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シビックヒーローズ 第八話 シビックヒーローズ

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まだ足りない

 公開対談が終わった夜、レオ・グラントは、ジェイデンのアパートへ戻ってきた。

 建物の前には、すでに数人の若者が集まっていた。
 スマートフォンを向ける者。レオの名を呼ぶ者。配信で見たと興奮気味に話しかけてくる者。

「レオ! 本当に五千万ドル引っ張ったのか?」

「俺も参加できるのか? ドラッグなんか売ってないけど、この街のことなら知ってる!」

「ジェイデンも出るんだろ? シビックヒーローになるのか?」

 レオは足を止め、集まった若者たちを見回した。

 昨日まで、自分のことを知る者などほとんどいなかった。
 富豪へ突撃した時でさえ、笑われる馬鹿として見られていた。

 だが今、彼らの目には期待がある。
 五千万ドルという数字が、自分の言葉へ重みを与えている。

「焦るな」

 レオは、わざとゆっくり言った。

「五千万ドル程度で、街が勝手に変わるわけじゃねえ。だが、薬を売るよりでかい金を表で動かせるってことは見せた。次は、その金を使うだけの仕事を俺たちが作る番だ」

 若者たちがざわめく。

 ジェイデンは、アパートの入口に立ったまま、呆れた顔でレオを見ていた。

「お前、もう演説家気取りかよ」

「聞いてたのか。なら話が早い」

「中へ入れ。これ以上ここで騒がれたら、近所から追い出される」

 レオは若者たちへ片手を上げた。

「また連絡する。GVSを見てろ。次のDRIVEは、俺が出す」

 歓声が上がる。

 ジェイデンは眉間を押さえながら、レオを部屋へ押し込んだ。

五千万ドルじゃ足りない

「で?」

 ドアを閉めるなり、ジェイデンはレオへ向き直った。

「で、とは?」

「俺たちへの報酬はどうすんだよ」

 レオは、ソファの上に置かれた飲み物を勝手に開けた。

「五千万ドルが動いた。お前も見ただろ」

「見たさ。お前が富豪の前で大口叩いて、世界中に持ち上げられてるところもな。だが、金がファンドへ入ったことと、俺たちの手元へ入ることは別だろ」

「分かってる」

「分かってる顔じゃねえ。外で集まってた連中は、もう明日にでも仕事と金が来ると思ってるぞ。お前が英雄面して呼び込んだんだから、責任は取るんだろうな」

 レオは缶を置き、笑った。

「まだ十分じゃねえんだよ」

「は?」

「五千万ドルじゃ、街一つ変えるには足りない。住む場所、仕事、治療、安全、配信、訓練、全部作るなら桁が違う。俺はもっと金を引っ張る」

 ジェイデンは数秒黙り、やがて乾いた笑いを漏らした。

「またか? お前はいつもそうだ。でかい話を見つけた途端、足元の約束を忘れる」

「忘れてねえ。でかくした方が、お前らも稼げるって言ってるんだ」

「だから、俺たちは今どうすりゃいいんだよ」

「やりたきゃ、お前が勝手にGVSをやっておけ」

「やり方を教えろよ!」

 思わず声を荒らげたジェイデンに、レオは面倒そうに端末を向けた。

「不満や愚痴はないのか? 金が足りねえ。薬以外の仕事がねえ。顔を出せば危険だ。銃を置けるわけがねえ。そういうのを入力しろ。AIが、やれることと手伝ってほしいことへ変えてくれる」

「それだけか?」

「それだけだ。まずは自分で出せ。俺がお前ら全員の面倒を見る話じゃねえ」

「俺たちを英雄にするって言ったのはお前だろ」

「だから、英雄になりたきゃ自分で動けって言ってる」

 ジェイデンは、殴りたいものを見るようにレオを睨んだ。

 だが、レオはすでに立ち上がり、ジャケットを羽織っている。

「どこへ行く」

「仲間を集める」

「俺がまだ何も納得してねえのに?」

「お前はもう仲間だ。気にするな」

「勝手に決めるな!」

 レオは振り返りもせず、ドアを開けた。

「俺たちはシビックヒーローズになる。二人じゃ絵が弱いんだよ」

 ドアが閉まる。

 ジェイデンは、しばらくその場に立ち尽くした。

「……あの野郎」

 机の上には、レオが置いていったGVSの登録画面が表示されている。

【今、困っていることを入力してください】

 ジェイデンは舌打ちし、椅子へ座った。

「愚痴なら、腐るほどあるよ」

元恋人

 レオが向かったのは、街の中心部に近い小さなオフィスだった。

 共同ワークスペースの一角で、黒い髪を肩まで伸ばした女性が、大型モニターを見ながら資料を作っている。

「相変わらず、数字ばっかり見てるな」

 女性の手が止まった。

 ゆっくりと振り返った顔は、レオを見ても驚かなかった。

「来ると思ってたわ、レオ」

「見たのか?」

「富豪へ突撃して押さえつけられるところも、百万ドルを拒否して五千万ドルを引っ張るところもね。世界中が見てるのに、私だけ見ていないと思った?」

「相変わらず話が早いな、マヤ」

 マヤ・ロドリゲスは椅子の背にもたれ、レオを上から下まで見た。

「本当にカムバックしたのね。少なくとも、目だけは昔に戻ってる」

「昔よりでかい。俺はシビックヒーローズを結成する」

「その名前、自分で考えたの?」

「ああ。最高だろ」

「恥ずかしげもなく言えるところは、変わってないわね」

 マヤは呆れたように笑ったが、拒絶はしなかった。

 レオは机の前へ歩み寄る。

「俺には金を引っ張る役ができる。ジェイデンには街の連中へ接触できる力がある。だが、俺たちだけじゃ、数字も資料も説明も足りねえ。コールドウェルの次に金を出す奴らへ、何が起きてるか説明できる人間が要る」

「私をその役にしたいのね」

「お前以上に向いてる奴は知らねえ」

「昔、あなたの事業計画の赤字を説明してあげた時以来の高評価ね」

「今回は赤字にはしねえ」

「あなたが金を持たないなら、少なくとも勝手に溶かす心配は減ったわ」

 マヤはモニターを閉じた。

「分かった。協力する。私は資料を読み、支援者や視聴者に説明できる。どの活動に資金が必要で、何が成果で、何がただの熱狂なのかも示すわ」

「決まりだな」

「ただし、私だけでは足りない。現地のデータを集める担当が必要よ。薬を売る若者の数、利用者が求めている支援、銃撃の起きる場所、参加者の報酬、活動後の変化。あなたが叫ぶだけでは、二度目の五千万ドルは引っ張れない」

「誰か当てはあるのか?」

「用意しようと思えばできるわ。大学や支援団体に、分析のできる人間はいる」

 レオは、首を振った。

「それじゃ弱い」

「弱い?」

「外から来た優等生が数字をまとめても、誰も熱狂しねえ。俺たちが変えるのは、あの街だ。あの街から出てきた人間が、あの街を数字で暴く。それで初めて物語になる」

 マヤの目が細くなる。

「また人を物語にするのね」

「埋もれたままにするより、ましだろ」

「本人が望むならね」

「望ませるさ。でかい舞台を見せればいい」

 マヤはため息をついた。

「危ういところまで、本当に昔のままね」

「褒め言葉として受け取っておく」

 レオは端末を取り出した。

「ジェイデンに聞いてみる。この街で、数字に強くて、まだ誰にも拾われてない奴がいないか」

貧困街の天才

 アパートへ戻ると、ジェイデンは端末を睨みながらソファに座っていた。

「よう。GVSはできたか?」

「黙れ。文句を書けと言ったから書いたら、活動候補が三つも出てきやがった。どれを選べば金になるのか分からねえ」

「ちゃんと始めてるじゃねえか」

「お前のせいだ」

 レオの後ろからマヤが入ってくると、ジェイデンは目を丸くした。

「マヤ?」

「久しぶり、ジェイデン。あなたも相変わらずね」

「お前まで巻き込まれたのか?」

「レオが五千万ドルを動かした以上、無視する方が難しいわ」

 レオは二人の間に割って入った。

「昔話はあとだ。データを集められる奴が要る。この街のことを知っていて、数字や端末に強くて、まだどこにも使い潰されてない奴だ」

 ジェイデンは顔をしかめた。

「注文が多すぎるだろ」

「思い出せ。お前の周りには、変な奴がいくらでもいるだろ」

「変な奴なら目の前にいる」

「俺以外だ」

 ジェイデンはしばらく黙った。

 やがて、何かを思い出したように天井を見上げる。

「……そういや、一人いたな」

「誰だ」

「ノア・ミラー。まだガキだが、頭だけはやたら良い。学校でも浮いてるらしいが、数字とログを見ると気持ち悪いくらい覚えてる。俺の連中のスマホを直したこともある」

 マヤが反応した。

「何歳?」

「十六か、十七だったか。母親と暮らしてる。ここじゃ毛色が違うが、このままいたら埋もれるか、面倒な連中に使われるだろうな」

 レオの顔に、笑みが広がった。

「ビンゴ。そいつだ」

「何がビンゴだ。子供だぞ」

「だからいい」

 マヤが警戒するようにレオを見る。

 レオは、机の上にある砕けたスマートフォンを手に取った。

「ヒーローには物語が必要だ。元ホームレスの俺。ドラッグの街で生きるジェイデン。資料を武器にする元恋人。そして、貧困街に埋もれかけている天才少年が、街の数字を握る」

「あなた、本当に人を売り出すことしか考えてないのね」

「売り出して何が悪い。誰にも見つからず、薬の売上計算に使われるより百倍ましだ」

 ジェイデンは、渋い顔のままレオを見ていた。

「ノアが乗るとは限らねえぞ」

「乗せるんじゃねえ。選ばせる」

 レオは、壊れたスマートフォンを机へ戻した。

「埋もれたまま終わるか。俺たちと一緒に、世界中の金を引っ張る側へ来るかをな」

 マヤは、短く息を吐いた。

「本人の意思を無視したら、私は降りるわよ」

「分かってる。俺は命令しに行くんじゃねえ。成り上がる話を持っていくんだ」

 レオは、ドアへ向かった。

「行くぞ、ジェイデン。シビックヒーローズの四人目を迎えに行く」

 ジェイデンは立ち上がりながら、顔をしかめた。

「いつ俺が正式メンバーになったんだよ」

「お前がGVSへ愚痴を書いた時点で決まりだ」

「そんなルールはねえだろ!」

 マヤが笑った。

 レオは振り返らず、夜の街へ歩き出す。

 五千万ドルでは足りない。
 街を変えるには、金も、人も、物語も、まだ足りない。

 ならば、集めればいい。

 銃とドラッグで回っていた街の片隅で、後に世界を騒がせることになるシビックヒーローズは、まだ名前も知られていない一人の少年を探しに向かった。

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