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Season5 第三話 今日は勝つぜい!

目次

これは遊びではありません

「よっしゃあ。行くぞ! 今日は勝つぜい!」

 午前八時半。

 大槻源三は、鯖川フレーム製作所の駐車場で拳を突き上げた。

 その横では、赤髪がカメラの電源を入れ、青髪がGVSアプリの撮影支援モードを確認し、金黒が車のドアを開けていた。

「大槻さん」

 青髪が、画面から目を上げずに言った。

「これは撮影業務です。プライベートでパチンコを打ちに行くわけではありません」

「分かってるわ!」

 大槻は怒鳴った。

「仕事だよ仕事。俺だってな、好きで行くわけじゃねえ。工場技術を世間に知らしめるために、しぶしぶ行ってやるんだ」

 赤髪が、すでに回していたカメラ越しに笑った。

「でも、勝った方が画は盛り上がりますよね。大槻さん、今日はどんどん勝ちましょう」

「赤髪」

 青髪が冷たく呼んだ。

「今回の実行案は、勝敗企画ではありません。眼鏡フレーム職人として、台の外装、音、振動、玉の流れを観察する撮影企画です」

「分かってるよ。撮れ高の話だろ」

「撮れ高のために実行案を変えないでください」

 金黒が大槻の肩を軽く叩いた。

「でも、大槻さんなら今日もいい感じになりそうですね。職人の勘、見せてくださいよ」

「おう。お前は分かってるじゃねえか」

「金黒も、勝敗を連想させる乗せ方は控えてください」

「俺は褒めただけなんだけどなあ」

 大槻は鼻を鳴らした。

「ふん。お前ら、勘違いするなよ。これは遊びじゃねえ。仕事でしぶしぶやるんだからな」

 赤髪が小声で言った。

「どの口が言うんだ」

 金黒がうなずく。

「一番楽しそうですけどね」

「聞こえてんぞ!」

GVS撮影支援モード

 車が走り出すと、青髪はGVSアプリを大槻に向けた。

【GVS撮影支援モード】

【対象テーマ】
眼鏡フレーム職人の視点で、パチンコ台の外装・音・振動・玉の流れを観察し、工場技術への関心を集める撮影企画。

【採択済み実行案】
大槻源三は、眼鏡フレーム製作で培った金属の歪み、部品の当たり方、音、振動を見る感覚を使い、パチンコ台の外装や玉の流れを観察する。

【採択済み要請】
撮影チームは、大槻の発言が実行案から逸れないよう進行を補助する。撮影後、公開候補映像を黒川工場長と白瀬担当へ提出し、確認を受ける。

【撮影条件】
・店舗側の撮影許可:確認済み
・撮影時間:午前九時三十分から午後零時三十分まで
・午後一時三十分までに工場へ戻る
・公開前確認:必須

【進行補助】
・勝敗の話に寄った場合:音・振動・玉の流れの観察へ戻す
・攻略の話に寄った場合:眼鏡フレーム職人としての観察へ戻す
・店舗評価に寄った場合:台の外装・部品の当たり方へ戻す
・技術説明として使える発言:切り抜き候補に登録する

「なんだ、この指示だらけの画面は」

 大槻が助手席から顔を寄せた。

「今回の実行案に沿って撮影するための進行画面です」

「俺は機械に指示されながらパチンコを打つのか」

「台詞を決めるわけではありません。大槻さんの話が、採択された企画から逸れた時に戻すだけです」

「同じだろうが」

「違います」

 青髪は淡々と答えた。

「大槻さんが売り出すのは、パチンコで勝つ能力ではありません。眼鏡フレーム職人としての視点です」

「はあ?」

「眼鏡フレーム製作で培った、金属の歪み、部品の当たり方、音、振動を見る感覚です。それを使って、パチンコ台の外装や玉の流れを見てください」

「パチンコなんだから、勝てばいいんだろ」

「それでは企画が違います」

 赤髪が、助手席の背もたれの間から顔を出した。

「大槻さん。青が言ってるのは、大槻さんから見て、台の作りとか玉の動きがどう見えるのか教えてほしいってことですよ」

「なんで俺がそんなことを?」

「それが面白いんです」

 金黒も笑顔で続けた。

「前にフレームの話をした時、めちゃくちゃ面白かったじゃないですか。あんな感じで話してくれれば、絶対見てもらえますって」

「俺はパチンコ台を作ってるわけじゃねえんだからな」

「それも言ってください」

 青髪がうなずいた。

「パチンコ台の専門家ではない。眼鏡フレーム職人として、音や歪みや部品の当たり方を見る。それで十分です」

 大槻は窓の外を見た。

「……そこまで言うならやってみるが、期待するなよ」

 赤髪がカメラを大槻へ向けた。

「今の、使えますね」

「撮るな!」

「もう回ってます」

「消せ!」

「撮影前素材として保存します」

 青髪が言った。

「公開するかは後で判断します」

「お前ら、俺を何だと思ってんだ」

 金黒が笑った。

「今日の主役です」

今のところ、実行案に沿っています

 撮影開始の直前、青髪はGVSアプリの連絡欄を開いた。

【大槻撮影・確認班:進行共有】

【09:24 青髪】
現場到着しました。店舗側の撮影確認済みです。これからGVS撮影支援モードで録音・文字起こしを開始します。現時点では、大槻さんを眼鏡フレーム職人としての観察へ誘導できています。

【09:26 黒川】
勝敗や攻略の話には寄せないでください。公開前に必ず確認します。

【09:27 白瀬】
店舗評価、会社情報、撮影許可範囲からの逸脱にも注意してください。企画から外れそうな場合は、その場で止めて構いません。

【09:28 青髪】
了解しました。赤髪が盛り上げようとしすぎるため、こちらで進行を見ます。

【09:29 黒川】
盛り上げなくていいのですが。

 青髪は、思わず小さく笑った。

「青、何笑ってんの?」

 赤髪がカメラを構えたまま聞いた。

「黒川工場長が、盛り上げなくていいと言っています」

「動画なのに?」

「会社の立場では、そうなります」

 大槻が腕を組んだ。

「くだらねえ。撮るなら盛り上がらなきゃ意味ねえだろ」

「大槻さんが言うと、勝敗企画に戻りそうなので黙っていてください」

「なんで主役が黙るんだ!」

 赤髪がカメラ越しに笑った。

「今のところ、十分盛り上がってますよ」

眼鏡職人、台を見る

 午前九時三十分。

 撮影が始まった。

 赤髪がカメラを回す。

 青髪は少し離れた位置で、GVS撮影支援モードに表示される文字起こしと進行アドバイスを確認する。

 金黒は大槻の横に座り、視聴者役のように反応を返す。

「大槻さん、今日は何を見るんですか?」

 金黒が聞いた。

「知らねえよ。まずは打ってみなきゃ分からん」

「職人としては?」

 青髪がすかさず付け足した。

 大槻は顔をしかめた。

「職人としては、って何度も言わせるな。俺は眼鏡のフレーム屋だ。パチンコ台の専門家じゃねえ」

 赤髪がカメラを近づける。

「でも、見るところはあるんですよね?」

「まあな」

 大槻は台の外装を一度眺め、玉を流し始めた。

 最初は、いつものパチンコ客の顔だった。

 だが、数分もしないうちに、視線が変わった。

「……ここの流れ、少し癖があるな」

 青髪の画面に文字が表示された。

【録音中】
大槻「ここの流れ、少し癖があるな」

【進行アドバイス】
採択済み実行案に沿っています。
玉の流れと部品の当たり方について質問してください。

「どこが気になりますか?」

 青髪が聞いた。

「ここで玉の勢いが変わる。別に良い悪いって話じゃねえぞ。勝てるとかでもねえ。ただ、動きが一回変わるんだよ」

「フレーム製作でも、そういう見方をするんですか?」

「するよ。眼鏡のフレームだって、見た目だけなら真っ直ぐに見える。だが、触った時にわずかに逃げることがある。力がどこに流れるか、どこで引っかかるか。そういうのは、数字だけじゃ分からねえ時がある」

 金黒が、素直に声を上げた。

「それ、めちゃくちゃ面白いですね」

「お前に分かるのか」

「完全には分かりません。でも、大槻さんが何を見てるのかは分かります」

「なら上出来だ」

 赤髪が小声で言った。

「今の、切り抜き確定」

 青髪は画面にメモを追加した。

【切り抜き候補】
・玉の勢いが変わる箇所を、フレームの「力が逃げる」感覚と比較した説明
・パチンコ台の専門家ではなく、眼鏡フレーム職人として観察するという前置き

 大槻が、今度は台の音に耳を傾けた。

「音も違うな」

「どう違うんですか?」

 金黒が聞いた。

「軽い。いや、中身を見てねえから何がどうとは言えねえぞ。ただ、工場でも音で気づくことはある。削りが甘い。締まりが悪い。どこかが微妙に合ってねえ。そういう時は、手で触る前に耳が反応することがある」

 赤髪は、カメラを構えたままニヤリとした。

「大槻さん、普通に格好いいっすね」

「普通にとはなんだ。いつも格好いいだろうが」

「そこは使うか迷いますね」

「使え!」

この感じなら、もしかすると

 午前十一時過ぎ。

 大槻は、すっかり調子に乗っていた。

 赤髪が撮る。

 金黒が褒める。

 青髪が質問を出す。

 そして、台の前には大槻がいる。

 本人にとって、悪い時間であるはずがなかった。

「この感じなら、もしかすると――」

 その時、青髪の端末が震えた。

【録音中】
大槻「この感じなら、もしかすると――」

【進行アドバイス】
勝敗・攻略の話へ逸れる可能性があります。
採択済み実行案へ戻してください。

【質問候補】
・勝敗ではなく、職人として気になる点はどこですか?
・玉の流れを見る時、部品の当たり方に違和感はありますか?
・音や振動に、フレーム検品と似た感覚はありますか?

「大槻さん」

 青髪がすぐに呼びかけた。

「今の続きは、勝敗の話に寄りそうです。職人として気になる点に戻してください」

「まだ何も言ってねえだろ」

「言いそうでした」

「お前は俺の心を読むのか」

「GVS撮影支援モードが進行の逸脱を検知しました」

「機械にまで口出しされるのかよ」

 赤髪が笑った。

「今のやり取りも撮れてます」

「使うな!」

 金黒が大槻をなだめるように言った。

「でも大槻さん、勝てるとか言わずに、どこが気になるかだけ話してくれれば十分面白いですよ」

 大槻は、しばらく黙っていた。

 そして、目の前の台へ向き直った。

「……勝てるかどうかは知らねえ。俺はフレーム屋だ。見るのは、音と振動と、部品がどう当たってるかだ」

 赤髪が、無言でカメラを寄せた。

 金黒が小さく拍手した。

「今の、めちゃくちゃいいです」

「騒ぐな。店だぞ」

「大槻さんが一番声大きいです」

「うるせえ」

 青髪は端末を操作し、進行共有欄へ短い報告を入れた。

【11:14 青髪】
大槻さんが勝敗寄りの発言に進みかけましたが、実行案に戻せました。音・振動・玉の流れを眼鏡フレーム製作の感覚と接続した発言が複数あります。

【11:18 白瀬】
了解しました。公開候補として確認します。

【11:19 黒川】
本当に動画として成立しそうなのですか。

【11:21 青髪】
悔しいですが、成立しそうです。

 返事は、しばらく来なかった。

午後は現場です

 午後零時半。

 試験撮影は予定通り終了した。

 工場へ戻る車内で、大槻は満足そうに腕を組んでいた。

「まあ、悪くなかったな」

 赤髪が笑った。

「大槻さん、かなり喋れますね。次はもっと撮れますよ」

「次がある前提で話すな」

 金黒が言った。

「でも、動画になったらかなり見られると思いますよ」

「当然だ。俺が出てるんだからな」

 青髪は、端末から目を離さずに言った。

「大槻さん。午後は工場に戻って通常業務ですからね」

 大槻の顔が固まった。

「は?」

「午前中の撮影は、試験撮影業務です。午後の勤務がなくなったわけではありません」

「俺は午前中、出演してやったんだぞ」

「はい」

「疲れてるだろうが」

「午後は現場です」

「出演者の休養はどうなってんだ」

「いつからタレントになったんですか」

 赤髪が吹き出した。

 金黒は笑いながら言った。

「大槻さん、もう気持ちは完全に売れっ子ですね」

「うるせえ。俺を誰だと思ってる」

 青髪は、静かにGVSアプリへメモを入れた。

【要確認】
大槻氏が撮影業務後の休養・勤務調整を要請する可能性あり。

「おい、今なんか書いただろ」

「今後の確認項目です」

「余計な仕事を増やすな!」

「大槻さんが言い出したんです」

 午後一時半。

 四人は工場へ戻った。

 黒川は、管理室の前で腕を組んで待っていた。

「お疲れさまでした」

「おう。黒川、俺は今日はもう――」

「午後は現場です」

「お前もか!」

 白瀬はその隣で、受け取った撮影ログを確認していた。

【試験撮影ログ】
撮影時間:三時間
使用台数:二台
録音・文字起こし:完了

【公開候補】
・玉の流れと、フレームの力が逃げる感覚を比較した説明
・音の違和感と、職人の検品感覚を接続した説明
・「自分はパチンコ台の専門家ではなく、眼鏡フレーム職人として見る」という発言

【要修正・非公開候補】
・勝敗へ寄りかけた発言:四件
・攻略と誤解される可能性のある発言:一件
・大槻の怒鳴り声:複数

 黒川は、その画面を見ながら言った。

「三時間も撮影して、公開候補はこれだけですか」

 青髪が答えた。

「短い動画にするなら十分です」

「本当に公開するつもりですか」

 白瀬が、眉間にしわを寄せたまま言った。

「内容だけ見れば、かなり良いと思います」

「白瀬さんまで」

「問題はタイトルと編集です。攻略動画に見えれば危険ですが、眼鏡フレーム職人の技術観察として出すなら、企画の趣旨には沿っています」

 赤髪が、待っていましたとばかりに端末を見せた。

【公開候補タイトル】
眼鏡フレーム職人・大槻、パチンコ台の音と玉の流れを見てみた

 黒川は、しばらく画面を見つめた。

「……本当に、こんなものを会社の技術発信として出すのですか」

 赤髪が言った。

「出した方がいいです。普通の工場紹介動画より、絶対に見られます」

「絶対という言葉を簡単に使わないでください」

 青髪が止めた。

 金黒が大槻を振り返った。

「大槻さんは、どう思います?」

 大槻は腕を組み、わざとらしく考え込んだ。

「まあ、俺の技術が世間に伝わるなら、出してやってもいい」

 黒川は、額を押さえた。

 午前中だけで、もうこれである。

 撮影前には、しぶしぶ仕事で行くと言っていた男が、午後には自分の動画を世間へ出してやると言っている。

 黒川は、GVS管理画面に目を戻した。

 そこには、新しい通知が表示されていた。

【外部公開確認待ち】
眼鏡フレーム職人・大槻 試験撮影動画

 黒川は、深く息を吐いた。

「……まずは、午後の作業をしてください」

 大槻は不満そうに作業場へ歩いていった。

 赤髪は撮影データを持って編集室へ向かい、青髪は公開前確認用のログを整理し、金黒は大槻の後を追いながら、まだ褒め続けていた。

「大槻さん、午後の現場も撮ったら面白そうですね」

「撮るな!」

 その声が、工場に響いた。

 黒川は、思った。

 化け物は、午前中だけで随分と育ってしまった。

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