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シビックヒーローズ 第三十三話 借りを返しに行くだけだ

目次

来るなら早い方がいい

 ジェイデンは、端末の画面を消した。

 ノアから届いたメッセージは、短かった。

【ノア】
僕は現地へ向かいます。
金爆弾は、現地で情報を処理する人間がいなければ失敗します。
政府が移動を止める可能性があります。
来るなら早い方がいい。
そのうち、来たくても来られなくなります。

「……勝手にしろ」

 ジェイデンは、端末をテーブルへ放り投げた。

 映像配信用の小さな作業場には、数人の若者が集まっていた。
 かつて、あの街でドラッグを売り、銃を隠し、今日生きるために誰かの荷物を運んでいた連中だ。

 今は違う。

 GVSを使い、地域の見回りへ参加し、薬物から抜けたい若者の保護活動を手伝っている。
 動画に出る者もいれば、裏方として配給や移動手段の確認をする者もいる。

 その全員が、壁の大型画面を見ていた。

 画面の中では、レオ・グラントの投稿が世界中へ拡散されている。

【戦争ごと買い取る】
【金爆弾計画】
【レオ・グラントは紛争地域にいる】
【逃亡犯か、救世主か】

「ジェイデン」

 一人の若者が言った。

「何だ」

「何やってんすか」

「あ?」

「早くレオを助けに行かないと」

 ジェイデンは、ゆっくりと顔を上げた。

「助けに?」

「ノアも行ったんでしょう。だったら、あんたも――」

「ふざけるな」

 低い声で、ジェイデンは遮った。

「あいつは俺を裏切った」

 部屋が静かになる。

「俺だけじゃねえ。マヤも、エヴァも、ノアもだ。何も知らされずに地雷原へ連れて行かれた。逃げ道もねえ場所へ置き去りにされて、あいつはカメラの前で笑ってやがった」

 拳が震える。

「俺たちは、本当に死にかけたんだぞ」

 若者たちは黙っていた。

「レオを助けたいなら、お前らだけで行け」
「生きたい奴は好きにしろ」
「だが俺は、もうあいつの英雄ごっこに付き合う気はねえ」

 すると、赤いパーカーを着た若者が一歩前へ出た。

「確かに、レオはあんたを裏切った」

「だったら――」

「だから何だっていうんだ?」

 ジェイデンの目が鋭くなる。

「お前……」

「俺たちの世界じゃ、そんなもん当たり前だっただろ」

 若者は、まっすぐジェイデンを見ていた。

「昨日まで仲間だった奴が、金で敵側へ行く。ボスに売る。ヤバくなったら置いて逃げる。そんなの、俺たちの街じゃ珍しくもなかった」

「同じにするな。あいつは――」

「同じじゃない」

 若者は、声を強めた。

「レオは、その世界を終わらせた」

 ジェイデンは言葉を失った。

「俺たちは、レオがいなかったら今も薬を売ってた」
「金が欲しけりゃ誰かを壊すしかないと思ってた」
「銃を持ってる奴に従うしかないと思ってた」
「でも、あいつが別の道を作った」

 別の若者も立ち上がる。

「レオは最低だよ。俺だって地雷ドッキリを見て、頭おかしいと思った」

「でも、あいつがいなかったら、俺の弟はまだ薬を運んでた」

「俺の母親も、今の支援を受けられてなかった」

「俺たちがここにいるのは、レオが最初に銃とドラッグの街へ突っ込んだからだろ」

 ジェイデンは、奥歯を噛んだ。

「だから許せってのか」

「違う」

 赤いパーカーの若者は首を振った。

「借りを返せって言ってる」

「……」

「ジェイデン。あんた、レオに借りがあるだろ?」

「俺が?」

「あんたは、レオと一緒に街を変えた英雄だ」
「でも、レオがいなきゃ、あんたは今もあの世界から抜けられなかった」
「その借り、まだ返せてねえはずだ」

 ジェイデンは、画面へ目を向けた。

 レオの顔が映っている。

 相変わらず、腹の立つ顔だった。
 自分が正しいと疑っていない顔。
 世界を煽り、無茶苦茶な作戦をぶち上げ、誰かが後始末をすることなど考えずに突き進む顔。

「俺たちじゃ駄目なんだ」

 若者は言った。

「レオが今いるのは、俺たちの街なんかよりずっと危険な場所だ。向こうには軍隊がいる。司令官がいる。裏切りも襲撃もある」

「……」

「ノアには頭がある。レオには人を動かす力がある」
「でも、現場で誰かを守って、危ない奴と話して、必要なら前へ出られる人間は誰だ?」

 その問いに、ジェイデンは答えなかった。

 答える必要もなかった。

借りを返しに行くだけだ

 レオは今、孤立している。

 ノアが向かったとしても、ノアは戦える人間ではない。
 膨大な情報を処理し、金爆弾を現実へ接続することはできても、銃を持った相手の前に立つことはできない。

 そしてカマラ。

 レオを助け出したという男。
 武装集団を持ち、現地の司令官とも交渉できるらしい人物。

 だが、本当に信用できるのか。

 レオを利用するために連れ出しただけではないのか。
 金爆弾の資金を吸い取り、レオを始末する可能性はないのか。
 世界中の熱狂が集まった瞬間、レオの首を交渉材料にする可能性は。

「……ちっ」

 ジェイデンは立ち上がった。

「行くぞ。お前たち」

 一瞬、若者たちが目を見開いた。

「ジェイデン!」

「勘違いするな」

 ジェイデンは、壁際に立てかけていたバッグを乱暴に引き寄せた。

「俺は、あの馬鹿を許したわけじゃねえ」
「借りを返しに行くだけだ」

「それで十分だ!」

「輸送手段を探せ! 支援ルートもだ!」

 部屋の空気が、一気に動いた。

 若者たちは端末を開き、GVSの金爆弾関連ルームへ接続する。
 護衛、物流、現地案内、物資確認、渡航経路。
 これまで街の活動で築いてきたつながりを、今度は紛争地帯へ向け始める。

 その時、入口の扉が開いた。

「勝手に決めるのは、相変わらずね」

 ジェイデンが振り返る。

「マヤ」

 マヤは、小さなバッグを肩に掛けて立っていた。

「私も行くわ」

「正気か?」

「正気よ」

「死にに行くようなもんだぞ」

 ジェイデンはマヤへ近づいた。

「これはもう、地雷ドッキリで済む話じゃねえ。あの時は俺たちは騙されて行った。だが今度は違う」
「俺たちは、自分の意思で死地へ向かうことになる」
「後戻りはできねえぞ」

「だから行くのよ」

 マヤの声は静かだった。

「あの時は、選べなかった」
「何も知らないまま連れて行かれて、怖くて、泣いて、レオを憎んだ」
「今でも、全部許したわけじゃない」

 マヤは、画面の中のレオを見た。

「でも、今あの人は一人で地獄にいる」
「だったら、今度は自分で選んで付き合うだけよ」

 ジェイデンは何も言えなかった。

「素晴らしい友情ね」

 もう一人、扉の外から声がした。

 エヴァだった。

 ジェイデンは顔を上げる。

「お前もか?」

「まさか」

 エヴァは、冷たく笑った。

「本当に酔狂な人たちね」
「最低の裏切り男に、そこまで入れ込むなんて」

「エヴァ」

「私はごめんよ」

 エヴァは腕を組んだまま、一歩も中へ入らなかった。

「地雷原へ騙して連れて行かれて、それでも次は自分から彼の後を追う?」
「私には理解できない」
「レオ・グラントが世界を救おうが、神の子と呼ばれようが、彼が私たちを裏切った事実は消えない」

 マヤが言う。

「それでも、放っておけないの」

「好きにすればいいわ」

 エヴァは、短く息を吐いた。

「私はヒーローズを抜ける」
「これ以上、彼の英雄劇に巻き込まれる気はない」

 ジェイデンは、しばらくエヴァを見ていた。

「……そうか」

「じゃあね」

 エヴァは背を向けた。

「みんなで地獄でお幸せに」

 そのまま、振り返らずに去っていった。

 マヤは追わなかった。
 ジェイデンも止めなかった。

 止める権利など、自分たちにはなかった。

もう遅い

「ジェイデン!」

 端末を操作していた若者が、突然声を上げた。

「何だ!」

「移動経路が消えてる!」

「は?」

「紛争地域方面の民間便、予約受付停止! 支援物資の航空輸送も、審査待ちになってる!」

 マヤがすぐに端末を確認する。

 画面には、政府の緊急通達が表示されていた。

【紛争地域への渡航・輸送に関する緊急安全措置】
レオ・グラント氏による未承認の支援呼びかけを受け、当該地域への民間渡航および民間物資輸送について、追加安全審査を実施する。
武装組織への資金・物資流入につながる可能性のある活動には参加しないよう強く要請する。

「……ノアの言った通りだわ」

 マヤの声が低くなる。

「もう遅い。政府が動いた」
「これじゃ私たちの移動どころか、金爆弾の作戦そのものが止められる」

「ふざけんな!」

 若者の一人が机を叩いた。

「今、止めるのかよ!」
「レオが戦争を終わらせようとしてる時に!」

「政府から見れば、レオは逃亡犯だ。しかも海外の武装勢力へ資金と物資を流そうとしてる」

 ジェイデンは歯を食いしばった。

「止めに来る理由はある」

「だからって、見捨てるのか!」

「ジェイデン、どうするんだ!」

「俺たちを助けた男が、今一人で向こうにいるんだぞ!」

「ノアだってもう行ったんだ!」

 怒号のような声が重なる。

 ジェイデンは、しばらく目を閉じていた。

 法を守れば、ここで終わる。
 レオはカマラの土地で孤立する。
 ノアも、現地へたどり着ける保証はない。
 金爆弾は、まだ一機目すらまともに飛ばせないまま潰されるかもしれない。

 だが、法を越えれば。

 自分たちもまた、追われる側になる。

「……仕方ねえな」

 ジェイデンは、ゆっくりと目を開けた。

「ジェイデン?」

「正規便が止められたなら、正規便じゃない方法を探せ」

 マヤの顔が強張った。

「あなた、それは……」

「レオが法を破って地獄へ行った」
「ノアも、止められる前に飛び込んだ」
「だったら今さら、俺だけ綺麗な場所に残ってられるかよ」

 ジェイデンは、元ギャングの若者たちを見た。

「お前ら。本当に来る気か」

「当たり前だろ!」

「俺たちはレオに拾われたんだ!」

「今度は俺たちが助ける番だ!」

「分かった」

 ジェイデンは端末を握る。

「金爆弾を止めさせるな」
「輸送を出せる奴を探せ。裏の経路も、過去のつながりも、全部使え」
「現地へ入れる奴は俺と一緒に来い」
「残る奴は、物資と資金を流し続けろ」

 マヤは、苦く笑った。

「これで私たちも、レオと同じお尋ね者ね」

「構うもんか!」

 若者が叫んだ。

「俺たちは世界を救ってんだ!」
「止める政府の方がおかしい!」

 ジェイデンは、その熱狂を止めなかった。

 止められなかった。

 自分自身も、同じ熱の中にいた。

追われる側の出撃

 数十分後、GVS上に新しい応答が現れた。

【応答:金爆弾支援】
政府の制限により正規ルートでの移動が困難になっています。
それでも現地の住民へ食料・水・医療・通信設備を届けるため、可能な輸送経路と実行協力者を集めたいです。
参加可能な方は応答していただけませんか?

 投稿者欄に表示された名前は、ジェイデンだった。

 すぐに反応がつく。

【ジェイデンが動いた】
【ヒーローズがレオのもとへ向かう】
【政府は支援を止めるのか】
【金爆弾を飛ばせ】
【レオを一人にするな】

 支援の波は、止まるどころかさらに膨らんでいった。

 ある企業が、保管していた非常食の提供を表明した。
 ある富豪が、航空輸送費を負担すると投稿した。
 ある医療団体が、現地での支援が可能なら医薬品を出すと応答した。
 ある輸送関係者が、政府判断とは別に、人命救助の可能性を検討すべきだと書き込んだ。

 世界は、政府の封鎖を見て冷めるどころか、逆に燃え始めていた。

 遠く離れた場所で、エヴァはその画面を一人で見ていた。

 ジェイデンの投稿。
 マヤの同行。
 広がる支援。
 レオの名を叫ぶ人々。

 そして、政府の封鎖によって、支援を求める声まで犯罪のように扱われ始めている現実。

「……本当に、馬鹿ばかりね」

 エヴァは、静かに画面を閉じた。

 その顔には、先ほどまでの軽蔑だけではないものが浮かんでいた。

 彼女は立ち上がり、別の連絡先を開く。

 そこには、スイスの国旗が表示されていた。

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