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GVSが生んだ化け物 第四話 魔法のランプ 

目次

東京へ行かなくても

 鯖川フレーム製作所の旧資料室は、いつの間にか簡易編集室になっていた。

 以前は、古い製品カタログや設備点検表が積まれていた部屋である。今は壁際にモニターが置かれ、撮影用の機材が並び、赤髪が編集ソフトの画面を開いていた。

 映っているのは、大槻だった。

『勝てるかどうかは知らねえ。俺はフレーム屋だ。見るのは、音と振動と、部品がどう当たってるかだ』

 画面の中の大槻が、偉そうに腕を組んでいる。

「ここ、やっぱりいいっすね」

 赤髪が言った。

「短く切れば、冒頭に使えます」

「その後に、大槻さんが青に止められて怒ってるところを入れると、固すぎなくていいと思います」

 金黒が椅子の背にもたれながら言った。

 青髪は、GVS撮影ログと映像の使用可否を照らし合わせている。

「使えると思います。ただ、コメント欄で攻略動画と誤解されそうな反応があったので、概要欄と冒頭に『眼鏡フレーム職人としての観察企画』と表示します」

「まだそんな細かいことやってんのか」

 部屋の隅で缶コーヒーを飲んでいた大槻が、面倒そうに言った。

「必要です」

「俺が喋ってりゃ分かるだろ。攻略なんかじゃねえって」

「分からない人もいます」

「馬鹿のために文字を増やすな」

「その発言は公開しません」

「するな」

 赤髪と金黒が笑った。

 大槻は不機嫌そうに缶を机へ置いた。

「それにしても、お前らも随分楽しそうだな。仕事だぞ、これは」

「大槻さんが言います?」

 赤髪が振り返った。

「撮影の日、一番はしゃいでたじゃないですか」

「俺は盛り上げてやったんだ」

「仕事でしぶしぶ、でしたっけ」

「うるせえ」

 金黒が笑いながら言った。

「でも、本当にありがたいですよ。大槻さんにも、GVSにも」

「あ?」

 大槻は眉をひそめた。

「なんだ急に。気持ち悪いな」

「俺、実は東京に行こうと思ってたんすよね」

 赤髪が、編集画面を見たまま言った。

「動画の仕事やりたくて。東京なら、何かあるかなと思って。でも親が反対するし、金もないし、結局ここに残ったんです」

「東京なんか行っても、家賃で死ぬだけだろ」

「まあ、そうかもしれないですけど。でも鯖川に残ったら、ずっと工場で同じ作業だけやるんだと思ってました」

 赤髪は、画面の中の大槻を指さした。

「まさか、工場の給料もらいながら、カメラ持って動画作ることになるとは思わなかったです」

 金黒もうなずいた。

「俺も子どもの頃から、動画に出たり、編集したりする仕事に憧れてたんですよ。でも、普通に考えたら無理じゃないですか。登録者もいない。収入もない。東京に出たところで成功する保証もない」

「今だって成功したとは限らねえだろ」

「でも、給料の保証がある状態で挑戦できるのは大きいですよ。動画が伸びなかったら即生活できなくなる、ってわけじゃないですから」

 青髪も、端末から顔を上げた。

「それに、工場技術発信チームという形なら、ただ目立つためではなく、工場の仕事として意味を持たせられます。撮影も、編集も、GVSログ管理も、今までここにはなかった仕事です」

「ふん」

 大槻は、あまり興味なさそうに鼻を鳴らした。

 だが、三人は止まらなかった。

「俺、この前町で声かけられましたよ」

 金黒が嬉しそうに言った。

「動画に出てる人ですよね、って」

「俺も俺も」

 赤髪が笑う。

「工場の赤髪ですよね、って言われた」

「俺はまだないです」

 青髪が言った。

「青は画面に出てる時間少ないもんな」

「そのうち増やします」

「出る気あるんじゃねえか」

 大槻が呆れたように言った。

 金黒は笑いながら続けた。

「でも、今の鯖川ってすごいですよ。福野県じゃ、工場そのものが英雄扱いされ始めてるじゃないですか。若者が残る町を作る第一号だって。俺たちまで、地元の誇りみたいに見られ始めてる」

 大槻は、三人の顔を見た。

「なるほどな。そんなこともあるもんか」

 そして、椅子に深く座り直す。

「まあ、俺はパチンコができりゃ、それでいいんだがな」

「大槻さん、そこだけ一貫してますね」

「当たり前だ」

俺が担当になるとは聞いてねえ

 その時、大槻のスマホが震えた。

 画面を見た瞬間、彼の顔から笑みが消えた。

「……なんだ、これは」

「どうしました?」

 金黒が覗き込もうとする。

 大槻はスマホを机に置いた。

【新規参加要請】
外部技術導入・適合検証チーム

【概要】
外部企業・研究機関・技術者から提案された新技術について、鯖川フレーム製作所の製造工程、安全基準、熟練者の感覚に適合するかを検証する新チームを試験的に設置する。

【参加要請】
眼鏡フレーム製作の経験、技術説明実績、外部発信活動を持つ大槻源三さんに、初期検証メンバーとして参加していただけませんか。

 赤髪が声を上げた。

「すごいじゃないですか! 新部署ですよ!」

「すごくねえよ」

「でも、大槻さんの技術が認められたってことでしょう?」

「面倒だっつってんだ」

 大槻は頭をかいた。

「このテーマ、俺も合論でいいと思ったんだよ。外の技術を入れて、鯖川に合う形で使えるか試す。悪くねえ話だと思った」

「じゃあ、いいじゃないですか」

「俺が担当になると思ってなかったんだよ!」

 大槻の声が編集室に響いた。

「俺はもう、動画撮影もやってる。見学者向けのフレーム説明もやってる。販売ブースにも顔を出せと言われてる。そこへ今度は技術開発チームだ?」

 青髪が慎重に言った。

「拒否することもできると思います」

「分かってる。分かってるがな……」

 大槻はスマホの画面を睨んだ。

「これは、まさかあれか。俺の有能さに気づいた上の連中が、使い潰そうって腹じゃねえだろうな」

 赤髪が笑った。

「自分で有能って言います?」

「事実だろうが」

「まあ、それはそうですけど」

「認めるのかよ」

「認めますよ。大槻さんいないと、今の動画も技術小話も成立してないですから」

 大槻は、一瞬だけ黙った。

 褒められて悪い気はしない。

 だが、仕事が増えるのは面倒だった。

 面倒なのに、断る気にもなれない。

 外部技術を、自分の目で見てみたい。

 使えるものなのか、口だけの連中が持ち込んだ玩具なのか、確かめてやりたい。

 そんな熱が、自分の中にあることを、大槻自身が一番よく分かっていた。

「……ちっ」

 大槻は、参加要請の画面を閉じなかった。

「本当に、ろくでもねえランプだな」

大槻さんばかりに、集まりすぎでは

 その頃、管理室では白瀬が同じ参加要請を見ていた。

「大槻さんばかりに、要請が集まりすぎではありませんか」

 黒川は、椅子の背にもたれた。

「私もそう思います」

「動画撮影、見学者対応、販売ブース、技術小話、今度は外部技術導入の検証です」

「現場が、まず大槻さんに接続すれば話が動くと思い始めているんです」

「危険ですね」

「危険です」

 黒川は即答した。

「GVSは、隠れていた才能を見つけました。しかし、見つけた才能へ仕事を集中させる仕組みにもなりかねない」

 白瀬は画面を見た。

 外部技術導入チームへの参加要請には、大槻を推す実行案と要請が並んでいた。

 熟練者の感覚が必要だ。

 外部向け説明ができる。

 新技術に疑いを持ちながらも試せる人物がよい。

 若手三人との撮影チームもあるため、導入過程を記録し発信できる。

 どれも、それなりに筋が通っていた。

「別の社員を育てる実行案を、少数意見として再合論にかけてはどうでしょう」

 白瀬が言った。

 黒川は、すぐには答えなかった。

「何のためにですか」

「大槻さんへの集中を避けるためです」

「若者を抜擢するためではありませんか」

 白瀬は言葉を止めた。

「大槻さんが応答できていて、本人も拒否していない。現場も、彼ならできると考えている。そこへ、若者定着モデルなのだから若者にも仕事を回すべきだ、と外から介入する。それは、本当に正当でしょうか」

「……確かに」

「もちろん、負担が限界になれば止めます。本人が拒否するなら別の人を探します。ですが、大槻さんが断らないんです」

「我慢している可能性は?」

「大槻さんの性格で、我慢して黙って引き受けているとは思えません」

 白瀬は、少しだけ笑った。

「それは、私も同意します」

「口では文句を言いますが、仕事はやる人間です。昔からそうでした。むしろ、やる気があるからこそ文句も多い」

 白瀬は、画面の中の要請をもう一度見た。

「GVSによって、隠れていた熱意を見つけられることは分かりました」

「熱意ですか」

「はい。社員によっては、決められた作業だけで十分な人もいる。逆に、もっと試したい、もっと評価されたい、もっと外とつながりたい人もいる。全員を一律に同じ仕事へ押し込むことの方が、非効率なのかもしれません」

 黒川は、しばらく黙った。

「……大槻さんが、その代表例だというのが納得できませんが」

「そこは、私もです」

 二人は同時にため息をついた。

GVSは魔法のランプだ

 編集室では、大槻がようやくスマホを机に置いた。

「お前ら」

 三人が振り返る。

「俺の直属の部下になれ」

「は?」

 赤髪が目を丸くした。

「今度の外部技術導入・適合検証チームに入れ。撮影だけじゃなく、新しい技術の確認も、俺と一緒にやれ」

「入れって……」

 青髪が困った顔をした。

「大槻さんに、そんな権限はないでしょう」

 大槻は、にやりと笑った。

「俺には、これがある」

 手に持ったスマホには、GVSの入力画面が開かれていた。

 金黒が首を傾げる。

「GVSを使って要請するってことですか?」

「そうだ。俺がお前らと技術開発チームをやりたいという実行案を出す。お前らが応答する。筋は通るだろうが」

「でも、それって……」

 赤髪が言いよどんだ。

「大槻さんの要請を通すために、俺たちを先に固めるってことですよね」

「お前らが本当に俺とやりたいなら、何の問題がある」

「それは……」

 三人は黙った。

 大槻と仕事を続けたいかと言われれば、続けたい。

 動画も面白い。

 技術開発チームも、興味がないわけではない。

 だが、何かが違う。

 青髪が、慎重に口を開いた。

「でも、どうして俺たちなんです? 大槻さん、仲のいいベテランの人もいますよね」

「あいつらは駄目だ」

 大槻は即答した。

「技術はある。仕事もできる。だが、GVSのことを何も分かっちゃいねえ」

「俺たちは分かっていると?」

「少なくとも、撮影支援モードを見て、要請を整理して、外に出すところまでやった。今の時代、そっちの方が頼りになる」

 青髪の顔が少し硬くなった。

「今の時代って、どういう意味ですか」

 大槻は笑った。

「俺はもう、分かっちまったんだよ」

「何をです?」

「これからの時代、これを使いこなせる奴が得をする。使えない奴は損をする。昔どれだけ偉かったか、何年働いたか、どんな技術を持ってるか。それだけじゃ足りねえ」

 大槻は、スマホを軽く振った。

「欲しいものがあるなら、実行案にする。人に動いてほしけりゃ、要請にする。応答を集める。外へ出す。金も人も仕事も、そこから引っ張る」

 金黒が、戸惑った声で言った。

「でも、それって……本来のシビックドライブの趣旨とは違うんじゃないですか」

「シビック?」

 大槻は鼻で笑った。

「なんだそりゃ」

「協力して、誰かを押しつぶさずに――」

「どうでもいいぜ、そんなことは」

 部屋が静かになった。

 大槻は、GVSの入力欄を開いたまま言った。

「重要なのは、GVSが魔法のランプだってことだけだ」

 青髪は、大槻の画面を見た。

 そこには、すでに入力途中の文章があった。

【入力中】
自分は、赤髪、青髪、金黒とともに、外部技術導入・適合検証チームで活動したい。撮影、記録、GVS進行確認、技術発信まで一体で行えるため、この四人で新チームへ参加することを要請する。

「大槻さん」

 青髪が低い声で言った。

「それが通らなかったら、どうするんですか」

 大槻は、迷いなく答えた。

「通るまでやる」

「通るまで?」

「実行案を出す。要請を出す。条件を変える。応答を集める。それでも駄目なら、相手が折れるまで合論するだけだ」

「そんなの、協力じゃないですよ」

 大槻は笑った。

「結果的に一緒に仕事をするなら、協力だろうが」

 誰も答えなかった。

 モニターには、少し前まで、大槻の動画が映っていた。

 文句ばかり言うベテランが、若者に乗せられ、職人としての価値を見つけられ、町の外へ届き始める映像だった。

 赤髪も、青髪も、金黒も、その変化を嬉しいと思っていた。

 自分たちの夢も、そこに乗っていた。

 地元に残ったまま、やりたかった仕事ができる。

 給料を得ながら、動画を作り、町の誇りになれる。

 GVSは、本当に魔法のランプだった。

 だが、ランプから出てきたものが、いつまでも願いを叶えるだけの存在であるとは限らない。

 青髪は、大槻の入力画面を見つめた。

 協力のための仕組みが、相手を折れさせるための道具へ変わろうとしている。

 新しい暴力の形が、そこに生まれようとしていた。

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