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我が町こそ世界一の都 第四話 要請の先にいた人

目次

初めての動画制作会

 瀬戸口食堂の定休日、店の入口には小さな紙が貼られていた。

【地域GVS試験企画】
【町の動画制作会・初回撮影中】
【一般見学・飛び入り参加は受け付けていません】

 瀬戸口美和子は、その紙を眺めながら、思わず口元を緩めた。

「ずいぶん堅い書き方ね」

「初回なので。人が来て撮影が止まったら困りますし、何かあった時に、勝手にやっていたと思われるのも避けたいので」

 春日陽斗は、店内の隅に置いた端末を確認しながら答えた。

 今日は、陽斗が地域GVSへ出した実行案――町の動画制作会の初回試験日だった。

 瀬戸口食堂の定休日の午後を二時間だけ借り、店の料理と、夜市に関する資料を短い動画として撮影する。
 参加者は陽斗を含めて三人。
 撮影後の清掃、利用記録、公開前確認の依頼まで、企画者側で行う。

 美和子が条件付きで認めた、最初の企画だった。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

 入口から、緊張した声が聞こえた。

 陽斗の実行案を見て参加を希望した若者たちだった。

 一人は、近くの大学へ通う青年。映像撮影や機材に興味があり、まずは撮影補助から参加してみたいと応答していた。

 もう一人は、商店街から少し離れた地域に住む女性。短い動画の字幕作成や投稿文の作成なら協力できると要請を返していた。

 二人とも、美和子とは初対面だった。

 以前なら、店で何かを始める時に集まるのは、荒木や水野や倉田のような、いつもの顔ぶれだった。
 新しい若者が来るとしても、美和子が誰かから紹介され、様子を見ながら手伝いへ入れることが多かった。

 けれど今日は違う。

 陽斗が自分で実行案を出し、それを見た人間が、自分の意思でこの店へ来た。

「どうぞ。今日は営業日じゃないから、お客さんはいないけど」

 美和子が声をかけると、二人は頭を下げて店内へ入った。

 陽斗は、三人が揃ったことを確認すると、GVSの実行記録を開始した。

【町の動画制作会・初回試験実施】

【企画者】
春日陽斗

【場所提供者】
瀬戸口美和子

【実施内容】
瀬戸口食堂の料理一品と、夜市活動に関する資料を撮影し、地域紹介用の短い動画を試作する。

【実施条件】
・実施時間は午後一時から午後三時まで
・参加者は三名
・撮影対象は事前確認した範囲に限る
・動画は公開前に場所提供者および撮影対象者が確認する
・清掃、機材管理、活動記録は企画者側で行う
・継続可否は初回実施後に再確認する

「では、始めます」

 陽斗は二人へ向き直った。

「最初は、料理の撮影をします。その後、夜市の写真を数枚撮って、瀬戸口食堂が地域の活動に関わってきた店だということを短く紹介します。完成動画は一分半くらいを予定しています」

「一分半?」

 美和子は、思わず聞き返した。

「短くない?」

「最初なので、見てもらいやすい長さにしたいと思ってます。長い話は、次の企画で扱えればと」

「でも、夜市の話をするのに一分半では、ほとんど伝わらないでしょう」

「今回は、全部を説明するというより、まず店と夜市の関係を知ってもらうところからでいいと思っています」

「そう……」

 美和子は、そこで言葉を止めた。

 任せると決めたのは自分だ。
 失敗する前に止めるのはやめると、陽斗へ言った。

 まずは見ていよう。

 そう思った。

 撮影する料理は、生姜焼き定食になった。

 特別に派手な料理ではない。
 艶のある生姜焼きに、千切りキャベツ。味噌汁と小鉢と白いご飯。常連客が何年も変わらず頼んでくれる、瀬戸口食堂の定番だった。

 陽斗は、窓際の二人席へ定食を置いた。

「自然光が入るので、まずここから撮ります」

 大学生の青年がスマートフォンを構える。

「湯気が見えるうちにお願いします。最初は全体。その後、少し寄って――」

「待って」

 美和子は、反射的に声を出していた。

 陽斗たちが振り返る。

「そこだと、味噌汁がほとんど見えないわ」

「味噌汁ですか?」

「うちは、味噌汁も毎朝だしを取ってるの。生姜焼きだけ撮ったら、ただの定食に見えるでしょう」

「では、少し位置をずらします」

「それに、生姜焼きの照りが弱く見えるわね。窓際より、カウンター側の方が光が当たるんじゃない?」

「背景は窓際の方がすっきりすると思ったんですけど」

「でも、おいしそうに見えなかったら意味がないでしょう」

 陽斗は、一瞬だけ黙った。

「……分かりました。移してみます」

 三人は料理を持ち上げ、カウンターへ移動した。

 美和子は、自分が口を挟んでしまったことに気づいていた。

 けれど、悪いことを言ったとは思えなかった。

 この店の料理を一番見てきたのは自分だ。
 どこへ置けばよく見えるかも、何を映せば瀬戸口食堂らしくなるかも知っている。

 陽斗が気づいていないことを教えるのは、企画を奪うことではない。
 良い動画にするための協力だ。

 カウンターへ移した定食は、確かに先ほどよりよく見えた。

 木目の台に置かれた料理の後ろには、夜市で使う小さな提灯が映り込む。
 味噌汁の湯気も、生姜焼きの照りも分かる。

「ほら、こっちの方がいいでしょう」

「はい。料理はかなり見えやすくなりました」

「そうでしょう」

 美和子は少し安心した。

 撮影は、そのまま進んだ。

 料理の映像を数種類撮り終えると、陽斗は奥から夜市の写真資料を持ってきた。
 アルバムの中には、提灯の下で笑う子供たちや、屋台を出す店主たち、雨の中で配線を確認する荒木、炊き出しの前に立つ倉田の姿が写っていた。

「この中から三枚くらい使います」

 陽斗は、机の上に写真を並べた。

「料理の映像の後に、夜市の写真を出して、『瀬戸口食堂は、町の夜市を支えてきた食堂です』という字幕を入れます」

「それだけなの?」

「はい。今回は短い動画なので」

「それでは分からないわ」

 美和子は、一枚の写真を手に取った。

「この夜市はね、一度なくなりかけたのよ。参加する店が減って、お金も足りなくなって。でも、私たちが何軒も回って、荒木さんが照明を直して、千佳さんが屋台の準備を手伝って、ようやく続けられたの」

「その話は大事だと思います。ただ、今回は全部を入れると――」

「だったら、動画を少し長くすればいいでしょう」

「でも、最初は一分半程度で、作業負担も確認しながら――」

「せっかく私の店を撮るのに、何も伝わらない動画になったら意味がないでしょう」

 美和子は、自分でも少し語気が強くなっていることに気づいた。

 撮影を手伝っていた二人が、静かに陽斗を見ている。

 陽斗は、端末の構成メモを開いたまま、しばらく動かなかった。

「……分かりました」

 やがて、陽斗は言った。

「美和子さんへの短いインタビューを追加します」

「それがいいわ。夜市のことは、私が話した方が分かるもの」

「はい」

「それから、せっかくなら弁当配達のことも入れられない? この店が町でやってきたことは、夜市だけじゃないのよ」

「……確認してみます」

「確認じゃなくて、入れた方がいいと思うわ。町の食堂として紹介するなら、その方が伝わるでしょう」

「はい」

 陽斗は、それ以上言わなかった。

 美和子は、胸の内で少しだけ引っかかりを覚えた。
 けれど、すぐに振り払った。

 内容はよくなっている。
 陽斗が知らなかった店の背景が加わり、ただの料理動画ではなくなる。
 せっかく始めた企画なのだから、見た人に伝わるものにしてほしい。

 良くなる方向へ手を貸しているだけだ。

 そう思った。

 結局、撮影は予定していた二時間を大きく超えた。

 料理の撮影に加え、美和子へのインタビュー、夜市の追加資料、弁当配達に使っている保温容器、店内に飾っていた古い写真まで撮ったからだった。

 午後四時近くになり、ようやく片付けが終わる。

「今日は、ありがとうございました」

 陽斗は、美和子へ丁寧に頭を下げた。

「大変だったでしょう。でも、内容はかなり良くなったと思うわ」

「はい」

「編集で困ったら、私にも見せて。話した内容がうまく伝わっているか、確認できるから」

「はい」

 陽斗は、最後まで同じ調子で答えた。

 美和子は、その返事に安心した。

 今度こそ、陽斗の力になれた。
 失敗を恐れて止めたのではなく、一緒に良いものを作ることができた。

 そう思っていた。

自分の企画ではなくなった

 その夜、陽斗は自室で撮影データを開いていた。

 最初に撮った生姜焼き定食。
 夜市の写真。
 美和子のインタビュー。
 弁当配達用の保温容器。
 店の壁に飾られていた昔の商店街の写真。

 素材は、最初の予定よりはるかに増えていた。

 映像として使えそうなものも多い。
 美和子の話にも重みがあった。

 瀬戸口食堂を紹介する動画として作れば、良いものになるかもしれない。

 だからこそ、陽斗は困っていた。

「……違うんだよな」

 陽斗は、編集画面の前で小さく呟いた。

 自分が始めたかったのは、瀬戸口食堂の完璧な紹介動画を一本作ることではなかった。

 店や活動を短く撮り、まず公開してみる。
 撮影に興味がある人が、少しずつ参加できる形にする。
 一本ごとに改善しながら、町で自分たちの企画を作っていく。

 そのための、小さな動画制作会だった。

 しかし今日の撮影は、途中から美和子の店を紹介するための仕事になった。

 夜市のことを伝えたい。
 弁当配達のことも知ってほしい。
 店が町を支えてきたことを残したい。

 どれも、間違っていない。

 美和子が、自分の店について語りたいと思うのは当然だ。
 場所を貸し、料理を作り、撮影に協力してくれた人の希望を聞くのも当然だろう。

 けれど、その希望をすべて受け入れていたら、自分はまた、誰かが作りたいものを形にする人間になる。

 東京にいた頃と同じだった。

 自分で映像を作りたいと思って始めたのに、実際に求められるのは、誰かが売りたいものを、誰かが伝えたい形に整える作業ばかりだった。

 地元へ帰れば、自分の企画を始められるかもしれないと思った。

 美和子に助けてもらい、動画を任され、ようやくその入口に立てたと思った。

 それなのに、始めたばかりの企画は、また誰かの望む動画へ変わろうとしている。

 陽斗は、スマートフォンを手に取った。

 地域GVSの実行記録には、今日の撮影会が表示されている。

【町の動画制作会・初回試験実施】
進行状況:撮影完了/編集前
実施後報告:未入力
追加の困りごと・要請:入力可能

 陽斗は、入力欄を開いた。

 すぐには文字を打てなかった。

 美和子を責めたいわけではない。
 美和子は、本気で協力してくれた。
 自分の企画を認め、店を貸し、撮影中も必要な素材を出してくれた。

 それなのに、自分が困ったと書けば、美和子の善意を悪く言うことになる気がした。

 だが、何も言わなければ、二回目も同じになる。
 三回目には、動画制作会そのものが、美和子たちの広報活動へ変わっているかもしれない。

 陽斗は、指を動かした。

場所を貸してくださった方が、撮影中に多くの素材と意見を出してくださいました。紹介対象の魅力を伝えるうえでは必要な内容だと感じています。

ただ、その内容を受け入れるうちに、自分が試したかった短い動画制作会とは違う企画になっていました。

協力していただいたことには感謝しており、相手の希望を無視したいわけではありません。
それでも、企画者として、自分が動画の目的や構成を判断できる形にしたいです。

場所提供者や撮影対象者の希望を尊重しながら、企画者が判断を持てる進め方を知りたいです。

 送信前確認を押す。

 GVSが、入力内容を実行案と要請へ変換した。

【実行案】
自分は、場所提供者や撮影対象者から公開条件・事実確認・紹介可能な素材の提示を受けながら、企画者として動画の目的・構成・編集方針を判断できる進行方法を試します。

【要請】
地域発信や撮影企画を経験した方には、場所提供者の協力と企画者の判断を両立させるために、撮影前に確認すべき項目、撮影中に追加素材が提示された場合の扱い、公開前確認の範囲について、実行可能な方法を提示していただけませんか。

【公開範囲】
・匿名合論へ提出する
・現在の実行参加者へ共有する
・場所提供者へ直接送る
・下書きとして保存する

 陽斗は、画面を見つめた。

 美和子へ直接送る勇気は、まだなかった。

 自分が困っていることを知られれば、彼女は傷つくかもしれない。
 あるいは、また自分を心配し、企画そのものを止めようとするかもしれない。

 陽斗は、【匿名合論へ提出する】を選んだ。

【匿名合論への提出が完了しました】
この要請は、関心テーマと対応可能範囲が一致する参加者を含む合論ルームに表示されます。
同一参加者との継続的な実行協力を希望する場合は、応答確認後に実行協力要請を送信できます。

 陽斗は、スマートフォンを机へ置いた。

 返事が来るかは分からない。

 それでも、自分の企画を守るために、初めて自分から助けを求めた。

届いた応答

 翌朝、陽斗のスマートフォンに通知が届いた。

【あなたの要請に応答が届きました】

 画面を開くと、すでに複数の応答実行案が並んでいた。

【応答実行案A】
自分は、撮影前に動画の目的、撮影対象、撮影時間、公開前確認の範囲を記入できる確認表を作成します。

【要請】
企画者には、今回の動画で最も伝えたいことと、場所提供者へ事前に確認したい内容を一文ずつ提示していただけませんか。

 陽斗は、画面を下へ送った。

【応答実行案B】
自分は、場所提供者が紹介してほしい内容を扱う動画と、企画者が試したい表現を扱う動画を分けて制作できるか、二本構成の試験案を作成します。

【要請】
企画者には、今回一本の動画としてまとめたいのか、目的の異なる二本へ分けることも検討できるのかを提示していただけませんか。

 これも、使える案だと思った。

 美和子が語りたい瀬戸口食堂の話を、別の動画として作る。
 そうすれば、自分の制作会と衝突しない可能性はある。

 ただ、今の陽斗が求めているものとは、少し違った。

 今回は、瀬戸口食堂の撮影をやめたいわけではない。
 美和子の話を排除したいわけでもない。

 同じ企画の中で、互いに無理なく進める方法を知りたかった。

 次の応答を開く。

【応答実行案C】
自分は、企画者が構成判断を持ちやすい撮影場所として、短時間利用可能な貸しスペース、空き店舗、屋外撮影場所の候補と必要費用を調べます。

【要請】
企画者には、瀬戸口食堂を撮影対象とする企画を継続したいのか、別の場所で動画制作会そのものを試したいのかを提示していただけませんか。

 陽斗は、少しだけ胸の奥がざわつくのを感じた。

 この応答は、暗に、自分が人の店を借りながら自由にやろうとしていると言いたいのではないか。
 そんな考えが、一瞬浮かんだ。

 だが、本当にそうなのかは分からない。

 表示されているのは、別の場所を探せるという実行案と、自分が何を優先したいのか確認してほしいという要請だけだった。

 陽斗は、その応答を保留にした。

 別の場所を使う案が悪いわけではない。
 いつか必要になるかもしれない。

 けれど、今は違う。

 美和子の店で、美和子の協力を受けながら、自分の企画として撮影を続けたい。

 四件目の応答を開いた時、陽斗の目が止まった。

【応答実行案D】
自分は、製造現場の技術発信動画における撮影進行経験をもとに、場所提供者・撮影対象者・企画者が判断できる範囲を分けた試験用進行表を作成します。

【要請】
企画者には、今回の動画で最も伝えたい内容を一文で提示していただけませんか。場所提供者には、公開してほしくない内容、事実確認が必要な内容、追加で紹介したい素材を分けて提示していただけませんか。

【公開実績カード】
活動分野:製造現場の技術発信動画
経験内容:撮影進行補助/公開前確認/出演者発言の確認/GVSを利用した撮影条件の調整
対応可能範囲:進行表作成/撮影前確認/初回現場同行
活動アカウント連携:実行協力成立後に開示可能

「製造現場の技術発信動画……」

 陽斗は、その実績カードを見つめた。

 心当たりがあった。

 最近、鯖川で急に話題になった眼鏡フレーム工場。
 口の悪いベテラン職人が、機械や部品の話を勢いよく語り、派手な髪色の若者たちが撮影と進行を担当していた動画。

 もしかすると、あの撮影チームの誰かなのか。

 陽斗は、応答内容をもう一度読んだ。

 場所提供者の話を排除する案ではない。
 別の場所へ逃げる案でもない。
 紹介したい素材は提示してもらい、そのうえで、企画者が動画の目的に沿って判断できる進行表を作ると言っている。

 自分が欲しかったのは、これだった。

 画面には、応答者への選択肢が表示されていた。

【この応答者への対応】
・追加要請を送る
・実行協力要請を送る
・保留する
・別の応答を確認する

 陽斗は、まだ確認していなかった応答にも目を通した。

 一人は、字幕や投稿文の作成を手伝うと言っていた。
 もう一人は、撮影後の作業時間と負担を記録する表を作ると提案していた。

 どれも無駄ではない。

 けれど、今の問題に最も近いのは、四件目の応答だった。

 陽斗は、【実行協力要請を送る】を押した。

【実行協力要請】

【実行案】
自分は、瀬戸口食堂での動画制作会を継続しながら、場所提供者から受け取る素材提案と、企画者としての構成判断を分けて進行できる方法を試します。

【要請】
提示いただいた試験用進行表の作成と、可能であれば次回撮影前の現地確認に協力していただけませんか。

【匿名解除条件】
相手が実行協力要請を承認した場合、双方の同意確認後に活動アカウントを開示し、GVS内実行ルームを作成します。

 陽斗は、送信を押した。

 その後の時間は、妙に長く感じられた。

 相手は、鯖川フレームの撮影に関わっていた人なのかもしれない。
 だとすれば、他にも要請は大量に来ているかもしれない。
 自分の小さな動画制作会へ、わざわざ関わってくれるとは限らない。

 昼前、端末が鳴った。

【実行協力要請が承認されました】

 陽斗は、思わず画面へ顔を近づけた。

【応答者からの実行案】
自分は、次回撮影に向けた進行表の作成と、現地での事前確認に協力します。撮影補助経験のある活動仲間二名にも、同行可能か確認します。

【要請】
企画者には、匿名解除後、前回撮影で追加された素材と、次回動画で最も伝えたい内容を共有していただけませんか。

【匿名解除確認】
実行協力を進めるため、活動名・企画概要・現地確認に必要な情報を相互に開示しますか。

 陽斗は、迷わず同意した。

【双方の同意を確認しました】
【匿名状態を解除します】
【GVS内実行ルームを作成します】

 画面が切り替わる。

【実行ルーム:町の動画制作会・撮影進行支援】

【企画者】
春日陽斗

【応答者】
青髪

【応答者実績】
鯖川フレーム製作所・技術発信撮影チーム

【参加候補】
赤髪/金黒

【目的】
場所提供者の協力と、企画者の構成判断を両立できる撮影進行方法を試す。

「やっぱり……」

 陽斗は、呟いた。

 鯖川フレームの動画に出ていた、あの青髪だった。

 間もなく、実行ルームに新しいメッセージが届いた。

【青髪・実行案】
自分は、前回撮影で提示された素材を確認し、次回撮影前に、企画者・場所提供者・撮影対象者が提示できる条件を分けた進行表を作成します。

【青髪・要請】
陽斗さんには、今回の動画で最も伝えたい内容を一文で提示していただけませんか。また、場所提供者へ現地確認の参加許可を要請していただけませんか。

 陽斗は、画面を見つめた。

 少し前まで、自分一人で抱えていたことだった。

 美和子に逆らえば、恩知らずに見える。
 黙って従えば、自分の企画ではなくなる。

 その二つしかないと思っていた。

 だが今は、第三の選択肢がある。

 美和子を責めずに、自分の企画を続けるための条件を、別の誰かと一緒に作ることができる。

 陽斗は、要請に応える文章を入力した。

【陽斗・実行案】
自分は、町の店や活動を短い動画で紹介しながら、撮影や編集に関心を持つ住民が参加できる動画制作会を継続します。

【今回の動画で最も伝えたい内容】
この町には、自分から何かを始めようとしている人がいることを伝えたいです。

【要請】
次回撮影前に瀬戸口食堂で現地確認を行えるよう、場所提供者へ参加許可を確認します。進行表の作成に協力していただけませんか。

 送信すると、青髪からすぐに応答が届いた。

【青髪・実行案】
自分は、その目的に沿って使用素材を確認できる進行表を作成します。

【要請】
場所提供者から提示される素材については、動画目的に合うかを企画者が判断し、採用しない場合も次の企画候補として記録していただけませんか。

 陽斗は、小さく息を吐いた。

 初めて、撮影会が自分の手へ戻ってきたような気がした。

店に来た三人

「撮影の進行を手伝ってくれる人?」

 翌日、陽斗から事情を聞いた美和子は、不安そうに眉を寄せた。

「はい。前回の撮影で、どこまで美和子さんに確認して、どこから俺が決めればいいのか分からなくなったので、GVSで要請を出しました」

「……昨日の撮影、やっぱり困っていたのね」

「困っていました。でも、美和子さんが悪いと言いたいわけではありません」

「それは、余計につらいわね」

 美和子は、苦く笑った。

 陽斗が怒ってくれた方が、まだ分かりやすかった。
 自分は悪くないと言い返すことも、謝って終わらせることもできたかもしれない。

 だが、陽斗は美和子を責めていない。
 自分も困った。どう進めればいいか分からなかった。だからGVSで協力を求めたと言っている。

 それだけだった。

「それで、その人がここへ来るの?」

「はい。現地を見て、次回の進行方法を提案してくれるそうです。鯖川フレームの動画撮影チームにいた人です」

「鯖川フレームの?」

「青髪という活動名の人で、赤髪と金黒という二人も同行できるそうです」

「……名前だけ聞くと、少し不安になるわね」

「動画で見た限り、撮影進行はかなり真面目にやっていた人たちです」

「あなた、随分信用してるのね」

「俺の要請に、一番必要な実行案を返してくれたので」

 美和子は、その言葉を聞いて黙った。

 陽斗は、美和子ではなく、自分で助けを求める相手を選んだ。

 それは少し寂しいことのようにも思えた。
 けれど、それを寂しいと思ってしまうこと自体が、また陽斗を自分の側へ縛ることになるのかもしれない。

「分かったわ。現地確認だけなら、来てもらいましょう」

「ありがとうございます」

「ただし、店を使う条件は、私も確認するからね」

「はい。それも含めて分けて確認するために来てもらいます」

 午後一時過ぎ、店の前に三人の若者が現れた。

 青い髪の青年。
 赤い髪の青年。
 黒と金が混ざった髪の、愛想のよい青年。

 通りを歩いているだけで目立つ。

 青髪は、瀬戸口食堂へ入ると、すぐに頭を下げた。

「初めまして。GVS内実行ルームで実行協力要請を受けた青髪です。こちらは赤髪と金黒。鯖川フレームの技術発信動画で、撮影補助と進行確認を担当しています」

「本当に、その名前なのね」

 美和子が言うと、赤髪が笑った。

「一回覚えたら忘れないでしょう?」

「私は忘れないと思うけど、別の意味でね」

「赤髪、余計なことを言わない」

 青髪が小声で止めた。

 金黒は、店内を見回しながら丁寧に頭を下げた。

「今日は撮影そのものではなく、次回撮影の進行条件を確認するために来ました。店内で公開してほしくない場所や、扱いに注意が必要なものがあれば、先に教えていただければと思います」

 その言葉を聞いて、美和子は少しだけ身構えを解いた。

 そこへ、水野と倉田、荒木も入ってきた。

 陽斗が、撮影会に関わったまち灯り会のメンバーへ、現地確認を行うことだけ事前に共有していたのだった。

「何ですか、この派手な連中は」

 荒木は、三人を見るなり露骨に顔をしかめた。

「鯖川フレームの撮影チームです。陽斗君が、GVSで実行協力要請を出したそうです」

 水野が答える。

「またGVSですか」

 荒木は、うんざりしたように言った。

「動画一本撮るのに、工場の連中まで連れて来るんですか。町まで見世物にするつもりじゃないでしょうね」

【荒木の発言をGVS実行ルームへ共有しますか?】

 陽斗の端末が、小さく通知を出した。

 陽斗は、画面を見て一瞬止まったが、共有は選ばなかった。

 今の言葉は、実行案でも要請でもない。
 荒木がどう感じているかは分かった。
 けれど、それをこのまま進行上の発言として残す必要はない。

「俺たちは、撮影を増やしに来たわけではありません」

 青髪は、荒木へ穏やかに答えた。

「今回は、陽斗さんから実行協力要請を受けて、次回撮影の進行表を作成するために来ました」

「進行表?」

「はい。GVS上で提案した内容を表示します」

 青髪は、持っていた端末を座卓の上へ置いた。

【町の動画制作会・試験用進行表案】

【企画者が提示すること】
・今回の動画で最も伝えたい内容
・予定する動画時間
・撮影したい対象
・採用する素材の判断
・編集方針と公開予定

【場所提供者が提示すること】
・利用可能な日時と場所
・設備や商品の取り扱い条件
・清掃と原状復帰の条件
・安全上利用できない場所
・営業や既存活動への影響がある条件

【撮影対象者が提示すること】
・公開を認めない映像や情報
・事実確認が必要な内容
・個人情報や同意確認が必要な範囲
・追加で提供できる素材

【追加素材の扱い】
場所提供者または撮影対象者が追加で紹介したい内容を提示した場合、企画者は動画目的に合う範囲で採用可否を判断する。採用しない素材は、別企画の候補として記録できる。

【次回実施に向けた要請】
企画者と場所提供者には、上記項目をそれぞれ入力し、次回撮影前に確認していただけませんか。

 美和子は、画面を読み進めた。

 責める言葉は、一つもなかった。

 自分が何をしてはいけないかを書かれているわけでもない。
 陽斗を自由にしろと命じられているわけでもない。

 ただ、何を誰が提示するのかが、分けられている。

「私は……店の歴史や、夜市の話を入れてほしいと思った場合は、どうすればいいの?」

「追加で提供できる素材として提示できます」

 青髪が答えた。

「その内容が事実と違って使われる場合や、公開されたくない部分が含まれる場合は、美和子さんが確認できます。店の利用条件も、美和子さんが出せます」

「でも、使うかどうかは、陽斗が決めるのね」

「今回の動画制作会の企画者は陽斗さんなので、動画目的に沿った採用判断は、陽斗さんが行う形を提案しています」

「私の店を撮るのに?」

「美和子さんが、店の紹介動画を作ってほしいと依頼する企画なら、美和子さんが紹介内容を決める形になります」

 青髪は、淡々と答えた。

「ただ、今回の実行案は、陽斗さんが町の動画制作会を試すために、美和子さんの店を撮影対象として協力要請したものです。ですから、場所の条件と公開確認は美和子さんが提示し、動画の目的と構成は陽斗さんが判断する形に分けられないか、という提案です」

 美和子は、陽斗を見た。

 陽斗は、うつむいてはいなかった。
 だが、強く反論する様子もない。

 彼は、美和子を言い負かしたいのではない。
 自分だけで決めさせろと怒鳴りたいのでもない。

 ただ、自分の企画として続けたいのだ。

「……私、またやっていたのね」

 美和子は小さく言った。

「美和子さん」

 陽斗が声を出す。

「いいのよ。あなたに任せると言っておきながら、結局、私が作りたい動画に変えようとしていた」

「でも、店の話を聞けたことは良かったです。俺が知らなかったことも多かったので」

「そう言ってくれるから、余計に口を出しやすくなるのよ」

 美和子は、少しだけ自嘲するように笑った。

「私は、あなたに意地悪をしたいわけじゃない。本当に良いものにしてほしいの。店も、町も、夜市も、あなたの動画も、うまくいってほしい」

「はい」

「でも、それを理由に私が決めてしまったら、あなたが始めた意味がなくなるのね」

 荒木が、納得できないように口を挟んだ。

「美和子さん。店主が店の見せ方を決めたいと思うのは当然でしょう。それまで悪いことみたいに扱われたら、誰も場所なんて貸せなくなりますよ」

「荒木さんの懸念を、要請として出すこともできます」

 青髪が答えた。

「何?」

「場所提供者が、自分の店舗や活動の見せ方について、どこまで確認できる必要があるのか。企画者が採用判断を持つ場合、場所提供者が協力しづらくならないために必要な条件は何か。実行案と要請として提示していただければ、次回進行表へ反映するか確認できます」

 荒木は、言葉に詰まった。

 怒鳴って終わることができない。
 美和子が不利益を受けると思うなら、何を確認し、どの条件を足してほしいのかを示さなければならない。

 荒木は不満そうに鼻を鳴らした。

「……後で考えますよ」

「はい。必要であれば、実行ルームで受け付けます」

 美和子は、端末を手に取った。

 入力欄が表示されている。

【場所提供者からの実行案・要請を入力してください】

 美和子は、少し迷った後、文字を入力した。

【美和子・実行案】
自分は、瀬戸口食堂が夜市の準備日や片付けの日に、活動参加者へ食事を提供してきた経緯について、撮影可能な説明素材を用意します。

【美和子・要請】
今回の動画にこの素材を採用するか、採用する場合にどの程度扱うかは、企画者である春日陽斗さんに判断していただけませんか。採用しない場合、別の地域紹介動画の候補として記録してほしいです。

 送信ボタンの上で、指が止まる。

 以前なら、自分が語るべきだと思ったことは、自分で入れようとしていた。
 町を守ってきたのだから、自分にはその資格があると思っていた。

 けれど、陽斗に企画を返すというのは、彼の考えが自分と違った時にも、その判断を認めることなのだろう。

 美和子は、送信を押した。

 陽斗の端末へ通知が届く。

 陽斗は、表示された内容を読み、しばらく考えた。

【陽斗・応答実行案】
自分は、今回の動画で、料理の紹介後に、夜市の片付けの日に瀬戸口食堂が参加者へ食事を提供してきた話を短く扱います。夜市再開の経緯や弁当配達の活動については、別の企画候補として記録します。

【陽斗・要請】
美和子さんには、夜市後の食事提供について、二十秒程度で撮影可能な説明を用意していただけませんか。

 美和子は、その応答を見た。

 二十秒。

 自分が話したいことに比べれば、あまりにも短い。

 夜市を再開した時の苦労も、閉店していった店のことも、高齢者へ弁当を届け始めた理由も、二十秒では語れない。

 けれど、陽斗は切り捨てたのではなかった。
 別の企画候補として記録すると書いている。

 そして、今回の動画に使う話を、自分で選んだ。

「……二十秒で足りる自信はないけれど」

 美和子は、陽斗を見た。

「用意するわ」

 陽斗が、少しだけ笑った。

「お願いします」

 倉田が、ほっとしたように声を上げた。

「じゃあ、今日はもう難しい話は終わりにして、お茶にしない? せっかく若い人たちが来てくれたんだから」

「賛成です」

 金黒が即座に答えた。

「お前、まだ何もしてないだろ」

 赤髪が笑う。

「現地確認はしたでしょう。糖分補給は重要ですよ」

「お前が言うと説得力がないんだよ」

 店の中に、今までなかった笑い声が響いた。

 美和子は、湯呑みを並べながら、その様子を見ていた。

 陽斗がGVSへ出した、たった一つの要請。
 それに応答した人間が、実際にこの店まで来た。

 工場で積み上がった経験が、商店街へ流れ込んできた。
 美和子が一人で支えようとしていた場所に、別の形で関わろうとする人間が増えている。

 まだ、何も成功してはいない。
 動画は一本も公開されていない。
 閉じた店のシャッターが開いたわけでもない。

 それでも、昨日までは存在しなかった関係が、今日、この店の中に生まれていた。

第二合論へは進まなかった

 その夜、陽斗は自宅でGVSを開いた。

 青髪たちとの実行ルームには、次回撮影の予定が表示されている。

【町の動画制作会・次回試験撮影】

【企画者】
春日陽斗

【場所提供者】
瀬戸口美和子

【進行支援】
青髪

【撮影補助候補】
赤髪/金黒

【次回確認事項】
・動画目的の確定
・使用素材の確認
・場所利用条件の確認
・公開前確認範囲の確認
・清掃および活動記録

 陽斗は、その表示を見ながら、胸の奥で小さな安心を感じていた。

 自分だけでは言えなかったことが、実行案と要請になった。
 その要請へ、実際に応答してくれる人がいた。
 美和子とも、謝るか我慢するかではなく、条件を出し合って進められそうだった。

 その下に、地域GVSの結果通知が表示されていた。

【鯖川地域GVS・第一合論結果】

【あなたが参加したテーマ】
町の動画制作会

【結果】
第二合論進出テーマには選出されませんでした。

【第二合論進出テーマ】
空き店舗を利用した地域活動の試験利用条件を作成し、企画を持つ住民が安全に利用申請できる仕組みを作る。

「……そっちが上がったのか」

 陽斗は、少しだけ残念に思った。

 自分の企画が、町全体の代表テーマとして進むわけではなかった。
 自分自身も、代表者には選ばれなかった。

 けれど、それは当然でもあった。

 青髪の応答を見つけ、実行協力要請を送ってから、陽斗は自分の動画制作会を進めることに集中していた。
 自分のテーマと、自分自身には投票していたが、合論全体に熱心に参加し続けたわけではない。

 そもそも、陽斗が欲しかったものは、町全体の代表になることではなかった。

 自分の企画を始めること。
 必要な人に出会うこと。
 誰かに企画を奪われず、同時に誰かの協力も拒まずに続けること。

 それなら、すでに最初の応答は得られていた。

 陽斗は、第二合論へ進んだテーマを開いた。

 空き店舗を利用した地域活動の試験利用条件。

 もしこの条件が整えば、いつか動画制作会も、瀬戸口食堂の定休日だけでなく、空き店舗を拠点にして活動できるかもしれない。
 自分と同じように、何かを始めたい人も利用できるようになるかもしれない。

 陽斗は、そのテーマへ応答を入力した。

【陽斗・応答実行案】
自分は、町の動画制作会で確認した場所利用条件、公開前確認、清掃記録、企画者と場所提供者の役割分担について、実施ログを共有します。

【陽斗・要請】
空き店舗の試験利用条件を作成する方には、短時間の撮影企画で生じた確認事項と改善点を、利用条件の参考資料として確認していただけませんか。

 送信する。

 自分のテーマは、第二合論へ進まなかった。
 けれど、自分の活動で得たものは、次へ進んだ別の実行案へ渡すことができる。

 そして、自分自身は、もう必要な仲間と動き始めていた。

 実行ルームへ戻ると、青髪から新しい要請が届いていた。

【青髪・要請】
次回撮影前に、今回の動画で最も伝えたい内容を、参加者全員が確認できる一文として登録していただけませんか。撮影中に追加素材が出た場合、その目的に合うかを基準に採用判断できるようにします。

 陽斗は、少し考えた。

 そして、入力した。

【陽斗・動画目的】
この町で、自分から何かを始めようとしている人がいることを伝える動画にします。

 送信する。

 画面の向こうから始まった要請が、今日、本当に人をこの町へ連れてきた。

 陽斗は、まだそれを大げさな言葉で呼ぼうとは思わなかった。

 ただ、閉じた店の増えていた商店街で、自分の企画に応答してくれる誰かと出会えた。

 それだけで、この町は昨日までとは少し違って見えた。

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