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シビックヒーローズ 第十一話 静かに燃え始める熱狂

目次

最初のルーム

 通りの角にいた若者たちは、レオとジェイデンが近づいても逃げなかった。

 逃げるどころか、ほとんどがスマートフォンを取り出した。
 レオの顔を知っている。コールドウェルから五千万ドルを引き出した公開対談も、二百億ドルを掲げたシビックヒーローズの動画も見ていた。

「本物じゃん」

「シビックヒーロー様が、こんな所まで何しに来たんだ?」

「撮影か? 俺たちを悪者にして、また金を集めるのか?」

 笑い声が起きた。

 ジェイデンは、レオより半歩前へ出た。

「今日は撮影じゃねえ。お前らに話がある」

「ジェイデン、あんたまでそっち側かよ」

 声を上げたのは、赤いニット帽を被った細身の青年だった。二十歳前後に見える。指先で小さな袋を弄びながら、警戒と興味が混ざった目でジェイデンを見ている。

「そっち側って何だ、マリク」

「金持ちに取り入って、俺たちを更生させる側だよ。レオさんはすごいよな。薬を売ってる奴らをヒーローにするって叫んだだけで、五千万ドルだろ?」

 周囲から低い笑いが漏れる。

 レオは、マリクの手にある袋を見た。
 それから、その顔を見る。

「お前、それを売っていくらになる?」

「聞いてどうする」

「俺より稼いでる顔には見えねえから聞いたんだよ」

 マリクの目が険しくなる。

「俺は一週間前まで路上にいた。薬を売ってるお前を責めに来たんじゃねえ。だが、お前がその程度の袋で一生でかい顔できると思ってるなら、笑いに来た」

「何だと?」

「俺はスマホ一台で富豪から五千万ドルを引っ張った。お前は今夜いくらだ? その袋を全部売って、世界に名前が出るのか?」

 マリクが一歩踏み出しかけた。
 ジェイデンが、無言で二人の間へ腕を出した。

「殴り合いをしに来たんじゃねえ。マリク、お前が言いてえことがあるなら、こいつじゃなくてGVSへ出せ」

「は? 俺がレオに何か頼めってのか?」

「俺に頼むな」

 レオがすぐに返した。

「お前が何をしたいのかを書け。金が欲しいなら、金が欲しいでいい。ここで名前を上げたいなら、それでいい。俺が面白いと思ったら、勝手に乗る。それだけだ」

「勝手な野郎だな」

「だから五千万ドルを取れたんだよ」

 再び笑い声が起きた。
 今度は、さっきより少しだけ空気が軽い。

 マリクは袋をポケットへ押し込み、ジェイデンが差し出した端末を受け取った。

「書けば金になるんだろ?」

「活動になれば、ファンドから多少は出る」

「多少じゃ困るんだけどな」

「なら、でかくしろ。お前の話が、本当にでかい金を動かす価値があるならな」

 レオの言葉に、マリクは舌打ちした。
 だが、端末は返さなかった。

薬を売る理由

 マリクが入力した言葉は、短くも綺麗でもなかった。

 普通の仕事じゃ金にならない。
 この辺で舐められずに生きるには、金と仲間がいる。
 薬を売るのが好きなわけじゃないが、売れば金になる。
 どうせ表の人間は自分たちを雇わない。
 レオが本当に表で稼げると言うなら、証明してみろ。

 画面が一度暗くなり、変換結果が表示された。

―――――― GVS ――――――

【ルームテーマ】
ドラッグを売るより、表で稼いで名前を上げられる活動をこの街から作る

【▶ DRIVE】
俺がドラッグを売って稼いでいる理由を話します。

【+ SUPPORT】
同じ街で生きる人には、表で稼げるなら何をしたいか教えていただけませんか?

――――――――――――――

 マリクは、画面を見て眉を寄せた。

「何だよ。俺は薬を売るのをやめるなんて言ってねえぞ」

「書いてねえだろ」

 ジェイデンが言った。

「お前がなぜ売ってるのか話す。それだけだ。やめるかどうかは、その後にお前が決めろ」

 少し離れて見ていた若者が、端末を覗き込む。

「これ、俺も書けるのか?」

「好きにしろ」

「じゃあ俺は、歌だな」

 声を上げたのは、パーカーのフードを深く被った青年だった。
 マリクが鼻で笑う。

「まだやってたのかよ、タイラー。前に曲上げて、全然再生されなくて消しただろ」

「うるせえな。だからやめてたんだよ」

 タイラーは、マリクの表示されたDRIVEを見たまま言った。

「でも、こいつが言ってることなら曲にできる。金が欲しいのに、金を欲しがったら馬鹿にされる。真面目に働けって奴はいるけど、働いた先で何が手に入るかは誰も言わねえ。そういう曲なら作れる」

 レオの目が光った。

 ジェイデンが端末を渡す。
 タイラーは少し迷った後、自分の言葉を入力した。

―――――― GVS 応答 ――――――

【▶ DRIVE】
この街で金を欲しがる若者の本音を、曲にします。

【+ SUPPORT】
同じ街の人には、歌詞に込めてほしい本音を教えていただけませんか?

――――――――――――――

「悪くねえ」

 レオが言うと、タイラーが顔を上げた。

「これ、本当に誰か聞くのか?」

「俺は聞く。面白けりゃ、世界にも聞かせる」

「誰もあんたに頼んでねえぞ」

 マリクが横から言った。

「頼まれる必要はねえ。俺は面白いものを勝手に広げるために来た」

 さらに一人、短いドレッドヘアの若者が前へ出た。

「タイラーが曲を作るなら、俺は映像を付けられる。前にスマホで動画編集してた。まあ、誰も見なかったけどな」

「名前は?」

「キーラン」

「出せ、キーラン。誰も見なかった動画屋が、誰も聞かなかったラッパーの曲を世界へ出す。十分面白い」

「お前、本当に何でも物語にするな」

 ジェイデンが呆れる横で、キーランも入力を始めた。

―――――― GVS 応答 ――――――

【▶ DRIVE】
この街から出た曲と本音を、短い動画にして発信します。

【+ SUPPORT】
顔を出せない人には、公開してよい声や景色を教えていただけませんか?

――――――――――――――

 その頃には、最初は笑っていた若者たちも端末の画面へ顔を寄せていた。

「俺も話ならあるぞ」
「顔は出したくねえけど、声だけならいい」
「薬を売る話じゃなくて、買ってた時の話でもいいのか?」
「俺は曲とか無理だけど、コメントなら書ける」

 ジェイデンは、騒ぎ始めた若者たちを見て、わずかに眉を上げた。

 これまでなら、誰かが曲を作ると言っても冷やかされて終わった。
 動画を出しても、仲間内で数回見られるだけだった。
 そのうち誰も話題にしなくなる。

 だが今は、マリクの話にタイラーが乗り、タイラーの曲にキーランが乗ろうとしている。
 誰かが有名になってから近づくのではない。作る前から、次に関わる者が出ている。

「……妙なもんだな」

 ジェイデンの呟きを、レオは聞いていなかった。

 レオは、増えていくDRIVEの数だけを見ていた。

「そうだ。もっと出せ。金が欲しいなら隠すな。名前が欲しいなら言え。薬を売ってる理由も、買ってる理由も、怖くて銃を持ってる理由も、全部出せ。お前らが隠してたものほど、外の連中は見たがる」

少額の報酬

 最初の音声記録が作られたのは、その夜のうちだった。

 マリクは顔を映さず、暗い壁を背景に、なぜ薬を売っているのかを三分ほど話した。
 タイラーはその声を聞きながら、端末のメモ欄へ短い歌詞を書き始めた。
 キーランは、通りの看板や閉じた店、防犯ガラス越しの光景を撮っていた。

 まだ作品と呼べるものではない。
 ただの素材と、途中までの歌詞と、荒い映像だった。

 それでも、GVSには活動記録として反映された。

【活動報酬:18ドル】
【活動報酬:14ドル】
【活動報酬:16ドル】

「おい。入ったぞ」

 キーランが驚いた声を上げた。

「俺もだ。十四ドル」

 タイラーの顔に、一瞬だけ笑みが浮かぶ。
 マリクも画面を見た。

「俺は十八ドル……本当に入るんだな」

 周囲がざわめいた。
 何も売っていない。誰かに袋を渡したわけでもない。それでも金が入った。

 だが、その空気は長く続かなかった。

 マリクは画面を閉じ、レオへ向き直った。

「で、これだけか?」

「何だと?」

「十八ドルだよ。確かに金は入った。だが、これじゃ全然足りねえ。薬を売れば、もっと早く、もっとでかい金になる。あんた、俺たちを今以上に稼がせるって言ったよな?」

 タイラーも、書きかけの歌詞から目を上げた。
 キーランは黙ったまま端末を握っている。

 ジェイデンが、レオを見る。

「さて、ヒーロー様。これが現場の答えだ。ちょびっと金が入ったところで、薬の金には勝てねえぞ」

 レオは、三人の画面に表示された金額を見た。

 十八ドル。
 十四ドル。
 十六ドル。

 五千万ドルを引っ張った男が、街へ戻って最初に作った動きは、ドラッグ販売に届かない小さな報酬だった。

 それでも、レオは笑った。

「今はな」

「今は?」

「お前ら、勘違いするな。GVSへ一回書いて、途中まで曲を作って、すぐ薬より儲かるなら、とっくにこの街は変わってる。お前らが今やったのは、最初の火をつけただけだ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

「燃やせ」

 レオは、タイラーの端末を指さした。

「曲を完成させろ。キーランは動画にしろ。マリクは、お前と同じ話を持ってる奴を探せ。気に入ったDRIVEがあるなら応答しろ。コメントを書ける奴は書け。SNSへ流せ。自分たちで、続きを見たいと思われる街を作れ」

「それで金が増えるのか?」

「増やすんだよ。今はファンドが出せる金も小さい。だが、お前らが本当に盛り上がれば、俺はその熱気を持って金持ちの前へ行ける。五千万ドルで終わると思うな。お前らが動けば動くほど、俺はもっとでかい金を引っ張ってやる」

 マリクは、疑うようにレオを見ていた。

 タイラーが、小さく言った。

「……完成させれば、あんたのチャンネルで流すのか?」

「俺が気に入ったらな」

「相変わらず偉そうだな」

「俺に見てほしいなら、俺が無視できねえものを作れ」

 タイラーはしばらく黙っていた。
 それから、端末のメモを開き直した。

「マリク。さっきの話、もう少し聞かせろ」

「報酬は増えるのか?」

「知らねえよ。だが、途中でやめたら十四ドルで終わりだろ」

 キーランも、撮影した映像を見返しながら言う。

「明るい場所で撮るより、このまま暗い通りの方がいいな。顔を出さなくても、ここがどんな街か分かる」

「俺の声、変えられるか?」

「できる。声を加工して、名前も出さない」

 マリクは、少し迷った後、ポケットから小さな袋を取り出した。
 指先で弄び、やがてそれを握ったまま、タイラーの隣へしゃがみ込む。

「じゃあ、何を話せばいい」

「最初に売った夜のことだ。何でそうなったのか、俺に言え」

 レオは、その光景を見て満足げに笑った。

「そうだ。それでいい。お前らが火を大きくすれば、金は俺が取ってくる」

 ジェイデンだけが、すぐには笑わなかった。

 報酬は、まだ薬の売上には遠い。
 それなのに、マリクは帰らずに座っている。タイラーは一度諦めた曲の続きを書いている。キーランは、誰にも見られなかった動画をもう一度作ろうとしている。

 ジェイデンは、レオの横顔を見た。

 レオは金の話をしている。
 若者たちも、金のために始めたはずだった。

 けれど、通りの隅で始まったものは、もう金額だけでは測れない何かに見えた。

 夜の街で、ドラッグの袋はまだ消えていない。
 銃を持つ者も、敵対するグループも、何一つなくなっていない。

 ただ、そのすぐ隣で、薬を売る理由を歌にしようとする若者たちが、初めて同じ画面を囲んでいた。

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