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シビックヒーローズ 第十六話 ギャングの襲撃

目次

送れなかった言葉

 助手席に座っていた青年は、端末の下書き画面を何度も開いていた。

 この街で、撮影や活動に使わない方がいい場所を伝えられる。

 昨夜、そこまで書いた。
 だが、送れなかった。

 送信を押した瞬間、自分が裏切り者になるような気がした。
 誰にも名前は見えない。顔も出ない。それでも、ボスの側にいながら、ジェイデンたちの活動を助けることは、明らかに裏切りだった。

 青年は端末を閉じた。

「おい、ライアン」

 呼ばれて顔を上げる。

 薄暗い倉庫の中には、十人ほどの男が集まっていた。
 奥の椅子に座るボスは、いつものように大声を出さなかった。静かな時の方が、周囲の空気は重くなる。

「お前、昨日あの動画を見てたそうだな」

 ライアンの喉が乾く。

「皆見てますよ。レオが広げてるんで」

「そうか」

 ボスは、指先でテーブルを叩いた。

「面白かったか?」

「……別に」

「ならいい」

 ボスは周囲の男たちへ目を向けた。

「ジェイデンに伝言は届いた。だが、あいつはやめる気がねえらしい」

 誰も答えない。

「勘違いするなよ。俺は、ガキが歌うことに腹を立ててるんじゃねえ。薬を売らずに生きたい奴がいるなら、勝手にすればいい」

 その言葉に、ライアンは思わず顔を上げそうになった。

 だが、次の言葉で指が冷たくなった。

「ただし、俺の下にいる間は別だ」

 ボスは低く言った。

「俺の金で食って、俺の名前で守られて、都合が悪くなったら匿名で向こうへ逃げる。そんな真似を許したら、ここは終わる」

 隣に立っていた幹部が口を開く。

「今夜、ジェイデンの連中が集まる場所を押さえています。曲の録音と、次の動画の確認をするようです」

「レオは?」

「いません。ジェイデンと、若い連中だけです」

 ボスは、わずかに笑った。

「なら、話は簡単だ」

 ライアンの心臓が大きく鳴った。

「場所を潰せ。端末も、撮影機材も、全部壊せ。ジェイデンには、次は遊びじゃ済まねえと分からせろ」

「殺しますか?」

「必要ならな」

 倉庫の空気が、静かに変わった。

 ライアンはポケットの中で端末を握りしめた。
 送るなら、今しかない。

 だが、誰へ送る。
 ジェイデンへ直接つながる手段など持っていない。GVSへ出せば、誰かが見るかもしれない。だが、自分の投稿が間に合う保証もない。

 彼は、震える指で画面を開いた。

今夜は集まるな

 録音場所に選ばれたのは、使われなくなった小さな整備工場だった。

 キーランが撮影用の照明を運び、タイラーが端末へ音源を移している。
 マリクは、新しく声を出したいと言ってきた少年の音声を聞くため、壁際に座っていた。

「こいつ、途中で泣いてるぞ」

 マリクが低く言う。

「消すか?」

 キーランが聞く。

「いや……本人が出していいって言うなら、そのままにした方がいい気がする。無理に綺麗にしたら違うだろ」

 タイラーが頷いた。

「じゃあ確認を取る。曲に使うのは、その後だ」

 その会話を、ジェイデンは入口付近で聞いていた。

 昨日までのこいつらなら、本人の確認や公開条件など考えなかったかもしれない。
 誰かの辛い話を面白がって広げるか、そもそも無視するかだった。

 今は違う。
 自分の作品にするからこそ、相手がどこまで出したいのかを確かめようとしている。

 ジェイデンの端末が震えた。

 新しいGVS応答の通知だった。

―――――― GVS 応答 ――――――

【▶ DRIVE】
今夜、活動に参加する人が危険な場所へ集まらないようにします。

【+ SUPPORT】
撮影や録音を予定している人には、今日だけ場所を変えていただけませんか?

――――――――――――――

 ジェイデンは画面を見つめた。

 投稿者は匿名。
 経験カードも、活動履歴もない。

 通常なら、ただの嫌がらせや活動妨害として扱うべき書き込みかもしれない。
 だが、昨夜ボス側から警告を受けた直後だった。

「タイラー。録音は中止だ」

「は?」

「全員、ここから出ろ。今すぐだ」

 マリクが立ち上がる。

「何かあったのか?」

「まだ分からねえ。だが、分からねえから出る」

「せっかく集まったのに――」

「死んだら次は作れねえって言っただろ!」

 ジェイデンの声に、全員が黙った。

 キーランがすぐに端末と撮影機材を鞄へ詰める。
 タイラーも音源を持って立ち上がった。

「どこへ行く?」

「人が多い場所へ移れ。そこで待て。場所はGVSに書くな。俺から連絡するまで誰とも合流するな」

「ジェイデンは?」

 マリクが聞いた。

「俺は少し確認する」

「一人でか?」

「お前らを守るって出したのは俺だ。いいから行け」

 マリクは言い返そうとしたが、タイラーに腕を引かれた。
 三人は裏口から出ていく。

 ジェイデンは、信頼できる古い仲間二人だけを残し、入口の照明を落とした。

「本当に来ると思うか?」

「来ないなら、それでいい」

 ジェイデンは端末を握った。

 匿名の投稿者は誰だ。
 ボス側の誰かか。
 それとも、ただの偶然か。

 もし本当に向こう側の人間なら、もう亀裂は入っている。

 その時、外で車のブレーキ音がした。

遊びは終わりだ

 シャッターが激しく叩かれた。

「ジェイデン! いるんだろ!」

 男の声が響く。

 ジェイデンは、残した仲間へ目で合図した。
 一人が奥の出口へ下がる。もう一人は端末を取り出し、緊急連絡の準備をした。

「何の用だ!」

 ジェイデンが叫ぶ。

「ボスの警告を無視した答えを持ってきた!」

 次の瞬間、シャッターの一部が大きく歪んだ。
 蹴られたのか、工具で叩かれたのかは分からない。

「ガキどもを出せ! それから、撮ったものを全部消せ!」

「ここには俺しかいねえよ!」

「嘘をつくな!」

 何かが投げ込まれ、窓ガラスが割れた。
 破片が床へ散らばる。

 ジェイデンは歯を食いしばった。

 マリクたちを帰して正解だった。
 あと数分遅ければ、あいつらはここにいた。

「お前らが誰を探してるか知らねえが、誰も名前を出しちゃいねえだろ!」
「参加したい奴がいるなら、そいつが勝手に選んでるだけだ!」

「黙れ! お前が夢を見せるから、馬鹿が勘違いするんだよ!」

 シャッターが持ち上がる。
 隙間から数人の男が入り込んできた。

 ジェイデンの仲間が前へ出ようとするのを、腕で止める。

「ここで撃ち合うつもりはねえ」

「なら、端末を置いて消えろ」

「断る」

 男が殴りかかってきた。

 ジェイデンは腕で受け、体ごと押し返した。
 狭い工場の中で怒号が響く。機材を載せていた机が倒れ、照明が割れる。

 もう一人が、床に残っていた撮影用スタンドを蹴り飛ばした。

「こんなもんで、俺たちの商売を壊せると思うな!」

「壊されると思ってるから来たんだろ!」

 ジェイデンが叫び返した瞬間、外で乾いた音が鳴った。

 銃声だった。

 天井近くの鉄板へ弾が当たり、耳障りな音が響く。
 全員の動きが一瞬止まる。

「次は当てる!」

 外から声がした。

 ジェイデンの仲間が青ざめる。

「ジェイデン、ここはもう無理だ!」

「裏から出ろ!」

「お前はどうする!」

「俺も行く!」

 ジェイデンは倒れた棚を蹴り、相手との間に障害を作った。
 その隙に奥の出口へ走る。

 外へ出た瞬間、彼の端末が鳴った。

 着信はレオだった。

『おい、ジェイデン。今夜の動画が上がってねえぞ。何をもたついて――』

「今それどころじゃねえ!」

『何だ?』

「向こうが来た。工場を潰しに来やがった」

 通話の向こうで、レオの声が消えた。

『若い連中は?』

「逃がした。匿名の警告が来たんだ。ぎりぎり間に合った」

『お前は?』

「今追われてる。だからお前は来るな。いいか、レオ。これはもう動画のネタじゃねえ。遊びの時間じゃないんだ!」

 遠くでまた銃声が鳴った。

 ジェイデンは壁際へ身を伏せる。

『場所を送れ』

「聞いてたのか! お前は引っ込んでろ!」

『そうはいかねえ』

「レオ!」

『お前は俺に命を懸けたはずだろ?』

 ジェイデンは息を呑んだ。

『だったら、俺もお前に命を預ける』

 通話が切れた。

「馬鹿野郎……!」

 ジェイデンは端末を握りしめたまま、暗い路地を走った。

ヒーローが来る

 襲撃は、思ったより早く終わった。

 マリクたちがいなかったことで、相手側も目的を失ったのだ。
 残っていた機材を壊し、工場の壁へ塗料で大きく文字を残した後、男たちは車へ戻り始めた。

 次は人間を壊す。

 ジェイデンは、少し離れた建物の陰からその文字を見ていた。

 怪我は軽い。腕を殴られ、口の中を切った程度だ。
 仲間の一人も転倒した際に肩を痛めたが、命に関わるものではない。

 だが、銃声は鳴った。
 次は、本当に誰かが死ぬかもしれない。

「ジェイデン!」

 道路の向こうから声がした。

 振り返ると、レオが走ってくる。
 手には端末を持ち、撮影画面が起動していた。

「お前、本当に来やがったのか!」

「間に合ったか?」

「終わった後だよ! しかも何で撮ってやがる!」

「証拠だ。それに、世界へ見せる必要がある」

「何をだ!」

 レオは、壁に残された文字へカメラを向けた。

「金と名前を得ようとした若者を、銃で脅す連中がいるってことをだ」

「刺激するな! 次は本当に撃たれるぞ!」

「だから見せるんだろ」

 ジェイデンは、レオの胸倉を掴んだ。

「お前は分かってねえ。ここにいるのは、動画の悪役じゃねえ。明日も同じ道を歩く連中だ。マリクもタイラーも、向こう側の若い奴らも、全員ここで生きるんだよ!」

 レオは、胸倉を掴まれたままジェイデンを見返した。

「分かってるさ」

「何が分かってる!」

「だから、逃げ道を世界へ見せる」

 レオは、端末の配信開始ボタンを押した。

「おい、やめろ!」

「やめねえ」

 配信画面に、壊された工場と壁の脅迫文が映る。
 レオは、カメラへ向かって息を吸った。

「聞こえてるか。この街で銃を握ってる連中」

 ジェイデンの手が止まる。

「俺はレオ・グラントだ。お前らが壊した場所へ来てやった」

 周囲の暗い窓の向こうで、誰かがこちらを見ている気配がした。

「次は人間を壊す? やってみろよ。だが、その前に一つだけ考えろ」

 レオの声が、夜の街へ流れていく。

「お前らは本当に、誰かの命令で死にたいのか?」

 ジェイデンは、何も言えなかった。

 レオは、もう配信を始めてしまった。

 そしてこの声は、味方だけでなく、今しがた工場を襲った側の端末にも届き始めていた。

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