MENU

シビックヒーローズ 第二十四話 神の子、名を失う

二百億ドル。

 その数字は、一晩で世界中を駆け巡った。

 レオ・グラントが呼びかけた途端、全米各地で人が動いた。
 端末を掲げた若者たち。
 路上へ出た元ギャング。
 自分たちの活動を語り始めた住民たち。
 投資家や企業の前へ、暴力ではなく、要請と実績を持って集まった人々。

 そして、ヴァルデン側の投資家たちは、シビックファンドへの総額二百億ドルの資金拠出を表明した。

 ニュースは、レオを神の子と呼んだ。

 撃たれても死ななかった男。
 銃とドラッグの街を動かした男。
 今度は世界有数の投資家たちから、二百億ドルを引き出した男。

 シビックヒーローズの拠点には、朝から通知が鳴り続けていた。

 寄付。
 取材依頼。
 共同活動の要請。
 新規参加者。
 投資相談。
 自治体からの連絡。
 企業からの面談希望。

 巨大スクリーンの中央には、昨夜からずっと同じ数字が輝いている。

【シビックファンド新規拠出表明額:20,000,000,000 USD】

「見たか!」

 レオは、ソファの背に片足を乗せ、両手を広げて笑った。

「二百億ドルだぞ! 二百億! 俺が一声かけただけで、世界の財布が開いた!」

 ジェイデンは、端末を見ながら苦笑した。

「お前が一声かけただけ、って言い方はさすがに腹立つな。俺たちも相当走り回っただろ」

「俺が叫ばなきゃ、お前らが走る舞台もなかっただろ」

「はいはい。神の子様は偉い偉い」

「もっと敬意を込めろ。俺は昨日から世界で一番価値のある男だぞ」

 レオは笑いながら、別の画面を開いた。

 世界各地のトレンド欄には、彼の名前が並んでいた。

【LEO GRANT】
【CIVIC HEROES】
【20 BILLION DRIVE】
【THE CHILD OF GOD】
【WHO IS LEO GRANT?】

「見ろよ。まだ上がってる。次はどこへ行く? 銀行か? 巨大ITか? 石油王でも引っ張り出すか?」

 マヤは返事をしなかった。

 エヴァも、ノアも黙ったままだった。

 レオは、ようやく三人の空気がおかしいことに気づいた。

「何だよ。死人でも出たのか?」

「レオ」

 マヤが、低い声で言った。

「少し、話があるわ」

「報酬の話か? なら後にしろ。俺の取り分は当然――」

「違う」

 その声に、レオの笑みがわずかに止まった。

目次

訴えられる可能性

 マヤは端末を操作し、巨大スクリーンの画面を切り替えた。

 そこに表示されたのは、資金拠出額ではなかった。

【ヴァルデン・グローバル法務部 緊急検討資料】

「……何だ、これ」

「昨夜のあなたの配信と、各地で発生した集団移動について、ヴァルデン側の法務部が検討を始めた」

「検討?」

「群衆を利用した威圧によって、資金拠出を迫られたと判断される可能性がある。恐喝、強要、業務妨害、投資判断への不当な圧力。どの線で問題化するかはまだ分からないけれど、少なくとも放置はされていない」

 レオは、一瞬ぽかんとした後、笑い出した。

「馬鹿じゃねえのか?」

「レオ」

「俺は誰も殴ってねえぞ。銃も出してねえ。窓一枚割らせてねえ。店にも入るな、社員に絡むな、暴れるなって言わせただろ」

「それは記録に残っているわ」

 エヴァが静かに言った。

「あなたに有利な記録としてね」

「だったら何の問題がある」

「不利な記録も残っているからよ」

 画面に、昨夜の配信記録が表示された。

 投資家の一人が、緊張した顔で言っていた。

『君が、本当にどれほどの人を動かせるのか見せてほしい』

 その直後、レオはカメラへ向かって呼びかけた。

『聞こえてるか! お前らが本当に人生を変えたいなら、今ここで動け!』

 人々が動いた。

 企業の施設前。
 投資家の関係拠点。
 各都市の広場。
 交通網にまで影響が出る規模で、参加者たちは自分たちの活動と要請を発信し始めた。

 そして、投資家側の人間が言った。

『分かった。止めてくれ。資金については検討する』

 画面の中のレオは、笑っていた。

『止めるのは俺じゃねえ。お前たちだ』
『こいつらが動く価値を、お前らが認めればいい』

 その後、二百億ドルの拠出が決まった。

 レオは、しばらく黙ってその映像を見ていた。

「……俺は、金を出さなきゃ何かするなんて言ってねえ」

「言っていないわ」

「向こうが力を見せろって言ったんだぞ」

「それも事実よ」

「なら、俺だけが悪いみたいに言うな」

「だから、今すぐ逮捕されていないのよ」

 マヤの声には、苛立ちが混じっていた。

「投資家側があなたに人を動かす力を見せてほしいと言ったこと。あなたが暴力や破壊を指示していないこと。出資者の中に、本当にシビックドライブへ価値を感じて資金を出した人がいること。その全部があるから、今はまだ問題が止まっている」

「今はまだ?」

「ヴァルデンの法務部は、資金拠出の一時保留と、あなたへの法的対応を主張している」

 レオの顔から、笑みが消えた。

投資家の証言

 エヴァが、別の映像を表示した。

 昨夜、最初に二十億ドルの資金拠出を表明した投資家だった。
 白髪の男は、複数の記者に囲まれながら、落ち着いた声で話している。

『私は、レオ・グラント氏に脅されて資金を出したのではありません』

 記者が食い下がる。

『しかし、あなた方の会議中に多数の参加者が動き、施設周辺や関係各所へ集まりました。圧力を感じなかったのですか?』

『圧力がなかったとは申しません。彼のやり方が危険だったことも認めます』

 男は、一度言葉を切った。

『ですが、私が目にしたのは、暴徒ではありませんでした』

『彼らは窓を割らなかった。社員を襲わなかった。施設を占拠しなかった。自分たちがどこから来て、何を失い、何を始めようとしているのかを語っていた』

『銃とドラッグの街から抜け出し、別の人生を求めて動き始めた人々へ資金を出すことは、投資家として合理的な判断です』

『私は、自分の意思で資金を出しました。撤回するつもりはありません』

 その映像に続いて、別の拠出者たちの声明が映った。

『我々も同様です』
『手段の検証は必要ですが、活動への拠出判断は維持します』
『シビックドライブは、従来の慈善事業よりも直接的に人を動かしている』
『この流れへ資金を出す価値はある』

 映像が止まる。

 レオは、少しだけ口元を上げた。

「ほら見ろ。俺は間違ってねえ」

「助かっただけよ」

 エヴァの言葉に、レオが振り向く。

「助かった?」

「今回は、あなたのやり方を危険だと認めながらも、資金を出す価値があったと証言してくれる投資家がいた。だから、拠出は維持され、訴訟もまだ正式には始まっていない」

「結果が出たなら十分だろ」

「次も同じ人たちが守ってくれるとは限らない」

「次はもっと上手く――」

「次はないわ」

 マヤが、はっきりと言った。

 レオの目が細くなる。

「……何だと?」

FBIが見ている

 ノアが、ずっと黙っていた端末から目を上げた。

「レオさん。もう一つ、確認された情報があります」

「何だ」

「連邦捜査局が、昨夜の配信記録と、各地で発生した人の移動について、情報確認を始めたそうです」

「……FBI?」

 レオは初めて、すぐに言葉を返せなかった。

「現時点で、捜査対象として正式に発表されたわけではありません。拘束命令も出ていません。ただ、あなたの動員力と、それによって巨大資本の判断が変わったことについて、把握対象になった可能性が高いです」

「俺は犯罪者じゃねえぞ」

「犯罪者かどうかだけが問題ではありません」

 ノアの声は、いつもと同じように静かだった。

「あなたは、一言で全米規模の人を動かしました。武装させず、暴動も起こさせず、自発的に活動させたまま、二百億ドルの資金拠出へつなげた」

「最高の成果じゃねえか」

「国家側から見れば、簡単に逮捕できない形で巨大な圧力を生み出せる人物です」

 部屋の空気が変わった。

 レオは何も言わなかった。

 昨日までなら、国家にまで認められたと言って笑ったかもしれない。

 だが、今は違った。

 彼は知っている。

 ギャングのボスが持つ銃より、もっと大きな力が存在することを。
 自分が銃弾に耐えた英雄であっても、国家が本気で敵と見なせば、笑って済む話ではないことを。

 ジェイデンが、壁に寄りかかったまま言った。

「レオ。もうやめとけ」

「お前まで俺に指図する気か?」

「指図じゃねえ。忠告だ」

「俺は二百億ドルを持ってきたんだぞ」

「ああ。だからこそだ。お前はもう、ただの配信者でも、ただのシビッカーでもねえ。お前が動けば、街が動く。企業が動く。国まで見る」

「最高じゃねえか」

「最高で終わればな」

 ジェイデンは、笑わなかった。

「次に同じことをやったら、お前、裁判になる前に事故死として処分されるかもしれねえぞ」

「……おい」

「本気で言ってる」

「陰謀話かよ」

「俺はギャングの世界にいた。殺される奴が、どういう時に殺されるのか知ってる。金が欲しいからじゃねえ。面倒だからだ。邪魔だからだ。見せしめにした方が早いからだ」

 ジェイデンは、レオの胸元を指さした。

「お前は一回撃たれて生き残った。だが、次も奇跡が起きると思うな」

 レオは、胸の傷へ手を当てた。

 あの日、ボスに撃たれた場所。
 自分が英雄になった場所。

 しばらく沈黙が続いた。

「……冗談でも笑えねえな」

「笑わせるつもりで言ってねえよ」

 レオは舌打ちし、ソファへ深く座り込んだ。

「俺は、力を見せろって言われたから見せただけだ」

「分かってるわ」

 マヤの声が、少しだけ柔らかくなった。

「だから今回は、あなたを守る人がいる。でも、あなたがどこまで人を動かしていいのかは別の問題よ」

「……さすがに、やりすぎたか」

 レオが、低く呟いた。

 誰もすぐには返さなかった。

 神の子と呼ばれた男が、初めて自分の力に引いた瞬間だった。

資金調達から降りろ

「だから」

 マヤは、端末をテーブルへ置いた。

「しばらく、資金調達は私が担当するわ」

 レオが顔を上げる。

「は?」

「目標だった二百億ドルは達成した。あなたの役目は果たしたのよ」

「俺が出れば、まだ取れる」

「取れるでしょうね」

「だったら――」

「だから危険なのよ!」

 マヤの声が部屋に響いた。

「あなたが出れば金は動く。人も動く。メディアも動く。だけど、同じだけ法務部も政府も動く!」

「俺を隠して、どうやってこの熱を維持するんだよ」

「あなたがいなくても、ヒーローズは活動できる」

「俺が作った流れだぞ」

「あなた一人のものじゃない!」

 その言葉に、レオの表情が固まった。

 マヤは、少し息を整えてから続ける。

「あなたが最初に火をつけた。それは否定しない。あなたが撃たれてまで作った流れだということも分かってる」

「なら――」

「でも、ここから先まで全部あなたのものだと思わないで」

 レオは答えなかった。

 スクリーンには、世界各地で立ち上がった活動が表示されていた。

 食料支援を始めた若者。
 元ギャングの子どもたち向けの音楽制作ルーム。
 住民同士による夜間見守り活動。
 シビックファンドへの小口拠出。
 別の都市で生まれ始めた、新しいナビゲーターたち。

 どれも、レオが最初に動かした流れの続きだった。

 しかし、そこに映っている中心人物は、もうレオだけではなかった。

「……で?」

 レオは、低い声で言った。

「資金調達を取り上げて、俺に何をやれってんだ」

 マヤは、わずかに迷ってから言った。

「もう少し地味な活動をやって」

「地味な活動?」

「シビックドライバーでもやったら?」

 レオは、一瞬、本気で聞き間違えたような顔をした。

「俺が?」

「そうよ」

「俺に、匿名で他人の活動へ応答しろってのか?」

「現場へ直接出なくても、GVS上でできる活動はいくらでもあるわ」

「俺はシビックヒーローズのレオ・グラントだぞ」

「だから何?」

「二百億ドルを取ってきた男だぞ」

「でも、GVSプレイヤーとしての現在ランクはプラチナでしょう」

 レオの眉が動いた。

「……何が言いてえ」

「世界を動かした英雄の割に、通常活動の積み上げはまだその程度ということよ」

 ジェイデンが吹き出した。

「おい、マヤ。そいつは効くぞ」

「黙れ、ジェイデン」

「プラチナ様、顔が怖いぜ」

「殺すぞ」

「ほら、FBIが見てるぞ」

「てめえ……」

 レオは立ち上がりかけ、胸の痛みに顔を歪めて座り直した。

 ノアが、おずおずと口を開く。

「レオさんなら、ネット上の活動だけでも影響力は拡大できます」

「慰めはいらねえ」

「慰めではありません。レオさんの応答力、発信力、参加者を動かす力は、匿名活動でも十分に有効です」

「匿名で俺の価値が分かるのかよ」

「分かる人には分かると思います」

 ノアは真顔で続けた。

「たとえば、名乗らなくても、レオさんらしい強い返答や、独特の提案の仕方を続ければ、本人だと察する人はいるでしょう。そうなれば、匿名のままでも影響力を――」

「ノア!」

 マヤが即座に遮った。

「それは駄目でしょう!」

「明確なルール違反とは言えません」

「合論中の匿名性を利用して、本人だと匂わせながら人気を集めるのは十分問題よ!」

「本人が名乗らず、外部で投票誘導もせず、文章の特徴から推測されるだけなら制限は難しいです。グレーではありますが」

「グレーな案を本人の前で教えないで!」

「なるほどな」

 レオが、にやりと笑った。

「俺が名乗らなくても、連中が勝手に俺を見つけるか試せってことか」

「レオ、違う!」

「面白えじゃねえか」

 マヤが頭を抱えた。

「本当に、どうしてこうなるの……」

 エヴァは、ずっと黙ってレオを見ていた。

「レオ」

「何だ」

「決めなさい」

「何をだ」

「しばらく前線から退くか。それとも、あなたが次に何かを呼びかけた瞬間、私たちはあなたの活動から距離を置く」

 レオの笑みが消えた。

「脅しか?」

「条件よ。あなたはもう、好き勝手に一人で暴れて済む規模ではない」

「俺なしで二百億ドルが取れたと思ってんのか」

「思っていないわ」

「なら――」

「だからこそ、あなたをこれ以上野放しにはできないと言っているの」

 エヴァの声は冷たかった。

「あなたは価値がある。危険なほどにね」

神の子、匿名になる

 レオは、しばらく黙っていた。

 画面には、二百億ドルの数字。
 トレンド欄には、自分の名前。
 世界中から届く称賛。
 神の子。
 最初の英雄。
 世界を変えた男。

 そのすべてを手に入れた翌日に、彼は前線から降りろと言われている。

 ふざけるな、と叫びたかった。

 だが、FBIという三文字が頭に残っていた。

 ギャングなら、正面から殴り合える。
 ボスなら、カメラの前へ引きずり出して晒せる。
 だが、国家は違う。

 どこから来るのかも分からない。
 どの法律で締め上げられるのかも分からない。
 どんな形で消されるのかも分からない。

 レオは、深く息を吐いた。

「……分かった」

 マヤが目を見開く。

「本当に?」

「確かに俺だって、暗殺されたくはねえ」

 ジェイデンが、わずかに笑った。

「ようやく人間らしいこと言ったな」

「正直、政府はギャングよりはるかに怖えよ。いくら俺だって、国に喧嘩を売る気はねえ」

「賢明ね」

 エヴァが言った。

「ただし」

 レオは、指を立てた。

「俺が大人しくなると思うなよ」

「思ってないわよ」

「匿名だろうが、ドライバーだろうが、俺は上へ行く。ゴールドだろうが、その上だろうが、全部取る」

 ノアの目が少し輝いた。

「ゴールドGVSプレイヤーは、世界でも有数の実績ランクです。レオさんなら十分狙えます」

「狙うんじゃねえ。取るんだよ」

「そうですね」

「ノア。あまり煽らないで」

 マヤが疲れたように言った。

「ジェイデン」

「何だ」

「ヒーローズの活動は、しばらく任せるぞ」

「ああ。そうした方がいい」

「俺が戻ってきた時、しょぼい活動しかしてなかったら許さねえからな」

「安心しろ。お前みたいに企業へ群衆を突っ込ませなくても、俺たちはちゃんと活動できる」

「突っ込ませてねえ。集まってもらっただけだ」

「その言い方で逃げ切れると思ってるのが怖えよ」

 レオは鼻で笑った。

 マヤが、匿名活動用のGVS画面を表示する。

【匿名シビックドライバー活動モード】

【公開活動名:非表示】
【個人実績:活動終了まで非公開】
【外部誘導:禁止】
【本人特定を目的とした発信:禁止】
【実行案・要請・応答の内容により評価】

 レオは、その画面を睨んだ。

「俺の名前が出ねえじゃねえか」

「匿名活動なんだから当然でしょう」

「俺がやったと分からなきゃ、俺のファンが増えねえだろ」

「そういうための活動じゃないの」

「俺にとってはそういうための活動でもある」

「……前途多難ね」

 ノアが、操作方法を説明し始めた。

「まず、既存のテーマに対して、自分が協力できる実行案を提示します。採択や協力成立、継続実績に応じてドライバーレベルと総合ランクへ反映されます」

「つまり、誰よりもいい案を出して、誰よりも人を動かせばいいんだな」

「単純化すると、そうです」

「簡単じゃねえか」

 レオは、端末を引き寄せた。

 そこには、すでにいくつもの匿名テーマが並んでいた。

【銃から抜けた若者が働ける場所を作りたい】
【家族が薬物依存から戻れるまで生活を支えたい】
【暴力組織を抜けた後、報復が怖い】
【自分の歌を誰かに届けたいが、何をすればいいか分からない】

 レオの指が止まった。

 つまらない。

 最初は、そう思った。

 企業の会議室へ乗り込むわけでもない。
 世界中のカメラを自分へ向けるわけでもない。
 二百億ドルが画面に積み上がるわけでもない。

 ただ、見知らぬ誰かの要請へ応答するだけだ。

 レオは舌打ちした。

「地味すぎんだろ」

「しばらくはそれで我慢して」

 マヤが言った。

 レオは返答欄を開いた。

 匿名の文字が表示される。

【あなたの活動名は公開されません】

「……気に食わねえ」

 指が動く。

 最初のテーマを選ぶ。

【銃から抜けた若者が働ける場所を作りたい】

 レオは、入力欄へ文章を打ち始めた。

銃を捨てたやつに、いきなり真面目な履歴書を書けと言っても無理だ。
まずは、過去を隠さず話しても金になる場所を作れ。
逃げた話。失敗した話。撃たれそうになった話。
それを曲でも動画でも記録でもいい。誰かに届く形へ変えろ。
報酬につなげる方法なら、俺が――

 そこで、レオの指が止まった。

 俺が。

 そう書けば、誰かが気づくかもしれない。

 画面の向こうで、ノアが少しだけ身を乗り出している。
 マヤは、嫌な予感がするという顔で見ている。

 レオは笑った。

 そして、最後の一文を消した。

報酬につなげる方法を知っている人間へ、協力要請を出せ。

 送信。

 画面に変換後の文章が表示される。

暴力から離れた人が、過去を隠すのではなく、経験を音楽・動画・記録などの形で発信し、報酬につなげられる活動を試したいです。
発信方法や報酬化に詳しい方へ、協力をお願いできませんか。

 レオは、その文章を見て顔をしかめた。

「おい。ずいぶん丸くしやがったな」

「匿名活動では、提案内容で判断されますから」

 ノアが言った。

「あなたの名前も、威圧感も、人気も使えません」

「……上等だ」

 レオは、次のテーマを開いた。

「名前なしでどこまで上がれるか、見せてやるよ」

 スクリーンの端では、まだ彼の名前がトレンド一位に輝いていた。

 だが、その順位は、時間とともに少しずつ下がり始めていた。

 新しい街で、新しい活動が始まる。
 別の若者が注目を集める。
 別のナビゲーターが称賛される。
 シビックヒーローという名前は、少しずつレオ一人のものではなくなっていく。

 そのことを、今のレオはまだ知らない。

 ただ、この日。

 二百億ドルを動かし、神の子と呼ばれた男は、初めて名前を隠された。

 そして、匿名の一人として、画面の向こうの誰かへ応答を送り始めた。

FBI監視記録

 同じ頃。

 ワシントンの一室で、複数の映像が再生されていた。

 銃撃を受けて倒れるレオ。
 病院から発信するレオ。
 全米へ呼びかけるレオ。
 各地で集まる参加者たち。
 二百億ドルの資金拠出を表明する投資家たち。

「明確な違法行為は?」

「現時点では確認できません。本人は暴力や破壊を指示していません。出資者側も、自主的な拠出判断だったと声明を出しています」

「では、放置するのか?」

「いいえ」

 一人の担当者が、レオの映像を止めた。

 画面の中で、彼は笑っていた。

「この男は、一声で人を動かした」

「しかも、武器を持たせずにです」

「次に何へ向けるか、把握しておく必要がある」

 新しいファイルが作成される。

【LEO GRANT】
【CIVIC HEROES MOVEMENT】
【STATUS:MONITORING】

 その頃、レオは何も知らず、匿名の端末画面を睨んでいた。

「プラチナで終わると思うなよ」

 誰にも名前の見えない場所で、彼は笑った。

「俺は、絶対にゴールドまで上がる」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次