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シビックヒーローズ 第二十二話 ヒーローの次の舞台

目次

舞台を変える

「俺は、あいつらじゃ届かねえところまで行く」

 レオがそう言うと、エヴァ・リンはわずかに目を細めた。

 背後の大型モニターでは、別の街で活動を始めた若い男が、支援者たちに囲まれていた。
 画面の端には、資金提供希望額が表示されている。

 レオが撃たれてまで作った流れを、別の誰かが使い始めている。
 しかも、彼らは銃を向けられていない。血も流していない。安全な場所で、同じようにヒーローと呼ばれている。

「届かないところへ行くと言うなら、まず勘違いを捨てることね」

 エヴァが言った。

「あ?」

「あなたは、まだ自分が動画の再生数と歓声で世界を動かす人間だと思っている」

「違うのか?」

「それだけでは足りない」

 エヴァは手元の端末を操作した。
 レオの端末へ、一つの資料が送られてくる。

 画面に並んだ数字を見て、レオの眉が動いた。

「……何だ、この額は」

「現在、シビックドライブ関連の活動へ拠出を検討している資金の一部よ。企業財団、民間投資家、国際支援組織、保険関連企業、複数の富裕層。あなたの銃撃映像と、ギャング側の集団離脱を見て動き始めた」

「全部合わせて、これか?」

「まだ検討段階でしかないわ」

 レオの口元が上がる。

「面白え。コールドウェル一人の財布を開けた程度で喜んでる場合じゃなかったってことか」

「そういうこと。あなたが開けるべきなのは、一人の金庫ではない」

 エヴァは、モニターに映る別のシビックヒーローへ視線を向けた。

「小さな活動を取り上げ、動画にし、寄付を集める。それはもう、彼らにもできる。いずれは珍しくもなくなるでしょうね」

 レオの顔から、笑みが消えた。

「随分と俺を安く見るじゃねえか」

「逆よ。あなたを安売りする必要がないと言っているの」

 エヴァは、レオへ一歩近づいた。

「レオ・グラント。あなたは、銃を持ったボスの前へ立ち、人類が暴力に対抗する別の力を持てることを世界へ見せた」
「そんな男が、これからも街角で新人ヒーローと再生数を競うつもり?」

 レオは、しばらく何も言わなかった。

 胸の傷が疼く。
 だが、今度の痛みは不快ではなかった。

「……お前、投資家か?」

「以前は金融アナリスト。今は、資本をどこへ流せば社会が最も大きく動くのかを考えている」

「つまり、金持ちの使い走りか」

「あなたよりは、金持ちの考え方を知っているわ」

 レオは笑った。

「いいねえ。俺が扉を蹴破って、お前が金を運ばせる。悪くない組み合わせだ」

「まだ協力するとは言っていないわ」

「ここまで話しておいて逃げる気か?」

「あなたが使える人物か、確認してから決める」

 レオの笑みが深くなる。

「確認するまでもねえだろ。俺は撃たれても生きてる男だぞ」

「それが問題なのよ」

 エヴァの声は冷たかった。

「死にかけたことを、自分の判断が正しかった証拠だと思っている男に、世界規模の資本を預けてよいのか。私はそこを見に来た」

 レオは、初めて少しだけ黙った。

 エヴァはレオを崇めているわけではない。
 自分を必要としていることは間違いない。だが、信者ではない。むしろ危険物を見るような目をしている。

 それが妙に気に入った。

「だったら見てろ。俺が使えるかどうか、お前の目で確かめればいい」

「ええ。そのつもりよ」

会いたくない相手

 活動拠点へ戻った時、マヤはエヴァを見るなり顔を曇らせた。

「誰?」

「エヴァ・リン。スイスから来たそうだ」

 レオが機嫌よく紹介する。

「俺の次の舞台を持ってきた女だ」

「あなた、また知らない人の話にその場で乗ったの?」

「話が分かる奴の話に乗るのは当然だろ」

 マヤはレオではなく、エヴァへ視線を向けた。

「次の舞台というのは?」

「企業と投資家よ」

 エヴァは、会議室の机へ端末を置いた。
 ノアとジェイデンも、何事かと集まってくる。

「この街で起きたことは、単なる更生支援の成功ではない。暴力組織の中にいる人間が、自分から別の活動へ移り、支配そのものを空洞化させた。世界中の資金提供者は、そこへ注目している」

「それはもう分かってる」

 ジェイデンが言った。

「金も増えてる。別の街でも活動が始まってる」

「でも、今のままでは一過性の熱狂で終わる可能性がある」

 エヴァは即座に返した。

「撃たれた英雄。崩れたギャング。救われた若者。映像としては最高よ。でも資金を継続的に流すには、感動だけでは足りない」

 ノアが反応した。

「再現性と成果指標ですか」

「そう。参加者の増加、報酬による犯罪収入からの移行、安全確保に必要な費用、資金投入に対する離脱者数、作品や活動が次の応答を生む割合。企業や大口投資家を長期間動かすなら、英雄の神話を数字へ変える必要がある」

 ノアの目が、わずかに輝いた。

「その資料なら作れます」

「さすが俺の天才少年だ」

「あなたの所有物ではありません」

「細けえことを言うな」

 レオが笑う一方で、マヤはまだエヴァを警戒していた。

「あなたは、そのためにレオを使うつもり?」

「使うという言葉を嫌がる必要があるのかしら。彼は注目と資金を欲しがっている。こちらは、彼の注目と資金調達力が必要。目的が重なるなら、協力すればいい」

「危険な方向へ煽るつもりなら、私は協力しない」

 エヴァは、そこで初めてわずかに笑った。

「あなたは彼を止められたの?」

 マヤの表情が固まった。

「何ですって?」

「彼はすでに、ギャングのボスの前へ一人で行った。撃たれた。そして、それを自分の最高の勲章だと思っている」
「あなたが心配していることは分かる。でも、彼を小さな安全圏に閉じ込められると思っているなら、彼を見誤っている」

「だからといって、危険へ押し出していい理由にはならない」

「押し出す必要なんてないでしょう」

 エヴァはレオを見た。

「彼はもう、自分から走り出す」

 レオは椅子へ深く座り、満足そうに腕を組んだ。

「どうやら、お前は俺のことをよく分かってるらしいな」

「分かりたくなくても、あなたの映像は世界中へ流れているもの」

 ジェイデンが、ため息交じりに口を挟む。

「で、企業と投資家ってのは、具体的に誰なんだ?」

 エヴァは画面を切り替えた。

 表示されたのは、複数の国に工場と物流拠点を持つ巨大企業の名前だった。
 生産現場での低賃金、危険作業、下請け労働者の扱いをめぐり、以前から批判を受けている企業。

「ヴァルデン・グローバル」

 マヤが名前を読んだ。

「聞いたことがある。世界有数の製造・物流企業よね」

「彼らは現在、シビックファンドへの大規模拠出と、自社の労働現場へのGVS導入を検討している」

 ノアが資料を読み込む。

「もし成立すれば、街の活動とは比較にならない規模になります。対象となる労働者だけでも……」

「数十万人よ」

 エヴァが答えた。

 部屋が静まり返った。

 数十万人。
 薬と銃の街で始まった活動が、一気に世界中の工場と物流現場へ接続される。

 危険な作業を我慢してきた者。
 生活のために低賃金から抜けられなかった者。
 意見を言えば職を失うと恐れてきた者。

 その声がDRIVEへ変わり、改善や新しい活動へ資金が流れるなら、世界はさらに大きく変わる。

「最高じゃねえか」

 レオが立ち上がった。

「いつ会う」

「問題はそこなの」

 エヴァはレオを真っ直ぐ見た。

「彼らは、あなたに会いたくないと言っている」

 一瞬の沈黙の後、レオは吹き出した。

「ますます最高じゃねえか」

「笑い事ではないわ。あなたは今、資金提供者にとって魅力的であると同時に、最大級のリスクでもある。銃撃映像で熱狂を作った男を、自社の労働者向け施策の顔にすれば、何が起きるか分からないと思われている」

「つまり、怖がられてるってことだな」

「そうね」

「だったら、会う理由は十分だ」

 マヤが嫌な予感に顔をしかめた。

「レオ。まさかまた、勝手に押しかけるつもりじゃないでしょうね」

「勝手じゃねえ。お願いしに行くんだよ」

「アポイントを断られている相手のところへ行くのは、押しかけると言うの」

「人類を変えられる金を抱えたまま、俺に会いたくねえなんて言ってる奴らに、遠慮する理由があるか?」

 レオはエヴァへ顔を向けた。

「場所は?」

「教えると思う?」

「お前は俺に舞台を持ってきた。役者を舞台袖へ閉じ込める気はねえだろ」

 エヴァは、黙ってレオを見た。

 危険だ。
 予想以上に危険な男だった。

 だが同時に、目の前の男なら本当に、数十万人の労働者と世界規模の資本を一気に動かしてしまうかもしれない。

 数秒後、エヴァは端末を操作した。

「明後日、ニューヨーク。ヴァルデン・グローバルの本社で、投資家向けの非公開説明会がある」

 マヤが目を見開く。

「エヴァ!」

「私は場所を説明しただけよ。彼が何をするかは、彼の判断でしょう」

「気に入った」

 レオは、自分の胸元を軽く叩いた。
 痛みが走り、顔を歪める。それでも笑みは消えなかった。

「一人の富豪を動かす時代は終わりだ」
「次は、企業ごと財布を開けさせてやる」

 窓の外では、まだ街のモニターに新しいシビックヒーローたちが映っていた。

 レオはもう、その画面を見なかった。

 自分を真似する小さな英雄たちに構っている暇はない。
 彼らが街角で歓声を浴びるなら、勝手にやればいい。

 自分は、もっと大きな舞台へ行く。

 企業。
 投資家。
 数十万人の労働者。
 世界中の資本。

 自分にしか開けられない扉を、もう一度蹴り破るために。

 エヴァ・リンは、歓喜に満ちたレオの横顔を見ながら、胸の奥に冷たいものが沈んでいくのを感じていた。

 この男は、人類を前へ進める。

 そして同じ速さで、どこか致命的な場所へ向かっている。

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