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シビックヒーローズ 第二十七話 裏切り、そして生贄

午前中の活動は、驚くほどまともに進んだ。

 学校へ戻れない少女の話を聞いた。
 畑へ出られない老人の話を聞いた。
 道の向こうに家が見えているのに、地雷が怖くて帰れない家族の話を聞いた。

 ノアが要請をまとめ、マヤが住民の話を補い、エヴァが支援団体と資金の扱いを確認する。
 ジェイデンは、元兵士だった若者たちと話していた。

 レオも、余計なことはしなかった。

 時折、住民の前で大げさな言葉を吐きはしたが、それも世界の目を向けさせるためだと思えば許容範囲だった。

 だから、午後になって移動車両へ乗り込んだ時も、誰も深く疑わなかった。

「次は何を見に行くの?」

 マヤが尋ねる。

「地雷除去の現場だ」

 レオが答えた。

「安全区域から、作業を撮影する。実際にどうやって道を取り戻しているのか、世界に見せた方がいいだろ」

「生配信はしない約束よ」

 エヴァが釘を刺す。

「分かってる。確認後に公開だろ。何度も言うな」

 レオは、車窓の外を見ながら答えた。

 車両は、乾いた道を進んでいく。

 舗装された道路はすぐに終わった。
 地面は茶色く荒れ、ところどころに焼けた車両や壊れた壁が残っている。

 しばらくすると、道の先に複数の人影が見えた。

 防護装備を身につけた人々。
 間隔を空けて並び、地面を確認しながら進んでいる。
 遠くには、別のグループもいた。

「……あれが、地雷撤去の現場?」

 ノアが窓へ顔を寄せた。

「ああ」

 レオは、ようやく笑った。

「俺たちの次の舞台だ」

 車両が止まった。

「次の舞台?」

 マヤが振り返った時には、レオはすでにドアを開けて外へ降りていた。

「レオ、待ちなさい。まだ安全確認が――」

「お前らの装備もあるぞ」

 レオは聞く耳を持たず、車両の後部へ回った。

 収納扉を開く。

 中には、人数分の防護装備とヘルメットが並んでいた。
 ヘルメットの側面には、小型カメラ。
 胸元へ取り付けるピンマイク。
 簡易通信機器。
 作業用の器具。

 エヴァの顔色が変わった。

「……何、これ」

「見れば分かるだろ」

 レオは自分の分を取り出し、迷いなく身につけ始めた。

「地雷撤去用の装備だ」

「私たちは撮影と聞いて来たのよ」

「撮影もするさ。自分たちで作業しながらな」

 マヤが息を呑んだ。

「レオ。冗談でしょう?」

「ドッキリだよ」

 レオは、ヘルメットを被った。

 側面のカメラに、赤いランプが点灯する。

「シビックヒーローズ、地雷撤去ドッキリだ」

 ノアの手から端末が落ちた。

「……ドッキリ?」

「そうだ。お前らが安全な取材だと思って来た現場で、実際に地雷撤去へ参加させられる。最高だろ」

「あなた……!」

 エヴァが車内から身を乗り出した。

「本人同意のない危険演出は禁止だと、あなた自身が署名したでしょう!」

「署名したな」

「それを分かっていて破るの?」

「そうだな」

 レオは、あまりに軽く答えた。

「後で訴えればいい。俺は先に仕事をする」

 レオの隣には、一人の地雷撤去専門家が立っていた。

 無精髭の男で、顔には深い傷がある。
 先ほどまで同行していた支援団体のスタッフたちとは違い、妙に落ち着いていた。

「作業区域へ入る。指示された位置以外には足を置くな」

 男は、それだけ言った。

 エヴァが声を荒げる。

「あなたも知っていたの?」

 専門家は答えなかった。

 レオが振り返り、車内の四人へ装備を投げ入れる。

「ほら。サイズは合わせてある」

 ジェイデンが、飛んできたヘルメットを床へ叩きつけた。

「ふざけんな、てめえ!」

「壊すなよ。カメラ付きだ。高えんだぞ」

「俺たちを何だと思ってやがる!」

「シビックヒーローズだろ」

 レオは笑う。

「口だけじゃねえところを、世界に見せる時が来たんだよ」

「誰がやるか!」

「好きにしろ」

 レオは、専門家の後ろへついた。

「俺は行く」

目次

一人で始める英雄

 レオのヘルメットカメラは、すでに配信へ接続されていた。

 画面の中には、乾いた大地と、遠くの作業者たち。
 そして、地雷撤去の装備を持ち、迷いなく歩き出すレオの視界が映っている。

【レオ・グラント緊急現地配信】
【シビックヒーローズ 地雷撤去ドッキリ】

 視聴者数は、数分で跳ね上がった。

【何これ?】
【ドッキリって本気か?】
【地雷って本物?】
【レオまたやりやがった】
【ヒーローズもいるの?】
【危なすぎるだろ】
【でも現地の人は本当に困ってる】
【レオ一人で行くのかよ】

 レオは、配信へ向かって話し始めた。

「よう、世界中の養分ども。見えてるか?」

 ヘルメットカメラが、遠方の作業グループを映す。

「ほら見ろ。あそこにいる連中を」

 複数の男女が、恐る恐る作業を進めていた。
 現地の者もいれば、外国から来た支援参加者らしき者もいる。

「あいつらだって普通に作業してるじゃねえか。何も、地雷撤去は俺たちだけがやる仕事じゃねえ」

 レオは、一度立ち止まり、後ろを振り返った。

 車両の中に、ヒーローズの四人が残っている。

「だが見ろよ。俺たちの誇るシビックヒーローズ様は、まだ車の中だ」

 ジェイデンが窓越しに中指を立てた。

「てめえ! 今すぐ配信を切れ!」

「聞こえたか? 元気はあるらしい」

 コメント欄が一気に流れる。

【ジェイデン怒ってる】
【そりゃ怒るだろ】
【レオ最低じゃね?】
【でもレオはもう作業してる】
【ヒーローズなら行けよ】
【ノアは巻き込むな】
【エヴァ止めろ】
【現地支援に寄付した】

 配信画面の端には、支援額が表示され始めていた。

【地雷撤去・生活再建緊急ファンド】
【$320,000】
【$740,000】
【$1,100,000】

「いいぞ」

 レオは笑った。

「そうやって金を出せ。ここには道が必要だ。学校へ戻る道も、畑へ戻る道も、薬を運ぶ道もな」

 専門家が、低い声で指示を出す。

「前を見ろ。進むぞ」

「ああ」

 レオは、配信へ軽く手を振った。

「俺は仕事に戻る。車の中のお嬢様方も、そのうち腹を括るだろ」

降ろされたヒーローズ

「完全に狂ってる」

 車内で、マヤは震えていた。

「本当に……本当に私たちにやらせるつもりだったの?」

 エヴァは端末を操作していた。

「外部接続が制限されている。配信停止命令を送れない。レオ側の回線だけが生きている」

「最初から準備してやがったんだ」

 ジェイデンが唸る。

「専門家も、運転手も、あいつの側だ」

 ノアは、床に落ちたヘルメットを見ていた。

 カメラのランプは消えている。
 だが、装着すればすぐに配信へ接続されるのだろう。

「レオさんは……僕たちが来る前から、全部……」

「ノア。見るな」

 マヤが、ノアの前に立つ。

「あなたはやらなくていい。誰もあなたを責めない」

 その時、運転手が振り返った。

「申し訳ありません。一度、全員車外へ降りてください」

 エヴァが鋭く睨む。

「何ですって?」

「車内設備の確認が必要です。先ほどから通信制御に異常が出ています」

「こんな場所で降りろというの?」

「車両周囲は安全確認済みです。降車位置には危険はありません」

「信用できるわけないでしょう!」

 ジェイデンが運転席へ詰め寄ろうとする。

 だが、運転手は淡々と言った。

「車両を安全に維持できない場合、ここに留まる方が危険です。点検だけです。数分で終わります」

 マヤは、外にいるレオを見た。

 レオは遠くで作業を続けている。
 こちらを助ける気などない。

「……降りるしかないの?」

「俺が先に降りる」

 ジェイデンが言った。

「全員、俺が立った場所から動くな」

 ドアが開く。

 熱風が吹き込んだ。

 ジェイデンが慎重に地面へ降りる。
 続いて、マヤ。
 ノア。
 最後にエヴァ。

 四人は車両のすぐ横に固まった。

「点検を――」

 エヴァが言い終える前に、ドアが閉まった。

「え?」

 車両が動き出す。

「待ちなさい!」

 エヴァが叫ぶ。

「止まりなさい! 私たちを置いてどこへ行くの!」

 車両は速度を上げ、そのまま土煙を上げて遠ざかっていった。

 マヤが呆然と立ち尽くす。

「……嘘」

 ノアは、何も言えなかった。

 ジェイデンの顔が、怒りで歪む。

「レオ!」

 その声が、地雷原へ響いた。

 少し離れたところで、レオが振り返る。

 ヘルメットカメラは、四人の姿をしっかりと映していた。

「お。ようやく降りてきたか」

「てめえ!」

 ジェイデンが踏み出しかける。

 その瞬間、専門家の怒声が飛んだ。

「動くな! 指定位置から外れるな!」

 ジェイデンの足が止まる。

 地面。

 この下に、何があるか分からない。

 走ってレオを殴りに行くことすらできない。

 レオは、配信へ向かって大げさに両手を広げた。

「やあ、みんな。これでシビックヒーローズは地雷撤去をせざるを得なくなったぞ」

 コメント欄が爆発する。

【やばい】
【本当に置いていった】
【これは犯罪だろ】
【レオお前何してる】
【でもヒーローズが全員現場に立った】
【鳥肌やばい】
【逃げ道を塞ぐなよ】
【寄付した】
【やれヒーローズ】
【生きて帰れ】

「だが安心してくれ。永遠に作業しろって話じゃねえ」

 レオは、遠方の作業地点を指さした。

「目標の地雷を撤去し、安全な経路を一つ開けば、今回のミッションはクリアだ」

「ミッションだと……?」

 エヴァの声が震えた。

「人の命を、企画みたいに……!」

「企画だよ。命が懸かってるから意味がある」

「レオ! 必ずあなたを訴えてやる!」

「好きにしろ。生きて帰ったらな」

 エヴァの顔が凍りついた。

 マヤが、信じられないようにレオを見る。

「あなた……本当に……」

「そこで突っ立ってても、ミッションは終わらねえぞ」

 レオは笑った。

「シビックヒーローズの諸君。頑張ってくれ」

作業開始

「くそっ!」

 ジェイデンが、地面に置かれていた装備を掴んだ。

「やりゃいいんだろ! やりゃ!」

「ジェイデン!」

 マヤが叫ぶ。

「ここで突っ立ってたって、車は戻ってこねえ!」

 ジェイデンは怒鳴り返した。

「このクソ野郎を殴るには、まず生きてここを出るしかねえんだよ!」

 防護装備を身につけ、ヘルメットを乱暴に被る。

 カメラのランプが点灯した。

「レオ! 終わったら絶対にぶっ殺すからな!」

「いい顔だ、ジェイデン」

「黙れ!」

 ジェイデンは、専門家が示す位置へ向かって慎重に歩き出した。

 ノアは、何も言わなかった。

 床に置かれていた自分用の装備を拾う。
 指が震えて、留め具をうまく扱えない。

「ノア、あなたはやらなくていい!」

 マヤが止める。

 ノアは、首を横に振った。

「ジェイデンさんだけを行かせるわけにはいきません」

「でも……」

「僕も、ヒーローズですから」

 その声は震えていた。

 ヘルメットを被る。
 ピンマイクを付ける。
 赤いランプが灯る。

 レオは、その姿を見た。

 ノアは自分を見なかった。

「……ノア」

 レオが呼ぶ。

 返事はない。

 ただ、無言のまま、ジェイデンの後ろへついた。

 その沈黙だけが、レオの胸にほんの少し引っかかった。

「最低ね」

 エヴァが装備を拾った。

「あなたは、本当に最低よ」

「褒め言葉として受け取っとく」

「レオ。必ずあなたを訴える。これが終わったら、あなたが二度と誰かの活動へ関われないようにしてやる」

「終わった後の話は、終わってからしろ」

「この殺人鬼」

 エヴァは、涙を浮かべながらヘルメットを被った。

 マヤは、その場で立ち尽くしていた。

「なんで……」

 唇が震える。

「なんで、こうなるのよ……」

 午前中には、アミナが笑っていた。
 学校へ戻れるかもしれないと、初めて希望を見せていた。

 自分たちは、その声を届けるために来たはずだった。

 それなのに、今は地雷原の中に置き去りにされ、頭へカメラをつけて歩かされる。

 マヤは、泣きながら装備を身につけた。

「レオ……許さないから……」

「いいから前を見ろ。お前らが生きて帰りゃ、好きなだけ罵れ」

 四人が、地雷撤去作業へ入った。

 遠くでは、別の作業グループも動いている。

 それを見た視聴者たちのコメントが、次々に流れた。

【本当に作業してる】
【ノア震えてるぞ】
【エヴァ泣いてる】
【マヤまで……】
【ジェイデン頼むから生きて帰れ】
【レオは狂ってる】
【でもこの現実を初めて見た】
【地雷除去に寄付した】
【機材を送れる団体につなぐ】
【これは止めるべきだ】
【いや、今止めたら誰が道を開くんだ】

 支援額が上がっていく。

【$2,800,000】
【$5,400,000】
【$9,700,000】

 レオは、その数字を確認しながらも、作業の手を止めなかった。

 専門家の指示を聞き、淡々と前へ進む。

 怒鳴りもせず。
 泣きもせず。
 震えもせず。

 その姿は、画面の中では圧倒的だった。

 仲間を騙した最低の男。
 しかし、誰よりも冷静に地雷原へ立つ男。

 世界が、再びレオ・グラントを見始めていた。

爆発

 作業が始まってから、どれほど時間が経ったのか。

 ノアには分からなかった。

 息を吸うたびに喉が乾く。
 足を一歩動かすたびに、全身が固まる。

 専門家の声だけを聞き、指示された場所へ進む。

 視界の端で、レオは淡々と作業を続けていた。

 どうして、あんなに普通でいられるのか。

 どうして、自分たちをここへ連れてきた本人だけが、何も恐れていないように歩けるのか。

 その時だった。

 遠方で、閃光が走った。

 直後。

 腹の底まで響く轟音が、大地を揺らした。

 爆風。
 土煙。
 悲鳴。

「伏せろ!」

 ジェイデンが叫ぶ。

 全員が地面へ身を低くした。

 遠くの作業グループの一角から、黒い煙が上がっている。
 人々が走っている。
 一人が倒れている。
 もう一人が、叫びながら何かを抱えている。

 無線から、途切れ途切れの声が聞こえた。

『……被害発生……一名……反応なし……』

 ノアの呼吸が止まった。

「人が……」

 マヤが両手で口を覆う。

「死んだの……?」

 ジェイデンの顔が歪んだ。

「ちくしょう!」

 地面を殴りかけ、直前で止める。

 殴ることすらできない。
 足元にも、手元にも、何が埋まっているか分からない。

「次は俺たちの番だ!」

 ジェイデンは、叫ぶように言った。

「レオ! 聞こえてんのか! 次は俺たちが死ぬんだぞ!」

 エヴァが、レオを睨みつけた。

「この殺人鬼!」

「止まるな!」

 レオの声が飛ぶ。

「今止まったって、地雷は消えねえ!」

「人が死んだのよ!」

「だからだ!」

 レオは、初めて声を荒げた。

「死んだ奴がいるから、なおさら道を開けろ! ここで全員泣いて帰ったら、あいつの死も、ここで暮らす人間の恐怖も、ただの映像で終わるぞ!」

「あなたが言うな!」

 エヴァが泣きながら叫ぶ。

「あなたが私たちをここへ連れてきたのよ!」

「俺が連れてこなきゃ、世界は今も見てなかった!」

 レオは、ヘルメットカメラの先へ顔を向けた。

「見えてるか、お前ら!」

 土煙の上がる地雷原。
 泣き崩れるマヤ。
 呆然と立つノア。
 怒りに震えるジェイデン。
 涙を流しながらレオを睨むエヴァ。

「これが現実だ!」

 レオは叫んだ。

「学校へ行くだけで! 畑へ戻るだけで! 家族へ薬を運ぶだけで! ここの人間は、今みてえになるかもしれねえ!」

 コメント欄の流れが変わった。

【本当に死者が出たのか】
【これは見ていられない】
【地雷除去団体に寄付した】
【専門家を送ってくれ】
【政府は何してる】
【ヒーローズを救助しろ】
【同時に現地の地雷を全部なくせ】
【レオは最低だ】
【でも目を逸らせない】
【今まで知らなかった】
【金を出す】

 支援額が跳ねる。

【$18,300,000】
【$31,700,000】
【$49,200,000】

「こんなもの……!」

 マヤが、突然ヘルメットへ手をかけた。

「マヤ、やめろ!」

 ジェイデンが叫ぶ。

「こんなものを付けてるから! 私たちが怖がってるところを、あいつが――!」

 マヤは泣きながら、ヘルメットを頭から外した。

「こんなもの!」

 地面の向こうへ投げ捨てる。

 次の瞬間。

 爆発した。

 衝撃が全員を地面へ叩きつけた。

 砂と破片が空から降ってくる。
 ノアの悲鳴。
 マヤの叫び。
 エヴァが顔を覆う。
 ジェイデンがノアの上へ身を投げ出す。

 レオも地面へ伏せた。

 耳鳴りが響く。

 数秒間、誰も動かなかった。

「……生きてるか!」

 専門家が叫ぶ。

「返事をしろ!」

「ジェイデン……!」

 マヤの声が震える。

「いる! 俺はいる! ノア!」

「……います……」

 ノアは、地面へ伏せたまま答えた。

「エヴァ!」

「いるわ……」

 エヴァの声が、かすれていた。

「レオ!」

 ジェイデンが叫ぶ。

 少し離れた場所で、レオがゆっくりと起き上がった。

 額から血が流れている。

 だが、生きている。

 レオは、爆発した地点を見た。

 マヤが投げたヘルメットは、跡形もなかった。

 あの地面に、本物の地雷があった。

 ほんの少し位置が違えば。
 ほんの少し誰かが近ければ。
 本当に誰かが死んでいた。

 マヤは、自分の手を見て震えていた。

「私……私が……」

「マヤ、見るな!」

 ジェイデンが叫ぶ。

「てめえのせいじゃねえ! 悪いのは全部あいつだ!」

 視線が、レオへ向く。

 レオは、額の血を拭った。

 その顔に、恐怖がないわけではなかった。

 だが、立ち止まらなかった。

「作業を続けるぞ」

 ジェイデンの目が見開かれる。

「……何?」

「目標地点はまだ先だ。ここで止まったら、全部無駄になる」

「お前……正気か……?」

「正気だ」

 レオは、ヘルメットカメラを確認した。

 まだ動いている。

 画面の向こうでは、何百万人もの人間が見ている。

「見たか」

 レオは、カメラへ向かって言った。

「これが、ここの人間が毎日踏みかねない地面だ」

 コメントが止まらない。

「学校へ行く道だ。水を運ぶ道だ。畑へ戻る道だ。たった一歩間違えただけで、今みてえに吹き飛ぶ」

 レオは、地雷原の向こうを指さした。

「このままでいいと思う奴は、何もしなくていい」

「だが、変えたい奴は出せ」

「金を出せ。機材を出せ。専門家を出せ。人を出せ。お前らがここへ来られねえなら、せめてここで命を張ってる連中へ、使えるものを全部寄越せ!」

 資金額が、爆発的に上がっていく。

【$63,800,000】
【$81,400,000】
【$104,700,000】

 各国の地雷除去団体。
 医療支援組織。
 企業。
 富豪。
 一般の視聴者。

 応答が、雪崩のように集まる。

 レオは、血を流しながら笑った。

「そうだ」

「それでいい」

「俺たちは、ここで道を開ける」

 ジェイデンは、怒りに震えながらも器具を握り直した。

「……終わったら、絶対に殴り殺す」

「生きて帰ったら好きにしろ」

 ノアは、涙を拭うこともできず、黙って前を見た。

 エヴァは、レオを睨んだまま呟いた。

「必ず……必ず裁かせる……」

 マヤは泣きながら、もう新しいカメラを受け取らなかった。

 それでも、立ち上がった。

 レオだけが、冷静だった。

 英雄になりたいという欲望も。
 仲間を騙した罪も。
 遠くで死んだ人間も。
 マヤの投げたヘルメットが起こした爆発も。

 すべてを背負っているつもりで、前へ進んだ。

 実際には、背負わせた側でしかないことにも気づかずに。

開いた道

 夕方。

 一つの安全経路が確保された。

 孤立していた集落へ、最初の救援物資を積んだ車両が進んでいく。

 水。
 医薬品。
 食料。
 通信機器。

 集落の人々が、泣きながら車両へ集まった。

 午前中に話を聞いたアミナの母親も、配信を見て泣いていた。

 世界は動いた。

【地雷撤去・生活再建緊急ファンド:$186,000,000】
【国際専門団体十二組織が追加派遣を表明】
【複数企業が遠隔探査機材・医療設備提供を表明】
【学校再開支援プロジェクト始動】
【対象地域全域での地雷撤去計画を検討】

 途方もない金と人が、地雷被害地域へ集まり始めた。

 配信画面では、レオが泥と血にまみれた姿で立っていた。

 その後ろでは、ジェイデンが座り込み、ノアが震えながら水を飲み、エヴァが現地スタッフへ何かを訴え、マヤが顔を覆って泣いている。

 コメントは、称賛と非難で真っ二つに割れていた。

【レオは英雄だ】
【人として終わってる】
【でも道は開いた】
【仲間を騙していいわけない】
【現地の人は救われた】
【これは犯罪】
【神の子だ】
【悪魔だ】
【地雷を全部消してくれ】
【寄付した】
【レオを逮捕しろ】
【レオを止めるな】

 レオは、その画面を見た。

 英雄。
 悪魔。
 逮捕しろ。
 止めるな。

 どれも、最高だった。

 誰ももう、自分を過去の英雄とは呼んでいない。

「……見たか」

 レオは、小さく笑った。

「俺は、まだ終わってねえ」

 その言葉を聞いたジェイデンが、立ち上がった。

 そして、今度こそレオの顔を殴った。

 レオは、避けなかった。

 地面へ倒れ込む。

「これで……満足かよ……!」

 ジェイデンは、泣いていた。

「俺たちを地雷原へ放り込んで! ノアを震えさせて! マヤを爆発させかけて! 人が死ぬところまで見せて!」

「……道は開いた」

 地面に倒れたまま、レオは言った。

「うるせえ!」

「金も集まった」

「黙れ!」

「学校も、いつか開く」

「黙れっつってんだろ!」

 ジェイデンが、もう一度殴ろうとする。

 エヴァが、その腕を止めた。

「やめなさい」

「止めんな!」

「ここで殺したら、あなたまでこの男の物語の一部になる」

 ジェイデンの拳が止まる。

 レオは、血の混じった唾を吐き、笑った。

「もう十分、俺の物語だろ」

 エヴァは、冷たい目でレオを見下ろした。

「違うわ」

「何がだ」

「これは、あなたが世界を変えた物語ではない」

 エヴァは、震えているノアと、泣いているマヤを見た。

「あなたが、世界を変えるためなら仲間さえ殺しかねないと証明した記録よ」

 レオは、答えなかった。

 少し離れた場所で、ノアがレオを見ていた。

 その目には、尊敬も、怒りも、まだはっきりとは浮かんでいない。

 ただ、深く傷ついた者の、空っぽの視線だけがあった。

 レオは、その目から逃げるように顔を逸らした。

帰国

 地雷被害地域での活動は、その後、世界規模のプロジェクトへ発展した。

 レオたちが現地を離れた後も、専門団体が入り、探査機材が運ばれ、生活再建支援が始まった。
 学校までの道を安全にするための作業も、正式に計画へ組み込まれた。

 結果だけを見れば、大成功だった。

 だが、シビックヒーローズの帰国便に、会話はなかった。

 マヤは、ノアの隣に座っていた。
 ノアは、窓の外を見たまま、一度もレオへ顔を向けなかった。
 ジェイデンは、拳を握ったまま目を閉じている。
 エヴァは、端末へ膨大な証拠記録を保存していた。

 レオだけが、黙ってニュース画面を眺めていた。

【地雷被害地域への支援額、二億ドル規模へ】
【レオ・グラント、英雄か犯罪者か】
【シビックヒーローズ主要メンバーが命懸けの地雷撤去】
【無断企画・安全違反・強制参加疑惑】
【関係当局が事情確認へ】

 レオは、わずかに笑った。

「英雄か犯罪者か、か」

 ジェイデンが、目を閉じたまま言った。

「黙ってろ」

「俺は、どっちでも構わねえけどな」

「黙れ」

「世界が動いたなら――」

「黙れ!」

 ジェイデンの声が、機内へ響いた。

 レオは、ようやく口を閉じた。

 やがて、輸送機はアメリカの空港へ着陸した。

 扉が開く。

 滑走路の先には、数台の車両と、待機している捜査官たちがいた。

 マヤが、目を伏せる。

 ノアは、ただ黙っている。

 エヴァが立ち上がり、レオへ言った。

「私は、あなたを止めなかったことを一生後悔するかもしれない」

「止められなかった、の間違いだろ」

「ええ。だから次は、法に止めてもらう」

 レオは笑った。

「後悔してねえのか?」

 ジェイデンが尋ねた。

 レオは、少し考えた。

 地雷原。
 爆発。
 ノアの青ざめた顔。
 泣くマヤ。
 自分を殺人鬼と呼んだエヴァ。
 殴りかかるジェイデン。

 そして、開いた道。
 届いた物資。
 集まった資金。
 世界中の視線。

「……してねえな」

 レオは答えた。

「やり方は最悪だったかもしれねえ。だが、あの道は開いた」

 ジェイデンは、もう返事をしなかった。

 レオは機外へ降りた。

 捜査官たちが近づいてくる。

「レオ・グラント。現地活動における安全合意違反、虚偽説明、無断配信、関係者の危険への曝露、および関連する複数の容疑について、あなたを拘束します」

 手錠がかけられる。

 遠くでは、報道陣のカメラが一斉に光った。

 レオは、顔を上げた。

 群衆の中から、叫び声が聞こえる。

「レオは英雄だ!」
「犯罪者を許すな!」
「神の子だ!」
「ノアに謝れ!」
「地雷を消してくれてありがとう!」
「レオを牢獄へ送れ!」

 すべての声が、自分へ向いている。

 レオは、満足そうに笑った。

「やっぱり、俺が中心じゃねえか」

 捜査官に連れられ、車両へ押し込まれる。

 その姿を、ヒーローズの四人は遠くから見ていた。

 誰も、声をかけなかった。

見ていた男

 同じ頃。

 遠く離れた紛争地帯で、一人の男が配信の記録映像を見ていた。

 地雷原へ仲間を置き去りにしたレオ。
 泣きながら作業へ入るヒーローズ。
 爆発。
 血を流しながら叫ぶレオ。
 雪崩のように集まる資金と人材。

「ひどい男だ」

 隣にいた若者が言った。

「仲間を騙し、死ぬかもしれない作業へ巻き込んだ。こんな者を英雄と呼ぶ人間の気が知れません」

「ああ」

 男は、低く答えた。

「英雄ではない」

「では、なぜ見ているのですか」

 男は、配信後の支援額と、地雷撤去プロジェクトの拡大状況を画面へ表示した。

「我々は、何年も世界へ訴えてきた」

 地図には、地雷区域、封鎖された道路、崩壊した村、武装組織の支配範囲が記されている。

「この土地に地雷があることを。子供が死ぬことを。薬も水も届かないことを。だが、世界は見なかった」

 映像の中で、レオが血を流しながら叫んでいる。

「この男は、一日で世界をこちらへ向かせた」

「しかし、彼はもう拘束されました」

「拘束されたから何だ」

 男は、画面を止めた。

 そこに映るレオは、笑っていた。

「聖人など必要ない」

 男は、静かに言った。

「必要なのは、世界の視線と金を、この地獄へ引きずり込める怪物だ」

 少し離れた場所で、地雷撤去専門家だった男から通信が入る。

【観察対象:レオ・グラント】
【評価:危険。制御困難。だが動員能力は想定以上】
【接触価値あり】

 男は、その報告を確認した。

 そして、端末へ一つの指示を入力する。

【拘束後の接触経路を確保しろ】

「名前は?」

 若者が尋ねる。

 男は、レオの映像を見つめたまま答えた。

「イブラヒム・カマラ」

 そして、ゆっくりと笑った。

「伝えてやれ。お前が檻に入っている間にも、世界は新しい英雄を作り始めている、と」

 画面の向こうで、レオ・グラントは手錠をかけられたまま、まだ世界の中心に立っていた。

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