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シビックヒーローズ 第二十八話 本物のシビックヒーロー

目次

犯罪者レオ・グラント

 レオ・グラントが拘束された翌朝。

 アメリカ中のニュース番組は、地雷撤去ドッキリの映像で埋め尽くされていた。

【シビックヒーローズ崩壊か】
【レオ・グラント、仲間を騙し地雷原へ】
【未成年メンバーを危険へ晒した疑い】
【無断配信と安全合意違反】
【英雄は怪物になったのか】

 拘置施設の小さな部屋で、レオは壁に設置された画面を見上げていた。

 手首にはまだ拘束具の痕が残っている。
 頬にはジェイデンに殴られた青あざ。
 額には、地雷の爆発で飛んできた小さな破片による傷。

 ニュース番組の司会者は、険しい顔で映像を振り返っていた。

『問題は、地雷除去の必要性ではありません。レオ・グラント氏は、安全な現地取材であると信じていた仲間たちを、事前同意なく危険な作業へ参加させました』

 画面が切り替わる。

 車が走り去り、地雷原へ取り残されたマヤたち。
 レオの声。

『これでシビックヒーローズは地雷撤去をせざるを得なくなったぞ』

 続いて、マヤがヘルメットを投げ、爆発が起きる場面。

 ノアの悲鳴。
 地面に伏せるジェイデン。
 泣きながらレオを殺人鬼と呼ぶエヴァ。

『これは、勇気ある支援活動ではありません。仲間の恐怖と信頼を利用した、極めて悪質な演出です』

 レオは、画面を見ながら鼻で笑った。

「悪質な演出、ね」

 その直後、ニュース画面の下部に別の情報が流れた。

【地雷被害地域への支援総額:二億四千万ドルを突破】
【地雷除去専門団体二十一組織が参加表明】
【学校再開・医療搬送・生活再建計画が本格始動】

 レオの口元が、わずかに上がった。

「それも一緒に読めよ」

 警備員が、扉の外から声をかけた。

「画面へ話しかけても返事は来ないぞ」

「別に返事なんか求めてねえよ」

「反省しているようには見えないな」

「反省して道が開くなら、いくらでもしてやる」

 警備員は呆れたように首を振り、歩き去っていった。

 レオは再び画面を見る。

 ニュースは、ヒーローズの現在について報じていた。

『マヤ氏、ジェイデン氏、ノア氏、エヴァ・リン氏はいずれも身体的な重傷はありません。ただし、精神的な負担は大きく、ノア氏については現在、活動休止が発表されています』

 ノアの名前が出た瞬間。

 レオの表情が、ほんの少しだけ止まった。

 だが、すぐに顔を逸らす。

「……死ななかったんだ。十分だろ」

 独り言は、部屋の中で虚しく消えた。

ヒーローズの声明

 昼過ぎ。

 マヤとエヴァが、記者会見へ姿を現した。

 レオは、拘置施設の画面越しにその様子を見ていた。

 マヤの顔は青白く、声もいつもより低かった。

『最初に、お伝えしておきます。私たちは、地雷撤去作業へ参加することに事前同意していませんでした』

 記者たちが一斉にシャッターを切る。

『私たちは、安全確認済みの区域から現地住民の要請を伝え、支援につなげる活動だと聞いていました。レオ・グラントが計画していた地雷撤去ドッキリについて、私たちは何も知りませんでした』

 画面の外から質問が飛ぶ。

『しかし、活動によって実際に巨額の資金が集まり、地雷除去計画が進行しています。その成果については、どのように受け止めていますか?』

 マヤは、すぐには答えなかった。

 唇を噛み、震える手を机の下で握りしめている。

『……救われる人がいることは、嬉しいです』

 声が少し揺れた。

『あの地域の子供たちが学校へ戻れる日が近づくなら、それは本当に良かったと思います。私たちが現地で聞いた要請は、本物でした。助けが必要だったことも、本物です』

 記者会見場が静かになる。

『でも、それは、レオが私たちを騙してよかったという意味ではありません』

 マヤは、はっきりと言った。

『誰かが救われるなら、別の誰かの同意を奪ってもいい。恐怖に晒してもいい。命を賭けさせてもいい。そんな活動を、シビックドライブの成功例にしてはいけません』

 レオは、画面を見たまま何も言わなかった。

 次に、エヴァがマイクを取る。

『レオ・グラントは、私たち全員が確認した安全条件に明確に違反しました。現地活動の目的を偽り、専門家と運転手を事前に手配し、私たちを帰還不能な状況へ置き、恐怖と混乱を配信素材として利用しました』

『専門家と運転手が関与していたことは確定しているのですか?』

『関係記録を提出しています。調査で明らかになるでしょう』

『レオ氏について、今後もシビックヒーローズの一員として扱う可能性は?』

 エヴァは、一切迷わなかった。

『ありません』

 レオの眉が、わずかに動いた。

『少なくとも、私は二度と彼を仲間として扱いません。成果が大きいほど、今回の行為は危険です。もし成功したから許されるのであれば、次は本当に誰かが死ぬまで同じことが繰り返されます』

 レオは、椅子にもたれた。

「相変わらず堅え女だな」

 しかし、その声は思ったより軽く出なかった。

 画面では、最後にジェイデンの短い声明が読み上げられた。

【俺は今、レオ・グラントと同じ画面にも映りたくない。あいつに命を救われた奴がいることも、あいつが世界を動かしたことも否定しない。だが、仲間を騙して地雷原へ放り込む奴を、俺はヒーローとは呼ばない。】

 ノアからの声明はなかった。

 活動休止。
 取材拒否。
 コメントなし。

 レオは、そこだけをしばらく見つめていた。

「……何か言えよ、ノア」

 返事はなかった。

地雷の町の声

 その日の夜。

 ニュースの扱いが変わり始めた。

 アメリカ国内では、レオの犯罪性とヒーローズへの裏切りが中心だった。
 だが、地雷被害地域から届く映像は、まったく別の熱を持っていた。

 最初に映ったのは、午前中にマヤたちが話を聞いた少女、アミナだった。

 少女の後ろでは、多数の地雷除去車両が道沿いに並んでいる。
 遠隔探査機。
 防護装備。
 医療物資。
 仮設教室用の資材。

 通訳付きの映像で、アミナは小さな声で話していた。

『今日、お母さんが言いました。学校へ行ける道を作る人たちが、たくさん来てくれたそうです』

 少女は、少しだけ笑った。

『怖い映像でした。でも、あの人たちが来てくれたから、世界の人が私たちを見てくれました』

 レオは、画面から目を離さなかった。

 次に、片足を失った中年の男が映った。

『レオという男が正しい人間かと聞かれれば、私は知らない。彼が仲間を騙したことを、私は褒めることもできない』

 男は、義足で地面を叩いた。

『だが、私は十年前にこの足を失った。私の息子は、地雷が怖くて家の近くの畑にも行けない。この十年、世界は我々の話を聞いていたか?』

 男の声が強くなる。

『昨日、一日で道が開いた。昨日、一日で機材が来た。昨日、一日で、世界中の人間が我々の地面を見た』

『豊かな国の英雄たちが怖かったと言う。泣いたと言う。怒ったと言う』

 男は、静かに言った。

『我々の子供は、その恐怖の中で毎日暮らしている』

 画面の横には、現地住民からのコメントが流れていた。

【レオを犯罪者にするな】
【彼は我々の村へ道を持ってきた】
【ヒーローズは一日怖かった。我々は何年も怖かった】
【やり方は悪い。だが世界は初めて見た】
【安全な国から彼を裁くな】
【地雷を消してくれた男を返せ】
【レオ・グラントは我々の英雄だ】

 その一方で、批判する現地の声もあった。

【地雷被害をドッキリなどと呼ぶな】
【我々の死を、有名人の復活劇に使わないでほしい】
【レオは支援者ではない。苦しみを売る男だ】
【現地の専門家を買収したなら絶対に許せない】

 画面の中で、賛否がぶつかっている。

 それでも、アメリカのニュースでは見られなかった言葉が並んでいた。

【レオを返せ】
【彼をここへ連れてこい】
【我々は彼を必要としている】

 レオは、画面を見ながら笑った。

「ほら見ろ」

 隣の部屋から警備員の声が聞こえる。

「何がだ」

「本当に助かった奴らは、分かってるってことだよ」

「仲間を騙したことも消えないぞ」

「消える必要なんかねえ」

 レオは椅子へ背を預けた。

「エヴァが俺を殺人鬼と呼びたきゃ呼べばいい。ジェイデンが殴りたきゃ殴ればいい。ノアが俺を見たくねえなら、それでもいい」

 画面には、地雷除去車両が次々と現地へ入る映像が流れていた。

「だが、あの道は開いた」

「……」

「俺がやらなきゃ、今もあの子は学校へ戻れねえままだった」

 警備員は、それ以上答えなかった。

 レオは、久しぶりに満ち足りた顔で画面を見ていた。

 アメリカでは、犯罪者。
 ヒーローズからは、裏切り者。
 だが地雷の上で暮らしていた人々は、自分を英雄と呼んでいる。

 それだけで、十分だった。

また新しいヒーローが現れた

 翌日。

 レオの拘置室の画面に、新しいニュースが表示された。

【シビックヒーローズ再始動へ】
【若きナビゲーター、地雷被害地域支援の継続を表明】
【レオ・グラント不在でも活動は止まらない】

 画面に映っていたのは、レオが匿名活動中にも話題になっていた若いナビゲーターだった。

 優しそうな顔。
 落ち着いた声。
 清潔な服装。
 暴力や挑発とは無縁に見える青年。

『レオ・グラント氏の行為を肯定することはできません。しかし、現地で始まった支援を止めてはいけません。被害地域の方々へ届き始めた応答を、今度こそ安全で持続可能な活動として継続したいです』

 記者が尋ねる。

『あなたが、レオ氏に代わる新たなシビックヒーローになるのでしょうか?』

 青年は、少し困ったように笑った。

『僕は誰かの代わりではありません。ただ、必要な応答を続けたいだけです』

 コメント欄が流れる。

【こういう人を待っていた】
【レオみたいに危険じゃない本物の英雄】
【新しい時代のリーダー】
【地雷支援を任せたい】
【もうレオはいらない】
【シビックヒーローの中心は彼でいい】

 レオの笑みが、消えた。

「……何だ、こいつ」

 端末の横に、青年への資金支援額が表示される。

 まだレオが動かした額とは比べものにならない。
 だが、確実に人々の称賛は彼へ移り始めていた。

 地雷ドッキリで世界を震わせた翌日。
 自分は拘置室にいる。
 そして外では、もう新しい英雄が、自分の生んだ支援の続きを引き継ごうとしている。

「ふざけんなよ」

 レオは、低く呟いた。

「俺が地雷原へ立ったんだぞ」

 画面の中で、青年は誠実に語り続けている。

「俺が、あいつらを連れていった」
「俺が、爆発の中で道を開いた」
「俺が、あの土地に二億ドルを引っ張った」

 声が少しずつ大きくなる。

「それを、安全な場所で綺麗事言ってるだけの野郎が、続きをやるだと?」

 レオは、拳で壁を叩いた。

「俺をいらないだと?」

 その時。

 部屋の扉が開いた。

「面会だ」

 警備員が言った。

「弁護士なら、もう会ったぞ」

「弁護士ではない。国際支援関係者だ。地雷被害地域から、今回の活動について話を聞きたいそうだ」

 レオは、少し目を細めた。

「地雷の国から?」

「ああ。面会を受けるか?」

 レオは、画面の中の新しい英雄を見た。

 青年へ称賛が流れ続けている。

「……会う」

カマラの使者

 面会室には、一人の男が座っていた。

 濃い色の肌。
 細身の体。
 派手さのない服装。
 目だけが、異様に落ち着いている。

 レオは、拘束されたまま椅子へ座った。

「お前が俺に会いたいって?」

「はい」

「礼ならいらねえぞ。俺は俺のためにやった」

「承知しています」

 男の返答があまりに早く、レオは少し眉を上げた。

「何だ。現地の可哀想な子供たちのためにありがとう、とか言うんじゃねえのか」

「あなたが慈善家ではないことくらい、映像を見れば分かります」

 レオは、少し笑った。

「話が早そうだな」

「私たちは、善人を探しているわけではありません」

「なら何を探してる」

「結果を出せる人間です」

 男は、机の上に薄い端末を置いた。

 画面には、地雷被害地域の映像が表示される。

 開き始めた道。
 届いた物資。
 集まった支援者。
 レオの顔が描かれた布を掲げる若者たち。

【LEO】
【OUR HERO】
【BRING HIM HERE】

 レオの目が、わずかに輝いた。

「悪くねえな」

「あなたの国では、あなたは犯罪者だそうですね」

「仲間を地雷原へ放り込んだからな」

「後悔していますか?」

 レオは、一瞬も迷わなかった。

「してねえ」

「なぜです」

「道が開いたからだ。金も集まった。世界も見た。俺を最低だと言ってる連中だって、あの映像を見るまで地雷のことなんざ本気で考えてなかった」

 男は、静かに頷いた。

「我々も、そう考えています」

 レオは、初めて男を正面から見た。

「お前、誰だ」

「私は使いにすぎません」

「誰のだ」

「イブラヒム・カマラ」

 その名前を、レオは知らなかった。

 男は端末を操作する。

 画面が切り替わった。

 そこに映ったのは、先ほどニュースで称賛されていた若いナビゲーターだった。

【新たなシビックヒーローへ】
【レオ不在の地雷支援を継承】
【安全で信頼できる次世代の顔】

 男は、静かに言った。

「ほら見ろ」

 レオの目が細くなる。

「……何だと?」

「また新しいヒーローが現れた」

 レオは、画面を睨みつけた。

「あなたが仲間を失い、血を流し、牢獄へ入れられている間に、別の男が安全な場所であなたの成果を引き継ぎ、称賛を得ている」

「黙れ」

「世界は早い。英雄が一人消えれば、すぐに次を作る」

「黙れっつってんだろ」

「ですが、我々は違う」

 男の声は、変わらず静かだった。

「我々は、あなたが何をしたか知っている。あなたが善人ではないことも。仲間を裏切ったことも。地雷原の恐怖さえ、自分の復活に使ったことも」

「……」

「それでも、あなたを必要としています」

 レオは、黙ったまま男を見る。

「なぜだ」

「我々の国には、地雷より深い地獄が残っているからです」

 端末に、新しい映像が表示された。

 銃を持った少年。
 焼けた村。
 難民キャンプ。
 武装勢力の検問。
 援助物資を奪い合う人々。
 崩れた病院。

「あなたの仲間は、地雷を見て泣きました。世界は、それを見て金を出した」

 男は、画面の向こうの子供たちを指さした。

「こちらには、泣いている暇すらない子供がいる」

 レオの喉が、小さく鳴った。

「カマラは、俺に何をさせたい」

「世界を、もう一度こちらへ向かせてほしい」

「俺は拘束されてるぞ」

「知っています」

「アメリカは俺を出さねえ」

「なら、アメリカに任せなければいい」

 面会室の空気が変わった。

 レオは、椅子へ深く座り直した。

「……お前ら、俺をここから出せるのか?」

 男は、すぐには答えなかった。

 ただ、端末に映る新しいシビックヒーローの映像を、レオの前へ置いた。

 青年は、笑顔で人々へ語りかけている。
 安全な支援。
 持続可能な活動。
 信頼される英雄。

 レオの歯が、ぎりりと鳴った。

「レオ・グラント」

 男は言った。

「神になりたいのなら、檻の中で忘れられてはいけません」

 レオは、しばらく黙っていた。

 そして、ゆっくりと笑った。

「……カマラに伝えろ」

「何と?」

「俺を出してみろ」

 男の目が、わずかに細くなる。

「出せるってんなら、俺が見せてやる」

 レオは、画面の中の新しい英雄を睨んだ。

「本物のシビックヒーローが誰なのかをな」

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