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我が町こそ世界一の都 第九話 シビックタウン

目次

第二の柱

 田中丸栄の端末には、福野県で進行している複数の実証計画が表示されていた。

 鯖川フレーム製作所。
 北浜精密工業。
 福野機工。
 東福野部品製造。
 その他、県内の中小工場数社。

 いずれにも、同じ表示が付いている。

【鯖川モデル導入済み】

 VR職業訓練。
 AIによる工程分析。
 危険作業・反復作業の自動化検証。
 小型作業ロボットの試験運用。
 GVSを用いた現場改善要請の収集。

 鯖川フレームで始まった工場改革は、すでに一社の試みではなくなっていた。

 田中の指示を受けた小泉と白瀬が、県内の製造企業へ次々と接続した。
 まだ全面的な導入ではない。工場ごとに進み方も違う。

 それでも、福野県の製造業では、確実に変化が始まっていた。

 人間が一日中、同じ危険な作業へ張り付くのではない。
 AIとロボットへ任せられる工程は任せ、人間は訓練を受け、故障時の対応や品質確認、新しい工程の改善へ回る。

 それが、第一の柱だった。

 工場のシビックドライブ。

 しかし、田中が今見ているのは、工場の報告画面ではなかった。

 表示されているのは、鯖川商店街の旧高瀬乾物店。
 若者たちが「シビックステーション」と呼び始めた、小さな活動拠点の報告だった。

―――――― GVS活動報告 ――――――

【鯖川シビックステーション/初月】

開催回数:9回
延べ参加人数:164人
初参加者:41人
実施されたDRIVE:38件
継続希望DRIVE:27件
小物・作品販売数:49点
公開動画本数:6本
動画合計再生数:21,846回
外部来場者:17人
瀬戸口食堂・開催日売上増加:+38,200円

【初月収支】

収入合計:46,360円
分配可能額:12,360円
有償活動参加者:6人
一人当たり平均分配額:2,060円

――――――――――――――

 田中は、参加人数を見て喜ばなかった。

 動画の再生数にも、さほど興味を示さなかった。

 視線が止まったのは、最後の数字だった。

「二千六十円」

 田中は、椅子へ深く座り直した。

「これでは、人は残らんな」

 画面の下部には、新しく投稿されたDRIVEが表示されている。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】

シビックステーションで生まれた制作・案内・発信活動を、地域の外から収益を得られる企業の業務へ接続し、継続的な仕事として試します。

【+ SUPPORT】

若者へ委託できる業務、訓練機会、報酬条件を提示できる地域企業には、応答していただけませんか?

――――――――――――――

 関連候補として、鯖川フレーム製作所の名が最上位に表示されていた。

 当然だった。

 県内でもっとも注目を集めている企業。
 県外から人と金を呼び込み始めた工場。
 VR職業訓練とAI自動化の中心。
 若者が「地元に残っても面白い仕事があるかもしれない」と考えるきっかけになった会社。

 このままなら、鯖川フレームとシビックステーションは、遅かれ早かれ直接つながる。

 若者は鯖川へ仕事を求める。
 鯖川は増え続ける業務と人材需要のために、商店街へ拠点を広げる。
 高瀬乾物店を中心とした通りは、鯖川の新しい事業圏へ変わっていく。

 成功するかもしれない。
 若者に仕事が生まれ、閉じた店舗にも人が戻るかもしれない。

 だが、それでは足りない。

「鯖川一社の町にしてはならん」

 田中は端末を操作した。

 数秒後、福野県知事・小泉純也の顔が画面に映った。

「田中先生」

 小泉は、すでに深夜まで報告を確認していたのだろう。
 背広の上着は脱いでいたが、表情に緩みはなかった。

 田中は、挨拶もなく言った。

「時は来たな、小泉君」

 小泉は、一瞬だけ黙った。

「シビックステーションの件ですね」

「ああ」

「若者の企業連携要請は確認しました。鯖川フレームとの接続が最有力になると思われます」

「接続させるだけでは駄目だ」

「と、言いますと」

「今動かなければ、あの商店街は鯖川フレームの経営判断で作り替えられる」

 小泉は眉を寄せた。

「鯖川フレームが、若者へ仕事を出すこと自体は悪いことではありません」

「悪くない。むしろ、やらせるべきだ」

 田中は即答した。

「だが、鯖川の事業拡大としてやらせるのではない。県の次の産業モデルとして進める」

「県の……産業モデル」

「鯖川モデルは、すでに複数の工場へ広がっている。VR訓練も、AIによる工程改善も、ロボット導入も、工場の中では動き始めた」

「はい」

「しかし、工場の中だけで改革しても、人は町に残らん」

 田中は、シビックステーションの報告画面を共有した。

「仕事があっても、帰る町が死んでいれば若者は出ていく。親の介護を支えられなければ働き続けられない。子供を預けられなければ訓練にも参加できない。遊ぶ場所も、人と出会う場所もなければ、生活は続かない」

 小泉は、何も言わずに聞いていた。

「第一の柱は、工場のシビックドライブだった」

 田中は言った。

「第二の柱は、地域のシビックドライブだ」

 小泉の視線が、ゆっくりと上がる。

「工場で生まれた資本と技術と余力を、町の生活へ流す。職業訓練、AIによる自動化開発、ロボット研究。食事、娯楽、保育、介護、景観。働く者と家族が、この町で暮らし続けるためのすべてを整える」

「……商店街を、生活拠点として再生するのですか」

「再生ではない。作り替えるのだ」

 田中は、資料を小泉へ送信した。

 画面に新しい計画名が表示される。

――――――――――――――

福野県シビックタウン第一期整備構想

対象区域:鯖川シビックステーション周辺商店街
中核技術提供:鯖川フレームグループ
参加対象:県内鯖川モデル導入製造企業
行政支援:福野県
地域運営協力候補:町明り会・高瀬乾物店・シビックステーション参加者

――――――――――――――

「シビックタウン……」

 小泉は、その文字を小さく読み上げた。

「鯖川の町ではない。県民が、仕事も生活も自分たちで作り直す町だ」

「しかし、実態としては鯖川の資本と技術が中心になります」

「それでいい。使えるものは使え」

 田中は、表情を変えなかった。

「鯖川が儲かることを恐れるな。若者に仕事ができ、家族が残れ、県全体へ技術が広がるなら、それは福野県の勝利だ」

「鯖川一社への依存だと批判される可能性もあります」

「批判は後で受ければいい。今あの熱を逃せば、二度と同じ熱は作れん」

 小泉は、資料を見つめた。

 高瀬乾物店で始まった小さな夜の活動。
 若者が自分で作り、自分で混ざり、自分で続けたいと願った場所。

 その場所が、県全体の計画の入口になる。

「……行政が入らなければ、鯖川フレームが直接動く」

「ああ」

「成功すれば、鯖川主導の地域圏になる。失敗すれば、若者の熱意もGVSへの期待も失われる」

「だから今しかない」

 小泉は、静かに息を吸った。

 そして、姿勢を正した。

「はい。不肖小泉。この大改革をやり遂げます」

「君には期待しているよ」

 田中は、それだけ言って通信を切った。

 端末には、再びシビックステーションの数字が表示された。

 一人当たり平均分配額、二千六十円。

 人は、明かりだけでは残らない。
 仲間だけでも、暮らせない。

 あの町に、金と仕事と生活を流さなければならない。

 田中は、新しい計画の承認欄へ指を置いた。

【福野県シビックタウン第一期整備構想:推進承認】

 表示が切り替わった。

【次段階へ移行します】

町を作り替える話

 瀬戸口食堂の閉店後、美和子は厨房で翌日の仕込みをしていた。

 向かいの高瀬乾物店には、今夜も明かりが点いている。

 陽斗たちは、次に撮る短編動画の打ち合わせをしていた。
 棚の一角には、若者が作った小物が並び、奥の壁には商店街の写真が貼られている。

 数週間前まで、そこは閉じた店だった。

 今は、夜になると若者が来る。
 誰かが動画を作り、誰かが小物を作り、誰かが見学から始める。

 その明かりを眺めることが、美和子の日課になっていた。

 入口の戸が開いた。

「すみません。閉店後に」

 聞き覚えのある声に、美和子が振り向く。

「白瀬さん?」

 店先に立っていたのは、白瀬悠真だった。
 そして、その隣には黒川工場長がいた。

「黒川さんまで……」

「夜分にすみません」

 黒川は、相変わらず硬い顔で頭を下げた。

「ご相談したいことがあります」

 美和子は、すぐに水野と理恵へ連絡した。
 陽斗も、高瀬乾物店から呼ばれて食堂へ戻ってきた。

 奥のテーブルへ全員が集まると、白瀬は一冊の資料を置いた。

 表紙には、見慣れない文字が並んでいる。

福野県シビックタウン第一期整備構想

 美和子は、口に出して読んだ。

「シビック……タウン?」

「はい」

 白瀬は頷いた。

「シビックステーションから出された、継続的な仕事へつながりたいというDRIVEを受けて、県と県内企業から新しい応答案を持ってきました」

 陽斗が、身を乗り出した。

「仕事の話ですか」

「仕事だけではありません」

 白瀬は資料を開いた。

「仕事を試す場所。仕事を学ぶ場所。新しい仕事を作る場所。そして、働きながらこの町で暮らし続けられる場所を作る計画です」

 美和子には、すぐには意味が分からなかった。

「ここで……ですか?」

「この高瀬乾物店を含む、商店街一帯でです」

 店内の空気が変わった。

 理恵が、ゆっくり資料へ視線を落とした。

「父の店を、使うということですか」

「所有者である理恵さんの同意なしに、何かを入れることはありません」

 白瀬は慎重に答えた。

「ですが、最初の入口として、ここほど適した場所はないと考えています。すでに若者が自分たちで集まり、DRIVEを出し、活動を始めているからです」

 陽斗は、資料の中の見出しを見つけた。

「VR職業訓練設備……?」

 黒川が答えた。

「鯖川モデルで使っているものです」

「鯖川フレームの工場にあるやつですか」

「鯖川だけではありません」

 黒川は、資料の一枚を陽斗の前へ動かした。

 そこには、県内の複数工場の名前が並んでいる。

【鯖川モデル導入製造企業】

・鯖川フレーム製作所
・北浜精密工業
・福野機工
・東福野部品製造
・福野搬送設備工業
・その他導入準備企業

「これ……全部、同じ訓練ができるんですか」

「同じではありません。それぞれの工場の業務に合わせた訓練です」

 黒川は言った。

「鯖川なら、フレーム加工、検品、設備確認、ロボット停止時の対応。北浜精密なら、精密部品の確認や組立補助。福野機工なら、機械整備や故障確認。すでに、工場の内部では動いています」

「そんなことになっていたんですか」

 陽斗の声には、驚きがあった。

「ニュースでは、一部しか出ていませんからね」

 白瀬が答えた。

「これまでは、各工場の社員や採用対象者を中心に使っていました。ですが、シビックステーションから出たDRIVEを見て、次の段階へ進めるべきだと判断しました」

「次の段階?」

「工場へ入ってから訓練するのではなく、町の中で、誰でも仕事を試せるようにするんです」

 陽斗は、白瀬の顔を見た。

「じゃあ、僕らも……ここに来れば、いろんな工場の仕事を試せるんですか」

「はい。訓練修了後、条件を満たせば、有償の実務参加枠へ進めます」

「本当に、報酬が出る仕事に?」

「そのための計画です」

 陽斗は、資料から目を離せなくなった。

 第八話で見た数字が、頭に浮かんでいるのだろう。

 二千六十円。

 小物を作り、動画を撮り、人が集まり、町が少し明るくなっても、生活には届かなかった金額。

 だが、今目の前にあるのは、工場の正式な仕事と、訓練と、報酬へつながる入口だった。

「やりたいです」

 陽斗は、すぐに言った。

「動画の仕事だけじゃないんですよね。工場の訓練も、開発も、参加できるんですよね」

「動画制作や物販も無駄にはしません」

 白瀬は言った。

「それらは、この場所へ人が集まる入口であり、発信の役割も持っています。ですが、生活を支える本体は別に必要です」

 白瀬は資料の次のページを開いた。

【シビックタウン第一期・中心機能】

一、県内複数工場のVR職業訓練公開拠点
二、AIを用いた工程改善・オートメーション開発拠点
三、小型ロボットの研究開発・操作試験・改良提案拠点
四、訓練修了者と有償業務を接続するGVS端末
五、従業員・訓練参加者・家族の生活支援施設

「AIと……ロボットまで?」

 水野が声を漏らした。

「職業体験をして終わりではありません」

 白瀬は答えた。

「訓練を受けた人が、『この作業はもっと安全にできるのではないか』『この工程はロボットへ任せられるのではないか』『初心者にはこの説明が分かりにくい』とDRIVEを出す。その要請をAIが分析し、工場や開発者へ接続する」

 陽斗が言った。

「仕事を覚えるだけじゃなくて、仕事のやり方を変える側にも入れる……?」

「はい」

「それなら、ただ雇ってもらう話じゃないですね」

「その通りです」

 白瀬は、わずかに笑った。

「あなたたちが求めたのは、ここで生活できる仕事です。ですが、決められた仕事を受け取るだけでは、またいつか同じ問題が起きる。だから、仕事そのものを変えていける場所を作ります」

 美和子は、会話についていくので精一杯だった。

 動画。
 小物。
 軽食。
 夜に二時間だけ開く店。

 自分が見ていたものは、その程度だった。

 しかし、白瀬たちが持ってきた話は、工場の仕事を試し、AIで改善し、ロボットまで開発し、若者が新しい産業へ入っていくための町を作るというものだった。

「でも……」

 美和子は、ようやく口を開いた。

「ここは商店街ですよ。工場の機械なんて置いたら、音も出るでしょうし、危なくないんですか。ごみだって……」

「製造工程をこの通りへ持ってくるわけではありません」

 黒川が答えた。

「実際に物を作る大型設備も、騒音の出る工程も、廃棄物を扱う作業も工場に残します。ここへ置くのは、訓練設備、設計用の端末、安全に扱える小型試験機、それと生活のための施設です」

「生活のための施設?」

 美和子が聞いた。

 白瀬は、商店街の地図を開いた。

 高瀬乾物店の周辺に、いくつもの印が付いている。

【初期整備候補】

・高瀬乾物店:シビックステーション総合受付/GVS接続/初期VR体験
・旧衣料品店:複数工場向けVR職業訓練区画
・旧電器店:AIオートメーション開発/小型ロボット試験区画
・瀬戸口食堂:従業員・訓練参加者・一般来訪者向け食事拠点
・空き娯楽店舗:休憩・交流・創作・映像体験区画
・空き大型店舗:保育・介護・生活支援複合施設候補
・既存小物店/土産物店/駄菓子屋跡地:景観保全型生活店舗候補

「瀬戸口食堂まで……」

 美和子は、自分の店の名前を見つめた。

「これは、私の店を県や鯖川さんの施設にするということですか」

「いいえ」

 白瀬は、すぐに答えた。

「経営権を取り上げる話ではありません。ですが、シビックタウンで働く人や訓練を受ける人が、日常的に食事を取れる拠点として、運営支援や利用契約を提案できます」

「利用契約……」

「たとえば、提携企業の従業員や訓練参加者が利用できる食事補助制度を作る。利用者が増えれば、美和子さんの店にも安定した収入が入る。一般のお客さんも、これまで通り利用できます」

 水野が、静かに資料を読み込んでいた。

「つまり、店が単独で客を集めて生き残るのではなく、働く人たちの生活施設としても支えられるということですか」

「はい」

 白瀬は頷いた。

「食堂だけではありません。駄菓子屋も、小物店も、娯楽施設も、単独の売上だけで生き残らせようとは考えていません」

「駄菓子屋まで?」

 美和子の声が、少し震えた。

「子供が立ち寄れる場所。訓練参加者が帰りに寄れる店。親子が町を歩く理由になる店。景観や町の記憶を残す店。そうした施設は、利益だけで評価すべきではありません」

 美和子は、何も言えなかった。

 彼女が守りたかったもの。

 夕方になると、子供が駄菓子を買いに来る通り。
 小さな店の前で、近所の人が立ち話をする町。
 食堂の明かりが点き、少し先に娯楽の店があり、若者が笑いながら帰っていく風景。

 そんなものは、もう戻らないと思っていた。

 戻ったところで、商売にならない。
 客が足りない。
 店主は歳を取り、若者は出ていく。

 だから消えるしかないのだと思っていた。

 しかし今、白瀬は、それらを商売の勝ち負けではなく、働く人と家族の生活を支える施設として復活させると言っている。

「そんなことが……できるんですか」

 美和子は聞いた。

 白瀬が答える前に、黒川が口を開いた。

「金があれば、できます」

 美和子は、黒川を見た。

「綺麗な話だけでは無理です。店を守るにも、訓練設備を置くにも、保育や介護を支えるにも、金が要る」

 黒川は、いつものように愛想なく言った。

「鯖川モデルで工場の効率が上がり、新しい事業が増えれば、その金を生活側へ回せる。従業員が辞めずに済む。訓練参加者も増える。企業側にも意味があります」

「福利厚生……ということですか」

「そうです」

「でも、駄菓子屋や娯楽施設まで福利厚生で残すなんて……」

「人間は、工場で働いて、家で寝るだけでは残りません」

 黒川は、向かいの高瀬乾物店へ視線を向けた。

「あなたたちが、それを証明したんでしょう。若者は、仕事だけではなく、ここで誰かと関われる理由を求めていた」

 美和子は、胸の奥を押さえたくなった。

 黒川の言葉は、優しい言葉ではなかった。
 けれど、そのぶん、軽くは聞こえなかった。

この町の名前

 理恵が、資料の表紙を見つめた。

「なぜ、シビックタウンなんですか」

 白瀬は、少し姿勢を正した。

「この計画は、鯖川フレームの施設を作る計画ではないからです」

「でも、資金も技術も、鯖川さんが中心になるのでしょう」

「最初はそうです。ですが、すでに県内の複数工場が鯖川モデルを導入しています。この場所には、それらすべての訓練や開発を順次入れていく予定です」

「鯖川フレーム商店街、ではないんですね」

 陽斗が言った。

 白瀬は頷いた。

「違います。鯖川の名前を冠した町にしてしまえば、ここは一企業の事業圏に見える。そうではなく、県内の企業、働く人、家族、地域住民が、GVSを通じて町の使い方を作り続ける場所にしたい」

 美和子は、表紙の文字をもう一度見た。

 シビックタウン。

「町の名前まで、もう決まっているのね」

「正式な町名を変える話ではありません」

 白瀬は言った。

「この一帯で始める計画の名前です。ですが、成功すれば、将来的には福野県全体がこのモデルへ広がる可能性があります」

「県全体……」

 水野が呟いた。

「今は製造業が中心です」

 白瀬は続けた。

「ですが、VR訓練とAIによる改善の仕組みは、製造業だけに限定する理由がありません。将来的には物流、農業、飲食、介護、保育、防災、行政業務にも広げられます」

「介護や保育まで、訓練で?」

「訓練だけではありません。必要な人材を増やし、仕事へ接続し、その仕事を支える生活環境も同時に作る。その入口として、この町を整備します」

 陽斗は、もう迷っていなかった。

「僕は、参加したいです」

 美和子が、陽斗を見る。

「本当に?」

「はい」

 陽斗は、高瀬乾物店の方を振り返った。

「僕らが始めた動画や小物だけでは、ここで食っていけませんでした。でも、あれがあったから、ここに人が集まった。ここで何かをしたいと思えた」

 彼は、もう一度、資料へ目を落とした。

「それが、訓練や開発や仕事につながるなら、やりたいです。動画だって、発信に使える。僕らが作ったものが、ここで新しい仕事を始める人の入口になるなら、無駄じゃない」

 理恵は、静かに聞いた。

「父の店は、どうなるんでしょう」

 白瀬は、すぐに答えなかった。

 代わりに、端末を理恵の前へ置いた。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】

高瀬乾物店を、名称と記憶を残したまま、シビックタウン第一期の入口拠点として整備します。若者や地域住民が、仕事・訓練・研究開発・生活支援へ進むための最初の接続場所とします。

【+ SUPPORT】

所有者である理恵さん、町明り会、シビックステーション参加者には、残したい店の記憶、利用条件、公開範囲、運営に必要な要請を提示していただけませんか?

――――――――――――――

 理恵は、その表示を長い間見ていた。

 それから、店の外を見た。

 暗い通りの中で、高瀬乾物店だけが明るい。

「父の店が、なくなるのは嫌です」

 理恵は言った。

「はい」

「でも、閉じたまま、誰にも使われずに終わるのも……もう嫌です」

 美和子は、理恵の手元を見た。

 理恵は、ゆっくりと端末へ入力を始めた。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】

高瀬乾物店の名前と、父が残した棚や店構えをできる限り残したまま、新しい利用を受け入れます。

【+ SUPPORT】

設備導入後も、高瀬乾物店がこの町にあった店であることを分かる形で残していただけませんか?

――――――――――――――

 送信音が、静かに鳴った。

 美和子は、その画面を見ながら、目を伏せた。

 自分は、昔の町を戻したかった。

 夕方になれば店が開き、子供が歩き、若者が寄り道し、誰かが食堂で笑う町。

 でも、昔と同じ方法では、もう戻らない。
 小物を売るだけでは、人は残れない。
 明かりを点けるだけでは、生活は続かない。

 ならば、変わるしかないのかもしれない。

 工場の金で。
 県の制度で。
 若者のDRIVEで。
 AIとロボットと訓練で。
 そして、それでも消したくない古い店の名前を残しながら。

 美和子は、端末へ手を伸ばした。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】

町明り会は、シビックタウン第一期計画へ地域運営協力として参加します。食堂、古い店舗、景観、娯楽、子育てや介護に必要な場所を、この町で暮らす人のために残し、作り直します。

【+ SUPPORT】

福野県、参加企業、シビックステーション参加者には、若者の仕事だけでなく、この町で食べ、遊び、育て、介護し、暮らし続けられる施設を共に作っていただけませんか?

――――――――――――――

 美和子は、送信ボタンの上で指を止めた。

 最後に、向かいの高瀬乾物店を見た。

 若者たちが、まだ中にいる。
 誰かが笑い、誰かが端末を操作し、誰かが棚の小物を直している。

 その明かりは、小さい。

 けれど、その小さな明かりから、町全体を作り直す計画が始まろうとしている。

 美和子は、送信ボタンを押した。

【DRIVEを公開しました】

 白瀬の端末に、新しい表示が浮かぶ。

【福野県シビックタウン第一期整備構想】
【地域運営協力DRIVEを受理しました】
【計画始動条件を確認中】

 陽斗は、胸の前で小さく拳を握った。

 理恵は、窓の向こうの店を黙って見つめていた。

 水野は、いつものように、すでに次の会計と条件確認の画面を開いている。

 黒川だけは、嬉しそうな顔をしなかった。

「始まれば、戻れませんよ」

 黒川が言った。

 美和子は、少しだけ笑った。

「戻るつもりなんてありません」

「昔の町には、ですか」

「ええ」

 美和子は、明かりの点いた通りを見た。

「昔の町が好きだったからこそ、消えていくのを見ているだけには戻れません」

 白瀬は、深く頭を下げた。

「必ず、ここで暮らせる町にします」

 美和子は、首を横に振った。

「違うでしょう」

 白瀬が、顔を上げる。

「私たちも作るのよ」

 一瞬、白瀬は言葉を失った。

 そして、ゆっくり頷いた。

「はい」

 高瀬乾物店の明かりは、夜の商店街を照らしていた。

 その光の先に、まだ何も建ってはいない。

 VR訓練設備も。
 AI開発端末も。
 ロボット試験区画も。
 保育園も。
 介護施設も。
 駄菓子屋も。
 娯楽店も。

 けれど、町の名前だけは、先に生まれた。

 シビックタウン。

 美和子が守りたかった町は、もう過去へ戻るための町ではない。

 人が働き、学び、遊び、育て、老い、それでもここに残りたいと思える町へ。

 我が町こそ世界一の都と、いつか本当に言える町へ。

 その最初の夜が、静かに始まった。

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