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シビックヒーローズ 第三十六話 金爆弾協定

目次

来るなら早い方がいい

 カマラ側の拠点に、砂埃を巻き上げて車両が入ってきた。

 最初に降りてきたのは、ジェイデンだった。

 その後ろから、見覚えのある男たちが続く。
 かつてギャングだった者たち。
 今はジェイデンの下で動く、実働部隊。

 レオは入口の壁にもたれたまま、片手を上げた。

「遅えぞ」

 ジェイデンはレオの前で足を止めた。

 顔には疲れがあった。
 怒りもあった。
 だが、それ以上に、もうここまで来てしまったという諦めがあった。

「お前、俺たちのヘリを敵に奪わせたんだってな」

「結果は出ただろ」

「そういう話じゃねえ」

 ジェイデンの声は低かった。

「あれに乗ってた連中は、撃ち落とされるかもしれねえって分かって飛んだ」
「お前の演出のためじゃない。物資を待ってる奴らのためだ」

「殴るか?」

「殴っても物資は戻らねえ」

 ジェイデンは短く息を吐いた。

「だから今は殴らない」

「大人になったな」

「黙れ」

 レオは笑った。

 そこでジェイデンが周囲を見た。

「マヤはどうした」
「来る予定だったんじゃないのか」

 レオも、そこで初めて気づいたように振り返った。

 ノアがいる。
 カマラがいる。
 ジェイデンも来た。

 だが、マヤはいない。

「ノア」

 レオが言った。

「マヤは?」

 ノアは端末から顔を上げた。

「来ません。僕が止めました」

 レオの眉が動いた。

「お前が?」

「はい」

「理由は」

「彼女まで犯罪者にするわけにはいきません」

 ノアの声は静かだった。

「ジェイデンさんたちの非合法便だけでも、米国側は十分に燃えています」
「あなた、ジェイデンさん、僕。これ以上ヒーローズ全員が非合法作戦の当事者になれば、帰国後の扱いがさらに難しくなります」

「そんなこと、あいつが気にするかよ」

「気にしないから止めました」

 ノアは画面を切り替えた。

 そこには、アメリカ国内の映像が映っていた。

 星条旗を掲げる群衆。
 道路を埋めるデモ。
 叫ばれる声。

「USA! USA!」
「レオを助けろ!」
「ジェイデンを止めるな!」
「政府は制限を取り消せ!」

 映像の中央に、マヤがいた。

 彼女はカメラを回しながら、群衆へ向かって声を張っていた。

『勝手に飛ばないでください』
『レオを助けたいなら、彼の真似をしないでください』
『支援したい人は、GVSの金爆弾協定へ参加してください』
『資金、物資、航空、医療、翻訳、記録。あなたにできるDRIVEがあります』

 レオは黙って画面を見ていた。

「彼女には、米国でやってもらいたいことがあります」

 ノアが続ける。

「この熱狂を、非合法便ではなく、GVSへ流してもらう」
「勝手に飛ぶ人間を止める」
「支援者を金爆弾協定へ接続する」
「それが、今のマヤさんの役割です」

 レオは舌打ちした。

「……あいつらしいな」

「はい」

 ノアは短く頷いた。

「現地の地獄は、こちらで引き受けます」
「米国側の地獄は、マヤさんが引き受けました」

 レオは、少しだけ笑った。

「ったく」
「あいつまで、勝手にヒーローごっこを始めやがった」

「あなたが始めたんです」

「知ってるよ」

金爆弾は協定になる

 会議室には、金爆弾第一便の記録が並んでいた。

 投下された物資。
 奪った部隊。
 届いた要請。
 住民側の反発。
 米国国内の熱狂。
 スイスと北欧の問い合わせ。
 現地政府からの確認要求。

 第一便は、奇跡ではなかった。

 敵側は撃つより奪うことを選んだ。
 そして、奪った後で、次の物資を求めた。

 それは成功でもあり、危険でもあった。

 このまま物資を落とし続ければ、投下地点が新しい戦場になる。
 奪う者、守る者、待つ者、怒る者が、一つの場所に集まってしまう。

 ノアは、中央の画面に新しいルームを表示した。

―――――― GVS ――――――

【金爆弾協定ルーム】

食料と医療品を、安全に届け続けるための協定を作ります。
住民、現地勢力、支援者、ナビゲーターが参加します。
危険情報と個人情報を除き、要約を公開します。

――――――――――――――

 カマラが画面を見つめる。

「食料と医療を届け続けるための協定、か」

「はい」

 ノアは頷いた。

「第一便は成功しました」
「ですが、次からは違います」
「物資が落ちる場所そのものが、争奪戦になります」

 カマラが腕を組む。

「東部第七検問部隊のような部隊が、次々に条件を出してくる可能性がある」

「はい」

 ノアは、次の画面を開いた。

―――――― GVS 金爆弾協定・第一次案 ――――――

【DRIVE】

食料と医療品を落とす。
兵器は運ばない。
投下と受け取りを記録する。

【SUPPORT】

ヘリを撃たない。
物資を奪い合わない。
必要な人数を伝える。

――――――――――――――

 レオは画面を見つめた。

 食料を落とす。
 兵器は運ばない。
 撃たせない。
 奪わせない。

 あれだけ大きく膨らんだ作戦が、画面の上では驚くほど単純な言葉に収まっていた。

 カマラは、短く息を吐いた。

「敵を許す協定ではない」

「はい」

「だが、食料と医療を運ぶ空だけは、戦争から外す」

「そうです」

 ノアは頷いた。

「金爆弾は、ここから作戦ではなく協定になります」

 レオは、もう一度画面を見た。

 短い言葉だった。

 だが、その短い言葉の奥に、住民の怒り、敵兵の飢え、支援者の不安、政府の警戒が押し込められている。

「なるほどな」

 レオは小さく言った。

「空を戦争から外す、か」

 ノアは答えなかった。

 ただ、次の資料を開いた。

洋上拠点

 ジェイデンが椅子に腰を下ろした。

「で、ヘリはどう飛ばす」
「俺たちみたいな非合法便を増やすわけにはいかねえんだろ」

「はい」

 ノアは別の資料を表示した。

「地上基地は危険です」
「現地空港も使えません」
「燃料、整備、医療搬送、物資積み替え、通信管制をまとめる拠点が必要です」

 カマラが目を細めた。

「どこに置く」

「海です」

 画面に、艦船の画像が並ぶ。

「空母、強襲揚陸艦、大型補給艦」
「あるいは、それに近い機能を持つ船舶」
「これらを、洋上人道輸送拠点として使う案があります」

 部屋がざわめいた。

 カマラの部下が低く言う。

「それは軍事介入に見える」

「だからエヴァさんが動きます」

 ノアは即答した。

「兵器輸送ではない」
「戦闘員輸送ではない」
「食料、水、医療品、通信端末のみ」
「積載物、投下地点、協定条件はGVSで記録」
「スイス、北欧、米国、現地政府へ、条件付き人道空輸として説明します」

 レオが笑った。

「空母を出せ、ってことだろ?」

「その発言通りに言うと、軍事作戦になる可能性が高いです」

 ノアは淡々と言った。

「エヴァさんの言葉で通す必要があります」

 レオは肩をすくめた。

「まあ、あいつなら上手くやるだろ」

「はい」

 ノアは頷く。

「エヴァさんには、政府交渉を任せます」
「マヤさんには、米国世論をGVSへ誘導してもらいます」
「カマラさんには、現地政府と各勢力への交渉を進めてもらいます」

村へ出る

 ノアの説明が終わると、会議室には短い沈黙が落ちた。

 金爆弾協定。
 洋上人道輸送拠点。
 エヴァの政府交渉。
 マヤの米国世論誘導。
 カマラの現地勢力調整。

 どれも必要だった。

 だが、レオがこの場で口を出し続けても、作戦は進まない。

 レオは、画面に並ぶ協定案を一通り眺めた。

「後はノアに任せる」

 そう言って、立ち上がる。

 ノアが顔を上げた。

「会議には参加しないのですか」

「ああ。俺は村に出る」

 レオは端末を手に取った。

「後は頼む」

 ノアは、短く頷いた。

「分かりました」

 レオはカマラへ視線を向ける。

「カマラ。お前はどうする」

「私は残る」

 カマラは、苦い表情で画面を見た。

「本当なら、私も住民のところへ行きたい」
「だが、各勢力との交渉は私が直接やらなければならない」
「東部、西側、現地政府、敵対勢力。どれも、私の返答を待っている」

「なら、お前はノアと作戦を練ってくれ」

 レオは言った。

「世界への発信は俺に任せろ」

 カマラは少しだけ眉をひそめた。

「……うむ。心配ではあるが」

 ジェイデンが横から口を挟んだ。

「心配するな」
「こいつが馬鹿をやりそうになったら、俺が止める」

 カマラはジェイデンを見た。

「どうも、君もそこまで信頼できそうな風貌ではないが」

 ジェイデンは肩をすくめた。

「よく言われる」

 ノアが静かに言った。

「大丈夫です」
「ジェイデンさんは信頼できます」

 レオがジェイデンを見る。

「お前、ノアに信頼されてるのか」

「お前よりはってことだろうよ」

「言うじゃねえか」

 レオは軽く笑っただけだった。

 カマラは部下を一人呼んだ。

「ラシード」

 背の高い男が一歩前に出る。

「この二人に同行しろ」
「住民の顔、危険な路地、近づくべきでない場所を案内するんだ」

「承知しました」

 レオはラシードを見た。

「部下だったか。つけたきゃつけろ」

「命令だ」

 カマラが言う。

「ここでは、ふとした拍子に命がなくなる」
「くれぐれも気をつけろ」

 レオは軽く手を振った。

「分かってる」

「本当に分かっているのか」

「さあな」

 そう言って、レオは扉へ向かう。

 ジェイデンが続く。
 ラシードが先導し、カマラ側の兵士が二人、少し距離を置いて後ろについた。

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