりました。連絡だけはします」

「ありがとうございます」

「期待しないでくださいよ」

「ええ。期待はしています」

「聞いてました?」

 そして、なぜかレオはすぐに返事をした。

【LEO GRANT】
Kurose?
Interesting monkey.
Let’s talk.

「何だこの返信」

 俺は、端末を見て嫌な予感しかしなかった。

 通話は、シェア村の配信室で行われた。

 画面の向こうに、レオがいた。

 サングラスをかけている。
 なぜ室内でサングラスをかけているのか分からない。

 黒瀬は、画面の前に座った。

 俺は横にいた。

 通訳もいたが、レオはほとんど日本語で話した。

「ヘイ、ミスター黒瀬。戻ってきたんだって?」

「ええ」

「どの面下げて?」

 俺は、思わず吹き出しかけた。

 黒瀬は、表情を崩さなかった。

「要請に応答しただけです」

「HAHAHA! いいねえ。嫌な奴だ」

 レオは楽しそうに笑った。

 黒瀬は、少しだけ眉を動かした。

「レオさん。私は、あなたに聞きたいことがあります」

「何だい?」

「どうすれば、あなたのように成功できますか」

 レオの笑みが、少し深くなった。

 黒瀬は続けた。

「私には才能があります。資料も作れる。金持ちとのコネもある。事業の匂いも分かる。ですが、運がなかった。周囲の連中も、足を引っ張るばかりだった」

 俺は、横で頭を抱えた。

 こいつ、よくそれを本人の前で言えるな。

 レオは、しばらく黙っていた。

 それから、大きく笑った。

「HAHAHA!」

 嫌な予感がした。

「お前は猿だよ」

 空気が止まった。

 黒瀬の顔が、初めてはっきり変わった。

「……何ですって?」

「猿だ」

 レオは、楽しそうに繰り返した。

「ちょっと待て」

 俺は割り込んだ。

「ふざけるな。いくら何でも言いすぎだろ」

 レオは、俺を見た。

「勘違いするなよ、ミスターシルバー」

「何がだよ」

「俺だって猿さ」

 レオは、自分の胸を指した。

「猿回しの猿ってことだ」

「猿回し?」

「アンダスタン?」

「分かるか」

 黒瀬は黙っていた。

 レオは、楽しそうに続けた。

「俺から言えることはこれだけだぜ」

「それだけですか」

 黒瀬の声は、少し低かった。

「そうさ。お前は猿だ。俺も猿だ。ミスターシルバーも猿だ」

「俺もかよ」

「もちろん」

 レオは笑った。

「踊れない猿は、客に石を投げられる。踊れる猿は、拍手される。だが、猿だけじゃ芸にならない」

 そこでレオは、急に話を切った。

「Hey、ミスターシルバー」

「何ですか」

「またコラボ撮影しようぜ」

「しません」

「HAHAHA! いい返しだ」

 それだけ言うと、レオは通話を切った。

 黒瀬は、しばらく画面を見つめていた。

「……どういう意味だ」

 黒瀬が呟いた。

 俺にも、すぐには分からなかった。

 だが、少し考えて、ようやく分かってきた。

 猿回し。

 猿だけでは芸にならない。

 レオが言いたかったのは、たぶんこういうことだ。

 俺たちは、しょせんシビックドライブという土台がないと何もできない。

 GVSがある。
 シェア村がある。
 シビックファンドがある。
 支援者がいる。
 視聴者がいる。
 住民がいる。
 生活ログがある。
 揉め事がある。
 要請がある。

 その場があって初めて、俺たちは踊れる。

 レオは、自分が猿であることを分かっている。

 分かったうえで、派手に踊っている。

 黒瀬は、自分だけで踊れると思っていた。

 たぶん、そこが違う。

 黒瀬は、何も言わなかった。

 ただ、画面が消えた後の黒いモニターを見つめていた。

お金は手に入った

 シェア村は、変わった。

 YouTubeチャンネルは伸びた。
 企業案件も来た。
 グッズも売れた。
 生活継続・収益化確認表も広まった。
 シェア村の名前は、外部のGVSでも何度も取り上げられるようになった。

 俺の収入も増えた。

 手元三万円で震えていた頃とは違う。

 今は、来月の食費を心配して眠れないということはない。

 急な出費が来ても、すぐに終わりではない。

 金は手に入った。

 たしかに、俺は稼げるようになった。

 でも、何かが違う。

 俺が欲しかったのは、ただ安心したかっただけだった。

 生活できるか知りたかった。
 副業で少し稼ぎたかった。
 誰かと一緒に、金の不安を減らしたかった。

 それがいつの間にか、動画になった。
 企画になった。
 企業案件になった。
 殴り合いになった。
 海に流されかけた。
 レオにタートルベイビーと呼ばれた。

 これが、本当にシビックドライブなのか。

 俺が最初に思っていたものとは、だいぶ違う。

 黒瀬は、稼げないなら黙っていろと言った。

 レオは、黙っているなら見せろと言った。

 どちらも最悪だ。

 でも、どちらも金を動かした。

 俺は、その間で、自分の見せ方を決めなければならなかった。

 何を出すか。
 何を隠すか。
 誰と組むか。
 どこまで笑いにするか。
 どこから拒否するか。

 お金が欲しい。

 どうしたらいいんだ。

 その問いに、俺はシェア村でひとつの答えを得た。

 人とつながれ。
 不安を言葉にしろ。
 提案と要請に変えろ。
 見せ方を決めろ。
 金を動かせ。
 そして、動いた金に飲まれるな。

 俺はまだ、その最後がうまくできていない。

 だから、俺の物語はここで終わりじゃない。

 いつかまた、詳しいシェア村の話を語る日も来るだろう。

 ただ、今は少し休みたい。

 全身が痛い。

 次にレオから連絡が来たら、絶対に既読をつけない。

 たぶん、つけてしまう気もするけど。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次