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シビックヒーローズ 第五話 偽善者の教科書

目次

シルバーGVSプレイヤー

 釈放されたレオ・グラントを迎えに来たのは、ジェイデンだった。

 警察署の裏口を出ると、古い黒い車が路肩に停まっている。助手席の窓が下がり、ジェイデンが顎をしゃくった。

「乗れ。歩いて帰る顔じゃねえだろ」

 レオは腫れた頬を指で触り、車へ乗り込んだ。

「迎えに来るとは思わなかったぜ」

「勘違いするな。お前がまた富豪へ突っ込んで、本当に撃たれたら寝覚めが悪いだけだ」

「心配してくれてんのか?」

「面倒が増えるのが嫌なんだよ」

 ジェイデンは車を発進させた。

 助手席の前には、透明な袋に入れられたレオのスマートフォンが置かれている。画面は蜘蛛の巣のように割れ、半分ほど黒く滲んでいた。

 レオは袋を取り上げた。

「まだ映るか?」

「電源は入る。だが画面はほとんど見えねえ。もう配信には使えないだろ」

「百二十万人を見せた端末だぞ。捨てるわけにはいかねえな」

「墓でも作るのか?」

「飾っておく。俺が成り上がった時にな」

 ジェイデンは呆れたように笑った。

「お前、本当にまだ勝ったつもりでいるんだな。コールドウェルは、お前の名前すら覚えてないかもしれないぞ」

「覚えてる」

「何で分かる」

「俺なら忘れねえからだ」

 レオは、割れたスマートフォンを膝の上へ置いた。

「自分の寄付で拾われた男が、翌週には目の前へ突っ込んできて、『お前の金でドラッグの街を変えてみろ』って叫んだんだぞ。面白くないはずがねえ」

「連絡が来ると思ってるのか?」

「必ず来る」

 レオは、迷いなく答えた。

「だが、今の俺へ連絡が来ても駄目だ。俺はまだ、突っ込んで捕まっただけの馬鹿だからな」

 ジェイデンが横目でレオを見る。

「それを自覚してるなら、少しは救いがあるな」

「コールドウェルが俺を見る頃には、俺は本当にシビックドライブを語れる男になってる必要がある」

「お前、あの偽善者アプリを本気でやるつもりか?」

「信じるんじゃねえ。使えるようになるんだよ」

 レオは窓の外を見た。

 高架下の脇を車が通り過ぎる。
 一週間前まで、自分が眠っていた場所だった。

 もう戻る気はなかった。

読む男

 ジェイデンがレオを連れて行ったのは、彼らのグループが使っている古いアパートの一室だった。

 高そうな部屋ではない。
 だが、ソファと冷蔵庫があり、電気が点き、シャワーが使える。

「しばらくここにいろ。ただし、勝手に俺の連中へ説教するなよ」

「説教なんかしねえ。俺は金になる話しかしない」

「その方が余計に厄介だな」

 ジェイデンは、引き出しから古いスマートフォンを取り出した。

「使ってない端末だ。画面が割れてないだけ、お前のよりはましだろ」

 レオは受け取ると、すぐに充電器へつないだ。

「助かるぜ」

「礼を言えるんだな」

「出世したら倍にして返す」

「そういうところが信用できねえんだよ」

 ジェイデンが部屋を出ると、レオは床へ座り込み、端末を開いた。

 まず検索したのは、GVSだった。

 利用方法。
 活動報酬。
 DRIVEとSUPPORT。
 応答。
 シビックナビゲーション。
 シビックファンド。

 施設にいた頃は、自分が必要な部分だけを使っていた。
 部屋が欲しい。金が欲しい。文句を活動にしたい。
 それだけで十分だった。

 だが、今度は違う。

 レオが相手にするのは、世界的な富豪だ。
 向こうが金を出すと言った時に、「俺に寄越せ」と叫ぶだけでは、ただの乞食に戻る。

 何に金を流すのか。
 誰が動くのか。
 どうすればジェイデンたちがドラッグを売るより稼げるのか。
 自分は何者として、その中心へ立つのか。

 それを説明できなければならない。

 公式解説を読み終えたレオは、画面に表示された関連資料を見て眉をしかめた。

【ミスターシビッカー翻訳小説】
【GVS誕生以前の思想記録】
【愚痴をDRIVEへ変える社会について】

「小説?」

 レオは鼻で笑った。

「政治と金の話を、物語で説明するのかよ。いかにも偽善者が好きそうだな」

 それでも、開いた。

 最初の数ページは、苛立ちながら読んだ。
 誰かの愚痴がAIで変換される。
 自分がやることと、協力してほしいことへ変わる。
 人は命令ではなく、応答によってつながっていく。

「ぬるいな」

 レオは呟いた。

 ジェイデンの街へ行って、そんな言葉を口にすれば笑われる。
 ドラッグの袋を渡せば今夜金になる少年に、仲間と一緒に社会を作りましょうなどと言っても響かない。

 だが、読み進めるうちに、レオの指は止まらなくなった。

 GVSは、善人になれとは言っていなかった。
 金が欲しいなら、金が欲しいままでいい。
 評価されたいなら、評価されたいままでいい。
 ただ、自分の欲望を、誰かが応答できる行動へ変える。

 レオは画面を睨んだ。

「……そういうことか」

 俺は、ジェイデンを救いたいわけではない。
 あいつらよりでかく稼ぎたい。
 あいつらを連れて、表の世界へ出たい。
 そのために、ドラッグより稼げる活動を作る。

 それでいい。

 善人になる必要はない。
 欲望の向きを、金が集まる形へ変えればいい。

「なら、俺ほど向いてる奴はいねえだろ」

 レオは、その夜、ミスターシビッカーの小説を最後まで読んだ。

 翌日はブログを読んだ。
 次の日は、シビックナビゲーションの実例ログを読んだ。
 炎上した活動、失敗した企画、資金を引き出したDRIVE、誰にも応答されず消えていった要請まで見た。

 ジェイデンは、三日目の夜に呆れた。

「お前、寝てるのか?」

「眠くなったら寝てる」

「俺の知ってるレオは、本なんか三ページで投げてたぞ」

「本じゃねえ。武器の説明書だ」

 ジェイデンは冷蔵庫から缶飲料を取り出し、レオへ投げた。

「その説明書で、俺たちを英雄にできるのか?」

 レオは缶を受け取り、笑った。

「できるかじゃねえ。やるんだよ」

レオチャンネル

 読むだけでは足りなかった。

 レオは、GVSへ戻った。

 最初にやったのは、短期居住施設で知り合った利用者たちのDRIVEへ応答することだった。

 マーカスは、倉庫勤務を続けるための交通費と食事の確保について投稿していた。
 レオは、施設で朝食が導入された経緯を記録として添え、勤務時間に合わせた食事提供枠を求める活動へ応答した。

 ジョージは、高齢者でも参加できる施設内業務を探していた。
 レオは、食事の受取確認や新規利用者への案内役ならできるのではないかと応答した。

 エイミーの投稿には、長く悩んだ。
 人前へ出るのが難しくても、部屋でできる記録確認や配信字幕のチェックなら参加できるかもしれない。レオは、乱暴な言葉を何度も消した後、短く送った。

人前に出なくても、役に立つ仕事はある。俺の動画の文字確認を手伝ってくれるなら、報酬が出る形を探す。

 返事は翌日に来た。

やってみたい。

 レオは、しばらくその文字を見ていた。

「俺の動画か」

 まだ、まともな動画など一本もない。
 あるのは、富豪へ突撃し、地面へ押さえつけられながら叫んだ映像だけだ。

 だが、あの映像には百万人が集まった。

 なら、次は意図して使えばいい。

 レオはGVSの入力欄を開いた。

銃とドラッグで稼ぐ若い連中が、別の道で成り上がれるかを見せる。
俺はその街を知っている。そこにいる奴らも知っている。
俺のチャンネルで、薬を売るより表で稼ぐ方がでかいと証明する。

 AIの変換結果は、短かった。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】

銃とドラッグの街で、別の道で成り上がれるかを発信します。

【+ SUPPORT】

当事者と資金提供者には、試せる仕事と活動資金を提示していただけませんか?

――――――――――――――

「悪くねえ」

 レオは公開した。

 同時に、レオチャンネルをシビックナビゲーションの発信活動へ申請した。
 かつての突撃動画だけでは、ただの炎上配信者だ。
 だが、次に何をやるのかをDRIVEとして示せば、動画そのものが活動の入口になる。

 申請結果は、その日の夜に届いた。

【活動コンテンツ登録】

レオチャンネルを、シビックナビゲーション発信コンテンツとして登録しました。

【主題】

銃と違法ドラッグに依存する地域で、若者が別の収入と役割を得られるかを記録・発信する。

【公開中のDRIVEへの応答:急増中】

 レオは、端末を握ったまま笑った。

「来たぜ、ジェイデン」

 ソファに寝転んでいたジェイデンが、面倒そうに顔を上げた。

「何がだ」

「俺のチャンネルは、もう馬鹿の突撃動画じゃねえ。シビックナビゲーションのコンテンツになった」

「だから何だ。まだ金は入ってないだろ」

「焦るなよ。金持ちは、賭ける価値のある場所にしか金を出さねえ。俺はいま、その場所を作ってる」

 ジェイデンは何も答えなかった。

 代わりに、レオの端末が鳴った。

 新しい通知だった。

【GVS活動評価更新】

【活動実績】
・短期居住支援の改善活動
・利用者DRIVEへの応答成立
・発信コンテンツ登録
・地域課題DRIVEへの応答増加

【プレイヤーランク更新】

SILVER GVS PLAYER

 画面に、銀色の小さな徽章が表示された。

 ジェイデンが起き上がる。

「何だ、それ」

「シルバーGVSプレイヤーだとよ」

「偉いのか?」

「知らねえ。だが、ゼロじゃなくなった」

 レオは、銀色の徽章を指でなぞった。

 一週間前、自分には何もなかった。
 部屋も、金も、仕事も、名前を見てくれる人間もいなかった。

 今は違う。

 まだ富豪から連絡は来ていない。
 ジェイデンたちを動かしてもいない。
 銃もドラッグも、街から一つも消えていない。

 それでも、レオ・グラントは、もう路上で助けを待つ男ではなかった。

「見てろよ、ジェイデン」

 レオは、銀色の徽章を表示した端末を持ち上げた。

「次にコールドウェルが俺を見る時、俺はもう、金を恵んでもらう側じゃねえ」

 ジェイデンは、その目を見た。

 富豪へ突っ込んだ時と同じ、焼けるような野心がある。
 だが今度は、それだけではなかった。

 この男は、勉強した。
 応答した。
 自分の配信を、現実の活動へ変え始めた。

「……本当に、連絡が来ると思ってるのか」

「ああ」

 レオは迷わず答えた。

「必ず来る。俺なら、この続きを見ずにはいられねえ」

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