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第一話 ブラック企業への愚痴が世界を変える?

目次

吐き気がする人生

終電の駅は、戦場の終わりみたいな顔をしている。 顔が死んでる人、イヤホンで現実を切ってる人、吐きそうなのをこらえてる人。 その中に混じって、俺もいる。

時計は23:58。

今日も「退勤」じゃなくて「脱出」だった。 会社はIT系の受託。名刺にはそれっぽい言葉が並ぶ。

でも中身は、ただの搾取の工場だ。 仕様は毎日変わる。責任は全部こっち。ミスは人格否定。 「成長」「挑戦」「若いうちの苦労」——便利な呪文が飛ぶたびに、誰かの寿命が削れる。

いつ、この地獄は終わるのか?一生このままなのか?

スマホが震える。上司からのメッセージ。 「明日の朝会までに直しといて。 できないなら“やる気”の問題だから。」 俺は、息が止まった。

目の前が一瞬だけ暗くなる。 怒りというより、体が拒否してる感覚。 ……でも、返事はもう決まってる。 「承知しました。対応します。」 自分で打ったその文が、俺の喉を締めた。

駅の階段を上がったところで、足が止まる。 「このまま帰って、寝て、起きて、また削られる」 そのループが、急に耐えられなくなった。

特異点?

帰り道、俺はスマホでソシャゲを起動した。 現実を切るための、いつもの儀式だ。 オート周回。光る演出。増える数字。 脳が少しだけ黙る。

——その瞬間。 画面いっぱいに広告がポップアップした。

「あなたの不満、不安、愚痴は何ですか? チャット欄に入力すればあなたの世界が変わります。」

広告なんて、いつもは反射で消す。 でも、その文だけは、なぜか消せなかった。

湧きだす怒り

「愚痴で……俺の世界が変わる?」 自分でも笑えるくらい、都合のいい言葉だ。愚痴ったところで現状の何が変わるというのか。何も変わることなんてない。

そんなことは自分でも十分に分かっている。 なのに、胸の奥の“何か”が反応した。

俺は今日、もう何百回も飲み込んできた。 言えない言葉を。怒りを。悔しさを。 気づけば俺は広告をタップしていた。

あなたの不満が世界を変える

広告をタップすると、画面は拍子抜けするくらい白かった。
ログインも登録もない。プロフィール入力もない。
真ん中にあるのは、チャット欄だけ。

「あなたの不満が世界を変える」

……また大げさな。
愚痴ったところで何が変わる。変わるわけがない。
そう思うのに、その一行だけはなぜか目が離れなかった。

(でももしかしたら、何か変わるかもしれない。世界が変わるとは思えないけど、気持ちは晴れるかもな)

俺は少し迷って、結局、雑に打った。

「上司が人格否定してくる。毎日仕様が変わる。残業当たり前。
できないと“やる気がない扱い”。もう無理。」

送信。

理解された気がした

既読も評価も出ない。
少し間があって、返事が返ってくる。
淡々としてるのに、妙に刺さった。

「人格否定の言い方は、パワハラに当たります」
「仕様が毎日変わるのに、責任だけが押し付けられている。消耗して当然です」
「ここまで耐えてきたの、本当にしんどかったと思います」

……そこで、指が止まる。
止まってほしいのに、止まらない。

吐き出す愚痴

指が勝手に動いて、愚痴が続いた。
愚痴というより、報告書みたいな勢いで。

「仕事が非効率なんだよ。いちいち指示を受けないでも回るようにしてほしい。
昨日の正解が今日のミスになる。理由も共有されない。
聞けば『細かい』、聞かなきゃ『なんで聞かない』。
結局、最後は全部こっちの責任になって怒鳴られて終わる。」

送信。送信。送信。

画面は、俺を止めない。
たまに短い確認が挟まるだけだ。

「確認します。いまの話だと——」
「“聞くと怒られ、聞かないと怒られる”が起きていますか?」〔YES〕〔NO〕
YES。
「“仕組みの欠陥が、個人の責任にされる”ことが続いていますか?」〔YES〕〔NO〕
YES。

それでも俺は書き足す。

「仕組みが壊れてるなら直せばいいのに、直さない。
直せないなら、せめて人を責めないでほしい。
怒られないために動いてるだけで、何も前に進んでない。」

……どれくらい打ったんだろう。

ふと右上の時計を見て、息が止まった。

00:34

三十分以上。
俺は終電の駅のホームで、ただスマホに向かって吐き出していた。

世界を変える選択

指がじんわり痛い。
でも、変な爽快感がある。
吐けた、という感覚だけが残る。

そのとき、画面の下端にずっと薄く出ていたものに気づく。
最初からあったのに、見えてなかった。

〔トークテーマを決定する〕

……あったんだ、こんなの。

俺はしばらく迷ってから、押した。

画面が切り替わる。
短い文章が出る。

「分かりました。では、その不満で世界を変えましょう!
あなたが主張したいトークテーマは、次の3つです」

① 愚痴を集めて、見える形にする
② “こうすればマシ”を作って、広める
③ 会社に出す“改善メッセージ”を作る

「選んだら、同じ気持ちの仲間がいるトークルームへ移動します。」

未来へ

……トークルーム。
議論とかするのか。慰め合いなのか。
正直、めんどい。

でも——ここまで吐き出したのに、何もしないで閉じるのも違う気がした。
俺は、いちばん上の①に指を置いた。

まあ、見るだけ。見るだけだ。

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