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シビックヒーローズ 第十五話 銃でも消せない道

目次

名前のない声

 追加資金が反映された翌日、街のGVSには、名前のない声が増え始めていた。

 タイラーの曲とキーランの映像に続いて、別の投稿が公開された。

 薬を買っていた夜のことを話す声。
 銃を持った友人と縁を切れずにいる声。
 兄が薬を売っていることを知りながら、何も言えなかった妹の声。

 どれも顔は映らない。
 声は加工され、場所が分かる景色も消されている。

 映像として派手なものではなかった。
 暗い部屋の天井。窓に当たる雨。街灯の下で揺れる木の影。閉じたバス停のベンチ。

 それでも、その声をもとに新しい曲が生まれた。
 誰かが字幕を付けた。
 誰かが短い映像へ切り抜いた。
 誰かが、自分にも同じ話があると応答した。

 ジェイデンは、ノアから送られてきた確認画面を見ていた。

【匿名参加者:増加】
【新規作品制作:進行中】
【公開前安全確認:増加】
【活動報酬受取人数:増加】

「名前がなくても、これだけ増えるんだな」

 ジェイデンが呟く。

 隣でキーランが映像の修正を続けながら答えた。

「名前がないから出せるんじゃねえか? 最初から顔を出せって言われてたら、俺もこんなことやってねえよ」

「お前は元々、薬の売人じゃねえだろ」

「関係あるかよ。ここじゃ、何を話したかで誰と揉めるか分からねえ。誰かの話を撮っただけでも、勝手に敵扱いされるかもしれねえし」

 ジェイデンは答えなかった。

 それは、まさに自分が気にしていたことだった。

 しかし今のところ、マリクの正体が知られた気配はない。
 公開された映像は、誰の話か分からないまま広がっている。

 それでも、危険が消えたわけではなかった。

 正体が分からないからこそ、向こうは自分の側に誰がいるのか疑い始める。
 誰がGVSを見ているのか。誰が曲を聞いているのか。誰が密かに参加を考えているのか。

 ジェイデンは、そのことをよく知っていた。

俺にもできるか

 街の反対側では、二人の若者が車の中で端末を見ていた。

 画面に流れているのは、タイラーの曲ではない。
 それに応答して作られた、二本目の短い映像だった。

 薬を買ったことのある男が、顔を伏せたまま語っている。
 薬が欲しかったというより、眠れない夜に何も考えたくなかった。
 銃声がした夜も、友人が消えた夜も、朝まで一人でいるのが嫌だった。

 その声に、別の誰かが短い音を付けていた。

「これ、あの動画の続きか?」

 助手席の男が尋ねる。

「ああ。前のを見た奴が、自分も出したらしい」

「報酬も出てるって話、本当なのか?」

「本当らしい。最初の連中より、今の方が枠もでかい」

 助手席の男は黙った。
 彼らは、ボス側の人間だった。表向きは、薬の運搬や見張りを担当している。まだ大きな役目を持つほどではないが、抜けられるほど自由でもない。

「……こんなの、俺にもできるのか」

「何だよ。お前、出る気か?」

「そうじゃねえよ」

 男は反射的に否定した。

「ただ、話すだけで金になるなら、俺だって話くらいはある」

「馬鹿なこと考えるな。向こうへ行ったと思われたらどうなるか分かってるだろ」

「顔も名前も出てねえじゃねえか」

「だからって安全とは限らねえ」

 運転席の男は端末を閉じた。
 しかし、助手席の男は自分の画面から目を離せなかった。

 GVSには、公開された活動へ加わるための入力欄がある。

【あなたができることを入力してください】

 指が、画面の上で止まる。

 自分は曲を作れない。
 映像も撮れない。
 人前で話せるほど、立派な話もない。

 けれど、運搬で使う道や、どの時間に誰が見回るかなら知っている。
 危ない場所を避けて撮影する方法くらいなら、伝えられるかもしれない。

 男は数文字だけ打ち込んだ。

 この街で、撮影や活動に使わない方がいい場所を伝えられる。

 そこで手が止まった。

 送信はしなかった。
 端末を閉じ、ポケットへ押し込む。

「行くぞ。遅れたら面倒だ」

「ああ」

 車はゆっくりと走り出した。

 男の端末には、送られなかった文章だけが残っていた。

知らない奴が増えている

「増えてるぞ」

 レオは、アパートの部屋へ入るなり大声を上げた。

 マリクたちが一斉に振り返る。

「何がだよ」

「お前らの活動に乗ろうとしてる奴らだ。曲を作れる奴、字幕を付ける奴、声だけ出したい奴、安全な撮影場所を探す奴。昨日まで知らなかった奴らが、勝手に集まり始めてる」

「それ、いいことなんだろ?」

 タイラーが聞く。

「当たり前だ。だからもっと作れ。次の映像はいつ出る」

「まだ話を集めてるところだよ。急かすな」

「熱があるうちに出せ。人は冷めたら別のものを見る」

 レオはそう言いながら、ジェイデンへ顔を向けた。

「おい。安全確認はどうなってる」

「お前から聞くとは思わなかったな」

「出せないまま止まる方が困るんだよ」

「はいはい。マリク本人の特定につながるものは今のところ出てねえ。次の投稿も、ノアに確認させてから公開する」

「ならいい」

 ジェイデンは、レオの顔を少しだけ見つめた。

「ただ、変な応答も出始めてる」

「変?」

「活動場所の安全について、妙に詳しい奴がいる。公開はされてねえが、下書き状態で安全確認側に引っかかった入力があるらしい」

「味方が増えたってことだろ」

「そう簡単に決めるな。こっちの場所を探ってる可能性もある」

「だったら見極めろ。それがお前の役目だ」

「人使いが荒いな、お前は」

「俺が金を引っ張る。お前が危ない奴を見分ける。分担がはっきりしてていいじゃねえか」

 ジェイデンは鼻で笑った。

「そのうちお前も、こっちの危険に立つ羽目になるぞ」

「もう立ってるつもりだぜ」

「まだだ。お前は有名な分、狙われる理由はある。だが、ここで本当に誰が誰を憎んでるのかまでは知らねえ」

 レオは、しばらく黙った。
 それから、軽く肩をすくめた。

「知る必要が出たら、その時知るさ」

「そういうところが危ねえって言ってんだよ」

 タイラーが、二人の間へ端末を差し出した。

「悪いけど、揉めるなら後にしてくれ。次の曲に使えそうな応答が来てる」

 画面には、短い投稿が表示されていた。

―――――― GVS 応答 ――――――

【▶ DRIVE】
この街で危険を避けて活動できる場所を探します。

【+ SUPPORT】
活動を見ている人には、顔を出さずに参加できる条件を教えていただけませんか?

――――――――――――――

「これ、誰だ?」

 マリクが尋ねる。

「分かるわけねえだろ。匿名なんだから」

 ジェイデンは答えながら、画面を見つめた。

 誰かが、参加したいと思いながら、まず安全な場所を探している。
 それだけなら、不自然ではない。

 しかし、「危険を避けて活動できる場所」を知りたがる人間が、どちら側の人間なのかは分からない。

「この応答、すぐに場所の話へ進めるな。まず条件だけ集めろ。実際の集合場所は出すな」

「分かった」

 キーランが頷く。

 レオは、画面を見て笑った。

「面白くなってきたじゃねえか。声を出したい奴はいる。だが、怖くて前に出られねえ。なら、その怖さごと作品にすればいい」

「すぐ作品にするな」

「何でだよ。そこに本音があるだろ」

「本音があるからこそ、殺されないように扱うんだ」

 ジェイデンが言い返した時だった。

 彼の端末が鳴った。

 通知は、GVSからではない。
 直接送られてきた短いメッセージだった。

【話がある。今夜、昔の場所で待つ】

 送信者名はなかった。

 だが、ジェイデンには誰からの呼び出しか分かった。

「……レオ。少し外す」

「何だ。女か?」

「お前は黙ってこいつらを煽ってろ」

「言われなくてもそうする」

 ジェイデンは端末をポケットへ入れ、部屋を出た。

顔を立ててやった

 指定された場所は、閉店した洗車場の裏だった。

 ジェイデンがそこへ着くと、柱にもたれて一人の男が待っていた。
 若い頃から何度も顔を合わせた男だ。今は、ボスの指示を運ぶ立場にいる。

「久しぶりだな」

「用件を言え」

「冷てえな。昔はもう少し話の分かる奴だっただろ」

「昔話をしに来たんじゃねえんだろ」

 男は小さく笑い、煙草へ火をつけた。

「ボスからだ」

 ジェイデンは黙って聞く。

「お前が何を始めたかは知ってる。ガキどもに歌わせて、アプリで小銭を拾わせて、レオ・グラントに取り上げてもらう。好きにすりゃいい」

「ずいぶん寛大だな」

「ボスは、お前の顔を立ててやってるんだよ。昔からの縁もある。薬の稼ぎに勝てもしねえ遊びを潰して、お前に恥をかかせるほど暇じゃねえ」

 ジェイデンは、男を睨んだ。

「その遊びが、金になり始めたから来たんだろ」

 男の笑みが薄くなる。

「勘違いするな。まだ何も変わっちゃいねえ」

「だったら帰れ」

「ただしだ」

 男は煙草を地面へ落とし、靴で踏み消した。

「俺たちの側へ手を伸ばすな」

「俺たちの側?」

「ボスの人間だ。お前の知り合いでも、昔の仲間でも、今はこっちの人間だ。向こうの動画を見せるのも、GVSへ誘うのも、余計な夢を見せるのもやめろ」

 ジェイデンの表情が変わった。

「誰かが参加したのか」

「聞くな」

「参加したんだな」

「お前が知る必要はねえ」

 ジェイデンは、一歩近づいた。

「俺は誰にも声をかけちゃいねえ。動画に出てる奴の名前も出してねえ。GVSへ来る奴がいるなら、そいつが自分で選んで来てるだけだ」

「だから止めろって言ってるんだ」

「無茶を言うなよ。俺に何ができる。街中の端末から、あの動画を消せってのか?」

「なら、これ以上広げるな。レオにも伝えろ」

「どうしても止めたいなら、自分たちで説得しろ。薬を売り続ける方がいいってな」

 男の手が、ゆっくりと上着のポケットへ触れた。

「ジェイデン。忠告だ。お前を敵にしたいわけじゃねえ」

「もう敵になってる顔だぜ」

「ボスは、まだ待ってる。お前が遊びを終えて戻るのをな」

 ジェイデンは鼻で笑った。

「戻る? どこへだよ」

「お前の居場所へだ」

「俺の居場所は、俺が決める」

 男は、目を細めた。

「なら、最後にもう一度だけ伝える」

 空気が冷えた。

「お前のところの連中が何をしようが、ボスは知らねえ。好きに歌わせろ。好きに金を稼がせろ」

 男は、はっきりと続けた。

「だが、俺の人間に触るな」

 ジェイデンは、何も答えなかった。

 男は背を向け、暗い道へ消えていく。

 残されたジェイデンは、端末を取り出した。
 レオへ連絡を入れようとして、指を止める。

 ボス側の人間が、すでにGVSへ興味を持っている。
 もしかすると、あの安全条件の応答も、そのうちの誰かかもしれない。

 自分が誘ったわけではない。
 レオが名前を指して呼んだわけでもない。

 それでも、向こうは怯えている。
 人間が、自分たちの意思で出ていくことに。

 ジェイデンは、短く息を吐き、レオへ通話をつないだ。

「レオ。面倒なことになった」

『金の話か?』

「違う。向こうが、俺たちを見始めた」

『ようやくか。で、何て言ってきた?』

「俺の人間に触るな、だとよ」

 通話の向こうで、レオが一瞬黙った。

 そして、低く笑った。

『最高じゃねえか』

「何がだ」

『あいつらが、自分の人間を奪われると思い始めたってことだろ』

「喜んでる場合じゃねえ。ここから先は、本当に来るぞ」

『来させろ』

「レオ」

『誰が誰の人間か、世界中に見せてやろうぜ』

 ジェイデンは、目を閉じた。

 こいつは、やはり危険だ。
 だが同時に、この危険な男でなければ、向こうの支配へ真正面から火をつけることもできないのかもしれない。

「……まずは、安全策を詰める。勝手に煽るなよ」

『善処する』

「信用できねえ言葉を使うな」

 通話を切った後、ジェイデンは暗い道を見渡した。

 どこかで、ボス側の人間がGVSを見ている。
 まだ投稿する勇気はないかもしれない。
 だが、もう何も知らなかった頃には戻れない。

 報酬が増えたことも。
 顔を出さずに参加できることも。
 自分の話が、誰かの作品になることも。

 彼らは、もう見てしまった。

 そして一度見てしまった道を、銃だけで消すことはできない。

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