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シビックヒーローズ 第十二話 ヒーローでも神でもない

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お前、何を始めたつもりだ?

 タイラーたちが通りの隅で曲作りを始めてから、二時間ほどが過ぎていた。

 マリクは、最初に薬を売った夜の話を少しずつ語った。父親が家から消え、母親の稼ぎだけでは家賃も足りず、学校の帰りに声をかけられたこと。最初は荷物を運ぶだけだったこと。金を持って帰った時だけ、家で怒鳴り声が減ったこと。

 タイラーはほとんど口を挟まず、その言葉を端末へ打ち込んでいった。

 キーランは、顔が映らないように、街灯の下の靴、閉じた商店のシャッター、防犯ガラスに反射する若者たちの影だけを撮っている。

「いいねえ」

 少し離れた場所で、レオは満足そうに腕を組んでいた。

「これなら金持ちどもも無視できねえ。薬を売ってたガキの告白、夢を諦めたラッパー、誰にも見られなかった動画屋。全部まとめて、俺が世界へ見せてやる」

 ジェイデンは答えなかった。

 彼は、タイラーたちではなく、通りの向こう側を見ていた。

 数分前から、黒い車が一台、同じ場所に停まっている。窓は暗く、運転席の人影は見えない。たまたま誰かを待っているだけかもしれない。

 だが、ジェイデンには覚えがあった。
 この街では、誰かが何かを始めれば、必ず見ている者がいる。

「レオ。少し来い」

「何だよ。今いいところだぞ」

「いいから来い」

 ジェイデンの声が低かったため、レオも渋々、建物の陰まで歩いてきた。

「何だ。追加で出したいDRIVEでも見つかったか?」

「お前、あいつらのこと本気で考えてるか?」

 レオが眉を上げた。

「考えてるさ。あいつらが盛り上がれば、次の金が動く」

「金の話じゃねえ」

 ジェイデンは、黒い車の方を一瞬だけ見た。

「マリクは薬を売ってた話を出した。顔は隠してる。声も後で変えるんだろう。だが、この辺の連中が見れば、内容だけで分かる奴もいる。あいつら、ギャングに目を付けられるんじゃねえか?」

「なんでだ? この町に住んでたら、薬しか売っちゃいけねえってのか。薬なんか売らずに暮らしてる奴だって、この町には山ほどいるだろ」

「そういう話じゃねえ。薬を売っていた奴が、自分の話を作品にして、別の金の流れへ乗ろうとしてる。向こうから見れば、裏切りだ。客も、仲間も、街の話も、こっちへ奪われると思う」

 レオは、面倒そうに息を吐いた。

「だから匿名でやってるんだろ。名前も顔も出さない。場所もぼかす。それ以上、なんで俺たちがあいつら一人一人を抱えて守らなきゃならねえんだ。自分の食い扶持くらい、自分で稼がせろ」

「ふざけるな」

 ジェイデンの声が大きくなり、通りの若者が一瞬こちらを見た。

「全員がお前みたいに、命まで賭けて成り上がりたいわけじゃねえ。薬を売ってる奴だって、成功したいからやってる奴ばかりじゃない。家族のために金が必要だった奴も、断れなくなった奴も、抜けるのが怖い奴もいるんだ」

「お前こそ勘違いするなよ」

 レオの声も冷えた。

「俺たちはヒーローでもなければ、ましてや神でもない。俺がシビックヒーローを名乗ったのは、全員を無傷で救ってやるためじゃねえ。金持ちから金を引っ張り、俺たち自身が上へ行くためだ」

 ジェイデンは、言葉を失ったようにレオを見た。

 レオは続けた。

「確かに、ギャングに目を付けられる奴は出るかもしれない。だがな、何もしなかったら安全だったのか? この街じゃ、薬を売ってても、買ってても、縄張りの近くにいるだけでも死人は出る。俺たちが動こうが動くまいが、ギャングがある限り誰かは傷つく」

「だから、巻き込まれても仕方ないって言うのか?」

「違う。動くかどうかを決めるのは、あいつら自身だって言ってる。危険が怖いなら出なきゃいい。だが、ここから抜けたいなら、どこかで賭けなきゃならねえ」

 レオは、ジェイデンの胸を指で押した。

「第一、人の心配ばかりしてる場合か? 今、一番命を狙われるのは誰だと思ってる。俺と、お前だ。俺は富豪の前に飛び出して、次はギャングの商売を潰そうとしてる。お前は、自分の知ってる若者をこっちへ流す男になる」

「……」

「誘っておいて何だが、命を懸けられないなら、お前はもう降りた方がいい」

 ジェイデンの拳が震えた。

「命が惜しいなら、ギャングの連中と関わって生きてきたと思うかよ。俺が言ってるのは、俺たちだけが覚悟を決めれば済む話じゃないってことだ。マリクも、タイラーも、キーランも、お前の物語に出るために死ぬんじゃねえ」

「なら、お前が守れ」

「何だと?」

「お前は街の連中を助けたいんだろ。だったら、危険な場所を知ってるお前が、安全に活動できる条件を作れ。顔を出せない奴をどう隠すか、移動をどうするか、誰が危ないか、どこへ逃げられるか。俺には分からねえ。だが、お前には分かる」

 レオは、通りの向こうで作業を続ける若者たちへ目を向けた。

「俺はそこまで、こいつらを救いたいとは思ってねえ。俺が欲しいのは、金と名声と、世界中が俺を見上げる舞台だ。だが、お前が守るために動くなら、俺もその活動には乗る。お前は俺に協力する。俺はお前に協力する。それだけの話だ」

 ジェイデンは、しばらく黙っていた。

 レオの言葉は冷たい。
 こいつは、本当に全員を救う気などない。

 だが、嘘もついていなかった。

 最初からレオは、自分を聖人だとは言っていない。
 五千万ドルを引っ張った時でさえ、金も名声も欲しいと堂々と言っていた。

 そして、この街が動き始めたのも事実だった。
 ほんの数時間前まで、マリクは袋を売ることしか考えていなかった。タイラーは曲を作ることを諦めていた。キーランは誰にも見られない動画を消していた。

 今は、三人で一つの作品を作ろうとしている。

「……分かったよ」

 ジェイデンは、ゆっくり息を吐いた。

「お前に全員を守れって期待した俺が馬鹿だった。お前は、金と人の目を引っ張る。それでいい。なら、俺は危険な場所を知ってる側として、こいつらを守る」

 レオが笑う。

「最初からそう言えばいい」

「勘違いするな。お前が正しいと言ったんじゃねえ。俺が危ないと言った時は止まれ。お前一人が撃たれるなら勝手にしろ。だが、この街の若者まで、お前の英雄物語で死なせる気はない」

 レオは一瞬だけ黙った後、肩をすくめた。

「いいぜ。お前が守る。俺が広げる。それで、もっとでかい金を取る」

「最後まで金かよ」

「当たり前だろ。そのために始めたんだからな」

 ジェイデンは呆れたように笑い、端末を取り出した。

 入力する内容は、すぐに決まった。

―――――― GVS ――――――

【▶ DRIVE】
街の活動へ参加する若者が、報復を受けずに続けられる条件を作ります。

【+ SUPPORT】
参加者には、顔出し・声出し・移動・公開で不安なことを教えていただけませんか?

――――――――――――――

 公開すると、すぐに応答が届き始めた。

 声で特定されるのが怖い。
 家族に知られたくない。
 夜に一人で移動したくない。
 元の仲間に見つかったら何をされるか分からない。
 撮影場所が映れば、どこの通りか気づかれる。

 ジェイデンは、その一つ一つを無言で読んだ。

「ノアにも送る。匿名化と公開範囲をもっと詰めさせる。マヤには、安全対策に使える資金の話をしてもらう」

「好きにしろ。面白くなれば、俺のチャンネルでも扱う」

「お前、本当にぶれねえな」

「ぶれた英雄なんか、誰が見たいんだよ」

 通りの向こうで、タイラーが声を上げた。

「ジェイデン! マリクの声、加工する前に一回聞いてくれ。変なところが出てないか確認したい!」

「今行く!」

 ジェイデンは答え、レオの肩を軽く叩いた。

「お前についていく。だが、俺は俺のやり方でやるぞ」

「当然だ。行くぞ、ジェイデン。やることは山ほどある」

「お前はそこで立ってろ。まず俺が確認する」

 ジェイデンは若者たちのもとへ歩いていった。

 レオはその背中を見送り、笑みを浮かべる。
 守る奴がいるなら、もっと大胆に広げられる。
 もっと危険な話も、もっと金になる話も拾える。

 レオは、その程度にしか考えていなかった。

 その時、ジェイデンの端末が短く震えた。

 新しい応答ではない。
 送信者不明の、個人宛てのメッセージだった。

お前、何を始めたつもりだ?

 ジェイデンの足が止まる。

 通りの端に停まっていた黒い車は、もう消えていた。

 彼はメッセージを閉じ、誰にも見せずに端末をポケットへ戻した。

 タイラーたちの周囲には、さっきより多くの若者が集まっている。
 薬を売っていた理由を聞き、曲の続きを待ち、自分も何か出せないかと画面を覗き込んでいる。

 その輪を壊すわけにはいかなかった。

「ジェイデン?」

 タイラーが、不思議そうに呼ぶ。

「何でもねえ。続けろ」

 ジェイデンは、若者たちの輪へ入った。

 誰もが、自分たちの街が初めて動き始めたと思っていた。

 そして同じ夜、別の誰かもまた、その変化に気づいていた。

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