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シビックヒーローズ 第十四話 現実と夢の交差

目次

寄付の続きを見せろ

「これが、最初の七十二時間で集まった数字です」

 マヤの声が、静かな会議室に響いた。

 正面の大型画面には、タイラーたちの動画が止まっている。顔の映らない街角。暗いシャッター。加工されたマリクの声。それを囲むように、ノアがまとめた数値が並んでいた。

【最初のDRIVE参加者:18人】
【応答数:146件】
【新規制作中コンテンツ:11件】
【匿名参加希望:39件】
【安全条件に関する要請:27件】
【活動継続希望:83%】

 テーブルの向こう側で、コールドウェルは黙って画面を見ていた。
 彼の左右には、財団職員らしき男女と、企業投資部門の担当者が座っている。

 最初の五千万ドルは、コールドウェル一人が決めた金だった。
 だが今回は違う。マヤは、彼だけでなく、次に資金を動かせる人間たちも同席させていた。

「五千万ドルを入れた結果としては、ずいぶん小さな人数に見えるね」

 企業側の男が言った。

「そうですね」

 マヤは否定しなかった。

「五千万ドルを入れたから、七十二時間で街から薬が消えた。そういう資料ではありません」

「では、何を見せたいのかな」

「お金を受け取った人ではなく、動き始めた人です」

 マヤが画面を切り替える。

 映ったのは、マリクの最初のDRIVEから伸びた応答の流れだった。

 薬を売っていた理由を話す。
 その声を曲にする。
 曲に映像を付ける。
 薬を買った夜の話を出したいという者が現れる。
 別の街へ字幕を付けて届けたいという者が現れる。
 顔を出さずに参加する条件を作ろうという動きが生まれる。

「これまでの寄付なら、食事、宿泊、治療、相談窓口へ資金を出し、何人を支援できたかを報告して終わっていたかもしれません。もちろん、それらも必要です」

 マヤは、コールドウェルへ視線を向けた。

「でも今回は、支援された若者が次の活動を作っています。薬を売っていた理由を語った一人の声から、曲と映像が生まれ、別の参加者が動き始めた。誰かが助けられて終わるのではなく、本人たちが次の応答を生んでいるんです」

 ノアが、隣で端末を操作した。

「報酬額だけを見れば、まだドラッグ販売から離れるには十分ではありません。ただ、活動継続率が想定より高い。初期報酬が少額であるにもかかわらず、作品制作に進んだ参加者の多くが、次の活動へ残っています」

「理由は?」

 コールドウェルが初めて口を開いた。

「現時点で断定はできません」

 ノアは即答した。

「ただし、応答が成立した参加者ほど継続率が高い傾向があります。自分の発言に反応が来た人、自分の声が作品になった人、他人のDRIVEへ制作で応えた人ほど、報酬額にかかわらず残っている」

「つまり、金で釣ったのに、金だけで残っているわけではない?」

「その可能性があります」

 ノアが答えた瞬間、部屋の後ろの扉が開いた。

「可能性じゃねえ。そうなるに決まってるだろ」

 レオが入ってきた。

 マヤが眉をひそめる。

「遅いわよ」

「主役は最後に来るもんだ」

 レオは空いていた椅子へ座らず、画面の横へ立った。
 コールドウェルがわずかに笑う。

「相変わらずだな、レオ・グラント」

「あなたも相変わらず慎重だな、ミスター。五千万ドルで面白いものを見たなら、次はもっとでかく張れよ」

「君は、また私へ金を要求しに来たのか?」

「違うね」

 レオは、画面に映るタイラーたちの動画を指さした。

「俺に金を出せとは言わねえ。こいつらに賭けろと言いに来た」

 会議室が静かになる。

「この街じゃ、昨日まで薬を売ってた奴が、自分の話で曲を作り始めた。誰にも聞かれなかったラッパーが、もう一度マイクを握った。誰にも見られなかった動画屋が、街の声を世界へ出した」

 レオは笑った。

「五千万ドルでここまで火がついた。だったら、次はどうなるか見たくないか?」

 企業側の男が口を挟む。

「君は、この活動が薬物販売を減らすと保証できるのか?」

「保証?」

 レオは鼻で笑った。

「保証が欲しいなら銀行にでも行け。俺が見せてやるのは、薬を売るしかないと思ってた連中が、別の方法で金と名前を取り始める瞬間だ」

「それが失敗したら?」

「その時は、俺がもう一度金を引っ張る話を作る」

「ずいぶん無責任だな」

「責任を取るふりをして、何年も何も変えられなかった連中よりはましだろ」

 マヤが、額を押さえた。

「レオ。あなたは黙っていれば、もう少しまともな交渉になるのよ」

「黙ってまとまる金なんか、俺はいらねえ」

 コールドウェルは、しばらくレオを見ていた。
 やがて、画面へ視線を戻す。

「君たちは、追加資金で何をする」

 マヤがすぐに答えた。

「この街で立ち上がっている活動への報酬枠を増やします。作品制作、匿名参加、安全確認、記録、発信。すでに始まっている活動へ、参加を続けられるだけの資金を戻したい」

「一人へ金を渡すのではなく?」

「はい。活動と応答へ流します。誰かを救済対象として買うのではなく、本人たちが作っている流れを強くします」

 コールドウェルは、隣の担当者たちと目を合わせた。

「分かった。私は追加で出そう」

 レオが口元を上げる。

「いくらだ?」

「君は本当にそこしか興味がないんだな」

「数字がなきゃ、英雄は腹を空かせるんでね」

「私の財団から一億ドル。さらに、今日の資料を共同基金へ提示する。ここにいる企業側がどう判断するかは、彼ら次第だ」

 部屋がわずかにざわめいた。

 マヤの表情が引き締まる。
 ノアは即座に画面へ記録を入れた。

 レオだけが、当然のように笑っていた。

「最初からそう言えばいい。じゃあ、次の火を見せてやるよ」

上がった数字

 資金拠出の発表から、街のGVSへ反映されるまでに長い時間はかからなかった。

 その夜、タイラーたちは、昨日と同じアパートの一室に集まっていた。
 二曲目の素材を探すため、マリクが連れてきた少年の音声を聞いている最中だった。

 突然、キーランの端末が音を立てた。

「何だ、これ」

「どうした?」

「報酬枠が更新されたって出てる」

 タイラーとマリクも、自分の端末を開く。

【活動テーマ報酬枠:更新】
【作品制作・応答活動への追加資金:反映済み】
【継続活動評価:再算定中】

「……嘘だろ」

 マリクが声を漏らした。

 最初の活動で受け取った額とは桁が違っていた。
 まだ、一晩で大金を稼げるというほどではない。だが、もう小銭と笑って終われる額でもない。

「これ、次もちゃんと作ったら増えるのか?」

 キーランが聞く。

「反応と活動次第みたいだ」

 タイラーが画面をスクロールする。

「撮影、編集、追加の話を集めること、安全確認……全部活動として残る」

 マリクは、壁へ背を預けた。

「マジかよ。俺が話しただけで、こんなところまで来るのか」

「話しただけじゃねえだろ」

 タイラーが言った。

「俺が曲にして、キーランが撮った。お前も次の奴を連れてきた。誰かが続きを出したから、こうなったんだ」

「分かってるよ」

 マリクは、少し照れたように目をそらす。

「ただ……本当に金が戻ってくるとは思わなかった」

 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。

「当然だろ!」

 レオが、笑いながら入ってくる。
 後ろにはジェイデンが立っていた。

「お前らが動けば、俺が金を取ってくる。言った通りになったじゃねえか」

「またあんたかよ」

 マリクが呆れながら笑う。

「で、満足か?」

「まだだ。全然足りねえ。お前らが薬を売るより、こっちの方がでかいと思えるまで上げる。曲も動画も、もっと出せ。話したい奴を集めろ」

 タイラーが、少し困ったように笑った。

「俺は、金だけじゃなくて、次の曲が作れるなら続けるけどな」

「格好つけんなよ。金も欲しいだろ」

 マリクが言う。

「そりゃ欲しいよ。両方欲しいに決まってるだろ」

「それでいい」

 レオは満足そうに笑った。

「金も欲しがれ。名前も欲しがれ。面白いものも作れ。全部欲しい奴が、一番でかいところまで行ける」

 ジェイデンは黙ったまま、若者たちの顔を見ていた。

 昨日まで、彼らは金のためにGVSを試した。
 今日は、金が増えたことを喜びながら、すでに次に作るものを話している。

 どちらが先なのか、ジェイデンにも分からなかった。
 金が作品を生んだのか。作品が金を引っ張ったのか。

 ただ、この流れが続けば、街は本当に変わる。

向こう側

 数ブロック離れた路地で、一人の若者が端末を見ていた。

 タイラーの曲は、仲間内でも話題になっていた。
 最初は、誰もが笑っていた。

 歌を作って何になる。
 レオに使われて終わりだ。
 そんなもので、薬より金になるわけがない。

 だが、その日、状況が変わった。

「おい、聞いたか。あの動画を作った連中、報酬が上がったらしいぞ」

 隣にいた男が、小声で言った。

「どのくらいだよ」

「詳しくは知らねえ。ただ、もう小遣い程度じゃないって話だ」

「嘘だろ」

「レオがまた金持ちから引っ張ったんだとよ」

 若者は、端末に映るGVSの画面を見つめた。

 そこには、街から出された新しいDRIVEが並んでいる。
 薬を買っていた夜の話。
 弟をギャングへ入れたくない姉の話。
 顔を隠して映像を撮りたいという提案。
 曲へ参加したいという声。

 自分の指が、画面をゆっくりと動かす。

「お前、何見てんだ?」

 背後から声をかけられ、若者は慌てて端末を閉じた。

「何でもねえよ」

「変なこと考えるなよ。向こうへ行ったら、戻れなくなるぞ」

「分かってる」

 そう答えたが、心の中では別の言葉が浮かんでいた。

 戻る必要なんて、本当にあるのか。

俺の人間

 その夜、ボスのもとへ報告が届いた。

「レオ側の活動へ、追加資金が入ったようです」

「いくらだ」

「正確には分かりません。ただ、昨日までとは報酬が違います」

 ボスは、グラスを置いた。

「それで?」

「こちらの若い連中も、GVSを見始めています。マリクたちの活動に参加したいと言っている者がいるかもしれません」

「かもしれない?」

「まだ、誰かまでは」

 ボスはしばらく黙っていた。

 歌や動画など、どうでもよかった。
 ジェイデンが昔の知り合いを集めて、つまらない英雄ごっこをしているだけなら、好きにさせればいいと思っていた。

 だが、金が出るなら話は別だ。
 自分の下にいる人間が、別の場所で金と名前を得られると思い始めるなら、それは遊びではない。

「ジェイデンに伝えろ」

「何と?」

 ボスは、低い声で言った。

「お前のところのガキが何をしようが、俺は知らねえ」
「だが、俺の人間に触るな」

 部下が頷き、部屋を出ていく。

 ボスは、もう一度タイラーの動画を再生した。
 昨日までは滑稽に見えていた曲が、今日は耳障りに聞こえる。

 画面の中で、顔のない若者が歌っていた。

 薬を売るより、表で稼げる道があるなら。
 自分は、一度だけでも試してみたい。

 ボスは、動画を途中で消した。

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