
黒瀬迅は、シェア村を福祉施設だと思ったことはなかった
黒瀬迅は、シェア村を福祉施設だと思ったことは一度もなかった。
ここは、成り上がるための場所だ。
金を作るための場所だ。
生活に困った人間を集め、GVSで要請を可視化し、SNSで発信し、支援者と企業から資金を引っ張る。
黒瀬には、それが事業に見えた。
廃校。
共同生活。
生活再建。
副業訓練。
GVS。
動画発信。
シビックファンド。
どれも単体では弱い。
だが、組み合わせれば強い。
手元三万円の参加者が、シェア村で生活を立て直す。
子供を連れた親が、見守りシフトと在宅副業で収入を作る。
借金を抱えた人間が、返済ログを匿名化して同じ境遇の人に届ける。
体調に波がある人間が、低負荷作業で活動評価を得る。
支援者は、そういう物語に金を出す。
企業は、そこに広告価値を見る。
投資家は、再現性を見たがる。
ならば、作ればいい。
生活再建の物語を。
数字で見える成功例を。
支援者が納得できる資料を。
寄付したくなる映像を。
広告を入れたくなるコンテンツを。
黒瀬は、そう考えていた。
成功とは、金を稼ぐことだ。
夢でも、理念でも、善意でもない。
金を作れる者が、場を動かす。
金を作れる者が、発言権を持つ。
金を作れる者が、最後に残る。
黒瀬迅は、自分がそちら側の人間だと信じていた。
佐倉悠斗は使える
黒瀬が佐倉悠斗に目をつけたのは、第二合論の時だった。
佐倉悠斗。
手元資金、約三万円。
月の見込み収入、約六万円。
GVS部とSNSナビゲーター部に所属。
料理部、清掃部、協力的コミュニケーション研究部にも所属。
シルバーGVSプレイヤー。
生活再建中。
黒瀬から見れば、かなり良い素材だった。
生活に困っている。
だが、言葉は出る。
GVSも使える。
不満をテーマにできる。
リアルGVSでも、不満を要請に戻せる。
ただの困窮者ではない。
ただのGVSオタクでもない。
生活再建側にいながら、発信に耐えられるだけの言語化能力がある。
黒瀬は、第二十八話のリアルGVSで、それを確信した。
親子支援の話になり、空気が重くなった時。
単身者側の不満が出た時。
借金や公開範囲の話で場が止まりかけた時。
佐倉は、言葉を拾った。
親子支援が邪魔だ、ではなく、単身者支援も見える化してほしい。
借金額を出したくない、ではなく、幅入力と非公開欄を分けてほしい。
生活ログを売り物にするな、ではなく、同意・匿名化・収益分配・公開停止ルールを作ってほしい。
見事だった。
本人は、自分が何をしているのか分かっていないようだった。
金のためにコミュニケーション部へ入っただけだと、顔に書いてあった。
だが、それでいい。
自覚のない人材ほど使いやすい。
自分が価値を持っていることに気づいていない人間は、正しく見せれば伸びる。
佐倉悠斗は、シェア村のモデルケースになる。
手元三万円から、GVSとSNSで収益化へ進む男。
顔出しなし。
声出しなし。
匿名ログ。
生活継続・収益化確認表。
リアルGVSの補助。
事業部との共同発信。
黒瀬は思った。
これは、金になる。
もちろん、本人にそうは言わない。
表では、こう言う。
「あなたのケースは、多くの初期参加者の役に立ちます」
「公開範囲は一緒に決めましょう」
「生活再建モデルとして、かなり重要な軸になります」
嘘ではない。
役に立つのは事実だ。
ただ、役に立つものは金にもなる。
それだけの話だった。
シェア村は、思ったより遅かった
最初、黒瀬はシェア村に期待していた。
ここには素材がある。
生活の不安。
共同生活の衝突。
副業の失敗。
情報商材への不信。
子育ての負担。
高齢者の孤独。
体調不良者の代替活動。
GVS初心者の戸惑い。
すべて、発信できる。
すべて、資料化できる。
すべて、支援者に見せられる。
シェア村は、成功する可能性があった。
ただし、速く動けば、だ。
ところが、現実は違った。
GVSは、何度も生活の不満に戻った。
共同食の量が足りない。
白米を出すかどうか。
子供の夜泣き。
親子エリアの見守りシフト。
洗濯機の順番。
高齢者の通院サポート。
体調不良時の代替活動。
騒音。
部屋割り。
支援金条件。
料理部の負担。
清掃部の欠席。
借金返済の非公開欄。
公開停止ルール。
子供の撮影可否。
どれも必要なのだろう。
それは分かる。
子供がいるなら、見守りは必要だ。
高齢者がいるなら、通院支援は必要だ。
体調不良者がいるなら、代替活動は必要だ。
共同生活なら、飯や騒音や掃除でも揉める。
分かる。
分かるが、それで金は増えるのか。
GVSのルームを開くたび、黒瀬は舌打ちしたくなった。
また子育てか。
また飯か。
また体調不良か。
また支援金か。
事業化の話は、すぐに埋もれた。
動画化の話は、同意と匿名化の話に変わった。
追加予算の話は、子育て支援と単身者支援の配分に変わった。
副業計画の話は、体調が悪い日はどうするかという話に変わった。
遅い。
あまりにも遅い。
黒瀬は、何度もそう思った。
事業部の不満
事業部の作業室は、旧PC室を改装した場所にあった。
黒瀬たちはそこで、動画案、予算要請書、外部支援者向け資料を作っていた。
その日も、三人ほどが集まっていた。
「また親子エリアの話ですよ」
ひとりが言った。
名前は覚えている。
だが、黒瀬の中では、まだ使えるかどうか分からない人間だった。
「見守りシフト、学用品、子供の発熱時の代替活動。大事なのは分かりますけど、いつまでやるんですかね」
別の男が苦笑した。
「共同食の動画を出す話も、子供が映るかどうかで止まってますよね」
「そりゃ止まりますよ。子供を撮るな、顔を隠せ、声も変えろ、学校も分からないようにしろ。そこまでやったら何が残るんですか」
「生活感は残ります」
黒瀬は、資料を見たまま言った。
「顔がなくても、数字と構成で見せられます」
「黒瀬さんはそう言いますけど、スピードが落ちすぎです」
その言葉に、黒瀬は顔を上げた。
それは、その通りだった。
スピードが落ちている。
ただし、それをそのまま言うわけにはいかない。
ここはシェア村だ。
シビックドライブの実験場だ。
子育て部、高齢者、体調不良者、生活ギリギリ組。
彼らを邪魔だと言えば、そこで終わる。
言葉を選ばなければならない。
「事業化テーマと生活支援テーマを分けるべきです」
黒瀬は言った。
「予算配分も見える化する必要があります。事業化に使う予算と、生活支援に使う予算が混ざりすぎている」
「でも、それ合論に出したら丸められますよ」
ひとりが言った。
「親子にも配慮しましょう。高齢者にも配慮しましょう。体調不良者にも配慮しましょう。単身者も不安です。全部入れましょう。そうなって終わりです」
黒瀬は黙った。
その通りだった。
GVSは、言葉を整える。
不満を要請にする。
対立を、配分の見える化へ変える。
それは美しい。
だが、美しいだけでは、事業は進まない。
「稼げる活動に、予算と人を集中させる必要があります」
黒瀬は言った。
「まず金を作る。支援は、その後でも広げられる」
「でも、それを言うと悪者になりますよ」
「だから、言い方を考えるんです」
黒瀬は、端末を閉じた。
その時、佐倉悠斗の顔が浮かんだ。
生活再建側にいながら、GVSを使える男。
リアルGVSで、親子支援と単身者支援の対立を整えた男。
あの男なら、分かるかもしれない。
いや、分からせる必要がある。
黒瀬はそう考えた。
佐倉悠斗を引き込む
黒瀬は、佐倉を旧理科室横の廊下に呼び出した。
夜だった。
親子エリアの方から、子供の声が遠く聞こえていた。
佐倉は、少し警戒した顔で来た。
「何ですか」
「少し相談したいことがあります」
黒瀬は、いつものように丁寧に言った。
「RoomA-1さん……いえ、佐倉さん。あなたは分かっているはずです。生活不安を解決するには、まず金を作る必要がある」
佐倉は、すぐに否定しなかった。
「それは分かります。俺も金が欲しいですし」
黒瀬は、心の中でうなずいた。
やはり、いける。
「なら、事業化を優先すべきです」
黒瀬は踏み込んだ。
「親子エリア、高齢者支援、体調不良者の代替活動。大事なのは分かります。でも、今のシェア村はそこに引っ張られすぎている」
佐倉は、少し視線を落とした。
「まあ、最近そういう話が多いとは思います」
その一言で、黒瀬は確信した。
佐倉も感じている。
金稼ぎの話が埋もれていることを。
生活不満に、事業化が飲まれていることを。
「彼らは、金を作る側ではない」
黒瀬は言った。
「支援を受ける側です。もちろん支援は必要です。でも、中心に置くべきではない」
佐倉の顔が、少し変わった。
「中心に置くべきではない、というのは?」
「稼げる人間に、予算と人員を集中させるべきだということです」
黒瀬は、ゆっくりと言った。
「その方が、最終的には全員のためになる」
これは本気だった。
金がなければ、支援は続かない。
事業が回らなければ、子育ても高齢者支援も体調不良者の代替活動も続かない。
なら、まず稼げる人間に投資する。
何が間違っているのか。
佐倉は、少し黙ってから言った。
「全員のためになるなら、合論で提案できますよね」
黒瀬は、そこで初めて言葉を止めた。
「……合論で?」
「はい」
佐倉は、思ったより落ち着いていた。
「一理ある提案です。もしよかったら、次回の合論で提案していただけませんか?」
その言葉に、黒瀬は少しだけ苛立った。
GVSの言葉だ。
提案と要請。
丁寧で、まっすぐで、逃げ場を塞ぐ言葉。
黒瀬は、笑みを作った。
「合論に出したら、遅いんですよ」
「遅い?」
「そうです。全部が丸められる。親子にも配慮しましょう。高齢者にも配慮しましょう。体調不良者にも配慮しましょう。単身者の不安も見ましょう。予算を分けましょう。全員の要請を残しましょう」
黒瀬は、少し早口になっていた。
「そんなことをしていたら、事業は進まない」
佐倉は、少しだけ眉を寄せた。
「でも、それを通さずに決めたら、シェア村じゃなくないですか?」
「シェア村を続けるために、事業が必要なんです」
「だったら、それを合論で言えばいいじゃないですか」
「言えば、俺たちが悪者になる」
言ってから、黒瀬はわずかに後悔した。
言いすぎた。
佐倉は、すぐに返した。
「悪者になるような言い方をしようとしてるからじゃないですか」
黒瀬は黙った。
腹の奥が、少し熱くなった。
この男は、分かっていない。
いや、分かっているからこそ、こう言っているのか。
「あなたも分かっているはずだ」
黒瀬は声を抑えた。
「金がない苦しさを。稼げない人間の声ばかり大きくなったら、稼ぐ人間が消える。そうなれば、支援も何も残らない」
「分かります」
佐倉は言った。
「ただ、シェア村はシビックドライブの実験場でもある。実際、俺もシビックファンドの支援金を受け取っているからここにいられるんです」
「それがどうしたというのです?」
黒瀬は、少し笑った。
「ファンドもあなたも、お互いに利益が一致した。そこに恩を感じる必要はありませんよ。我々は場所を与えられている。そこから成り上がれるかは我々次第です」
佐倉は黙っている。
黒瀬は続けた。
「しかし、現状どうだろうか。このままシェア村が成功するとは思えない。口を開けば文句ばかり言う人たちのせいでね。だったら、リソースがあるうちに、我々だけでも団結するしかない。そうではありませんか?」
「しかし、それだと取り残された稼げない人たちは……」
黒瀬は、そこで少し冷めた。
まただ。
取り残された人。
稼げない人。
支援が必要な人。
いつもそちらを見る。
佐倉は、稼ぐ側に来られると思っていた。
だが、結局はそちら側なのか。
「佐倉さん」
黒瀬は、丁寧に名前を呼んだ。
「だからあなたは、今稼げていないんです」
佐倉の表情が止まった。
「GVSなんていう無駄なものに時間を費やしてしまった。その期間、他の儲かる副業をしていれば、あなたの現状もまた違ったはずだ」
「それはそうですが」
佐倉は、少しだけ声を低くした。
「結果論だけを言うなら、そのおかげであなたは俺をコンテンツにできている」
黒瀬は、黙った。
その指摘は、当たっていた。
佐倉がGVSに時間を使ったから、佐倉はシルバーGVSプレイヤーになった。
佐倉が金にならない合論を続けたから、リアルGVSで場を整えられた。
佐倉が無駄な時間を積んだから、生活継続・収益化確認表のモデルケースになれた。
黒瀬は、その無駄を使おうとしている。
だが、それが何だというのか。
黒瀬は笑った。
「それはそうですけどね」
佐倉は、黒瀬を見ていた。
「なら、私も本音を言いましょうか?」
黒瀬は言った。
もう、言葉を選ぶのが面倒になっていた。
「私の言い分はこうです」
黒瀬は、佐倉の目を見た。
「稼げないなら、黙っていろ」
廊下が静かになった。
遠くで、子供の声がした。
佐倉は、何も言わなかった。
「言葉も出ませんか」
黒瀬は、少しだけ肩をすくめた。
「あなたには期待していました。生活再建側にいながら、GVSも使える。事業部と現場をつなげる人材だと思っていた」
佐倉は、まだ黙っていた。
「ですが、どうやら違ったようです」
「違った?」
「あなたは、稼ぐ側に来られる人だと思っていました。けれど結局、支援される側の言葉を選ぶんですね」
黒瀬は端末を閉じた。
「よろしい。では、次回からあなたは事業部の活動から外れていただいて結構です」
「それは、あなたが決めることですか?」
「少なくとも、私の案件では」
黒瀬は、淡々と答えた。
「私は忙しいので。あなたとは違って」
そう言って、黒瀬は佐倉に背を向けた。
たった二人
黒瀬が出ていくと決めた時、最初はもっと人数が集まるはずだった。
事業部の中には、不満を持つ者が多かった。
シェア村は遅い。
子育て部に引っ張られすぎている。
生活不満ばかり処理している。
もっと事業化に集中すべきだ。
そう言っていた者は、少なくなかった。
黒瀬は、最低でも十人。
うまくいけば三十人近くは動くと見ていた。
だが、現実は違った。
コミュニケーション部が動いた。
料理部も動いた。
親子エリアの参加者まで、事業部の人間に頭を下げた。
「あなたたちは、シェア村の主力です」
「どうか、一緒にシビックドライブを盛り上げていただけませんか」
「事業部がいなければ、私たちも困ります」
「もし出ていくとしても、気が向いたら戻ってきてもらえると嬉しいです」
黒瀬は、それを聞いていた。
甘い。
あまりにも甘い。
だが、その甘さに、事業部の人間たちは揺れた。
戻ってきてほしいと言われる。
必要だと言われる。
敵ではなく仲間だと言われる。
その程度で、足が止まる。
敗北者の情だ。
黒瀬はそう思った。
そして、校門の前に残ったのは、二人だけだった。
ひとりは、冷笑する男だった。
「あいつら馬鹿ですね」
男は言った。
「敗北者どもが、情に流されたんですよ。だから負け組なんです。一生あそこで、子育てだの共同食だの言ってればいい」
黒瀬は、男を見た。
言っていることは、黒瀬の本音に近い。
だが、他人の口から聞くと、妙に安っぽかった。
もうひとりは、黒瀬を見て目を輝かせていた。
「黒瀬さんだったら絶対成功できますよ」
その若い男は言った。
「自分、一生ついていきます。シェア村はくそでしたけど、黒瀬さんに会えただけで意味がありました」
黒瀬は、少しだけ気分がよくなった。
だが、同時に思った。
ろくな奴が残っていない。
それでも、黒瀬は表情に出さなかった。
いい。
人材は後から集めればいい。
金持ちとのつながりはある。
企画書も書ける。
小さな案件なら、何度も回してきた。
スポンサーへの見せ方も分かっている。
自分は、こんなところで終わる人間ではない。
シェア村で、黒瀬の事業案は評価された。
生活継続確認表も、動画化も、追加予算要請も、自分が形にした。
自分は、ここで花開いた。
そう思っていた。
その花が、GVSとシェア村という協力の土壌の上で咲いていたことに、黒瀬はまだ気づいていなかった。
校舎の向こうでは、まだ誰かが手を振っていた。
戻ってきてほしい、と言っていた。
一緒にやろう、と言っていた。
黒瀬は、振り返らなかった。
「行きましょう」
心酔する男が言った。
「はい」
黒瀬は歩き出した。
背後で、校舎の灯りが小さくなっていく。
それが、足元を照らしていた灯りだったことに、黒瀬迅はまだ気づいていなかった。
