メガネのレンズ、スマートフォンや半導体の材料、自動車部品、食品包装、ペットボトル。普段の生活で三井化学という社名を意識する機会は多くありませんが、私たちが買う商品や使う道具の性能、安全性、資源の使い方を支える材料のかなり上流に、この会社の技術があります。
サントリーが2024年に導入した使用済み食用油由来のバイオパラキシレンを使うPETボトルのサプライチェーンにも三井化学は参加しました。
一方、化学会社は有害物質や高圧ガスも扱います。2025年には大牟田工場から塩素系ガスが工場外へ漏洩し、多数の周辺住民らが医療機関を受診しました。
生活を便利にする材料を作る力と、その製造過程で人を危険にさらさない力の両方を見る必要がある企業です。
結論:総合シビックランクはB
三井化学株式会社は、ライフ&ヘルスケア、モビリティ、ICT、ベーシック&グリーン・マテリアルズの4領域で事業を展開する総合化学メーカーです。
高屈折率メガネレンズ材料、半導体・電子部品工程材料、自動車向け樹脂・エラストマー、食品包装材料、基礎化学品、バイオマス・リサイクル原料など、最終製品の性能や製造方法を左右する素材を幅広く扱っています。
今回の審査では、事業による人間への貢献とInnovationをAと評価します。
高屈折率メガネレンズ材料MR™は、薄型・軽量で耐衝撃性にも配慮したレンズを可能にし、視力矯正を必要とする人の使いやすさに直接関係します。
2024年には大阪工場のクラッカーで廃プラスチック由来の熱分解油を原料として使い、ケミカルリサイクル由来の化学品・プラスチックの製造販売を開始しました。
研究開発では生成AIを使った特許調査で業務時間80%削減、2026年の文献調査AIでも初期検証で80%以上の調査時間削減が確認されています。
物流ではトラック予約システムによって先行拠点の平均待機時間を約70%削減し、危険物輸送ではタイヤ空気圧監視やローリーの温度・圧力監視、QRコード化した緊急連絡情報などを導入しています。
働く人への還元にも良い材料があります。
2026年3月期の三井化学単体は従業員5,198人、平均年齢40歳0カ月、平均勤続15年1カ月、平均年間給与871万7,118円でした。平均年間給与は賞与と基準外賃金を含む数字であり、前年比2.4%増をベースアップ率とは扱いません。
2024年度の平均残業時間は月20.0時間、有給休暇取得率78%、平均取得日数15.5日です。2025年度の法定開示では男性育児休業取得率97.3%まで上がっています。
ただし、働き方を本社勤務だけで評価することはできません。
化学工場では交替勤務があり、採用情報でも工場の三交替勤務職場への女性オペレーター配置を長年続けていることが確認できます。
オフィス系で利用できるコアタイムなしのフレックスやテレワークが、交替勤務の製造オペレーターに同じように使えるわけではありません。
また、2024年度には月80時間以上の超過勤務があった社員が64人おり、そのうち49人は管理社員でした。全社平均だけでは見えない長時間労働者が存在します。
SafetyはCとします。
最大の理由は2025年7月27日の大牟田工場TDIプラントにおける塩素系ガス漏洩事故です。
漏洩したのはホスゲン、塩化水素などの混合ガスで、工場敷地外へ拡散し、健康上の不調を訴えて医療機関を受診した人は再受診を含む延べ234人、うち17人が経過入院しました。
事故報告書では、配管破孔の技術的原因だけでなく、当日のガス漏洩警報が手動設定だったこと、宿日直者とのミスコミュニケーション、110番・119番通報が行われなかったこと、市や周辺住民への広報がマニュアルに規定されていなかったこと、休日・夜間の工場外有毒ガス漏洩を想定した訓練をしていなかったことまで明らかにされています。
さらに2026年6月には、大阪工場の高圧ガス保安検査で、規定どおり実施していない検査項目がある状態や、検査基準日を超過した状態で運転を継続した事実などが判明し、経済産業省から高圧ガス保安法に基づく厳重注意を受けました。
会社は設備の安全性や地域環境への影響はなかったと説明していますが、原因として本社ガバナンス不足、業務フローや法定検査管理システムの不備、担当者の認識不足を挙げています。
2025年の重大な漏洩事故の翌年に、別工場で保安検査管理の法令違反が確認されたことは軽く扱えません。
一方、事故後の対応は具体的です。
大牟田事故では二重管冷却部の外筒を撤去し、水混入検査と配管点検を強化し、設備と工場境界へ水カーテンを設置、ホスゲン検知器とプラント停止・遮断・脱圧を連動させる対策を決めました。
警報は常時自動へ変更し、外部通報を義務化し、市への連絡と周辺広報を宿日直者マニュアルへ加え、夜間・休日の工場外漏洩を想定した訓練を定期化しています。
第三者専門家も原因分析と対策を妥当かつ現実的と評価しています。
重大事故を長所で相殺することはできませんが、原因と組織上の失敗まで開示し、是正策を示したことは改善として評価します。
ProtectionはBです。
製品間での国内外生産拠点の相互活用、物流ルートの複線化、SOC、SIRT、外部脆弱性診断、年1回の復旧訓練、全従業員向け情報セキュリティ教育、標的型メール訓練など、災害・サイバー両面の仕組みがあります。
2026年には全国の物流倉庫を対象に自然災害リスクをデータで評価する仕組みを本格導入し、調査時間を約90%短縮しました。
熊本地震ではグループとしてウレタンマット、エア座布団、災害用水袋を被災地へ提供しています。
しかし、大牟田事故では休日・夜間の外部漏洩を想定した訓練や市民への初動広報が不足していました。
これは「危機計画が存在するか」ではなく、「実際の危機で市民を素早く守れたか」というProtection上の弱点です。
また、公開情報ではEDR、多要素認証、オフラインバックアップ、システム別の復旧目標時間などの詳細までは確認できません。
以上から、三井化学株式会社は、人間の生活を支える高機能材料、循環型原料、物流・研究DXなどに明確な長所を持つ一方、2025年大牟田事故と2026年大阪工場の保安検査違反という重いSafety上の課題を抱えている企業と判断します。
SafetyをCとし、重大事故を他項目のAで打ち消さず、総合シビックランクはBとします。
| 審査項目 | ランク | 主な評価 |
|---|---|---|
| 労働環境 | B | 平均年収871万7,118円、平均勤続15年1カ月、有休取得率78%、男性育休97.3%などを評価。一方、工場の交替勤務、月80時間以上の超過勤務者64人、女性管理職8.0%、有期雇用の男女賃金差などが課題 |
| 事業による人間への貢献 | A | 視力矯正材料、電子・自動車・包装材料、バイオマス・リサイクル素材を通じて生活の安全・性能・資源効率を支える。サントリーの廃食油由来バイオPETにも上流工程で関与 |
| Safety | C | 2025年大牟田工場の塩素系ガス漏洩で周辺住民ら延べ234人が受診、17人入院。2026年には大阪工場の高圧ガス保安検査不備で経産省から厳重注意。再発防止策と詳細開示は評価するが重大 |
| Innovation | A | ケミカルリサイクル、生成AIによる調査時間80%削減、物流待機時間70%削減、危険物輸送DXなど、技術を時間・安全・資源削減へ具体的に還元 |
| Protection | B | 生産・物流の複線化、SOC・SIRT、復旧訓練、災害倉庫サーベイ、被災地支援を評価。一方、大牟田事故で休日夜間の外部漏洩対応に実戦上の穴が判明し、サイバー復旧の詳細開示も限定的 |
| 総合シビックランク | B | 生活を支える材料技術とInnovationは強いが、化学メーカーに最重要なSafetyで重大な事故と保安管理違反が続いたためAにはできない |
基本情報
三井化学には多数の国内外子会社がありますが、本記事で審査するのは上場会社である三井化学株式会社そのものです。グループの数値や子会社の事例を使う場合は、必ず対象範囲を分けます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | 三井化学株式会社 |
| 英文名 | Mitsui Chemicals, Inc. |
| 創立 | 1997年10月1日 |
| 設立 | 1955年7月1日 |
| 本社 | 東京都中央区八重洲2-2-1 東京ミッドタウン八重洲 八重洲セントラルタワー |
| 代表者 | 代表取締役社長執行役員 市村 聡 |
| CEO就任 | 2026年4月1日 |
| 資本金 | 1,257億3,800万円 |
| 従業員数 | 単体5,198人、2026年3月31日時点 |
| 連結従業員数 | 16,967人、2026年3月31日時点 |
| 2026年3月期単体売上高 | 7,497億9,100万円 |
| 上場 | 東京証券取引所プライム市場 |
| 証券コード | 4183 |
| 主要事業 | ライフ&ヘルスケア・ソリューション、モビリティソリューション、ICTソリューション、ベーシック&グリーン・マテリアルズ |
| 国内製造拠点 | 7工場 |
市村聡氏は2026年4月1日に代表取締役社長執行役員CEOへ就任しました。前社長の橋本修氏は代表取締役会長となっています。
事故発生時の2025年7月は橋本氏が社長だったため、当時のニュースリリースに記載された代表者と現在の代表者は異なります。
主な業務内容と国内拠点
三井化学の製品は、完成品として店頭へ並ぶより、別企業の製品の性能を支える「材料」として使われることが多い会社です。
そのため、どの工場で何を作り、そこで働く人がどのような設備や化学物質を扱うのかを理解しないと、事業価値もSafetyも見誤ります。
4つの事業領域が生活のかなり上流を支える
ライフ&ヘルスケア・ソリューションでは、メガネレンズ材料、歯科・医療関連材料、食品・健康関連などを扱います。
モビリティソリューションでは、自動車の軽量化・安全・耐久に関わるエラストマーや複合材料などを供給します。
ICTソリューションでは、半導体・電子部品工程材料、光学材料、リチウムイオン電池材料、高機能食品包装材料などを扱います。
スマートフォンやデータセンター、半導体製造装置の名前に三井化学が見えなくても、その製造工程や性能を支える材料に関わっています。
ベーシック&グリーン・マテリアルズでは、フェノール、ポリウレタン、基礎化学品、バイオマス・リサイクル原料などを扱います。
ここは社会に必要な素材の上流である一方、大量の原料・エネルギーや危険物を扱う領域でもあり、環境・安全負荷と表裏一体です。
国内7工場で仕事とリスクの性質が異なる
公式会社概要では国内製造拠点は7工場です。
| 主な拠点 | 所在地 | 主な役割の例 |
|---|---|---|
| 市原工場 | 千葉県市原市 | 石化・樹脂系を含む大規模化学製造 |
| 茂原分工場 | 千葉県茂原市 | 各種機能材料の製造 |
| 名古屋工場 | 愛知県名古屋市 | 機能材料・樹脂関連の製造 |
| 大阪工場 | 大阪府高石市 | ポリプロピレン、フェノール・ビスフェノールA、アンモニア・尿素、シランガスなど。クラッカーも保有 |
| 岩国大竹工場 | 山口県・広島県境周辺 | 化学品・機能材料の大型製造拠点 |
| 徳山分工場 | 山口県周南市 | 化学品製造 |
| 大牟田工場 | 福岡県大牟田市 | 高屈折率メガネレンズ材料、ウレタン関連など |
製造現場では反応設備、高温・高圧設備、可燃性・有毒性のある化学物質、配管、タンク、ローリーなどを扱います。
オフィス勤務の残業やテレワークだけを見ても、工場で働く人の負担やSafetyは分かりません。
採用情報では、製造現場で三交替勤務に女性オペレーターを配置してきた歴史を紹介しています。
また社員紹介には、日勤の技術者が朝に前日の夜勤の運転状況を確認する事例があります。
24時間操業を支える交替勤務が存在することは明確です。
子会社・関係会社を三井化学本体と混同しない
連結従業員16,967人はグループ全体であり、三井化学株式会社単体の5,198人とは別です。
三井化学オペレーションサービス、三井化学分析センター、三井化学クロップ&ライフソリューション、プライムポリマーなどは別法人です。
歯科材料の事例には100%子会社Kulzerなどの事業も含まれますが、それを三井化学本体の直接製造実績として扱いません。
同じように海外子会社で起きた事故を三井化学国内本体の事故として書くこともしません。
事業による人間への貢献:A
化学材料は、市民から遠い産業のように見えます。
しかし、同じメガネを薄く軽くする、同じ自動車を軽量化する、同じ包装で食品を守る、使用済み資源を再び原料として使えるようにするといった改善は、最終的に生活の快適さ、安全、価格、資源消費へ返ってきます。
三井化学では、その人間への還元が具体的に確認できる事業が複数あります。
サントリーの廃食油由来バイオPETで上流工程を担当
水の比較企画との接点として重要なのが、2024年にサントリーが導入した使用済み食用油由来のバイオパラキシレンを使ったPETボトルです。
PET樹脂は、モノエチレングリコール約30%と、テレフタル酸約70%から構成されます。テレフタル酸の前駆体がパラキシレンです。
サントリーは2024年11月以降、使用済み食用油に由来するバイオパラキシレンをマスバランス方式で使用したPETボトルを、280ml・285mlの一部商品、約4,500万本分へ順次導入しました。
このサプライチェーンでは、Nesteが使用済み食用油からバイオナフサを製造し、三井化学がそのバイオナフサからバイオパラキシレン製造に使う中間原料を製造し、ENEOSがバイオパラキシレンを製造、Indorama Venturesがテレフタル酸とPET樹脂を製造し、岩谷産業がPET製造・納入管理を担っています。
したがって、三井化学がこのボトルの最終PET樹脂を作ったわけではありません。
また、この事例を「現在のサントリー天然水の全ボトルに三井化学の材料が使われている」と拡張することもできません。
それでも、化石資源だけに依存するPETから、廃食油という既存資源を上流原料へ取り込む仕組みに三井化学が参加したことは、容器サプライチェーンの人間貢献を評価するうえで具体的な関係です。
MR™は視力矯正を薄く軽くする
三井化学本体の代表的な生活密着素材の一つが、高屈折率メガネレンズ材料MR™です。
高屈折率材料を使うと、同じ度数でもレンズを薄くしやすくなります。
三井化学はMR™について、高屈折率、高アッベ数、軽量、高耐衝撃性などを特徴として説明しています。
強い度数のメガネほどレンズの厚さ・重さは装着感や外観へ影響するため、素材性能が利用者のQOLへ直接つながる分野です。
2026年6月には大牟田工場でMR™の追加生産能力増強を決定し、2029年上期の商業運転開始を予定しています。
供給力を高めることは需要対応として意味がありますが、投資額や販売量そのものを高評価の理由にはしません。
評価するのは、素材によって視力矯正器具を薄型・軽量化できる人間側の価値です。
一方、このMR™の生産拠点である大牟田工場で2025年にガス漏洩事故が起きています。
優れた製品があることと、安全な製造ができていることは別に評価します。
廃プラスチックを化学品の原料へ戻す
2024年3月、三井化学は大阪工場のクラッカーへ廃プラスチック由来の熱分解油を投入し、マスバランス方式によるケミカルリサイクル由来の化学品・プラスチックの製造・販売を開始しました。
マテリアルリサイクルしにくい複合素材や混合プラスチックも、熱分解して炭化水素油へ戻し、石化原料の上流へ投入できれば、廃棄や焼却だけに回す量を減らせる可能性があります。
従来の製造インフラを利用しながら再生由来原料を混ぜられる点は、大規模な素材産業を循環型へ移すための現実的な方法の一つです。
ただし、ケミカルリサイクルはエネルギーを使います。
すべてのプラスチックを無制限に循環できる魔法ではなく、リユースやマテリアルリサイクルが適する用途もあります。
三井化学自身も複数のリサイクル手法を扱っており、企業審査では「リサイクルという言葉」だけで評価せず、従来は再資源化しにくかった材料へ選択肢を増やしている点を評価します。
グループの医療・歯科材料は人の健康へ近い
三井化学グループは、歯科材料や医療関連領域も拡大しています。
たとえばKulzerのデジタル歯科領域では、3Dプリンティングを使う歯科補綴の省力化・品質安定化を進めています。
これはグループ会社の事例であり、三井化学株式会社本体の直接製造実績としては扱いません。
しかし、グループの事業ポートフォリオが基礎化学品だけでなく、人の視覚や口腔、医療へ近い領域へ広がっていることを理解する材料になります。
化学会社の人間貢献は外部負荷と同時に見る必要がある
高機能材料や循環素材が生活を改善しても、製造工程で大量のエネルギーを使い、事故・漏洩によって周辺住民を危険にさらせば、貢献はその分損なわれます。
三井化学は2024年度、三井化学単体の異常現象・事故が26件、グループ全体では31件と開示しています。
グループの重大事故の定義上は0件でしたが、漏洩22件、小火9件があり、異常現象・事故は目標8件以下を大きく上回りました。
さらに翌2025年には大牟田工場で工場外へ有毒ガスが拡散する重大な事態が起きています。
事業による人間への貢献は、製品や技術の価値を評価してAとします。
しかし、企業全体をSやAへ引き上げるには、同じ技術力を製造現場の安全へ確実に反映させる必要があります。
代表業務・代表事業:生活基盤を支える高機能材料と循環素材の製造
三井化学を一つの商品で代表させるのは適切ではありません。
本記事では「高機能材料と基礎化学材料を開発・製造し、最終製品の性能と資源利用を変える仕事」を代表業務として扱います。
メガネレンズ、自動車、半導体、包装、電池などの完成品メーカーは、材料に求める性能を自社だけで実現できるわけではありません。
透明性、耐熱性、耐衝撃性、接着性、バリア性、軽量性、電気特性など、最終製品の使いやすさや安全を材料メーカーの分子設計・製造技術が左右します。
三井化学の強みは、基礎原料から高機能材料まで幅広い技術を持ち、既存の巨大な化学インフラへバイオマス原料や廃プラ分解油を組み込もうとしている点です。
サントリーのバイオPET事例のように、消費者が直接三井化学を選んでいなくても、ボトル原料の上流で資源の種類を変える役割があります。
一方、この代表業務は高温・高圧、有毒・可燃性物質を扱うため、「便利な材料を作る力」と「事故を起こさない力」を切り離せません。
大牟田のガス漏洩は、この会社の社会的価値を考えるうえで例外的な別件ではなく、中核事業そのものに内在するSafetyの重要性を示す事例です。
代表業務の人間貢献は高く評価しますが、原料転換やDXだけでなく、配管腐食、検知、緊急遮断、外部通報、休日夜間訓練まで同じ水準で進化させることが不可欠です。
労働環境:B
自分や家族が三井化学で働くと考えるなら、平均年収の高さだけでなく、工場の交替勤務、残業の分布、有給休暇、育児、健康、女性登用、非正規・間接雇用まで見る必要があります。
三井化学には大企業として充実した制度と比較的高い報酬がありますが、製造現場と管理社員を含む負担には課題も残ります。
平均年収871万7,118円、平均勤続15年1カ月
2026年3月期の有価証券報告書では、三井化学株式会社単体の従業員数は5,198人、平均年齢40歳0カ月、平均勤続年数15年1カ月、平均年間給与は871万7,118円です。
平均年間給与には賞与と基準外賃金が含まれます。
前年から2.4%増えていますが、この2.4%は平均年間給与の増減率です。
既存社員の基本給を一律に2.4%引き上げたというベースアップ率ではありません。
化学メーカーとして高い給与水準を持つことは、企業が生み出した価値を働く人へ還元する一つの形です。
ただし、平均には研究者、管理職、本社部門、工場勤務者などが混在します。
工場オペレーターの基本給を平均年収から推定することはできません。
平均残業は月20時間だが80時間以上の社員も64人
2024年度の平均残業時間は月20.0時間です。
平均値だけなら極端な長時間労働企業とは言いにくい水準です。
一方、同年度に月80時間以上の超過勤務を記録した社員は64人、全体の0.9%でした。
内訳は一般社員15人、管理社員49人です。
割合は小さいものの、月80時間以上は健康管理上軽視できる数字ではありません。
特に管理社員が多いことから、一般社員向けの残業規制や平均値だけでは見えない負荷があると考える必要があります。
企業審査では「平均20時間だから問題なし」とはしません。
同時に、64人がいたから全社員が長時間労働とも書きません。平均と高負荷層を両方示します。
有給休暇取得率78%、平均15.5日
2024年度の有給休暇取得率は全体78%、平均取得日数は15.5日です。
一般社員の取得率86%に対し、管理社員は68%でした。
採用情報では年間休日122日、完全週休2日制、祝日、年末年始、年次有給休暇20日などが示されています。
さらに介護休暇、看護休暇、社会活動休暇など法定を上回る有給休暇制度があります。
休暇制度と実績の両方が確認できることはプラスです。
一方、管理社員の有休取得率が一般社員より低い点は、月80時間以上の超過勤務者が管理社員に多いことと合わせて注意が必要です。
工場の交替勤務とオフィスの柔軟勤務を分ける
本社・支店などではコアタイムなしのフレックスタイム制度やテレワーク制度があり、テレワークは月4日以上の出社を要件として利用できるとされています。
しかし、化学工場の設備を現場で運転するオペレーターが同じ条件で在宅勤務できるわけではありません。
三井化学は採用ページで、1993年から工場の三交替勤務へ女性を採用してきたことを紹介しています。
社員紹介でも、日勤の技術者が朝に前日の夜勤の運転状況を確認する場面が示されています。
製造設備を24時間安定操業するため、夜勤・交替勤務を担う人がいます。
交替勤務には深夜手当などの補償があっても、睡眠リズム、家庭生活、健康への影響は日勤と同じではありません。
オフィスのフレックスやテレワークを会社全体の働きやすさとして一括評価せず、工場勤務を別に考えます。
男性育休97.3%は高く評価
2026年3月期の法定開示では、三井化学株式会社の男性育児休業取得率は97.3%です。
前年度90.1%から上昇しています。
2024年度のESGデータでは男性育休取得率90%、平均取得日数43日、男女とも育休からの復職率100%でした。
単に数日の休暇ではなく、男性の平均取得日数まで示されている点は評価できます。
育児休業が女性だけの制度にならず、男性も実際に利用していることは、家族内で育児負担を分担しやすくし、女性側の離職やキャリア中断を減らす方向に働きます。
介護についても有給の介護休暇や支援情報の提供があります。
ただし、介護休業の取得率や平均取得日数など、育児と同じ粒度の最新単体実績は公開情報では十分確認できませんでした。
女性管理職8.0%、男女賃金差は構成差を含む
2026年3月期の三井化学単体では、女性管理職比率は8.0%です。
企業目標から見ても、管理職の男女構成はまだ偏っています。
男女賃金差は男性を100とした場合、全労働者84.8%、正規雇用85.3%、パート・有期労働者68.3%です。
この数字だけで「同じ仕事をする女性へ違法に低い給与を払っている」とは判断できません。
有価証券報告書では、同一職位・役割で労働条件に男女差はなく、構成人数の差が影響すると説明しています。
実際、正規雇用の管理職に限定すると94.6%、非管理職では92.9%まで差は縮まります。
それでも、全体の女性管理職比率8.0%という結果は、上位職への登用構成に差が残っていることを示します。
また、パート・有期労働者全体では68.3%であり、雇用区分や役割分布を含めた格差縮小は今後の課題です。
心身の健康指標には改善余地
2024年度の三井化学籍社員では、疾病強度率0.87、メンタル不調休業強度率0.65で、いずれも会社目標を上回りました。
男性社員の生活習慣病平均有所見率も10.32%で目標9.50%未満を達成していません。
これらの数字を「三井化学の仕事が病気を引き起こしている」と解釈することはできません。
健康状態には年齢、生活、個人要因など多くの要因があります。
一方、企業自身が健康KPIとして設定し、目標未達を把握している以上、働く人へのSafety・福利厚生の観点で改善対象です。
長時間労働者への対応、交替勤務者の睡眠・健康支援、メンタルヘルス支援を継続して結果で改善する必要があります。
労働組合と人権デューデリジェンス
有価証券報告書では、三井化学労働組合は東京、千葉、名古屋、大阪、山口、大牟田の6支部、4,016人の組合員を持ちます。
労働者が会社と集団的に交渉できる基盤があることはプラスです。
人権面では、2025年3月に国内製造拠点1社で、間接雇用の労働者を含む14人へインタビューする人権インパクトアセスメントを実施しました。
確認範囲では顕在的な負の人権影響は見受けられなかったとしています。
ただし、1拠点の調査を全工場・全委託先へ一般化できません。
調査自体も、サプライヤーや地域住民は対象外でした。
注意事項として長時間労働への人員補充・適正配置、緊急事態の誘導・応急処置、化学物質の掲示改善などが挙げられています。
特に2025年大牟田事故では地域住民への影響が現実化したため、人権評価でも「地域住民の健康と生活」を製造拠点の重要なライツホルダーとして扱う必要性が強まりました。
事業再編と雇用安定
三井化学は基礎化学品領域の再構築を進め、市原工場フェノールプラントの停止、トナーバインダー樹脂事業の撤退、子会社のNF3事業撤退など、生産設備・事業の選別を進めています。
今回確認した公開情報では、これらに伴う三井化学本体の大規模な整理解雇を裏付ける発表は確認できませんでした。
しかし、「工場が停止しても雇用に影響はない」と推測することもできません。
配置転換、技能再教育、地域雇用への影響は事業再編時に継続して確認すべきです。
以上から、報酬、休暇、育児制度、組合、人材制度は良好な一方、交替勤務、長時間労働者、女性登用・有期雇用の格差、健康KPIへの課題が残るため、労働環境はBとします。
Safety:C
化学会社のSafetyは、単に社員の労災件数だけでは判断できません。
有毒・可燃性・高圧の化学物質を扱う以上、一度の設備事故が工場外の住民や消防・警察、物流、顧客まで巻き込む可能性があります。
三井化学では安全管理の仕組みと改善活動を広く公開していますが、2025年と2026年に起きた具体的事実を重く評価します。
2025年大牟田工場でホスゲン等が工場外へ漏洩
2025年7月27日17時31分ごろ、大牟田工場のTDIプラントで、脱ガス塔の塔頂オフガス配管からガスが漏洩しました。
事故報告書によると、漏洩ガスはホスゲン、塩化水素、その他の塩素系混合ガスです。
工場敷地外へ拡散し、周辺地域で臭気が確認され、敷地境界のホスゲン検知器は検出上限値300ppbを超える濃度を検出しました。
健康上の不調を訴え医療機関を受診した人は、2025年8月27日時点で再受診を含む延べ234人です。
そのうち17人が経過観察のため入院し、その後全員退院しました。
人命死亡が確認された事故ではありません。
しかし、工場内部だけでなく周辺住民へ影響し、多数の受診者を出したことは、企業審査上の重大項目です。
配管破孔の背景に水混入と腐食
直接原因は、脱ガス塔の塔頂オフガス配管に破孔が生じたことです。
会社の推定では、上流の二重管構造の冷却装置でステンレス配管表面に汚れが付着し、応力腐食割れが発生しました。
そこから工業用水がプロセス側へ入り、塩素系ガスと反応して塩酸が生成され、配管のエルボ部周辺の減肉が加速し、破孔に至ったとされています。
再発防止として、外側の冷却用外筒を撤去して水混入の可能性を排除し、従来3カ所だった水混入検査へ脱ガス工程を追加、冷却水使用箇所などの応力腐食割れリスクを踏まえた配管点検を強化しました。
これは技術的な対策として合理性があります。
ただし、事故の問題は配管だけではありませんでした。
通報・初動対応の失敗が被害拡大リスクを高めた
事故報告書は、組織・危機対応上の問題をかなり具体的に認めています。
当日はガス漏洩警報の自動システムが手動作動の設定になっており、宿日直者の状況認知が遅れたと考えられています。
本プラントと宿日直者の間でミスコミュニケーションが生じ、宿日直者は状況を適切に把握できず、110番・119番通報を行いませんでした。
さらに、市への通報や周辺住民への広報活動が社内マニュアルに規定されておらず、休日・夜間の初動責任者も不明確でした。
工場では防災訓練を行っていましたが、休日・夜間かつ工場外へ有毒ガスが漏洩する状況を想定した訓練は実施していませんでした。
実際の時系列では17時31分に漏洩を確認し、17時42分に緊急停止を開始、17時47分には敷地境界でガスを検知しています。
プラント停止と漏洩停止は19時05分。
警察・消防が周辺住民へ外出を控え窓を閉めるよう広報したのは20時00分でした。
設備事故は完全にゼロにできないとしても、有毒ガスが工場外へ出たとき、市民へ何分で警報・避難情報を届けられるかはProtectionとSafetyの核心です。
この部分に事前設計の穴があったことを重く見ます。
水カーテン・自動遮断・通報訓練へ改善
事故後は、塩素系ガスを保有する設備と敷地境界へ水カーテンを設置し、漏洩時の拡散を抑える仕組みを追加しました。
ホスゲン検知器とプラント停止、緊急遮断、緊急脱圧を連動させ、漏洩時には遠隔操作弁で自動起動するシステムを構築するとしています。
通報面では、ガス漏洩警報を常時自動に改め、火災・漏洩の社内通報があれば程度にかかわらず外部通報するよう宿日直者マニュアルを改訂しました。
市への連絡と初期広報活動の指揮も明記し、夜間・休日・工場外漏洩を想定した訓練を定期実施することにしました。
原因分析と再発防止策は第三者専門家の確認を受け、「妥当かつ現実的」と評価されています。
事故後の透明性と是正は評価できます。
再稼働準備中にも別のガス漏洩を確認
2025年9月にTDI設備の再稼働準備を行った際、敷地外への影響はなかったものの、ガス等の漏洩が確認されました。
会社は改めて安全対策を行ったうえで、TDI設備を9月11日、レンズモノマーを9月14日に生産再開しました。
これは7月事故と同じ規模の周辺住民被害が再発したという意味ではありません。
しかし、大事故後の再稼働準備で別の漏洩が確認されたことは、設備立ち上げ時の慎重な確認が必要だったことを示します。
2026年には大阪工場で高圧ガス保安検査の法令違反
さらに2026年6月5日、三井化学は大阪工場の保安管理について経済産業省から高圧ガス保安法に基づく厳重注意を受けました。
2025年11月の社内調査で、規定どおり実施していない保安検査項目がある状態で運転を継続していたこと、保安検査基準日を超過した状態で運転を継続していたことが判明しました。
過去10年間に遡って大阪、市原、岩国大竹の特定認定事業所を調べたところ、大阪工場で他にも数件の同様事案が見つかりました。
会社は原因として、本社ガバナンス不足、保安検査業務フローの不備、法定検査管理システム運用の不備、担当者の認識不足を挙げています。
設備の安全性や地域環境へ影響を与えた事案ではないと説明しており、実際の事故として大牟田と同列には扱いません。
しかし、化学会社が自ら保安検査を担う認定制度の中で、検査の未実施・期限超過を複数確認したことは、Safety管理の信頼性に関わります。
2025年大牟田事故の翌年に別の保安管理上の問題が表面化した点も重い課題です。
2024年度も異常現象・事故31件、重大労災2件はグループ値
2024年度の三井化学グループでは、重大事故の定義上は0件でしたが、異常現象・事故は31件で、目標8件以下を達成できませんでした。
内訳は漏洩22件、小火9件です。
三井化学株式会社の対象は26件でした。
労働災害では、グループ全体で重大労働災害2件が開示されています。
1件は2023年12月の海外出張中の死亡労災が2024年9月に労災認定されたもの、もう1件は2024年12月の挟まれによる休業災害です。
これらはグループ範囲のデータであり、国内の三井化学本体の工場事故として一括して扱いません。
三井化学株式会社の「重視する労働災害」度数率は2024年度0.10で、会社目標0.15以下を達成しています。
一方、工事協力会社は1.03で目標を大きく超えています。
自社社員だけでなく、構内で働く協力会社の安全も改善対象です。
製品品質は別軸で重大インシデント0
2024年度のグループ品質KPIでは、PL事故・重大品質インシデントは0件、重大な法令・ルール違反も0件と開示されています。
化学プラントのプロセスSafetyが悪化したからといって、すべての製品品質まで悪いと断定することはできません。
逆に製品品質事故が0件だから、大牟田事故を相殺することもできません。
利用者向け製品品質と、工場・地域住民を守るプロセスSafetyを分けて評価します。
SafetyをCとする理由
三井化学には技術研修、リスクアセスメント、検査、設備保全、安全文化づくりなど多数の制度があります。
大牟田事故後の原因分析・再発防止も詳細です。
しかし、2025年に有毒ガスが工場外へ拡散し延べ234人が医療機関を受診した事実、初動通報・広報・休日夜間訓練に明確な欠落があった事実、2026年に別工場で高圧ガス保安検査の法令違反が複数確認された事実は、制度が現場で十分に機能したとは言えないことを示します。
重大事故を他の長所で相殺しないという基準から、SafetyはCとします。
今後、事故・漏洩件数が持続的に減少し、保安管理の再構築が結果として確認できるかが、評価改善の条件です。
Innovation:A
新技術が多い会社だからInnovationを高評価にするわけではありません。
市民にとって重要なのは、研究者の調査時間、トラック運転手の待機、危険品輸送時の確認作業、資源消費など、人間側の具体的な負担をどれだけ減らせたかです。
三井化学にはその効果を数字で確認できる事例があります。
生成AIで特許調査・文献調査を80%以上短縮
三井化学は2024年、化学分野に特化した生成AI特許チャットを開発し、特許分析や新規用途探索の実験で業務時間を80%削減したと公表しました。
2025年度から本格運用しています。
さらに2026年には、化学構造式から化合物情報を自律的に調査・整理する研究開発向け生成AIエージェントを開発し、初期検証で文献調査時間を80%以上削減できたとしています。
ここで評価するのは「生成AIを使った」ことではなく、研究者が文献を探して整理する定型的な時間を大幅に減らし、実験設計や判断、発明など人間にしかできない仕事へ時間を移せる可能性が具体的に示されていることです。
一方、AI導入によって研究部門の総労働時間や残業が何時間減ったかまでは公開されていません。
業務単位の削減を会社全体の時短実績へ拡張しません。
トラック待機時間を約70%削減
化学製品の工場物流では、トラックが荷役の順番を待つ時間も労働時間です。
三井化学は大阪工場の一部で出荷能力改善とトラックバース予約システムを導入し、平均待機時間を約70%削減したとしています。
その効果を踏まえ、大阪工場と岩国大竹工場の別拠点へ予約・受付システムを拡張しました。
これはInnovationの人間還元が非常に分かりやすい例です。
運転手が工場前で待つ時間が減れば、拘束時間、長時間労働、物流能力不足を直接軽減できます。
単なる社内DXではなく、委託物流会社で働く人の時間にも還元されます。
物流GHG算定作業を90%削減
三井化学は物流のGHG排出量算定でBIツールを使い、出荷伝票からエネルギー使用量・排出量を算定する仕組みによって、従来比で業務工数を90%削減したとしています。
環境データのために人が大量の転記・集計を続けるのではなく、自動化して分析・改善へ時間を使えるようにすることは、シビックランク上のInnovationとして評価できます。
危険物輸送では安全を人の目だけに依存しない
危険品輸送では、TPMSでタイヤ空気圧・温度を監視し、バーストや車両火災の予兆検知を進めています。
液化ガス輸送では、従来はローリー上部のアナログ計器へ乗務員が上り下りして温度・圧力を確認していました。
三井化学はプラント監視技術を応用し、計器データをデジタル化してキャビン内や運行管理側から確認できる仕組みを導入しています。
高所への昇降回数を減らし、異常を早く把握できるなら、作業負担と事故リスクの両方を減らせます。
QRコード化したイエローカードによって、事故時に消防・警察などが危険物情報と緊急対応情報へ素早くアクセスできる仕組みも本格運用しています。
ケミカルリサイクルを既存大型設備へ組み込む
Innovationはデジタルだけではありません。
大阪工場のクラッカーに廃プラ熱分解油を投入し、既存の石化設備を使って再生由来の化学品・プラスチックを製造する仕組みは、インフラの使い方そのものを変えるInnovationです。
2025年には、異種混合・複合プラスチック由来の熱分解油に含まれる不純物を処理し、クラッカー投入可能な品質へ高める精製技術開発がNEDOの実用化開発プログラムに採択されました。
現在はサーマルリサイクルへ回っている材料まで原料化できれば、資源循環の範囲が広がります。
InnovationをSとしない理由
研究、物流、資源循環の各分野で人間側への具体的効果が確認できるため、InnovationはAです。
ただし、2025年大牟田事故は、化学会社にとってデジタル技術や自動化が進んでも、基本的な配管健全性、警報設定、緊急通報、訓練が機能しなければ人を守れないことを示しました。
Innovationの最高評価には、新しい仕組みが工場Safetyや交替勤務、超過勤務まで会社全体で改善していることをさらに確認したいところです。
Protection:B
化学素材は目立たなくても、多くの産業の供給網の上流にあります。
三井化学の工場や物流が止まれば、メガネ、自動車、半導体、包装など別企業の生産へ波及する可能性があります。
Protectionでは、災害やサイバー攻撃を「防ぐ計画」だけでなく、起きた後に人と供給をどれだけ守れるかを見ます。
生産拠点・物流ルートの複線化を進める
三井化学グループはBCP強化の具体策として、製品間でのグローバルな生産拠点の相互活用、国内外の物流会社・船会社との連携による物流ルート複線化を挙げています。
特定工場が止まった場合に別拠点で製造できる製品を増やし、船・陸送など輸送ルートの選択肢を持つことは供給継続の基本です。
一方、すべての製品が別工場で代替できるわけではありません。
大牟田事故ではTDI設備が停止し、関連するレンズモノマー設備も一部停止しました。
会社は在庫で対応し出荷に問題はないと説明しましたが、特殊設備の集中はSupply Protection上の課題です。
SOC、SIRT、復旧訓練まで確認できる
サイバー面では、攻撃検知・対策を担うSOCを構築・運用し、不審事象をSIRTへ報告する仕組みを周知しています。
外部機関によるセキュリティアセスメントと脆弱性診断も実施しています。
事業継続・緊急時対応計画とインシデント対応手順を整備し、手順に沿った復旧訓練を年1回実施。
全グループ従業員へ年1回の情報セキュリティeラーニングを義務付け、三井化学と国内関係会社を対象に標的型メール訓練も行っています。
サイバー攻撃は受けないことだけを目標にするのではなく、検知・対応・復旧まで備える必要があります。
その点でSOC、SIRT、復旧訓練まで公開されていることはプラスです。
一方、公開情報ではEDRの全端末適用、多要素認証やゼロトラストの具体的範囲、OTネットワーク分離、オフラインバックアップ、システム別のRTO・RPOなどは十分確認できませんでした。
実施していないとは判断せず、A評価に必要な公開根拠が不足しているとします。
倉庫の自然災害リスク調査を約90%短縮
2026年、三井化学は台風・豪雨等による物流停止に備え、倉庫の立地条件や保管内容をデータから評価する「机上サーベイ」を全国倉庫へ本格導入しました。
従来の現地調査中心の手法に比べ、リスクサーベイに要する時間を約90%短縮できるとしています。
短時間で多くの倉庫を評価できれば、洪水や土砂災害などのリスクが高い拠点を早く特定し、保管分散や改善へつなげやすくなります。
これはDXをProtectionへ直接つなげた例として評価できます。
災害支援は実績がある
三井化学グループは、災害発生時に提供するウレタンマットレス、シート、エア座布団などを備蓄し、SEMAなどを通じた支援体制を持っています。
2026年の熊本地震では、グループとしてウレタンマット500枚、エア座布団200枚、災害用水袋1,500個を熊本県へ提供し、日本赤十字社への寄付も行いました。
これは事業継続とは別に、「自社が持つ材料・製品を市民のProtectionへ使う」実績です。
ただしグループ支援であり、三井化学株式会社単体の工場BCP性能と混同しません。
大牟田事故はProtection上も重い
ProtectionをAにできない最大の理由は、2025年大牟田事故の初動です。
17時47分には敷地境界でガスが検知されていましたが、市民への外出抑制・窓閉め広報は20時00分に警察・消防が実施しました。
市への通報や周辺広報が社内マニュアルに定められておらず、休日夜間の初動責任者も不明確でした。
BCPや危機管理の制度があっても、実際の有毒ガス漏洩時に「誰が行政へ連絡し、誰が住民へ知らせるか」が決まっていなかったことは、周辺市民を守るProtectionの実戦上の欠陥です。
事故後にマニュアルを改訂し、警報の常時自動化、外部通報義務化、市への連絡、夜間休日訓練を追加したことは大きな改善です。
今後は訓練結果と実際の異常時対応時間が改善しているかを確認したいところです。
ProtectionをBとする理由
三井化学は、複数生産拠点、物流ルート複線化、SOC、SIRT、復旧訓練、災害リスク調査、災害支援など、Protectionの基礎を相当程度持っています。
一方、2025年の実事故で周辺住民への初動対応に穴があったこと、特殊製品の生産集中、サイバー復旧の詳細が公開されていないことを踏まえるとAには届きません。
計画だけではなく実際の危機対応を重視し、ProtectionはBとします。
項目別評価
| 項目 | ランク | 評価理由 |
|---|---|---|
| 労働環境 | B | 単体平均年収871万7,118円、平均勤続15年1カ月、有休取得率78%、男性育休97.3%、労組を評価。工場交替勤務、月80時間以上の超過勤務者64人、女性管理職8.0%、有期雇用の男女賃金差、健康KPIに改善余地 |
| 事業による人間への貢献 | A | 高屈折率メガネレンズ材料、ICT・自動車・包装材料、バイオマス・リサイクル素材で生活性能と資源効率を支える。サントリーの廃食油由来バイオPET供給網にも上流原料工程で参加 |
| Safety | C | 大牟田工場の有毒ガス漏洩で延べ234人が受診・17人入院。通報・広報・休日夜間訓練にも不備。2026年には大阪工場の保安検査違反で経産省から厳重注意。具体的な再発防止と開示は評価 |
| Innovation | A | 生成AIで調査時間80%以上削減、トラック待機70%削減、物流集計90%削減、危険物輸送DX、ケミカルリサイクルなど、人間の時間・危険・資源消費を減らす実績が具体的 |
| Protection | B | 生産・物流複線化、SOC・SIRT、復旧訓練、災害倉庫サーベイ、被災地支援を評価。大牟田事故で実戦の初動課題が判明し、サイバー復旧・代替生産の詳細開示も不足 |
| 総合シビックランク | B | 人間への貢献とInnovationはA相当だが、化学会社の中核責任であるSafetyで重大な周辺住民被害と保安管理違反が確認され、長所で相殺できない |
総合評価
三井化学株式会社は、「化学会社」という言葉だけでは生活との距離が分かりにくい企業です。
しかし実際には、メガネの薄さ、スマートフォンや半導体の性能、自動車の軽量化、食品包装の機能、ペットボトル原料の由来など、私たちが毎日使う製品のかなり上流を支えています。
事業による人間への貢献は高く評価できます。
MR™のような高屈折率メガネレンズ材料は、視力矯正を必要とする人のレンズを薄く軽くしやすくします。
廃プラスチック由来の熱分解油を大阪工場のクラッカーへ投入する取り組みは、従来は再資源化しにくかった材料を再び化学品・プラスチックへ戻す道を広げます。
サントリーの使用済み食用油由来バイオPETでは、三井化学は最終樹脂メーカーではありませんが、バイオナフサからバイオパラキシレンへつながる中間原料を作る役割を担っています。
消費者がペットボトルを選んだときに見えない上流企業も、資源循環や化石資源依存を左右しています。
Innovationも強い会社です。
生成AIによって研究者の特許・文献調査時間を80%以上削減し、トラック予約システムで平均待機時間を約70%削減し、物流GHG算定の作業工数を90%削減しています。
危険物輸送ではタイヤやタンクの状態監視をデジタル化し、事故の予兆検知と乗務員の作業負担低減を同時に狙っています。
単に「AIを導入した」「DXを進めている」ではなく、何時間・何%減ったかまで示せる事例が複数あるため、InnovationはAとしました。
労働環境にも大企業としての強みがあります。
平均年間給与871万7,118円、平均勤続15年1カ月、有休取得率78%、男性育休97.3%、労働組合4,016人など、長く働きやすくする制度と実績は複数確認できます。
一方、工場の交替勤務はオフィスのフレックスやテレワークとは別の負担です。
月80時間以上の超過勤務者が64人おり、その多くが管理社員だったことも見逃せません。
女性管理職8.0%や有期雇用の男女賃金差にも改善余地があります。
それでも、今回の総合評価をAではなくBへ下げる決定的な理由はSafetyです。
2025年7月27日、大牟田工場でホスゲン、塩化水素などを含む塩素系ガスが漏れ、工場外へ拡散しました。
健康上の不調を訴え、医療機関を受診した人は再受診を含む延べ234人。17人が経過入院しています。
これは「軽微な設備トラブル」ではありません。
さらに事故報告書によって、配管腐食だけでなく、警報が自動ではなく手動設定だったこと、宿日直者とのミスコミュニケーション、110番・119番通報が行われなかったこと、市への連絡や住民広報がマニュアル化されていなかったこと、休日夜間の工場外有毒ガス漏洩を想定した訓練がなかったことが明らかになりました。
三井化学がこれらを詳細に公開したことは評価できます。
事故後には外筒撤去、配管検査強化、水カーテン、検知器連動の自動停止・遮断・脱圧、警報の常時自動化、外部通報義務化、夜間休日訓練など、技術と組織の両面で再発防止策を組みました。
重大事故を起こした会社でも、原因を隠す企業と、原因と組織上の失敗まで公開して改善する企業は同じではありません。
この透明性と改善は、SafetyをDではなくCとする重要な理由です。
しかし、その翌2026年には大阪工場で高圧ガス保安検査の未実施・期限超過等が判明し、経済産業省から厳重注意を受けました。
過去10年間を調査すると大阪工場で他にも数件の同様事案が確認され、会社自身が本社ガバナンス不足や管理システム運用不備を原因として挙げています。
設備安全へ直ちに影響した事案ではなく、大牟田事故と同じ人的被害が出たわけでもありません。
それでも、安全を最優先にすべき化学メーカーで、事故後も別の保安管理上の弱点が明らかになったことは重い事実です。
企業審査では、高い給料、優れた製品、AIによる時短、災害支援があるからといって、周辺住民へ影響した有毒ガス漏洩を相殺しません。
逆に、事故があったという一事だけで、その後の改善や人間貢献を無視して企業全体を最低評価にすることもしません。
三井化学の現在地は、技術力と人間貢献のポテンシャルは高い一方、その技術を「安全に作り続ける」という化学会社の最も基本的な責任を再構築している途中だと考えるのが適切です。
今後、異常現象・事故件数が継続的に減少すること。
大阪工場の保安検査不備に対する水平展開が定着すること。
大牟田で追加した夜間・休日訓練や自動警報・遮断が実際に機能すること。
協力会社を含む労災が減ること。
この結果が確認できれば、Safetyと総合ランクを上げる根拠になります。
私たちがメガネ、スマートフォン、自動車、飲料を買うとき、材料メーカーの名前までは見えません。
それでも、支払ったお金はサプライチェーンの上流へ流れ、どの材料と製造方法が広がるかを支えています。
三井化学は、その上流で資源循環や高機能材料を前進させる力を持つ企業です。
同時に、有害物質を扱う企業として、周辺住民と働く人の安全をその技術力に見合う水準まで引き上げる責任があります。
以上から、三井化学株式会社の総合シビックランクはBと判断します。
出典一覧
1.三井化学株式会社「会社概要」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/corporate/overview/index.htm
2.三井化学株式会社「工場・国内拠点」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/corporate/group/domestic_works/index.htm
3.三井化学株式会社「2026年4月1日付役員一覧及び人事異動のお知らせ」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0205_6/index.htm
4.三井化学株式会社「第29期 有価証券報告書」2026年6月
https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
5.三井化学株式会社「ESGパフォーマンスデータ 社会」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/esg_performance/society/index.htm
6.三井化学株式会社「制度・福利厚生」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/career/recruit/workstyle/welfare.htm
7.三井化学株式会社「採用情報 福利厚生」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/career/information/
8.三井化学株式会社「人権の尊重 取り組み」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/society/rights/initiative/index.htm
9.三井化学株式会社「安全・保安 マネジメントシステム」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/rc/safety_prevention/ms/index.htm
10.三井化学株式会社「事故・労働災害」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/rc/safety_prevention/accident/index.htm
11.三井化学株式会社「弊社工場におけるガス漏洩事故の対応状況について 第8報」2025年9月3日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2025/2025_0903/index.htm
12.三井化学株式会社「大牟田工場 塩素系ガス漏洩事故調査報告書 概要」2025年9月
https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2025/250903_1_2.pdf
13.三井化学株式会社「弊社工場の設備生産再開について 第9報」2025年9月12日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2025/2025_0912/index.htm
14.三井化学株式会社「弊社工場の設備生産再開について 第10報」2025年9月17日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2025/2025_0917/index.htm
15.三井化学株式会社「当社に対する高圧ガス保安法に基づく厳重注意について」2026年6月8日
https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/260608.pdf
16.サントリーホールディングス「使用済み食用油由来のバイオパラキシレンを使用したペットボトルを世界で初めて商品に導入」2024年10月28日
https://www.suntory.co.jp/news/article/14688.html
17.三井化学株式会社「高屈折率メガネレンズ材料 MR™ の生産能力を増強」2026年6月3日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0603_1/index.htm
18.三井化学株式会社「廃プラ分解油によるケミカルリサイクル製品の製造開始」2024年3月22日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2024/2024_0322/index.htm
19.三井化学株式会社「生成AIを活用した特許チャットを開発」2024年12月25日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2024/2024_1225/index.htm
20.三井化学株式会社「研究開発の文献調査を革新する生成AIエージェントを開発」2026年3月2日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0302/index.htm
21.三井化学株式会社「トラックバース予約受付システムを大阪工場、岩国大竹工場に導入開始」2024年12月18日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2024/2024_1218/index.htm
22.三井化学株式会社「物流の安全・品質」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/rc/transportation/safety/index.htm
23.三井化学株式会社「情報セキュリティ 取り組み」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/risk_compliance/information_management/initiative/index.htm
24.三井化学株式会社「リスクマネジメント 取り組み」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/risk_compliance/risk/initiative/index.htm
25.三井化学株式会社「異常気象リスクに備えた物流倉庫のリスクサーベイを加速」2026年5月12日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0512_1/index.htm
26.三井化学株式会社「令和8年熊本地震による被災地・被害者の方々への支援について」2026年8月7日
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0807/index.htm
27.三井化学株式会社「災害支援」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/society/contribution/assistance/index.htm
調査時点:2026年9月6日
