前回の記事では、AIやロボットによって人間の労働が必要なくなったとき、市民は本当に自由になれるのかを考えました。
仕事がなくなっても生活費が保障される。
危険な作業や単純作業をAIやロボットが代わってくれる。
それだけを見れば、歓迎できる未来です。
しかし、もう一つ問題があります。
人間が働かなくても企業や国家が動くようになれば、
「私たちが働かなければ社会は動かない」
という市民の交渉力も弱くなる可能性があります。
実際、自動化される可能性そのものが、賃金交渉における労働者の交渉力を弱め得るという研究があります。
ではどうすればいいのでしょうか。
AIに奪われない仕事を探し続けるのでしょうか。
人間にしかできない仕事を無理に残すのでしょうか。
シビックドライブでは、別の方向を考えます。
労働力を提供すること以外にも、市民が社会を動かせる力を作る。
そのためには、市民が持っている最大の資源から考える必要があります。
一般市民が資本家より圧倒的に持っているもの
巨大企業や資産家と、一人の一般市民を比べてみます。
資本では勝てません。
設備でも勝てません。
所有する企業の数でも勝てません。
一人で使える人材や技術でも大きな差があります。
そしてAIによって、この差がさらに広がる可能性があります。
これまで100人を雇わなければできなかった仕事を、AIによって10人、あるいは1人でできるようになれば、すでに資本を持っている人ほど大きな力を動かしやすくなるからです。
しかし、一般市民の側にも、資産家より圧倒的に多く持っているものがあります。
人数です。
社会の大部分を占めているのは、一部の巨大資産家ではありません。
普通に働き、生活している大量の市民です。
では人数が多ければ、市民の方が強いのでしょうか。
そう単純ではありません。
100万人がそれぞれ違う方向へ動けば、100万人分の力にはならないからです。
100万人が怒っていても、一つの組織より弱いことがある
SNSを見れば分かります。
同じ社会問題に不満を持っている人が何万人もいることがあります。
しかし、
ある人は政治家を批判する。
ある人は企業を批判する。
ある人は反対意見を持つ人を批判する。
ある人は動画を作る。
ある人は署名する。
ある人は何もしない。
たくさんの人が同じ問題に関心を持っていても、活動はバラバラです。
さらに人数が増えるほど、
誰が正しいのか。
誰の方法が正しいのか。
誰がリーダーになるのか。
という内部対立も起こりやすくなります。
デジタルメディアは情報共有や社会運動の形成を助けてきましたが、研究でも、メディアが集団行動を促進するかどうかは、情報、ネットワーク、協調の仕組みに大きく左右されることが指摘されています。
つまり私たちは、
人を集める技術
はかなり手に入れました。
しかし、
集まった人が協力する技術
は、まだ十分ではないのかもしれません。
GVSは「投票する方法」だけではなく「協力する方法」を学ぶ
そこでシビックドライブではGVSを使います。
GVSは合論型投票システムです。
しかし目的は、単に新しい投票方式を作ることだけではありません。
GVSでは、原則として5人程度の匿名ルームで合論します。
そこで使うのが、
DriveとSupportです。
Driveは、
「私は○○します」
という実行案です。
そして、その実行によって得た結果を他者へ共有するところまで含みます。
Supportは、
「その実行に伴って、○○していただけませんか」
という要請案です。
GVSでは、このDriveとSupportを必ずセットとして扱います。
Driveだけを出す。
Supportだけを出す。
という使い方はしません。
なぜでしょうか。
ここに、一般市民の人数を力へ変えるための重要な仕組みがあります。
消費税を例に考えてみる
例えば、
「消費税を増税するべきか、減税するべきか」
という問題について、大きなシビックドライブが発生したとします。
ある市民は、
「私は消費税を増税した場合と減税した場合、それぞれにどんな問題が起こるのか資料を調べ、結果をSNSで公開します」
というDriveを出します。
別の市民は、その調査結果を読んで、
動画にするかもしれません。
漫画にするかもしれません。
小説にするかもしれません。
劇にするかもしれません。
さらに、その作品を見た別の市民が感想を発信する。
その感想を読んだ誰かが、新しい資料を調べる。
経営者が、
「自分の会社では消費税が変わると何が起こるのか」
を公開する。
家計を管理している人が、
「月の支出がどれくらい変わるのか」
を計算して共有する。
専門家ではない大量の市民が、さまざまな角度から一つの問題へ参加していく。
これをシビックドライブでは、
活動力の高いミーム現象
として考えます。
単に情報が拡散されるだけではありません。
情報を受け取った人が、さらに自分の活動を始める。
見る人が増えるミームではなく、
実行する人が増えていくミーム
です。
しかし、これだけではまだ弱い
ここまでも、従来の社会運動より活動量は大きくなるかもしれません。
しかし問題があります。
それぞれの活動が孤立しています。
調査する人。
動画を作る人。
小説を書く人。
感想を発信する人。
それぞれが別々に活動しているだけなら、
「同じ問題について動いている人がたくさんいる」
という状態にすぎません。
巨大な協力関係にはなっていません。
ここで重要になるのがSupportです。
Supportは活動同士をつなぐ
例えば先ほどの市民が、
Driveとして、
「私は消費税減税が地方財政へ与える影響を調べ、その結果を動画で公開します」
とします。
そのうえでSupportとして、
「地方自治体の財政資料に詳しい人は、参考になる資料を教えていただけませんか」
と出します。
すると別の市民が、その要請に応えることができます。
さらにその人自身が、
「私は自治体ごとの影響を比較し、一覧表として公開します」
という新しいDriveを出すこともできます。
そこからまたSupportが生まれます。
こうすると、
Drive
↓
Support
↓
別の人のDrive
↓
そのDriveに伴うSupport
↓
さらに別のDrive
という連鎖が生まれます。
一つ一つの市民活動が、孤立しなくなります。
「私の活動」を「私たちの課題」に変える
Supportには、単なる「人手募集」以上の役割を持たせます。
発想の一つになっているのが、アドラー心理学でいう「共通の課題」です。
自分一人の問題として抱えるのではなく、他者と一緒に取り組める課題を作る。
Driveによって、
「私はこれをやります」
と主体性を持つ。
Supportによって、
「この部分について力を貸してもらえませんか」
と他者との接点を作る。
それによって、
私の活動だったものが、私たちの課題へ変わっていく。
これを大量の市民が繰り返せば、活動はネットワーク化していきます。
調査する人。
発信する人。
作品を作る人。
技術を作る人。
現場で活動する人。
資金を提供する人。
それぞれが同じことをする必要はありません。
異なる役割を持ちながら、一つの大きな活動現象を形成していく。
これがシビックドライブです。
AIは「人間の代わりに働く技術」だけではない
ここでAIが重要になります。
資本家にとってAIは、
人間の労働を代替する技術
として非常に強力です。
しかし一般市民が、資本家と同じ方法だけでAIを使って競争する必要はありません。
一般市民にとってAIの大きな可能性は、
人間同士を協力させること
にもあります。
例えばGVSへ、
怒りや不満を書き込んだとします。
「政府は何をやっているんだ」
「この会社はひどい」
「こんな制度はおかしい」
といった発言です。
それをそのまま他者へ投げれば、批判と反論の応酬になるかもしれません。
そこでAIが、発言の背景にある不満やニーズを整理する。
そして、
「あなた自身は何を実行しますか」
というDrive候補と、
「その実行に伴い、他の人に何をしてほしいですか」
というSupport候補へ変換する。
AIが答えを決めるのではありません。
最終的にどの案を選ぶかは本人です。
AIを、
人間の代わりに考える装置ではなく、人間同士が協力するための補助装置
として使います。
人数を「票」ではなく「実行力」に変える
現在の民主主義では、市民の人数は主に票として表れます。
100万人いれば100万票。
しかしGVSとシビックドライブで目指すのは、
100万人を100万票としてだけ使うことではありません。
100万人が、
調査する。
発信する。
作る。
教える。
開発する。
現場で動く。
資金を出す。
という状態です。
つまり、
人数を票数ではなく、実行人数へ変える。
これがAI時代における市民の新しい力の一つになると考えます。
しかし、まだ問題があります。
活動力だけでは、大きな社会を動かせないことがあります。
どれだけ人が集まっても、資本がなければできないことがある
例えば、
新しい病院を建てたい。
発電設備を作りたい。
物流網を作りたい。
研究所を作りたい。
新しいAIを開発したい。
大量の住宅を作りたい。
こうしたことには、大きな資本が必要です。
いくら市民が団結しても、
「みんなで頑張りましょう」
だけでは工場は建ちません。
設備も買えません。
研究者へ給料も払えません。
つまり、
人数
↓
協力
↓
シビックドライブ
まで作れたとしても、その次に、
資本
が必要になります。
そこで「シビックリワード」を考える
では市民の資本をどこから手に入れるのでしょうか。
シビックドライブでは、資本家や国家を単純な敵として考えません。
国家にも企業にも、
解決してほしい問題があります。
例えば治安です。
犯罪が増えれば、市民だけではなく企業にも損失があります。
店舗の警備費用が増える。
物流にも影響する。
地域の価値が下がる。
行政には警察や司法、社会保障などのコストが発生します。
貧困を減らすことによって治安が改善するとすれば、それにお金を出したい国家や企業が存在する可能性があります。
そこで考えているのが、
シビックリワード
です。
これは構想段階の仕組みです。
国や企業などが、
「この社会課題が改善すれば価値がある」
と考える問題に報酬を設定する。
そして市民がGVSとシビックドライブを使い、その問題へ取り組む。
成果を出した活動へ報酬が流れる。
という仕組みを想定します。
社会問題を解決することが、市民の資本になる
GVSやシビックドライブ活動を行う市民を、ここでは「シビッカー」と呼びます。
例えば日本で、
「貧困と社会的孤立による治安悪化を減らす」
というシビックリワードが高く設定されたとします。
あるシビッカーは原因を調査する。
あるシビッカーは支援制度を分かりやすく発信する。
ある人は相談サービスを作る。
ある人は就労支援を行う。
ある人は地域の居場所を作る。
ある人は、それらの活動を動画や小説として広める。
DriveとSupportによって、それぞれを結び付ける。
実際に社会的な成果が確認できれば、資金を提供した国家や企業にも利益があります。
そして報酬を受け取った市民側にも資本が残ります。
つまり、
国家や企業が求めている成果を市民が作り、その対価として資本を市民側へ移す。
という構造です。
これは資本家や国家からお金を奪う仕組みではありません。
双方に需要がある状態を作ることが重要です。
リワードは国ごとなのか、世界共通なのか
シビックリワードを実際に作るなら、どの問題を高く評価するかという問題が出てきます。
日本と別の国では、課題が違うでしょう。
ある国では高齢化。
ある国では失業。
ある国では水不足。
ある国では犯罪。
ある国では感染症。
といった違いがあります。
そのため、国ごとにリワードを設定する方法が考えられます。
一方で、
気候変動。
感染症。
戦争。
海洋汚染。
国際的な貧困。
など、一国だけで解決できない問題もあります。
そうした問題には世界共通のシビックリワードを作る方法も考えられます。
この設計はまだ決まっていません。
重要なのは、
社会がどの問題の解決へどれだけ価値を感じているかを、資金として見えるようにすること
です。
でも、報酬を全部使ってしまったらどうなるのか
ここで大きな問題があります。
例えば市民がシビックリワードによって100億円を獲得したとします。
その100億円を、
家電。
自動車。
高級品。
娯楽。
などの消費にすべて使ったらどうなるでしょうか。
お金の多くは企業へ戻ります。
市民の生活は豊かになるかもしれません。
それ自体が悪いわけではありません。
しかし、
市民の資本力は蓄積しません。
また次の社会活動をするときには、
国家や企業から資金をもらわなければ動けない。
それでは市民は、いつまでも資本を持つ側にはなれません。
そこで必要になるのがシビックファンドです。
シビックファンドで「報酬」を「権力」へ変える
シビックリワードによって得た資金の一部を、シビックファンドへ蓄積します。
全部を個人へ現金として配るのではありません。
市民側の共同資本として残す。
そして、その資本を次のシビックドライブへ使う。
社会問題を解決する。
報酬を得る。
その一部をファンドへ入れる。
ファンドが大きくなる。
より大規模な活動ができる。
さらに大きな成果を出す。
より多くの資金が集まる。
という循環を作ります。
つまり、
社会活動によって獲得した資本を消費で終わらせず、市民の継続的な権力へ変換する。
その役割をシビックファンドに持たせます。
シビックパワーは「買い物をするためのお金」ではない
シビックファンドに資本が蓄積されたら、それを市民が使えるようにします。
そのとき配られるのが、
シビックパワー
です。
シビックパワーは普通のお金とは違います。
自分の食事を買う。
服を買う。
ゲームを買う。
車を買う。
旅行へ行く。
そうした個人消費には使えません。
シビックパワーは、
社会を動かす活動をブーストするための資本
です。
例えば、
あるシビッカーが、
「私は地域の空き家を調査し、低所得者向け住宅として利用できる物件をまとめて公開します」
というDriveを出したとします。
しかし調査には交通費やシステム利用料が必要になる。
その活動へ価値を感じた別の市民が、自分のシビックパワーをブーストする。
すると活動費をまかなえる。
調査費。
動画制作費。
会場費。
システム開発費。
実証実験費。
社会活動に必要なさまざまな費用を、市民同士で供給できるようにします。
政治献金など政治活動への資金利用を認める場合には、当然、それぞれの国の政治資金・選挙制度などに従った制度設計が必要になります。
重要なのは、
自分の消費能力ではなく、社会を動かす能力として資本を配る
という点です。
誰のお金が、どこへ行ったのかを見えるようにする
この仕組みには、もう一つ重要な条件があります。
透明性です。
例えば企業が1億円をシビックリワードへ提供したとします。
そのお金が、
どの課題へ入り、
どの活動へ使われ、
誰が何を行い、
どのくらいの成果が出たのか。
できる限り確認できる仕組みを作ります。
これは市民を監視するためではありません。
次の資金を呼び込むためです。
企業や国家から見れば、
「1000万円を出したら、本当にこの問題が改善した」
ことが分かれば、さらに資金を提供する理由ができます。
逆に成果がなければ、
なぜうまくいかなかったのかを検証できます。
つまりシビックリワードを、
単なる寄付ではなく、
社会改善へ資金を投入した結果を確認できる仕組み
へしていきます。
市民は「お願いする側」から変わっていく
ここまで来ると、市民の立場が変わります。
最初は、
「この問題を解決してください」
と政府へ要求する。
「労働環境を改善してください」
と企業へお願いする。
だけだったかもしれません。
しかしシビックドライブが大きくなれば、
自分たちで調査する。
自分たちで発信する。
自分たちで人を集める。
自分たちで事業を作る。
そしてシビックファンドによって、自分たちで資金も出せる。
市民が、
要求するだけの存在から、実行できる存在へ変わる。
これがシビックドライブで考える市民権力です。
それでも国家には「税」という巨大な力がある
ただし、シビックファンドが成長しても、国家には非常に大きな資金力があります。
税金です。
国家は税を徴収し、その資金を、
社会保障。
教育。
医療。
防衛。
道路。
行政。
研究。
その他の公共政策
へ配分できます。
市民には選挙権がありますが、
通常、一人ひとりが、
「自分が納めた税金の10%は医療へ、5%は研究開発へ」
と直接指定する仕組みにはなっていません。
予算配分は、選挙で選ばれた政治家や議会、行政などを通して決められます。
これは大規模な国家を運営するうえで合理的な仕組みでもあります。
一方で、
市民が予算そのものへ、もっと直接参加できないか
という試みはすでに存在します。
市民が予算を決める仕組みは、すでに一部存在する
「参加型予算」と呼ばれる仕組みがあります。
OECDは参加型予算を、市民や関係者が、公共資源をどの優先事項やプロジェクトへ配分するかに直接影響できる仕組みとして整理しています。
参加型予算には、
一定額を市民の提案へ配分する方式。
予算全体の優先順位について市民が意見や提案を出す方式。
などがあります。
OECDも2026年、公共予算について、市民との双方向の関与を強めることが、財政課題への理解や政策の正統性、市民のニーズ把握につながり得るとしています。
つまり、
市民が公共予算へ関わるという発想そのものは、まったく前例のないものではありません。
シビックドライブでは、これをさらに大規模にできないかと考えます。
いきなり税金全部を市民投票にする必要はない
例えば最初は、
国家予算の一部だけをGVSで扱う。
という方法があります。
最低限必要な、
行政。
司法。
既存の社会保障。
基礎インフラ。
国の債務返済。
などは別途確保する。
そのうえで一定の公共予算について、
教育。
医療。
防災。
Innovation。
Protection。
地域活動。
研究。
などのどこへ重点的に資金を使うのか、市民もGVSを通じて参加する。
という方法です。
参加型予算についても、実際には予算全体ではなく、一定の裁量的資金を対象とする例が多いことが報告されています。
そのため、
「明日から国家予算をすべて直接民主制にする」
という必要はありません。
少しずつ、
市民が公共資本の配分へ参加する割合を増やしていく
という考え方ができます。
国家をなくすのではなく、国家しか公共資本を持てない状態を変える
ここで誤解してほしくないのは、
国家をなくそう
という話ではありません。
司法。
外交。
安全保障。
大規模インフラ。
感染症対策。
国家レベルでなければ対応が難しい問題は数多くあります。
一方で、
社会を改善するための巨大な資本を、
国家と一部の大企業しか持てない必要もありません。
シビックファンドが十分に大きくなれば、
市民自身が動かせる公共的な資本主体になれます。
それが日本だけでなく世界各地へ広がれば、
国家とは別に、
国境を越えて市民が動かせる資本
が生まれる可能性もあります。
シビックリワードを国ごとに作るのか。
世界共通で作るのか。
どこまで国家予算と接続するのか。
これはまだ検討しなければならない問題です。
しかし方向としては、
国家を倒すのではなく、市民にも国家とは別の力を持たせる。
ということです。
AI時代の市民権力はどう作られるのか
ここまでを一本につなげてみましょう。
まず、市民には人数があります。
しかし人数だけではバラバラです。
GVSによって協力する方法を学ぶ。
DriveとSupportを使って活動をつなぐ。
そこから、活動力の高いミーム現象であるシビックドライブが生まれる。
その活動によって社会問題を解決する。
国家や企業が、その成果へシビックリワードを支払う。
リワードの一部をシビックファンドへ蓄積する。
ファンドから市民へシビックパワーを配る。
シビックパワーを次の社会活動へブーストする。
さらに成果が出る。
さらに資金が集まる。
そして最終的には、市民が国家予算の一部の配分にも参加する。
流れにすると、
人数
↓
GVS
↓
協力
↓
シビックドライブ
↓
社会課題の解決
↓
シビックリワード
↓
シビックファンド
↓
シビックパワー
↓
市民の資本力
↓
公共予算への参加
となります。
これは現在存在する制度の説明ではありません。
シビックドライブが目指している構想です。
実際に動かすには、
不正利用をどう防ぐのか。
成果をどう測るのか。
リワードを誰が決めるのか。
資金配分が人気投票化しないか。
少数者に必要な支出が切り捨てられないか。
政治資金規制とどう整合させるのか。
国家に不可欠な長期投資をどう守るのか。
など、多くの課題があります。
参加型予算についても、制度を導入すれば自動的に良い結果になるわけではなく、政府・市民社会・議会それぞれの能力や、実際に市民の決定が実行される仕組みが重要だと指摘されています。
だから、シビックドライブも実証しながら改善していく必要があります。
AIに仕事を任せても、市民の力まで任せなくていい
第一部では、
AIによって仕事がなくなったとき、市民の交渉力も弱くなる可能性
を考えました。
第二部で考えたのは、その先です。
人間にしかできない仕事を無理に残す必要はありません。
AIができる仕事はAIへ。
ロボットができる仕事はロボットへ。
その方が、人間は危険な作業や単純作業から自由になれるかもしれません。
しかし、
労働力を失うことと、
社会を動かす力を失うことは、
同じである必要はありません。
市民には人数があります。
その人数をGVSで協力へ変える。
協力をシビックドライブへ変える。
シビックドライブを社会的成果へ変える。
成果をシビックリワードによって資本へ変える。
資本をシビックファンドへ蓄積する。
シビックパワーとして再び社会へ投入する。
そして公共予算の意思決定にも参加する。
そうすれば、
「働かなければ価値がない市民」
ではなく、
働かなくても社会を動かせる市民
という別の姿を考えることができます。
AI時代の一般市民に必要なのは、
仕事を残してもらうことだけではありません。
仕事がなくなっても、社会を動かす力を失わないこと。
それが、新しい時代の市民権力になるのではないでしょうか。
