
一部隊目
未確認通信の文章が、端末の画面に表示されていた。
【要請】
我々は東部第七検問部隊である。
負傷者十二名と、兵士家族四十三名がいる。
医薬品と食料の継続提供が本当に可能なら、次の輸送路を四十八時間攻撃しない。
ただし、部隊全体の移動には安全保証が必要である。
交渉相手を提示してほしい。
レオは、何度読み返しても笑みを抑えられなかった。
「来たじゃねえか」
カマラは笑っていない。
「まだ信用できるとは限らない」
「信用なんざ後でいい。交渉を始めろ」
「罠の可能性もある」
「罠でも構わねえよ。こっちに話しかけなきゃ飯が来ねえって分かった時点で、もう半分はこっち側だ」
「お前は簡単に言いすぎる」
カマラの声が低くなる。
「あの部隊は、東部の輸送路を止めていた部隊だ。何人もの住民が、あの検問で食料を奪われた。通れずに薬を失った者もいる。人が死んでいる」
「だから何だ」
レオは即座に返した。
「死んだ奴が戻ってこねえなら、次に死ぬ奴を減らすしかねえだろ」
部屋にいたカマラの部下たちの空気が凍った。
ノアが端末から顔を上げる。
「レオさん。言い方を選んでください」
「選んでる暇があるのか?」
「あります。必要です」
ノアは、敵部隊から送られてきた通信情報を別の画面へ移した。
「現時点で確認できるのは、彼らが通信端末を使って接触してきたことだけです。負傷者数、家族数、攻撃停止の意思、すべて未確認です」
「まず匿名の確認ルームを作ります。音声でやり取りできるようにします。文字が読めない兵士もいる可能性があります」
「まどろっこしいな」
「あなたが一言で世界を燃やした後、焼け残ったものを拾うのが僕の仕事です」
レオが鼻で笑う。
「言うねえ」
ノアは返事をせず、GVS上に限定ルームを作成した。
【東部輸送路・一時攻撃停止確認ルーム】
参加者:カマラ側調整担当/東部第七検問部隊代表/医療確認担当/物資調整担当
匿名表示:有効
音声変換:有効
公開範囲:非公開
記録:安全確認後に要約公開
「レオさんは入れません」
「あ?」
「あなたが入ると、交渉ではなく演説になります」
「俺が呼んだ連中だぞ」
「だからこそです。あなたに直接煽られて返事をしたのか、本当に部隊として条件を受け入れる気があるのかを分ける必要があります」
レオは文句を言いかけた。
だが、カマラが先に言った。
「ノアの言う通りだ」
「お前までかよ」
「お前の顔と声は、兵士を動かすには強すぎる。動いた後に守れるかどうかは、別の話だ」
レオは面倒そうに椅子へ座った。
「分かったよ。好きに確認しろ」
ノアが、わずかにレオを見た。
あれほど世界へ叫びたがった男が、珍しく引いた。
それは反省ではない。
結果が出ると信じているから待てるだけだ。
ノアには分かっていた。
声で届く要請
数分後、限定ルームに音声接続が入った。
画面上には、匿名表示された相手の音声が、短い文章へ変換されていく。
【東部第七検問部隊代表】
こちらは東部第七検問の現場指揮を行っている。
名を明かす条件は、安全が保証されてから確認したい。
我々には負傷者がいる。薬が必要だ。
兵士の家族も近隣集落にいる。食料が必要だ。
カマラの調整担当が応答する。
【カマラ側調整担当】
次の輸送路を四十八時間攻撃しないという要請内容を確認したいです。
あなた方の部隊全員が攻撃停止に従える状態でしょうか?
しばらく返事がない。
遠くで、怒鳴り声のような音が混じった。
相手側でも意見が割れているのだろう。
【東部第七検問部隊代表】
全員とは言えない。
上位司令官の命令が来れば、逆らえない者もいる。
だが、私の管理下にいる二十六名については、次の輸送路を攻撃しない。
その間に、負傷者と家族を移動させたい。
カマラの顔が険しくなる。
「二十六名だけか」
部下が小声で言った。
「部隊全体ではない。司令官から離反したい一班程度です」
「それでも最初だろ」
レオが口を挟む。
ノアは手で制した。
【医療確認担当】
負傷者十二名について、怪我の状態を確認していただけませんか?
治療に必要な物資と、搬送できる状態かどうかを判断したいです。
相手から、途切れ途切れの音声が送られる。
銃創。
感染。
高熱。
脚の損傷。
十分な包帯がない。
痛み止めがない。
家族の中にも発熱者がいる。
ノアの隣にいた医療担当者が、黙って必要物資を入力していく。
【カマラ側調整担当】
あなた方が家族と負傷者を移動させる場合、武器の扱いについて確認が必要です。
居住区域へ武装したまま入ることは認められません。
また、過去の襲撃や略奪を理由に、住民側があなた方との接触を拒否する可能性があります。
相手側の返答は、少し遅れた。
【東部第七検問部隊代表】
武器を完全に手放せとは言わないでほしい。
我々は、司令官側からも狙われる。
武器を置けば、家族ごと殺される。
レオは、椅子から立ち上がった。
「言った通りだろ」
カマラは答えない。
【カマラ側調整担当】
武器を持ったまま住民区域へ入ることは認められません。
ただし、住民区域とは別に一時保護地点を設け、防護任務としての武器管理を検討します。
家族と負傷者は先に保護対象として受け入れられる可能性があります。
条件確認のため、あなた方は次の輸送便への攻撃を停止し、指定地点への接近を避けていただけませんか?
返答はすぐには来なかった。
カマラは、黙って画面を見つめている。
数十秒後、音声変換が再開された。
【東部第七検問部隊代表】
確認したい。
我々は、食料を奪った。
あなた方の住民も傷つけた。
それでも、家族は受け入れるのか。
ノアの指が止まった。
調整担当者も、すぐには返せなかった。
カマラが端末へ近づく。
「私が返す」
彼は音声入力を有効にした。
【カマラ側責任者】
あなた方を許すと約束することはできない。
被害を受けた住民へ、あなた方との共生を命令することもできない。
ただし、子供と負傷者を飢えさせることを、我々の目的にはしない。
あなた方が輸送路への攻撃を停止し、家族と負傷者の移動を認めるなら、受け入れ条件を提示する。
武器を持つ者については、住民から隔離した防護区域で扱う。
その後の協力については、記録と確認の上で決める。
部屋が静まった。
レオは、少しだけ口元を上げた。
「やるじゃねえか」
カマラは反応しない。
相手から最後の返答が届く。
【東部第七検問部隊代表】
条件を確認した。
次の輸送路を、四十八時間攻撃しない。
負傷者と家族の移動地点を提示してほしい。
我々の一部は、指定された防護区域へ向かう意思がある。
ノアが、静かに息を吐いた。
「成立しました」
「一部隊目だ」
レオは笑う。
「一部隊目が、こっちへ来る」
「まだ来ていません」
ノアが即座に返す。
「移動中に攻撃される可能性があります。上位司令官に知られれば、家族を人質に取られる可能性もある。住民側が受け入れを拒否する可能性もあります」
「お前は水を差すのが上手いな」
「あなたが火をつけすぎるんです」
カマラは二人の会話を聞きながら、別の端末を開いた。
「住民へ説明する」
ノアが顔を上げる。
「今ですか?」
「今でなければならない。敵兵の家族が来た後で伝えれば、我々は住民まで裏切ったことになる」
レオは、初めて笑みを消した。
あいつらにも配るのか
カマラ側居住区の中央には、小さな広場があった。
普段なら配給や連絡に使われる場所だ。
今は、先ほど届いた支援物資を受け取った住民たちが集められている。
包帯を抱えた女。
保存食を手にした老人。
子供を抱く母親。
腕を負傷した少年。
表情を失ったように立っている男たち。
簡易端末と音声拡声機が設置され、カマラの言葉は、必要に応じて複数の言語へ変換される。
カマラは、住民の前へ立った。
「次の物資輸送について、確認しなければならないことがある」
ざわめきが走る。
「東部第七検問にいた兵士の一部が、次の輸送路を攻撃しないと申し出た」
「その代わり、負傷者と家族への食料・医療支援、安全な移動を求めている」
空気が変わった。
一人の女性が、すぐに声を上げた。
「東部第七検問?」
その声には、恐怖より怒りがあった。
「私の弟は、あそこで薬を奪われた」
「高熱だった子供を運んでいたのに、車を止められて、薬も水も取られた」
「弟は戻ってこなかった」
別の男が叫ぶ。
「あいつらに食料を渡すのか!」
「私たちの分を奪った奴らに!」
「次の便も、敵へ配るために呼んだのか!」
怒号が広がる。
「ふざけるな!」
「あいつらが飢えようが知ったことか!」
「子供がいるのはこっちも同じだ!」
「俺の家族を撃った奴らを守ると言うのか!」
カマラは黙って受け止めた。
レオは少し離れた場所で、その光景を見ている。
世界へ向けて叫ぶのとは違う。
怒りの矛先は、画面の向こうではなく、ここにいるカマラと自分へ向いていた。
マイクを握った女性が、震えながら言った。
「カマラ。あなたは私たちを守る人だと思っていた」
「なのに、あいつらまでここへ連れてくるの?」
「私たちは、またあいつらの顔を見ながら暮らせというの?」
「その要請をするつもりはない」
カマラは答えた。
「彼らをあなた方の居住区域へ入れることはしない。負傷者と家族も、まず別の一時保護地点で受け入れる」
「武装した者は、防護区域から出さない。あなた方との接触を強制しない」
「だったら、なぜ助けるの!」
女性が叫んだ。
「なぜ、あいつらの子供を助けるの!」
「私の子供は助からなかったのに!」
その言葉で、広場が静まり返った。
カマラは、答えられなかった。
答えられるはずがなかった。
失った子供が戻らない以上、どんな言葉も慰めにならない。
その時、レオが歩き出した。
「おい」
ノアがすぐに腕を掴もうとする。
「レオさん、今あなたが出れば――」
「黙ってろ」
レオは、住民たちの前へ立った。
当然、歓迎はされない。
物資を呼んだ英雄としての視線ではなく、敵兵へ食料を渡そうとしている外国人を見る目だった。
「俺が言い出した」
レオは言った。
「敵の兵士にも飯をやる。薬をやる。家族も食わせる」
「それを言い出したのは俺だ」
「だったら帰れ!」
男が怒鳴る。
「お前に何が分かる!」
「お前の家族が殺されたわけじゃない!」
「安全な国から来て、急に英雄面をして、殺した側まで助けろと言うのか!」
レオは、その言葉を黙って聞いていた。
「分からねえよ」
広場がわずかに静かになる。
「俺には分からねえ」
「お前らが何を奪われたかも、誰を殺されたかも、どんな顔であいつらを見てるのかも、俺には分からねえ」
レオの声には、演説の熱がなかった。
「俺はここの人間じゃねえ」
「お前らと同じ痛みを知ってるなんて、言う気もねえ」
カマラが、静かにレオを見る。
「だがな」
レオは、東側の方角を指差した。
「あいつらを飢えたままにすれば、また銃を持ってここへ来る」
「家族が食えなきゃ、また誰かの飯を奪う」
「薬がなきゃ、薬を積んだ車を襲う」
「そいつらを許せと言ってるんじゃねえ」
「一緒に笑えとも、同じ家で暮らせとも言ってねえ」
レオは、怒鳴っていた男を見た。
「二度と、お前らの飯を奪いに来られねえ状態にするために、あいつらにも飯を食わせるんだよ」
「そんなの……」
男は言葉を詰まらせた。
「納得できるわけないだろ!」
「ああ」
レオは、あっさり認めた。
「納得しなくていい」
住民たちが息を呑む。
「お前らがあいつらを嫌っててもいい」
「許さなくてもいい」
「顔も見たくないって言えば、会わなくていい場所を作れ」
「助けたくねえなら、助ける役をやらなくていい」
「だが、俺は食わせる」
「俺の金爆弾は、お前らの味方だけに落とすためのもんじゃねえ」
広場の奥から、泣き声が聞こえた。
「敵も、味方も、銃を持ってる奴も、持ってねえ奴も、まず食わせる」
「食わせた上で、次に何をするか選ばせる」
「それでも奪いに来る奴は、カマラが止めろ」
「守る側へ来る奴には、俺がもっと落とす」
「そんな勝手な……」
先ほどの女性が、涙を流しながら呟いた。
「勝手だよ」
レオは答えた。
「俺は、勝手にここへ来たヒーロー様だからな」
その言葉は、皮肉なのか、自嘲なのか、住民には分からなかった。
レオ自身にも、分かっていなかった。
住民の要請
その夜、居住区のGVSルームには、住民から大量の音声投稿が寄せられた。
多くの者は文字を打たない。
怒りも、泣き声も、途切れた言葉も、そのまま端末へ吹き込む。
【住民の発言】
敵兵の家族まで受け入れるなんて許せない。私の家族は帰ってこない。どうしてあいつらの子供だけ助かるのか。
【変換表示】
私は、過去に被害を受けた兵士側の家族と同じ区域で暮らすことを受け入れられません。
受け入れを行う場合は、私たちの居住区域と分離し、接触を強制しないでいただけませんか?
【住民の発言】
あいつらが銃を持ったまま来るなら絶対に嫌だ。また奪われるだけだ。
【変換表示】
武装した元敵部隊を受け入れる場合、住民区域への武器持ち込みを禁止し、防護区域での管理と監視を行っていただけませんか?
【住民の発言】
敵を助ける前に、うちの病人を何とかしてくれ。こっちだってまだ足りてない。
【変換表示】
敵部隊側への支援を行う場合でも、既存住民への医療・食料支援を減らさず、必要量を同時に確保していただけませんか?
ノアは、投稿を一つずつ分類していた。
拒絶。
隔離要請。
武器管理要請。
既存住民への優先支援確認。
被害記録の保全要請。
接触拒否。
報復への恐怖。
隣で、カマラが画面を見ている。
「これを受け入れ条件に反映します」
ノアが言った。
「元兵士と家族の受け入れは、既存住民の生活圏とは分離」
「防護任務に参加する者は、武器管理・行動記録・住民区域への立入制限」
「被害住民との接触や謝罪は、住民側が希望した場合のみ」
「敵側へ支援した分だけ既存住民が減らされたと感じないよう、第二便以降は双方の必要量を明示」
「さらに、過去の襲撃記録を残す。支援を受けたことで被害が消えた扱いにはしない」
カマラは、長く息を吐いた。
「戦争を終わらせるより、終わった後に同じ場所で生きる方が難しいかもしれないな」
「終わっていません」
ノアは淡々と返す。
「まだ一部隊が四十八時間攻撃を止めると申し出ただけです」
「相変わらず希望を削る奴だな」
後ろからレオの声がした。
「事実を言っています」
「分かってるよ」
レオは、住民の要請一覧を覗き込んだ。
しばらく黙っていた。
「……嫌いでいい、か」
「何ですか」
「いや」
レオは椅子へ腰を下ろす。
「許さなくても、一緒にやれる部分だけやる。そういう話だろ」
ノアは、少しだけレオを見た。
「はい」
「だったら、俺にも都合がいいな」
「どういう意味ですか」
「俺を許さねえ奴らとも、まだ仕事はできるってことだろ」
ノアは、返事をしなかった。
ジェイデン。
マヤ。
エヴァ。
レオが何を考えてその名を思い浮かべているのか、ノアには分からなかった。
ただ、少なくとも彼は、住民の怒りを「邪魔だ」と切り捨てはしなかった。
第二便
深夜。
第二便の積載案が確定した。
【第二便・投下計画】
【既存住民区域向け】
医薬品/保存食/浄水剤/乳児用品/簡易診療設備
【一時保護地点向け】
負傷者用医薬品/保存食/毛布/簡易通信端末/識別タグ
【防護区域設置向け】
照明設備/監視端末/簡易柵/給水タンク/武器保管設備
【条件】
東部第七検問部隊の対象班は、四十八時間の輸送路攻撃停止を継続。
家族・負傷者の移動中は武力行使を行わない。
武装兵は住民区域へ入らず、防護区域で確認を受ける。
既存住民は接触・協力・和解を強制されない。
ノアが、内容をレオへ見せた。
「第二便はこの条件で進めます」
「硬え文章だな」
「必要です」
「まあいい」
レオは、画面を指で弾く。
「問題は、二便目で何人動くかだ」
「人を数だけで見ないでください」
「数が増えなきゃ戦争は終わらねえだろ」
ノアは言い返そうとしたが、止めた。
その通りでもあった。
数が必要だ。
兵士が一人、二人逃げただけでは、司令官は痛くもかゆくもない。
部隊が動き、家族が動き、検問が消え、輸送路が開き始めなければ、金爆弾はただの派手な支援で終わる。
そこへ、カマラの部下が駆け込んできた。
「連絡です!」
「何だ」
「東部第七検問の対象班から、移動地点確認の返答が来ました」
「さらに……別の部隊からも通信です」
ノアの指が止まる。
「別の部隊?」
「西側の第三補給班です。東部の通信を聞いたらしく、自分たちにも同じ条件が適用されるのか確認したいと」
レオが立ち上がった。
「ほら来た」
カマラは、まだ表情を緩めない。
「連鎖するには早すぎる。司令官側が探りを入れている可能性もある」
「探らせろよ」
レオは笑った。
「こっちの条件を聞きたくて仕方ねえってことだろ」
ノアはすぐに新しい確認ルームを開く。
【西側第三補給班・安全条件確認ルーム作成中】
画面上で、新たな応答が点滅する。
【要請】
我々は西側補給路の護衛に従事している。
東部部隊が家族ごと保護されるという情報を確認したい。
我々にも負傷者と家族がいる。
輸送路への攻撃停止と引き換えに、食料と安全を確認していただけないか。
レオは、その文面を見て笑い続けていた。
住民は怒っている。
許してはいない。
カマラも、まだ信用していない。
ノアは、条件と危険ばかり確認している。
それでも。
昨日まで銃で食料を奪っていた兵士たちが、今は端末へ要請を送っている。
敵だった者が、助けてくれと言葉を送っている。
レオは、外へ歩き出した。
空には、二便目へ向かう機体の光が見え始めている。
「なあ、カマラ」
「何だ」
「お前、この土地に何もねえって顔してたよな」
「そんなことは言っていない」
「同じだろ」
レオは、光の向こうを見た。
「あるじゃねえか」
「何がだ」
「欲望だよ」
カマラは眉をひそめる。
「飯が欲しい」
「家族を守りたい」
「撃たれずに眠りたい」
「畑を作りたい」
「昨日までの敵なんざ許したくねえ」
「それでも明日は生きたい」
レオは、口元を上げた。
「十分じゃねえか」
「欲望があるなら、まだ動かせる」
カマラは、その横顔を見た。
この男は、善意を信じているのではない。
人々が許し合えると信じているわけでもない。
ただ、欲しがる人間は動かせると信じている。
その考え方は、あまりに乱暴だった。
だが今、銃でしか表せなかった欲望が、要請という言葉へ変わり始めている。
カマラは、夜空へ視線を移した。
二機目の光が、ゆっくりと近づいてくる。
戦争はまだ終わっていない。
それでも、初めて、兵士たちは奪う前に声を送った。
食わせてほしい。
家族を守ってほしい。
その代わり、銃を向けるのを止める。
空から降り始めたのは、食料だけではなかった。
戦争しか知らなかった人間たちが、初めて出した要請だった。
