
あなたと話をさせてくれ
シルバーGVSプレイヤーになった翌朝も、レオ・グラントの生活はほとんど変わらなかった。
寝ている場所は、ジェイデンが使わせている古いアパートの一室。
冷蔵庫に入っているのは、炭酸飲料と冷凍食品ばかり。
壊れたスマートフォンは、捨てることもできず、机の上に置かれている。
違うのは、レオが握っている端末に、朝から通知が絶えず届くことだった。
【レオチャンネルへの応答:126件】
【活動参加希望:34件】
【銃とドラッグの街に関する情報提供:58件】
街を変えたいという者。
元売人だという者。
薬物依存から抜けたが、戻りそうで怖いという者。
自分の弟がジェイデンのようなグループへ近づいていると訴える母親。
レオは、ベッドの上でそれらを片端から読んでいた。
ジェイデンが、紙袋に入った朝食を持って部屋へ入ってきた。
「まだ読んでるのか」
「読まなきゃ、金になる話を逃すだろ」
「シルバー様は忙しいな」
「敬意が足りねえぞ」
「昨日まで壊れたスマホを眺めて喜んでた男に、どう敬意を払えってんだ」
ジェイデンは紙袋を放り投げた。レオは片手で受け取り、中から熱いサンドイッチを取り出す。
「お前のところへ、変な連中が来始めてる」
「変な連中?」
「お前の動画を見たっていう若い奴だ。ドラッグを売ってない奴もいる。売ったことがある奴もいる。お前なら何か仕事を出せるのかって聞いてきた」
「何て答えた?」
「知らねえって追い返した」
「馬鹿か。連れてこいよ」
レオはサンドイッチを口へ押し込みながら端末を操作した。
「俺はまだ、何も用意できてねえ。金も、仕事も、場所もない。だが、人が来るなら話は別だ。人が集まっているところに、金は出る」
「それで本当に薬より稼げるようになるのか?」
「これから証明するんだよ」
レオは答えながら、画面を更新した。
だが、待っていた名前はなかった。
ダニエル・コールドウェル。
富豪へ突撃してから、三日が過ぎていた。
レオは、一度も口には出さなかったが、朝起きるたびにその名を探していた。
突撃動画は、すでに数百万回見られている。
レオチャンネルはシビックナビゲーションへ登録され、GVS上で銃とドラッグの街を扱う活動として応答も集まり始めた。
シルバーGVSプレイヤーの称号も得た。
自分はもう、ただ警備員に押し倒された馬鹿ではない。
あの叫びに続く行動を、少なくとも見せた。
それでも、コールドウェルから連絡は来ない。
「なあ、レオ」
ジェイデンが冷蔵庫から飲み物を取り出しながら言った。
「本当に来なかったら、どうする」
「来る」
「だから、来なかったらだよ」
レオは端末から目を上げた。
「その時は、もう一度こっちから行く」
「今度こそ撃たれるぞ」
「じゃあ、その前に連絡してくるさ。あの男が馬鹿じゃなければな」
ジェイデンは、呆れたように缶を開けた。
「金持ちを脅迫するホームレス上がりのシルバー様か。大物だな」
「元ホームレスだ。間違えるな」
「まだこの部屋に転がり込んでるくせに、偉そうに」
レオは笑い返し、再び画面へ目を落とした。
その時だった。
通知音が一つ、静かに鳴った。
他の応答とは違う、資金提供者認証付きの表示だった。
【認証済み資金提供者から連絡があります】
レオの手が止まる。
ジェイデンも、缶を口へ運びかけたまま動きを止めた。
レオは通知を開いた。
【送信者】
Daniel Caldwell Foundation
ダニエル・コールドウェル財団
「……来た」
ジェイデンが立ち上がった。
「本物か?」
「認証済みだ」
「何て書いてある」
「黙ってろ」
レオは、ゆっくりと本文を開いた。
文章は、想像していたよりずっと短かった。
レオ・グラント様
先日の配信映像、およびその後のGVS活動を確認しました。
あなたが何を始めるのか、見届けたいと考えています。ダニエル・コールドウェルは、あなた個人へ1,000,000ドルを提供します。
用途は問いません。
受領を希望される場合は、下記より確認してください。
その下に、大きなボタンが表示されている。
【資金提供を受領する】
部屋の空気が止まった。
ジェイデンが、信じられないように呟く。
「百万ドル……」
レオは答えなかった。
「おい。レオ、百万ドルだぞ。お前、本当に引っ張ってきたのか」
ジェイデンの声は、いつもの嘲笑とは違っていた。
ドラッグを売り、若い連中へ金を回し、この街でそれなりの立場を作ってきた男が、初めてレオを理解できないものを見るように見ている。
百万ドル。
それだけあれば、レオはもうジェイデンの部屋へ転がり込む必要はない。
新しいスマートフォンも、服も、車も、部屋も買える。
自分一人なら、しばらく何不自由なく暮らせる。
高架下で腹を空かせていた自分なら、迷わず飛びついたはずだった。
けれど、レオは受領ボタンを押さなかった。
「レオ?」
「違う」
「何がだ」
「俺が欲しかったのは、これじゃねえ」
ジェイデンの顔に怒りが浮かんだ。
「ふざけるなよ。お前は金が欲しかったんじゃねえのか。百万ドルだぞ。俺たちが何年ここで稼いでも、簡単には触れない金だ」
「ああ。だから駄目なんだよ」
レオは、画面を見たまま言った。
「俺がこの金を受け取ったら、俺はコールドウェルに拾われた男で終わる。命を張って騒いだら、金持ちから百万ドルもらえました。それで話は終わりだ」
「それの何が悪い」
「小さいんだよ」
レオは、ようやくジェイデンを見た。
「俺一人が百万ドルをもらって、何が変わる。お前が薬を売るのをやめるのか。お前の連中が明日から表で稼げるのか。薬を買ってる連中が、もう買わなくて済むようになるのか」
「そんなもん、お前一人でどうにかできる話じゃねえだろ」
「だから、俺一人の金にしちゃいけねえんだ」
レオは椅子へ座り直し、返信欄を開いた。
指が一度だけ止まる。
百万ドルを断る。
そんなことをすれば、二度と同じ機会は来ないかもしれない。
コールドウェルが「では別の者へ出す」と判断すれば、レオはまた端末一台の男に戻る。
それでも、ここで受け取ったら、自分は本当に小さな男で終わる。
レオは入力を始めた。
ミスター・コールドウェル。
あなたから金は一銭も受け取らない。
だが、俺と対談をさせてくれ。
その場を動画で配信させてほしい。あの日、俺があなたに叫んだことが、百万ドル欲しさの嘘ではないと説明したい。
俺は、俺一人を救ってほしいわけじゃない。
あの街でドラッグを売って稼いでいる連中が、表でそれ以上に稼げる場所を作りたい。
銃やドラッグがなければ生きられないと思っている連中に、別の成り上がり方を見せたい。俺に金を送って終わるな。
俺と話してくれ。
ジェイデンは、背後から画面を見ていた。
「お前、本当に送るのか」
「ああ」
「百万ドルを断って、話がしたいって?」
「話じゃねえ。舞台だ」
レオは、返信文を見直した。
「コールドウェルが俺へ金を渡せば、救われるのは俺一人だ。だが、あの男が世界の前でシビックドライブへ賭ければ、金を出す奴も、動く奴も増える。お前らを日陰から引っ張り出すには、そっちの方がでかい」
ジェイデンは、何も言えなかった。
目の前の男が、百万ドルを手放そうとしている。
それは善人だからではない。
たった一人で金を得るより、自分を中心にもっと巨大な金と熱気を回す方を選んだからだ。
レオは送信ボタンを押した。
【返信を送信しました】
部屋の中に、冷蔵庫の作動音だけが響いた。
「……馬鹿だな、お前」
しばらくして、ジェイデンが言った。
「ああ。だが、面白いだろ」
「コールドウェルが怒って、話ごと消えたらどうする」
「その時は、俺が百万ドルを断った映像を出す」
「それすら使うのかよ」
「何でも使う。俺には、まだ何もねえからな」
レオは、壊れたスマートフォンへ目を向けた。
百万人の視線を得るために砕けた、最後の道具。
そして今、百万ドルを得るためではなく、もっと大きな舞台へ上がるために、目の前の金を捨てた。
待つ時間は、長く感じた。
一分。
五分。
十分。
ジェイデンは何度も部屋を歩き回り、レオは椅子に座ったまま画面を見ていた。
「……来ないな」
ジェイデンが言った、その直後だった。
端末が鳴った。
【ダニエル・コールドウェル財団より返信】
レオは、口元を上げた。
「言っただろ」
通知を開く。
レオ・グラント様
1,000,000ドルを拒否した方は、あなたが初めてです。
コールドウェル本人も、あなたの提案に関心を示しています。公開対談、および配信条件について調整を開始します。
ジェイデンは、言葉を失った。
レオは、銀色のシルバーGVSプレイヤー徽章が表示された画面を伏せ、笑った。
「さあ、ジェイデン」
「……何だ」
「お前らが薬を売って稼ぐ時代を、終わらせに行こうぜ」
まだ一ドルも手に入れていない。
だが、レオはすでに、百万ドルより大きな何かを掴みかけていた。
