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シビックヒーローズ 第十七話 端末を手に取れ!

目次

次は人間を壊す

 壊された整備工場の前で、レオの配信は始まった。

 割られた窓。
 倒された照明。
 踏み潰された録音機材。
 そして、壁に塗りつけられた言葉。

 次は人間を壊す。

 レオは、その文字がはっきり映る位置へ端末を向けた。

「見えるか? これが、この街で薬を売らずに金を稼ごうとした連中に返ってきた答えだ」

「レオ、やめろ!」

 ジェイデンが端末を押さえようとする。
 だが、レオはその手を払いのけた。

「やめるわけねえだろ。こいつらが一番見られたくないものを、今から世界へ見せるんだ」

「刺激して何になる! 次は工場じゃなく、本当に誰かが狙われるぞ!」

「もう狙われてるだろ」

 レオはジェイデンへ振り返った。

「ここを壊した連中は、俺たちが黙れば満足するのか? マリクたちが曲を消して、薬を売る側へ戻れば、全部丸く収まるのか?」

「だからって、今ここで喧嘩を売る必要はねえ!」

「喧嘩じゃねえ。選ばせるんだよ」

 レオは再びカメラへ顔を向けた。

「聞いてるか。ジェイデンのところを襲った連中。お前らのボスも見てるなら、よく聞け」

 ジェイデンの顔が強張った。

「俺たちは、薬を売ってた奴を無理やり連れていくつもりはねえ。ギャングを抜けろとも命令しねえ。決めるのは本人だ」

 配信の視聴数が、急激に増えていく。
 襲撃の映像が切り抜かれ、街の外へも広がり始めている。

「だが、お前らに聞きたい。お前らは本当に、誰かの命令で死にたいのか?」

 レオは、壁の文字を指した。

「薬を運んで、銃を握って、抜けたいと思った仲間を脅して、それで最後に何が残る? ボスの椅子か? 違うだろ。お前らの大半は、その椅子に座る前に消えるんだ」

「レオ!」

「黙ってろ、ジェイデン。これはお前の知り合いだけの話じゃねえ」

 レオは端末へ一歩近づく。

「別の道で金を得たいと思わないのか。人を脅して恐れられるんじゃなく、表で認められたいと思わないのか。曲でも、動画でも、話すだけでも、安全を作ることでもいい。お前ら自身ができることを出せば、金も仲間も集められる」

 夜道の向こうで、サイレンの音が近づいていた。
 工場を襲った男たちは、すでに引き上げている。

 だが、レオの言葉は追いついていた。

「思ったなら、端末を取れ!」

 声が夜の街へ響く。

「俺へ頼む必要はねえ! ジェイデンへ頭を下げる必要もねえ! 自分の言葉で書け! 自分にとって何が一番いいのか、ボスじゃなく、自分の頭で考えることだな!」

俺たちを裏切るのか

 数ブロック離れた車の中で、ライアンはレオの配信を見ていた。

「切れ」

 運転席に座っていた男が吐き捨てる。

「聞いてるだけで腹が立つ。あいつ、俺たちを何だと思ってやがる」

 ライアンは返事をせず、画面を閉じた。

 工場を壊した時、自分は車の中に残っていた。
 行けと言われた。だが、足が動かなかった。

 銃声が鳴った時も、驚いたふりをした。
 本当は、いつかこうなると分かっていた。

「ボスに報告する。ジェイデンの連中は逃がしたが、場所は潰した。次は人を押さえれば終わる」

 運転席の男が言った。

「終わるのか?」

「何だよ」

「いや……あの動画、もう広がってるだろ。工場を壊したところで、終わるのかと思って」

「終わらせるんだよ」

 男の声が荒くなった。

「お前、まさか向こうの言うことを信じてるんじゃねえだろうな」

「信じてねえよ」

「だったら変な顔をするな。薬を売ってた連中が曲を作ったくらいで、俺たちがどうにかなるわけねえ」

 ライアンは黙った。

 昨日までなら、同じように笑えたかもしれない。
 だが、報酬が上がったという話を聞いた。顔も名前も出さずに参加できることも知った。工場を壊さなければならないほど、ボス側がそれを嫌がっていることも見てしまった。

 ライアンは、ポケットの中で端末を開いた。

 運転席の男からは見えない角度で、GVSを表示する。
 レオの配信を見た者が増えたためか、関連するDRIVEや応答が次々と上がってきていた。

 曲を作りたい。
 安全な場所を探したい。
 顔を出さずに話したい。
 仲間が薬を売る以外の方法で稼げるか確認したい。

 その中に、一つだけ、ライアンの指を止める投稿があった。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】
ギャングを抜けても、生きて稼げる道を探します。

【+ SUPPORT】
自分はギャングに関わっています。粛清を受けずにGVSへ参加する方法を教えていただけませんか?

――――――――――――――

「……何だ、これ」

 声が漏れた。

「どうした?」

「いや、何でもねえ」

 ライアンは慌てて画面を伏せた。
 心臓が激しく脈打っている。

 自分は、まだ送っていない。
 昨日書いた下書きも、危険な場所を伝えられると書いただけだ。ギャングを抜けたいなど、一言も送っていない。

 なら、これは誰だ。

 反射的に、運転席の男を見る。
 こいつなのか。工場を襲った仲間の誰かなのか。倉庫でボスの前に立っていた幹部なのか。

 いや。
 そもそも、この街の人間とは限らない。

 この国には、同じように薬を売り、銃を握り、抜けたくても抜けられない人間が、いくらでもいるのかもしれない。

「ライアン。お前、本当に大丈夫か?」

「……ああ」

「なら行くぞ。ボスへ報告だ」

 車が動き出す。

 ライアンは、もう一度だけ端末を開いた。
 匿名のDRIVEには、すでにいくつかの応答が付いていた。

―――――― GVS 応答 ――――――

【▶ DRIVE】
顔や名前を出さずに、離れたい人の不安を集めます。

【+ SUPPORT】
抜けることで怖いことがある人には、話せる範囲で教えていただけませんか?

――――――――――――――

 もう一つ。

―――――― GVS 応答 ――――――

【▶ DRIVE】
活動へ参加した人が報復を受けないための条件を確認します。

【+ SUPPORT】
身元を明かさずに参加したい人には、危険を感じる場面を教えていただけませんか?

――――――――――――――

 ライアンは、息を呑んだ。

 誰かが、もう先に書いている。
 そして、それに応える人間もいる。

 自分だけではなかった。

撃つ理由

 倉庫へ戻ると、ボスは苛立っていた。

「ガキどもはいなかっただと?」

「ジェイデンだけはいました。どうやら直前に場所を変えたようです」

 幹部が答える。

「誰かが漏らしたのか?」

 その言葉に、倉庫の空気が固まった。

 ライアンは、顔を上げなかった。
 誰かが自分の胸の音を聞いているような気がした。

「分かりません。ただ、ジェイデンは待っていたようにも見えました」

「……裏切り者がいるってことか」

「可能性はあります」

 ボスは、周囲をゆっくりと見回した。

「妙な真似をした奴がいるなら、今のうちに言え。俺は、まだ許してやれる」

 誰も答えない。

 当然だ。
 ここで何かを言えば、それは自分が疑われる材料にしかならない。

 ボスの端末が音を鳴らした。

「レオ・グラントが、壊した工場の前から配信を始めています」

「見せろ」

 画面に、レオの顔が映る。

「お前らは本当に、誰かの命令で死にたいのか?」

 ボスの口元が歪んだ。

「別の道で金を得たいと思わないのか。表で認められたいと思わないのか。そう思うなら、端末を取れ。自分の言葉で書け」

 部屋の中で、誰も動かなかった。
 しかし、ライアンには分かった。

 誰もが、聞いている。

 ボスが画面を止めた。

「ジェイデンの仕業か」

「配信しているのはレオです」

「ジェイデンが中で人を集めて、レオが外で騒いでるだけだ。あいつらは、俺たちが本気で動けば終わる」

 ボスは立ち上がった。

「次は、向こうから来るのを待たねえ。ジェイデンの連中が人を集める場所を全部潰す。近づく奴も同じだ」

 ライアンの隣にいた男が尋ねる。

「こちらから仕掛けるんですか?」

「もう仕掛けられてるんだよ」

 ボスは怒鳴った。

「奴らは俺たちの金を奪い、人を奪い、臆病者に逃げ道まで見せてやがる! ここで黙ってりゃ、誰も俺の言うことを聞かなくなる!」

 ライアンは、初めてボスの声の中に恐怖を聞いた。

 怒っているのではない。
 怖がっている。

 薬の売上が少し減ることではない。
 自分の周りにいる人間が、もう自分だけを見なくなることを。

戦うために集まったのか

 レオの配信から数時間後、ジェイデンの端末には、次々と連絡が届いていた。

 工場を壊された映像を見た若者たちが集まってくる。
 マリクもタイラーもキーランも、隠れていろと言ったのに戻ってきた。

「何しに来た」

 ジェイデンが睨む。

「何って、俺たちの活動を壊されたんだろ」

 マリクが言った。

「だから、お前らは出てくるな。相手は銃を持ってる」

「じゃあ、俺たちは黙って消えるのかよ」

「消えろとは言ってねえ。安全な場所で続きを作れと言ってる」

「安全な場所ってどこだよ。この街で声を出したら狙われるっていうなら、どこに行っても同じだろ」

 ジェイデンは言葉を詰まらせた。

 レオが、その横から前へ出る。

「いいじゃねえか。来たい奴は来させろ」

「お前は黙ってろ」

「こいつらは、自分で来たんだ。お前が守るってのは、何もさせずに隠すことじゃねえだろ」

「銃の前へ立たせることでもねえよ」

 タイラーが、小さく口を開いた。

「俺は撃ち合いをしに来たんじゃない」

 全員が彼を見る。

「工場は壊されたけど、曲のデータは残ってる。声を出したいって言ってる人もいる。だから、俺は続きを作る。もし向こう側にも、出たい奴がいるなら、その人の話も歌にしたい」

 マリクが笑った。

「お前、昨日まで再生されないって拗ねてたくせに、急に立派なこと言うな」

「うるせえよ。俺だって金は欲しい。でも、ここでやめたら、あの動画はただの一発ネタで終わるだろ」

 キーランも端末を持ち上げた。

「俺は、次の撮影場所を見つける。場所は出さない。ジェイデンの確認なしで公開もしない。それならいいだろ」

 ジェイデンは、しばらく黙って三人を見た。

 こいつらは、レオに命令されたから戻ってきたのではない。
 金を受け取ったから仕方なく来たわけでもない。

 自分たちで続きを作ると決めて、戻ってきた。

「……分かった」

 ジェイデンは低く言った。

「だが、俺の条件に従え。集合場所は公開しない。新しく参加する奴とは、まず匿名のままやり取りする。向こう側の人間が来ても、いきなり会わせない」

「向こう側?」

 マリクが聞いた。

「来るかもしれねえ。もう、こっちを見てる奴がいる」

 レオが笑う。

「来させろ。俺が歓迎してやる」

「お前が出たら余計に騒ぎになる。まず俺が見る」

「相変わらず慎重だな」

「お前が馬鹿みたいに突っ込むからだ」

 その時、ジェイデンの端末に新しい通知が届いた。

 GVSの応答ではない。
 登録されていない相手からの、短い音声メッセージだった。

 再生すると、荒い息遣いに混じって、若い男の声が聞こえた。

「俺は……そっちへ行きたいわけじゃない」
「ただ、もう撃ち合いたくない」
「抜けたら殺される。名前は出せない」
「本当に、顔を出さずに参加できるのか?」

 誰も声を出さなかった。

 ジェイデンは、音声を最後まで聞き終えた後、端末を握り直した。

「……来たぞ」

「誰だ?」

 レオが聞く。

「向こう側だ」

 レオの目が光る。

「最高じゃねえか」

「喜ぶな。こいつは命を懸けて声を送ってきたんだ」

「分かってるさ」

「お前の分かってるは、信用ならねえ」

 ジェイデンは、返答入力を開いた。
 考えた末、短く打ち込む。

 名前は出さなくていい。
 まずGVSで、自分が怖いことと、必要な条件だけを書け。
 こちらから会うことは求めない。
 安全を確認できるまで、誰にも姿を見せるな。

 送信する前に、ジェイデンはレオを見た。

「いいか。こいつを英雄物語に使うな」

「まだ何も言ってねえだろ」

「顔に書いてある」

 レオは、少しだけ笑った。

「なら、お前が守れ。俺は、こいつがいつか表へ出られる舞台を作る」

「……それでいい。今はな」

 ジェイデンは返答を送った。

 通りの向こうでは、赤色灯が壊された工場を照らしている。
 街にはまだ、薬も銃も残っていた。
 ボスの命令も、消えたわけではない。

 それでも、敵側から初めて一つの声が届いた。

 撃ち合いたくない。
 抜けたい。
 殺されたくない。

 銃声よりずっと小さな声だった。

 だが、その声は、これまで誰も開けられなかった扉に、確かに手をかけていた。

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