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Season5第二話 工場系ユーチューバー爆誕秘話

目次

これは、業務なのか

 黒川は、その投稿を見た瞬間、白瀬に連絡した。

【実行案】
自分は、パチンコ台の構造や音、振動の見方を語ることで、工場技術への関心を集められるか試します。撮影は、会社が承認した撮影業務または別契約の範囲で行い、店舗名の直接批判や射幸心を煽る表現、会社情報の漏えいは避けます。

【要請】
もし可能であれば、企業案件や協賛の可能性を外部ナビゲーターに調べてほしいです。また、会社には鯖川フレーム製作所の技術発信につながるか確認してほしいです。

「白瀬さん。すぐ来てください」

 それだけ言って、黒川は通話を切った。

 三十分後、白瀬悠真は本当にすっ飛んできた。

 息を切らしながら管理室に入ってきた白瀬は、画面を見て、しばらく黙った。

「……困りましたね」

「でしょう」

「さすがに、この要請はどうなんでしょうか」

「私もそう思います」

 白瀬は腕を組んだ。

「工場技術の発信という理屈は分かります。ですが、パチンコ撮影、企業案件、外部ナビゲーター。これはあまりにも工場内の業務から離れています」

「では却下で?」

「……それも難しいですね」

「なぜです」

「すでに第二合論候補に入っています。実行案も要請も、形だけ見れば整っています。業務時間外、店舗名批判なし、射幸心を煽らない。工場技術への関心を集める目的。筋は通っています」

「筋が通っていれば何でも通すのですか」

「通しません。だから困っています」

 黒川は、深くため息をついた。

 GVSは厄介だった。

 ただの愚痴なら、却下できる。

 ただの冗談なら、無視できる。

 だが、実行案と要請に変換され、条件まで整えられると、簡単には捨てられない。

 それがどれほど馬鹿げて見えても、誰かが応答し、実行可能性を積み上げてしまえば、仕事になる。

 黒川は画面を指した。

「これを工場の業務として扱うのですか」

「そこが問題です」

「パチンコですよ」

「パチンコですね」

「我々はフレーム製作所です」

「はい」

「パチンコ店で撮影して、企業案件を取ってこいという要請が、なぜ工場改革の合論に出てくるのですか」

 白瀬は、苦い顔をした。

「GVSらしいと言えば、GVSらしいです」

「他人事だと思って」

「いえ。本当に困っています」

「どうしますか」

「小泉知事と田中先生にお伺いを立てます」

 黒川は、白瀬を見た。

「いかにも官僚的ですね」

「私たちだけで決められる話ではありません」

「それは、その通りです。私も社長に確認します」

 白瀬は少しだけ苦笑した。

「なるほど」

「何です」

「我々は、同じ穴の狢だったようです」

「笑えませんな」

「私もです」

先生がそう言うなら

 白瀬は、県庁側のオンライン会議を開いた。

 画面には、小泉知事と田中丸栄が映った。

 白瀬が概要を説明すると、小泉は見るからに渋い顔をした。

「パチンコ、ですか」

「はい」

「行政として、積極的に支持できる話ではありませんね」

「私もそう考えています」

「若者定着モデル、工場改革、技術発信。そこまでは分かります。しかし、パチンコ店での撮影企画となると、県としては慎重にならざるを得ません」

 白瀬は、内心で少し安心した。

 当然の反応だった。

 少なくとも、小泉はまだ現実的だった。

 しかし、その安心は数秒で消えた。

 田中丸栄が、画面の向こうで身を乗り出したからだ。

「ぜひやり給え」

 小泉の顔が固まった。

「先生?」

「これこそ、日本列島シビックドライブ改造計画の華々しい業績の一つとなるだろう」

「華々しい、ですか」

「地味な地方工場の職人が、娯楽産業の機械を語り、そこから工場技術への関心を集める。実に面白い。大衆は、真面目な技術解説だけでは振り向かん。入口が必要なのだよ」

 田中は、ほとんど楽しそうだった。

「企業案件だったね?」

「まだ可能性の確認段階です」

「私が手配しておく」

「え?」

「社長にも私から話を通しておこう」

「先生、それはさすがに」

「白瀬君」

「はい」

「こういうものは、火がつく前に枠を作る。火がついてから慌てても遅い」

「しかし」

「やり給え」

 その一言を残して、田中の画面はふっと消えた。

 白瀬は、しばらく画面を見つめていた。

 小泉知事は、まだ渋い顔をしていた。

「白瀬さん」

「はい」

「私としては、今でも行政が積極的に推す話ではないと思っています」

「はい」

「ですが、田中先生がああおっしゃるなら、私から止めることはできません」

「……分かりました」

「ただし、安全管理、表現管理、店舗名の扱い、射幸心を煽らないこと。そこは必ず条件にしてください」

「承知しました」

「お任せします」

 通信が切れた。

 白瀬は、深く息を吐いた。

 お任せします。

 その言葉は、便利だった。

 便利すぎる言葉だった。

生産業であって、タレントではない

 一方、黒川は社長室にいた。

「社長、例の件ですが」

「話にならん。却下だよ」

 社長は即答した。

「そのくらい、私に聞かなくても判断してくれ」

「まあ、そうなのですが。今回は行政の顔を立てることもありまして」

「それにも限度というものがある。我々は生産業であって、タレント事務所ではない」

「おっしゃる通りです」

「パチンコ配信? 企業案件? ばかばかしい。そんなものを会社が認めたら、社員に示しがつかん」

「しかし、GVS上では技術発信の一環として――」

「GVS、GVSと何でも通ると思ったら大間違いだ」

 社長は、机を軽く叩いた。

「だいたい、その大槻という社員は何なのだ。以前から問題が多いのだろう」

「技術はあります」

「技術があれば何をしてもいいわけではない」

「それは、もちろん」

「そんな社員は、いっそ首にしたらどうなのだ」

「いや、さすがにそういうわけには」

 黒川がそう言いかけた時、社長の端末が鳴った。

 画面を見た社長の表情が変わった。

「……ちょっと待ちたまえ。先生からだ」

 社長は通話に出た。

「はい。ええ。はい。そうですか。いえ、もちろんです。分かりました」

 通話は短かった。

 社長は端末を置き、何事もなかったように黒川を見た。

「黒川君」

「なんでしょうか、社長」

「ぜひやってくれたまえ」

「何をですか」

「例のパチンコの話だよ」

 黒川は、数秒だけ黙った。

「先ほどは、話にならないと」

「状況が変わった」

「三分ほどで、ですか」

「社会は常に動いているものだ」

 社長は、急に穏やかな顔になった。

「大槻君の技術を外に発信する。工場の価値を広める。実に良い取り組みではないか」

「しかし、我々は生産業であって、タレント事務所では」

「だからこそ、君の手腕に期待している」

「社長」

「私は用事がある。これで失礼する」

 そう言って、社長は足早に部屋を出た。

 黒川は、しばらくその背中を見ていた。

 そして、ようやく気づいた。

「しまった」

 黒川は、誰もいない社長室でつぶやいた。

「あの人、責任を押し付けて逃げたな」

本当にやるのか

 管理室に戻ると、白瀬も同じような顔をしていた。

 黒川は言った。

「そちらも逃げられましたか」

「お任せします、と言われました」

「こちらは、君の手腕に期待しているぞ、です」

 二人は、しばらく黙っていた。

 そして、同時に画面を見た。

【テーマ】
パチンコ台の機械語り配信企画・実施条件

【実行案】
大槻源三は、業務時間外にパチンコ台の構造や音、振動の見方を語る短い撮影企画を試す。店舗名の直接批判、射幸心を煽る表現、会社情報の漏えいを避けるため、事前確認ルールを作る。

【要請】
外部ナビゲーターには、企業案件や協賛の可能性を調査してほしい。会社には、鯖川フレーム製作所の技術発信につながるか確認し、公開可否の判断基準を作ってほしい。

 黒川は、目を閉じた。

「本当にやるのですか」

 白瀬は、苦い顔をした。

「ここまで来ると、やらない理由を作る方が大変です」

「なんという仕組みだ」

「GVSです」

「褒めていません」

「分かっています」

 黒川は、画面を見つめた。

 大槻のただの思いつきだったはずの要請が、行政を動かし、政治家を動かし、社長を動かし、今や会社の正式な検討テーマになっていた。

 GVSは、人の文句を実行案に変える。

 それは分かっていた。

 だが、変わった実行案が、どこまで転がっていくのか。

 黒川はまだ知らなかった。

 遠くの休憩室から、大槻の声が聞こえた。

「だから言っただろうが。機械は全部つながってんだよ!」

 黒川は、額を押さえた。

「つながりすぎだ」

 白瀬が小さくうなずいた。

 画面には、新しい通知が表示されていた。

【通知】
本テーマは第二合論へ進行しました。

 黒川は、深く息を吐いた。

 もう、止まらない。

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