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シビックヒーロー 第二話 ありがとうじゃ、腹は膨れない

最初の四十ドル

 レオは、ベッドに座ったまま、端末の画面を睨んでいた。

【本日の記録を入力しますか】
【活動記録は報酬評価に反映されます】

 古いモーテルを改装しただけの部屋だった。
 壁紙は黄ばんでいる。窓の外には駐車場と、半分消えたネオンサイン。暖房も、時折うなるような音を立てる。

 それでも、高架下とは比べものにならなかった。

 鍵がある。
 シャワーがある。
 ベッドがある。
 今夜、眠っている間に荷物を奪われる心配もない。

「七日だけ、な」

 レオは、画面へ指を走らせた。

部屋は使える。暖かいし、鍵もかかる。
だが、七日後にまた外へ戻るなら生活再建じゃない。
貧乏人を一週間寝かせて、役に立ったと記録するだけだ。
ここにいる間に、金になる活動か、次に住める場所を出せ。

 送信すると、AIは彼の言葉を短い要請へ変換した。

―――――― GVS活動記録 ――――――

滞在終了後に生活を続けるため、報酬活動と次の住居候補を確認します。

【確認要請】

運営担当者には、滞在中に参加できる報酬活動を提示していただけませんか?

――――――――――――――

「それでいい。送れ」

【活動記録を受け付けました】

「受付だけかよ」

 レオは端末をベッドへ放り投げた。

 その時、腹が鳴った。

 夕食提供の時間は、もう始まっている。

 彼は用意されていた新しいシャツへ目を向けたが、結局、汚れた上着のまま部屋を出た。

 まだ、助けられた人間の顔をするつもりはなかった。

目次

一人一食

 一階の食堂は、昔モーテルの朝食会場だった場所をそのまま使っていた。

 壁には安っぽい海岸の写真。
 隅には故障中のコーヒーマシン。
 折りたたみ式のテーブルには、十数人の利用者がばらばらに座っている。

 レオは配膳口でトレーを受け取った。

 豆のスープ。
 パン。
 小さなチキン料理。
 紙コップの水。

「これだけか」

 配膳をしていた女性職員が顔を上げた。

「今夜の分は、一人一食です」

「俺は今日一日、何も食ってねえんだけど」

「不足があれば、端末から記録できます」

「記録を腹に詰めろってか?」

 列の後ろから、笑い声が聞こえた。

「いいな、それ。無料で腹が膨れる新技術だ」

 キャップを被った男が、肩を揺らしている。

 レオは振り向いた。

「笑ってる場合か。朝飯は出るのか?」

 職員が答えた。

「提供は昼食と夕食です」

「朝から面接に行く奴は、空腹で行けってことかよ」

「それ、俺も昨日書いた」

 先ほど笑っていた男が言った。

「明日の朝、倉庫の面接があるんだ。せめて何か食わせてくれって端末に出した。でも返ってきたのは『要望を受け付けました』だけだ」

「名前は?」

「マーカス」

「一人で朝飯くれって書いたのか」

「悪いかよ」

「悪くはねえ。だが、お前一人の朝飯じゃ、後回しにされるだけだ」

「じゃあ、どうする」

「見ろよ。この施設、足りねえものが朝飯だけだと思うか?」

 レオはトレーを持ったまま、空いている席へ座った。

 スープを一口飲む。
 温かい。
 だが、足りない。腹を満たすには軽すぎる。

 向かいに座っていた白髪の老人が、パンを指で割ろうとして諦めた。

「それ、食わねえのか」

「歯が悪くてな。硬いものはきつい」

「端末に書いたのか」

「部屋を貸してもらって、飯まで出ているんだ。パンが硬いくらいで文句は言いにくい」

「食えない飯は、出てないのと同じだろ」

 老人は、少し驚いたようにレオを見た。

「随分とはっきり言う若者だな」

「名前は?」

「ジョージだ」

「ジョージ。パンじゃ食えない。柔らかい飯が必要。そう出すぞ」

 ジョージは、しばらく迷った後、パンをトレーへ戻した。

「本当に変わるなら、好きに書け。マッシュポテトでも出れば十分だ」

「神に感謝するか?」

「いや。君にコーヒーを奢る」

「金が入ったら自分で買う」

 マーカスが笑った。

「いいね。俺の朝飯にはコーヒーも入れとけ」

「要求だけはでかいな」

「要求するなら最初からでかく言えよ。通るかもしれねえだろ」

 その会話を聞いていた隣の女が、トレーを見たまま口を開いた。

「部屋へ持って帰れるようにもしてほしい」

 レオは顔を向けた。

「食堂が嫌なのか」

「人の顔を見たくない日もある。今日は何とか来たけど、明日も来られるかは分からない」

「端末には出したのか」

「書きかけて、やめた。そんなことまで言ったら、面倒な利用者だと思われそうだから」

「もう全員、面倒な利用者でいいだろ。ここは面倒を抱えた奴が来る場所じゃねえのか」

 女は一瞬黙り、それから小さく笑った。

「エイミー。書くなら、部屋で受け取れる食事」

「よし」

 レオは端末を取り出し、三人の話を打ち始めた。

 すると、少し離れた席から別の男が声を上げた。

「それなら俺のも入れろ。洗濯機が二台しかない。三時間待って、まだ空かねえ」

「端末に出したか」

「出したさ。でも一人の洗濯機の話じゃ、優先されないんだろ?」

 男は鼻を鳴らした。

「お前がまとめるなら、俺も乗る。トニーだ」

「トニー。洗濯機が足りない」

「洗剤も足りない」

「どんだけ洗う気だよ」

「働くなら服が要るだろ」

 その一言で、食堂の空気が変わった。

「俺もバス券のこと書いた。仕事場が遠いと一日分じゃ足りない」
「シャワーの湯、夜になると冷たい」
「充電器を借りられる数を増やしてくれ」
「子供連れを別施設へ回すなら、最初から場所を見せてほしい」

「待て、順番に言え!」

 レオが声を張ると、食堂に笑いが広がった。

 さっきまで黙っていた連中が、次々に口を開く。
 端末を使えないわけではない。すでに自分で書いた者もいる。

 だが、一人ずつ丁寧に出した要望は、受付済みの一覧へ沈んでいた。
 感謝しているから、と飲み込んだ不満もある。
 自分の都合だと思い、書かなかった困りごともある。

 レオは、端末へ表示された文字を見た。

 朝飯。
 柔らかい食事。
 部屋での受取。
 洗濯機。
 交通券。
 シャワー。
 充電器。

「分かった」

 レオは立ち上がった。

「お前ら、一人ずつ礼儀正しく頼んでるから、足りてることにされるんだ」

 マーカスが、笑いながら言う。

「じゃあ、どうすんだよ」

「全部まとめる。この施設には、実際に住んでる奴の話を拾う人間が必要だって出す」

「それで?」

「俺が聞く。運営に改善させる。ついでに俺へ金を払わせる」

 食堂が一瞬静かになり、次の瞬間、マーカスが吹き出した。

「結局、自分の金かよ」

「当たり前だ。俺も腹が減ってんだよ」

「いいね」

 マーカスは、トレーを持ち上げた。

「本当に朝飯が出るなら、お前がいくら取ろうが構わねえ」

「私も」

 エイミーが言った。

「部屋で食べられるようになるなら、レオが報酬をもらっても困らない」

 ジョージも頷いた。

「柔らかい飯が出るなら、十分に仕事だろう」

 レオは、口元を歪めた。

「よし。じゃあ文句がある奴は、全部俺に言え」

文句を金にする

 部屋へ戻ったレオは、食堂で集めた声を端末へ叩き込んだ。

朝飯がなくて面接に行けない奴がいる。
硬いパンを食えない爺さんがいる。
食堂に来たくない奴がいる。
洗濯機も交通券も足りない。
個別に出した要望は埋もれている。黙っている奴もいる。
俺がこの施設の利用者から困っていることを聞く。
その代わり、俺に金を払え。

 AIの変換結果は、短かった。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】

この施設で困っている人の話を聞きます。

【+ SUPPORT】

運営担当者には、この聞き取りを報酬付きの活動として扱っていただけませんか?

――――――――――――――

「それでいい。送れ」

【DRIVEを公開しました】

 数分後、端末が鳴った。

【応答通知】

施設利用者への聞き取り活動を、試験的な有償活動として承認しました。

【報酬】

本日の記録:40ドル
明日以降:記録一件につき15ドル
一日上限:75ドル

【本日の報酬を受け取りますか】

 レオは、画面を見つめた。

「四十ドル……」

 今日の昼まで、彼は一ドルも持っていなかった。

 いま、自分が施設の不満を束ねて突きつけただけで、四十ドルが支払われる。

 レオは、迷わず受取ボタンを押した。

【活動報酬:40ドルを受け取りました】
【利用可能残高:40.00ドル】

 胸が熱くなった。

 恵んでもらった金ではない。
 かわいそうだから渡された金でもない。

 自分が、埋もれていた不満をまとめた。
 金を払うべき仕事だと言い張った。
 そして、本当に払わせた。

 続けて通知が表示される。

【試験反映予定】

明朝より、簡易朝食を提供します。
柔らかい食事と、部屋での食事受取を試験対応します。
洗濯設備と交通券の追加条件を確認します。

 レオは、画面を見たまま笑った。

 ジョージは、明日から硬いパンを無理に食わなくて済むかもしれない。
 マーカスは、空腹のまま面接へ行かなくて済むかもしれない。
 エイミーは、人の顔を見ずに部屋で飯を食えるかもしれない。

 それも悪くない。

 だが、何よりも大事なのは、画面に残る四十ドルだった。

「困ってる奴は、山ほどいる」

 このモーテルにも。
 この街にも。
 この国にも。

 一人ずつでは埋もれる不満も、束ねれば金を動かせる。

 レオは、端末を握りしめた。

「俺は、もっと稼げる」

 暖房の効いた小さな部屋で、レオ・グラントは初めて、他人の困りごとを救う方法ではなく、他人の困りごとから金を引っ張る方法を見つけた。

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